黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

アスリートに求めるものは

うっぷん晴らしは迷惑

 北京五輪が進行中だ。フィギュアスケートの若手選手の躍進はうれしいが、羽生結弦選手が、ショートプログラム序盤で不運にも氷に開いた穴にブレードを取られてしまい、予定していた4回転ジャンプがすっぽ抜けたようになってしまったのは、誠に残念だった。

 それでも、フリープログラムを終えて「やりきった」と言った羽生選手のインタビューでの表情を見て思うのは、ここまで努力に努力を重ねてきて、思い通りにならないことが多くあっただろう中でもベストを尽くした彼は素晴らしいこと、そんな彼を思い切りねぎらいたいことだ。

 捻挫した足首も、十分にケアしてほしい。

 転倒しても回転不足でも公式戦で初の4回転アクセルとの認定は勝ち取ったそうで、「報われた」と彼自身が口にしていたのだから、アスリートとしての彼にとっては確実に一歩前進した挑戦だったに違いない。

 こんなことは、ゆるい一ファンである私が書くまでもないが。

 でも、満足しないファンは存在しそうで背中が薄ら寒くなる。羽生選手に金メダルを取らせたかった余りに、氷に穴を開けた「犯人」を勝手に推定して殺害予告を送った人までいるらしい。

 そんな無茶な反応をする人が多くなったような気がするのは、SNSが発達したせいで以前よりも比較的気軽に自分のうっ憤を公に表明してしまう人がいるからなのだろうか。逆に言えば、危険人物が簡単に多くあぶり出されているともいえるが、そんなにいるのは物騒だなと身震いする。

 正に贔屓の引き倒し、羽生選手にしたら迷惑この上ないだろう。羽生選手のファン全体にも泥を塗る行為だ。ファンとしての已むに已まれぬ行動とはほど遠く、うっぷん晴らしにしか見えない。

 自分自身の気に食わない気持ち、思い通りにならないことが許せない類の人がやることだ。気に入らないことがあったらその感情を駄々洩れさせていい存在は赤ちゃんぐらいだが、精神は赤ちゃんのまま身体だけ大きく育ってきてしまったのか、そのくらい理性が働かない人なのだと思う。

 ずっと誰かに「よしよし」してもらってきて、オリンピックに人生を懸けてきたアスリートまでが自分の機嫌を取るために生きているとでも? そんな訳ない。

 そう言っても「何が悪い」と返されそうだ。下手をすると、選手本人にまで「応援してやったのに」と逆恨みしそう・・・絶対に止めてもらいたいが。

 間違っても、人類初のチャレンジをした羽生選手はファンに謝る必要はない。それは明言しておきたい。

心配な高梨沙羅選手の謝罪文

 アスリートがチャレンジした結果について一般に謝罪する必要が無いことをきっぱり書きたいと思ったのは、ジャンプ混合団体戦でのスーツの規定違反で失格になった高梨沙羅選手が、驚くような謝罪を展開して話題になっているのを知ったからだ。

 なんでも、インスタグラムに真っ黒な画像をアップして、とても深刻な謝罪文を綴っているそうだ。

 報道によると、

「私の失格で皆のメダルのチャンスを奪ってしまった」

「皆様を深く失望させる結果となってしまった」

「私の失格のせいで皆の人生を変えてしまったことは変わりようのない事実」

「謝ってもメダルは返ってくることはなく」

「今後の私の競技に関しては考える必要がある」

 ・・・正直あっけにとられるような、今回の物事を深刻に受け止め過ぎているとしか言いようのない悲鳴のような言葉が、謝罪文には並んでいた。

 人の人生を自分が変えたなんて、少し傲慢でもある。それを事実と信じているなんて混乱している。そして「今後の競技を考える」とは引退するつもりか。

 それに、ここまで謝っているということは、彼女は失格になるようなことだと理解した上で、あえてやっていた確信犯なのかと考えたくなる人もいるだろう。

 コーチなどスタッフサイドも他国のように憤然と抗議しないで「ルール違反はルール違反」とただただ受け入れる姿勢を示しているようなのも、外から見た時に疑惑を深めてしまうだけで、やりきれない。コーチが抗議していたら、彼女がここまで悲鳴を上げなくても済んだのでは?

 そう、この謝罪文から聞こえてくるのは悲鳴だ。「私を許して」「私を攻撃しないで」と泣きながら全力で叫んでいるような。自責の念が強くとても心配だ。メンタルの専門家が介入して、彼女のケアをしてくれているだろうか?

自信喪失の原因は

 高梨選手だけではないのだけれど、メディアに出る彼女を横目で見ていて、いつの頃からか危なっかしさを感じて(誰かがちゃんと彼女の気持ちを適切に支えているのかなあ)と少なからぬ危惧を抱いていた。

 彼女のように、若い頃から活躍している女性選手はアイドルのように扱われがちだったりする。すっぴんでジャンプに励んでいた天才少女は、いつの頃からか「バッチリメイク」をいじられるような化粧上手な女の子になっていた。そして、気づいたらもう26歳の大人だ。

 メイクが好きだと彼女が語る雑誌記事を読んだことがあったような気がして、ググってみたら、2017年のインタビュー記事が見つかった。ソチ五輪でも、彼女は不運に見舞われメダルを逃していた。

「人として、まだまだ未熟ですから。まだまだ学ばないといけないですし、まだまだ社会にとけこめていないと思うので、もっと学んでいかないと。それがきっと、ジャンプにつながっていくと思うんです」(高梨沙羅の客観性、人間力改革。「化粧や服装もそうなんです」(4/5) - スキージャンプ - Number Web - ナンバー (bunshun.jp) 2017年5月3日)

 違和感を覚えるのは私だけか? アスリートのように、他人から突出して才能を発揮しなければ結果を得られない人たちが、どうして出る杭を打ちたがる日本社会に「とけこむ」必要があるのか・・・それはアスリートとしての才能を削ぎ、足枷をはめるだけのように思えるのだが。

 そして「人として自分はまだまだ」と考えていること。いったいなぜ、高梨選手はそこまで自己否定するに至ってしまったのか。「人として」だなんて。もっとのびのびと才能を伸ばしてもらいたいのに。

 高梨選手の言葉は痛々しい。自分にダメ出ししてしまうのは、誰かにどこかで思い切り否定されて、心に深い傷を負ったからではないだろうか。自信喪失の証だと思う。

 それは、小室眞子さんにも感じたことだ。小さい頃から表に出ざるを得ない立場になって、周りが鈍感で適切に守られないまま、アイドルとは違うのに乱暴に世間で荒波にもまれてきたからではないのか。

 高梨選手は過去に叩きに叩かれた結果、心を痛めつけられ、ありのままではいけないと思ってしまったか。そして、自信がなく翻弄されやすい、きれいなお人形さんになろうとしているかのよう。自分を殺して周囲に過剰に適応しようとしているみたいだ。

 そうすれば愛されると思っているのかな。かわいそうに、自分を信じられなかったのか。

 先ほど「周りが鈍感で」と書いたが、男性中心の社会で女性が表に出ることの大変さと恐ろしさ。でも、指導者に男性が多ければ、選手でありながらアイドル並みに人目にさらされる大変さにピンとこないかもしれない。

 乙女心はいじらしいが、アイドルのようにきれいになる必要や、社会に都合のいい意思の無い存在になる必要は、アスリートには無い。

「謙虚さ」よりも「貪欲さ」

 暴論かもしれないけれど、アスリートでいる間は、日本社会で求められがちな「謙虚」という言葉はそこそこでいいと私は思う。自分を支えてくれる周囲への「感謝」は必要だろうが、自分の才能を信じて上へ上へと昇って行こうと無我夢中でトレーニングに励んでいるのがアスリートなのだから、「貪欲」でいい。

 「謙虚」なんて言葉は、枠にはめてのびのびとした自主性に歯止めをかける作用があるから、人を支配したい側にとっては都合がいい。失敗を恐れて縮こまってくれたらライバル選手にも都合がいい。

 しかし、才能を伸ばしたいアスリートが縮こまって縛られちゃだめだと思う。優等生は「謙虚」という言葉が好きだ。けれど、ムダに縛られずに夢中になっていていい。

 「そういうのは要らないよ」とちゃんと羽生選手が鍵山選手に伝えていた場面があって、感心した。

 鍵山は、全日本選手権後の代表発表記者会見で羽生にかけられた言葉に背中を押されたことを、世界選手権の一夜明け会見で明らかにしている。シニア初の海外試合が世界選手権という状況に「今すごく怖いっていうか、不安な気持ちがたくさんあって」と珍しく弱気をみせた鍵山に、羽生は発破をかけている。
 「自分の気持ちに嘘つこうとしていたので『そういうことはいらないよ』って。僕は彼の強さは、その負けん気の強さだったり、向上心だったり、勢いだと思っているので。もちろんそれだけでは勝てないかもしれないけど、そこが今の一番の武器。そこは大事に、大事に」(羽生)
 世界選手権銀メダリストとなった鍵山は、「あの言葉をかけられた以降から、自分のネガティブな気持ちっていうのが一切なくなって」と振り返っている。
 「自分が本当に上を目指しているという気持ちをすごく大事だと思ったので、その気持ちを一番大切にして、この舞台を目指してきました」

新星・鍵山優真を後押しした羽生の言葉「気持ちに嘘つこうとしていたので…」 - スポーツナビ (yahoo.co.jp) 2021年3月29日)

 さすが羽生選手。高梨選手にも「変に世慣れることを目指さずに、まっしぐらに自分の向上心に正直になっていればいいんだ」と言ってくれる先輩が近くにいてくれたらよかったのに・・・アスリートには、社会にとけこむ前に必要なのはこっちだよって。

 メンタルのケアを受けて、過剰な謝罪なんか要らないことを理解して、素直なジャンプへの気持ちを彼女が思い出してくれたらいいと願うばかりだ。