黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

立春の日に、3回目の命日が来た

一昨日から何かとよく涙が出る

 このブログでも散々書いているので、またそれねーとお読みの方は思うかもしれないが、グリーフワークの一環として今日も書く。ブログのタイトルも「ペットロス日記」なのだから、まあお許しを。たまには大河ドラマから離れる。

 一昨日の立春の日は、我が猫型息子・クロスケの命日だった。今年で3回目になる。猫缶の香りのするお線香を家族が入手したのでそれを焚き、本物の猫缶もお供えした。猫のイラストのかわいいチョコレートもお供えしたが、まあ、クロスケが食べるわけではない。

 この日は、目覚めた時に既に泣いていて涙が顔を濡らしていたので、自分でも流石にびっくりした。なんだこれ、と顔に触れて思った。そうだ、命日だったと気づいてさらに涙が出た。

 泣いてたってことは、夢の中で息子と会っていたのだろうか?それだったらもう少し長く寝ていれば良かった。夢のかけらも記憶にないのが残念だ。

 最近、家族の夢には息子が登場してきたそうだ。

 家族旅行で、どこかのキャンプ場。テントの中には私と息子がいて、家族がテント入口のジッパーを開けたら、夢の中の私が「虫が入るから早く閉めてくれ」とクレームを付けたのだそうだ。明らかに息子の姿は見たらしいのだけれど、夢の中ではちゃんと抱っこしたりしなかったのでそれが残念だったとか。

 夢の中でも口うるさい私、現実でも同じようなことを言っていた。息子は黒猫。ただでさえ黒いと蚊に狙われるからと、かなり気にしていた。実家で飼った最初の猫ミータは茶トラだったが蚊に刺されフィラリアで死んだのだった。まだ3歳で。

 亡くなる前の晩、一晩中腕の中に抱き、いつか生まれ変わってきて、と死に際のミータにお願いした。それでウチに来てくれたのがクロスケじゃないかと勝手に考えている。2匹は、そこはかとなく似てるのだ。

 だから獣医さんにお願いして予防をした上でも蚊には気をつけ、まさに箱入り息子として育ててきた。どんなに甘やかしても、猫なんだから人様のご迷惑にはならないはずだと思って。でも、病院にお世話になるようになってから、甘やかし過ぎたかと少々反省した。

 うちの息子、いつも盛大に医療スタッフに反抗してしまっていたので💦内弁慶で人慣れしていないので、怖くてその裏返しだったのだろう。

 暴れた時に抑えに入ったら、思い切り顔を噛まれて出血したこともあった。しかし、息子は私を噛んだと分かった瞬間、明らかに狼狽し、しゅんとした。ああ、やっぱり分かるんだと思った。噛んだのが他のスタッフじゃなくて良かったが、血が頬から流れて周りがザワついているのに「意思がはっきりあるんだな!」と可愛くてたまらなかった。親バカなもので。

 そうそう、この時間、夜が更けて家族も寝てしまうと一緒に寝る布団で私を待ち、もう寝るよ~早く寝ようよ~と大騒ぎしていた。しばらく経ってからやるべきことを済ませて布団に行くと、大騒ぎに疲れ果て、大の字になって寝ていることもあった。まるで人間のおじさん。

 布団の真ん中に寝られてしまい、こちらが寝る場所が無くなって困ったのだが、そんな風に一人前に寝ている息子が愛おしかった。私が寝ようとして困っていることに気づくと、ちゃんと起きて退いてくれたしね。

 そして私の布団の上で丸まり、改めてくっついて寝るのだった。もちろん冬はお互いにポカポカ。湯たんぽ要らずだった。

 クロスケは、私よりも家族の方が好きなのは明らかだったが、寝相に難のある家族の方に行くのはさすがに諦めていた。私は幼いころから病院で点滴をしながら寝ていた経験のせいで、あまり動かずに寝られる。軍配はこっちに上がったのだった。何がどう活きるか、わからないものだ。

 忠実なしもべとして、実は毎晩、寝る前には「クロスケ、寝るよー」と以前と同様、声は掛けている。天国から降りてきて一緒に寝てくれないか。それが儚い望みだ。もう、湯たんぽのように暖かかった息子の体温を感じられないのが寂しい。

今年も恵方巻は無し

 これも毎度書いていることだが、我が家では節分に食べる恵方巻を食べなくなった。クロスケの生前最期の思い出と、強く強くリンクされてしまったから。ということで、今年も恵方巻は無しだ。

 豆撒きだけ、した。豆をクロスケが食べちゃう心配はもちろん無いから、慌てて片付ける必要もなかった。豆が転がり、クロスケの病室として使っていた納戸に入り込んだので拾いに入った時は、一瞬、そこに設えたベッドに息子は横たわっていたんだよなと思って固まった。

 家族と私は、いつもはクロスケの健康と長寿を祈って恵方巻を食べていた。息子は、急に無言になってモグモグしているこちらを不思議そうに見ていたものだ。興味津々に見えたのは、自分も食べたかったのだろう。

 2020年の節分の夜も、息子は私たちを見ていた。もう起き上がれない布団の上から、それでもかなり頑張って天井を見る形からのそっくり返った姿勢で。恵方巻のマグロが気になったのかな?

 数メートル離れた位置からは、見開いた息子の目がキラキラと輝いて見えた。うちの息子に限らず、猫の目ってきれいだ。息子の両目も宝石のように黒々と光っていた。

 いつもと大きく違ったのは我々が心中で祈った内容だ。もう息子の長寿と健康は祈らなかった。よくぞ頑張ってくれた、もうこれ以上私たちのために長生きしようと頑張らなくていいよ。そして、息子を天国で幸せにしてほしいと・・・どの神様だかわからないけれど、そう祈っていた。恵方巻を、泣きながら食べた。

 そして、息子はほんの数時間後に旅立っていったのだった。祈りの内容を理解したかのように。

 まんまと八方塞の年に連れていかれてしまったなあ、と今も思う。家族も私も息子も、同じ年まわりで八方塞だったのだ。遅ればせながら年が変わってから気づき、息子には節分が過ぎたら八方塞の年が終わるから頑張ろう!なんて言っていたのだ。

 1年前には何も知らず、お祓いも何もせずに穏やかに迎えた立春だった。息子もおじいちゃん猫にはなっていたけれどツヤツヤフカフカ、元気だった。1年も経たずに、まさか可愛さの固まりの息子が命を終えるとは考えもしなかった。

 毎年毎年、こうやって命日には同じことを繰り返しブログに書くのかもしれない。こうやってグリーフが薄まる日を待つのだろうか。まだ3年も会えずに我慢しているという感覚で、薄まる気配は無い。

 偶然、YouTubeで見かけたこの曲。私の気持ちのようで、泣けた。Just like me, they long to be close to you・・・(私と同じで、あなたのそばにいたいのよ)

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