千世の本音は幸せ3,寂しさ7
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は、もうあと何時間かで和田合戦を描く第41回「義盛、お前に罪はない」が始まる。癒しの「和田っち」和田義盛が死ぬ結果はわかっているので、和田っちファンの「かしまし歴史チャンネル」のきりゅうさんは、既に涙して「寝込んで動画が更新できないかも」とまで予告していた。無理もない。
私もドキドキしているが、第40回「罠と罠」についてのブログを忙しくて書きそびれていた。今さらどうしようかと思うけれど、やっぱり少しだけでも書いておこうかと録画を見返した。
前39回「穏やかな一日」で、実朝のカミングアウトによって心の通じた千世と実朝。「私には応えることができない」「それでも構いませぬ」とハグし合った若い二人に涙したが、泰時を恋する実朝と、実朝に対して恋愛感情を持つ千世だと、どうしても片思いの千世は辛くなる。いつか、アンバランスな関係に耐えられなくなるかもしれない。
今回、歩き巫女のおばば(演・大竹しのぶ!)が、千世と実朝を見て「仲は良い。お互い、相手を敬っておられます。しかし、その割には寂しいのお」と言い出した。「そう見えますか」と言う千世に、おばばは「幸せ3,寂しさ7。だが寂しさ10よりはマシ」と・・・これは図星だっただろう。
千世にとっては「構いませぬ」と自分で言ったものの、やっぱりの茨の道。寂しさが7か・・・💦夫・実朝だけを頼りに、はるばる都から来たことを考えると、夫から欲しかった愛情を得られないのは(尊敬を得られても)寂しいことだろう。でも、7割とは多い。誰にも他言できないので心に押し込めて出せなくなって、寂しさが膨らんでしまったのかな。
子ができないのも「私のせいで」とか周囲に言って見せないといけないのも辛いだろう。言うまでもなく、不妊の責任は本来はフィフティフィフティだし(当時はそんなことを知る由もないが)、実朝と千世の場合は実朝に責任があるわけだが、千世が負ってみせるしかない。千世の寂しさを適切にケアできないと、いつか暴発しないか心配だ。
寂しさを飼いならして、小さくできるかどうか。千世が、自分一人で自分の心をポジティブ感情で膨らませる人だといいな。実朝が、千世に恋愛感情は抱けなくとも、たくさんの尊敬を向けてくれていることが助けになるかもしれない。それとも、恋愛の欠落は恋愛でしか埋められない、と観念してしまうタイプだろうか・・・。
大根葉のスジ取りシーンで愕然
そうそう、気になると言えば、ドラマでの物語は1212~1213年に差し掛かっているというのに、泰時と初は離縁せず夫婦でいる。えええ?どうするんだろう。史実ではふたりは離縁して、もう泰時次男・時実が次の正妻から生まれているはず・・・。
「鎌倉殿の13人」では初が生むことにするのだろうか。泰時は外で子どもなんか作れなさそうだし。
そういえば、ドラマでの畠山重忠の妻は政子の妹の「ちえ」で、関係図によると嫡男の重保は「ちえ」が生んだことになっていた。実際は、足立遠元の娘の「菊の前」が生んだとの記録を見た覚えがあるけれど。重忠の戦死した地にある駕籠塚に葬られている彼女は、ドラマには出てこなかった。
ということは、初が泰時の次男を生むことにドラマがしても、不思議ではないかもしれない。ただ、ここで離縁させておかないと、後々整合性が取れなくなって困らないか。
初が呼び返したということで、どうやら義時次男・朝時の和田合戦での活躍は描かれそうだ。比奈のもうひとりの息子、重時はどこに行っちゃったか。「のえ」が育てているのだろうが。
「のえ」の「りく」化が進み、「鎌倉殿は北条がなるべき」とまで「のえ」は今回口走っていた。怖い怖い。が、そっちよりも「私も大根葉のスジなんか取ったことないなあ、そのままザクザク切って、菜飯とかに料理しちゃってるなあ」と、変なところが気になってしまった。
「育ちが良いと、小さいことは気にならないんです」と言ってスジを取らない「のえ」に、「自分がしないから他人が大根葉のスジを取ることが気になるの?どっちにしろお里が知れますね」と言われそう。
インゲン、さやえんどうならスジも取る。フキやアスパラガスなら湯がく前か湯がいたら皮を剥く。でも、大根葉のスジなんて・・・わざわざ取るものだったとは。下処理は、せいぜい油塩炒めにする前に湯がくくらいで、そんなご丁寧な調理をしてこなかった私は、大根葉のスジまで女総出で取る北条家のお上品さに愕然としている。
義時、遠すぎる目標設定が不安を呼ぶ
義時は政子に「兄上は、坂東武者の頂に北条が立つことを望んでおられました。私がそれを果たします」と以前言い、40回「罠と罠」でも「申し上げたではないですか。兄上が望まれた世が目の前まで来ている。坂東武者のてっぺんに北条が立つ日が」と政子に言った。
それに対して政子は「もう十分ではありませんか」と返したところ、義時は「姉上は関わらないでいただきたい」と言ったものだから、政子がキレた。
どの口がそんなことを言うの。政に関われと言ったのはあなたですよ。私を支える立場ではなかったのですか。ひとりで勝手なことをしない!
このシーン、「エライ、政子~!さすがよく言った!カッコイイ」と見ている時に思わず口走ってしまった。私には、主人公なのに義時を応援する気が全然無い。
第36回「武士の鑑」では、「戦など、誰がしたいと思うか~」と吠えた畠山重忠に分があったが、まだ義時も応援する気持ちはあった。37回「オンベレブンビンバ」も、38回「時を継ぐ者」もそう。そこまでは「りく」が悪役を背負っていたからだろう。
それが、トークSPを挟んでの39回「穏やかな一日」で目が死んだダーク義時で登場して以降、さすがに・・・誰が共感して応援するのか、主人公なのに。時政パパを追放して激変、不自然なほど悪役となってしまった主人公。その変わりようの根本となる考え方を今回、息子泰時に説明していたのが興味深かった。
泰時:何故、そこまで和田殿を追い詰めるのです
義時:何も分かっていない
や:まかり間違えば戦になります
よ:(ためいき)
や:読めました、読めました。父上は端からそのおつもりだったんですね。和田殿が何をしたというのですか
よ:北条の世を盤石にするため、和田には死んでもらう。私が居る間はいい。10年経ち、20年経ち、お前の代になった時、必ず和田一門が立ち上がる。だから今のうちに手を打っておくのだ
や:私のため?
よ:そうだ
や:バカげています。私は誰も敵を作らず、安寧の世を築いてみせます
よ:口で言うのはたやすい
や:父上は間違っている
よ:太郎、謹慎を申しつける
これまでにも、そんな類の仄めかしはあったけれど、なんとなんと。義時、ちょっと先の先まで見すぎだろう。現在から未来でも過去でも、意識が飛ぶのがどっち方向でも時間的距離が離れれば離れるほど不健全、心が病んでしまうよ。不安は増して「心ここにあらず」な目をするようになる。
真っ黒義時は、親バカ義時だった。子ゆえの闇か。将来、泰時は史上稀なる大宰相とまで言われる人物だと思うと、余計に「義時、心配し過ぎだってば」と声を掛けたくなるが、義時本人は「私が悪い芽を摘んでおいたからこそ、泰時が大成できたのだ」と言いたいかもしれない。
義時は、息子たちが心配で仕方ないのだろう。「謹慎」という形で泰時を守り、朝時の方も、鎌倉を追い出す形で守ろうとしている。やっぱり、義時は「樅ノ木は残った」の原田甲斐タイプなのかな。悪をまとめて引っかぶって退場していき、澄んだ清い鎌倉を子どもに遺そうとしているのか。
しかし、子どもへの心配も良いけれど、これでは周りが大迷惑。そんなことで滅ぼされる和田義盛。義時は、無実の畠山重忠を滅ぼそうとしていた父・時政に言った言葉をすっかり忘れちゃったのだろうか。今、自分が同じことを和田一族にしようとしているのに。なんという皮肉だろう。トップに立つと、人は不安で変わるんだな。
政子、大江殿を説得すれば良かったのでは
御家人の不満が高まり、人望の厚い和田義盛が担ぎ出される。冒頭のナレーションで「その決意の固さは怯えの裏返しなのか、義時」と長澤まさみも言っていた、義時の怯え。それは子を守りたい過剰な気持ちと、自分の人望の無さへの自覚からなのだろう。
大江広元とこんな会話があった。泉親衡の乱について。
大江:いささか匂いますな、西からの雅な匂いが。鎌倉を揺るがすためにあの方が仕組んだかと
義時:上皇様は鎌倉殿を嫌っておられるのか
お:そのようなことは・・・
よ:私か
お:鎌倉の政を北条が動かしていることが気に入らぬようです。御家人を焚きつけて揺さぶるおつもりでは
自分を殺すために乱が持ち上がるとは。さらに義時は怯えが深まり、決意も強くしただろう。
黒い義時誕生まで、彼の気持ちを一貫して誘導してきているのが、大江広元だと思う。大江殿は、京に戻るわけにはいかない。そのためには鎌倉が成功してもらわないと困るので、源頼朝の相談相手として陰から幕府政治をリードし、今は義時の相談相手になっている。
誰が鎌倉政権を存続させるのにベストな人間かを探り、育てる大江殿。頼朝と義時には、大江流の「悪い芽」の見つけ方、潰すべきタイミングなどの考え方をじっくりと仕込んできたのだと思う。
大江:あの時を思い出しますな、上総介広常
義時:同じことを考えていた
お:和田殿は今や御家人の最長老。しかし・・・
よ:最も頼りになる者が、最も恐ろしい。消えてもらうか
お:良い機会かもしれません
上総介広常の粛清の時には、あんなにマジ泣きしていた義時なのに・・・「消えてもらうか」と表情も変えずに言えるようになってしまっている。そうさせたのは大江殿。一番恐ろしい。
確か、ある年の椀飯の序列でも大江殿が1番、義時が2番、トキューサが3番、和田義盛が4番だったとの解説を番組サイトで見た。義時を上回って幕府内で位置づけられていたのが大江殿ということなのか。
それなのに、と言うか・・・義時の大江殿への話し方が気になっている。38回まではですます口調が主だったのに、39回でハッキリ上からになったのだ。大江殿へ義時は遠慮が無くなり、頼朝&大江と同等の関係に昇格したようだ。
<36回「武士の鑑」より>
お:畠山を惜しむ者たちの怒りを誰か他の者に向けるというのは?
よ:罪を押し付けると言うのですか
お:はい
<39回「穏やかな一日」より>
よ:政を新しくしようと思う。守護は交代、国司はそのまま
お:北条が目立ってしまいますが
よ:構わぬ
<40回「罠と罠」より>
お:いかがでしたか
よ:尼御台には、いずれわかってもらう
メモを見た範囲でふたりの会話を確認してみると、やはり。義時は大江広元を腹心として信頼し、その考えに則って動いているからこその態度と考えていいような。
そうだとすると・・・政子は三浦義村を呼び、義時について「悔しいけれど、今やあの人を止めることは誰にもできません」と言っていたけれど、政子が説得して自分サイドに引き入れるべきは大江広元だったのではないかと思う。この時点なら、大江殿は義時を止められただろう。
政子を信奉して目をキラキラ輝かせていた大江殿だもの、政子が本気で粘り強く説得すれば、同心するのも不可能ではないのではないか。
なるほど・・・それが義時の結末を決定づけるのかもしれない。義時では幕府の存続が危ないと大江殿が考えて義時を見限り、政子なり三浦義村なりに組する。そして、義時が葬られることになるのかな。
ということで、和田殿については改めて和田合戦後の次回に書こうと思う。ちょっと、ピンクのヒゲリボンはラブリー過ぎた。(ところどころ敬称略)