黒猫の額:ペットロス日記

狭い場所から見える景色をダラダラと。大河ドラマが好き。

【べらぼう】#18 最凶毒母が酷い試練を与えていた唐丸=歌麿!人生を諦めず、蔦重と生きて浮世絵の大絵師になってよ

性を扱うとの注意書きが出た。唐丸😢😢😢

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第18回「歌麿よ、見徳は一炊夢」が5/11に放送され、とうとう喜多川歌麿が登場し彼の悲惨な生まれ育ちが判明した。公式サイトからあらすじを引用する。

≪あらすじ≫ 第18回「歌麿よ、見徳は一炊夢」

 青本の作者を探していた蔦重(横浜流星)は、北川豊章(加藤虎ノ介)という絵師が描いた数枚の絵を見比べるうちに、ある考えが浮かぶ。早速、豊章を訪ねるが、長屋で出会ったのは、捨吉(染谷将太)と名乗る男だった。そんな中、蔦重は朋誠堂喜三二(尾美としのり)に、新作の青本の執筆を依頼する。女郎屋に連泊できる“居続け”という特別待遇を受けて書き始めた喜三二だったが、しばらくして喜三二の筆が止まってしまう。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第18回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 今回、ドラマが始まった途端に「番組の一部に性に関する表現があります」とのテロップが小さく表示されていたので、何事かと驚いた。吉原を舞台に描いてきて、これまでだって性に関する表現は結構出てきていたじゃんね。なのに、今になってどうした?と思ったら・・・。

 うーん、これは確かにね。かなり重い性にまつわる話が、今回の話のど真ん中には置かれていた。

 小学生時代には大河ドラマを見始めていたが、「風と雲と虹と」の吉永小百合演じる貴子の顛末(たぶん輪姦され打ち捨てられた末の死)はショックだった。一緒に見ていた親はなんと私に説明したかが思い出せない。

 親は黙っていたかも。何が起きたのかをちゃんと理解したのは何年か経過してからだったような気もするね。その重苦しい感覚を思い出した。今年の大河を見ている子どもたちがいるとしたら、親御さんは説明に苦労しているのでは?当時の現実を知るには良い教育の場となっているかもしれないが。

 そう、あんなに小さい唐丸が・・・7歳から夜鷹の母によって客を取らされ身を売っていたと。まさに児童虐待の世界、鬼母、毒母だ。唐丸は、たまたま出会った片岡鶴太郎演じる絵師・鳥山石燕に見出され絵を描く楽しさを知ったものの、ヒステリックに邪魔する母。自分を食わす道具として子を利用することしか考えていない。これこそ、瀬川が言っていた、吸い付くヒルの中でも一番タチの悪い奴なんじゃ?

 そして、メイワク年の火災で家の下敷きになった母親から逃げた時にも、唐丸は彼女から「あんたはどうしたって死なない鬼の子だからね!」と罵声を浴びせられ、以来、それが呪文となってサバイバーズギルトたっぷりの後悔に苛まれるようになってしまったらしい。(この女優さん、知らなかったけどすごい迫力!)

 それでも、蔦重との吉原の暮らしは一時、彼に平穏を与えたのに・・・鬼母のヒモ・ヤスに見つかり金をせびられ、進退窮まった唐丸は、ヤスと共に川に身を投げて行方不明になったのだった(後日、ヤスは土座衛門となって発見)。

 それきり行方不明になっていた唐丸が、何がどうなって志水燕十(「ちりとてちん」で四草兄さんを演じていた記憶がある加藤虎之介が出てきたと思ったら、酷いクズ野郎・・・😢がっかり)に搾取される流れになったのだろうか。そこは謎だった。今後出てくるのかな。 

 ウィキペディア先生によれば、志水燕十は「鳥山石燕の弟子の御家人」なのだという(志水燕十 - Wikipedia)。捨吉(唐丸)とのつながりと言えば、鳥山石燕か。

 ドラマでは燕十が北川豊章を名乗り、二人羽織のように捨吉をゴーストライターにしていたが、燕十が豊章を名乗っていたとはウィキペディアには書いていない。現在では、北川豊章は歌麿であると認定されているんだね(喜多川歌麿 - Wikipedia)。

 ドラマのゴーストライター説、ある意味物語としてすごいよね・・・よく思いついたものだ。燕十がクズ野郎なのはドラマの中だけで、ああ良かった。耕書堂の店先に作者求が出ていたのが、燕十のためだったとは。てっきり、歌麿を蔦重に再会させるための下ごしらえなのかと思ってたよ。

クズに搾取され、それに甘んじる唐丸の謎😢

 もちろん、店先の書き付けを見てあっさり唐丸の方から蔦重の下へ戻ってくるなんてことにしたら、物語として全然面白くない。拗らせた唐丸を、蔦重がちゃんと説得して連れ戻してくれないと。絵師・喜多川歌麿の誕生に関わる事だもの、これこそが、今作最大の山場、見せ場の1つだと思う。

 個人的には「麒麟がくる」の信長役をめちゃくちゃ素晴らしく演じた染谷将太が、やっぱり唐丸=歌麿だった・・・もう、それだけで今後の期待で胸がいっぱい。「麒麟」音楽も今作と同じジョン・グラムだったから、一瞬「あれ?これ麒麟だっけ」と彷彿とさせる場面もあった(「捨吉ってのはお前かい?」と客が訪ねる直前の表情とか、大写しになった月とか)。母との間に心理的葛藤を抱えているのは同じだね。もちろん、もう信長じゃない。

 春章風、小龍斎風と描き分ける「北川豊章」の絵を見て、蔦重は唐丸の手によるものじゃないかと確信し、会いに行く。人気絵師を描き分けて話題を呼ぶ手法は、昔、蔦重が唐丸に話していた通りの売り出し方法だものね。

 だが、蔦重は、博打場で燕十を見て、見込み違いかと最初は思う。しかし、つるべ蕎麦の半次郎と次郎兵衛が次の俄祭りの催しのために練習していた「二人羽織で蕎麦を早食い」の姿を見て、閃いた。絵を描く唐丸の後ろには、実は豊章(燕十)が居るのじゃないかと。唐丸は燕十のゴーストライターではないかと。

 初回の再会では、蔦重は壁を突破できなかった。

捨吉(唐丸):(戸を叩く音。燕十に告げられた寂蓮が来ると思い、絵を中断して返事)はいはい・・・。(土間に降りて、戸を開ける。表に蔦重)

蔦重:唐丸・・・唐丸だよな!ハハッ!背ぇ伸びたなあ!いや、唐丸って年でもねえな。

捨吉:あの、どちら様で?

蔦重:いいよ、覚えてねえ振りは。

捨吉:覚えてない振りって、何言ってんですか?

蔦重:何言ってんですってお前・・・。

捨吉:(道に、尼頭巾姿の寂蓮・岩井志麻子が行燈の火を灯して来たので)すいません、馴染みが来ちまったもんで。

蔦重:馴染み?(寂蓮を招き入れ、戸を閉める捨吉)・・・おい!

(ここでOPが入る。その後、まだ暗い夜明けの長屋から寂蓮が出てくる。名残惜しそうに捨吉の手を取る)

捨吉:また。(寂蓮が笑みを残し、去る。戸口に置かれた錦絵・雛形若菜に気づいて手に取る)これ、あの時のか・・・。

蔦重:あの時のって、どの時だよ。今、あの時って言ったよな。な!

捨吉:そちらさんのでしたか。落とされてましたよ。

蔦重:ふ~ん、ま、いいや。上がるぜ。

捨吉:ちょいと!

蔦重:(部屋にある絵や道具を見て)ああ・・・やっぱり豊章の中身はお前だったんだな。

捨吉:俺が描いたんじゃねえですよ。

蔦重:(穏やかに)嘘つけ。俺ゃ見てたんだよ。豊章は、来る時持ってなかった紙を持って出てった。ありゃ、お前が描いた絵だろ。なあ、何があったんだ。話してくれ。俺ゃお前の力になりてえんだよ。

捨吉:・・・何の話をされてんだか分かんねえですけど、俺ゃ好きでこうしてるんで。

蔦重:好きって、お前・・・。

捨吉:俺ゃ、この暮らしが居心地いいんですよ。

蔦重:(床に散らばった絵を拾う)なあ。うちで仕事しねえか?あいつに内緒で。

捨吉:やりません。

蔦重:礼金、弾むぜ。(捨吉の肩を叩く)

捨吉:やりません。お引き取りくだせえ!(蔦重の肩を両手でつかみ、戸口へ押しやる。背を向けて座ってしまう)

蔦重:おい!(拾った絵を懐にしまう)・・・また来るな。(戸を閉める)

 頭の回転の良い蔦重は、雛形若菜の絵を戸口に挟んでおくという罠をかけたまでは良かったけれど撃沈され、空しく帰ることになった。が、それでもタダでは転ばない。長屋の表で住人らしき人物に話しかけられ情報収集だ。

 「あんた昔の色かい」「あいつはどっちも客取るからよ」と聞かれ、「なあ、あいつんとこによく来るお武家さんいんだろ。50がらみの。捨吉とはどういう関わりで?」と蔦重が問うと、「世話する代わりに商いさせてんだろ。あいつ、人別もねえだろうしよ。そうなりゃ、誰かに縋らなきゃ暮らしてけねえだろうな」とのこと。端的に捨吉の現状を把握できた。

 豊章(燕十)は、捨吉(唐丸)の弱みに付け込んで売春させ、ゴーストライターもさせているクズと判明。かわいいと得だとか言うけどね・・・かわいい唐丸はこういうクズに目を付けられて虐待され搾取されるに至り、それでいいと諦めてしまっている。

 唐丸の弱味とは、人別が無いこと。「人別とは、今でいうところの戸籍、住民票のようなものです」とクロスケ稲荷(綾瀬はるか)のご説明も入った。唐丸の気持ちと、人別と。蔦重はこの2つの難問を解決しなければならない。

女将たちのアシスト

 唐丸問題の解決には、松葉屋女将いね、駿河屋女将ふじのアシストが誠に良かった。蔦重は、青本の新作10作を書いてもらう代わりに10軒の女郎屋に「居続け」という、他の本屋では不可能な特別待遇をさせている朋誠堂喜三二が、(居続けがアダで?)腎虚になったと聞いて、松葉屋へ。そこで女将いねと話をした。

蔦重:色ってほんとに疲れるもんですよねえ。男にしろ女にしろ。

いね:そりゃそうさ。だから男は腎虚になるし女は早死にする。地獄商いって言われんじゃないか。

蔦重:好きでこの商いする人っていねえじゃねえすか。根っからの好色とか、男が身を売るなら、話は違います?

いね:戯作か何かのネタかい?

蔦重:まあ、んなとこです。体を売る暮らしが好きだって人はいますかね?

いね:いないとは言い切れないけど・・・たま~にいるのは、罰を受けたい子だねぇ。

蔦重:罰を受けてえ?

いね:自分のせいで色が死んだり、親が死んだり。そういう子の中には、自分は酷い目に遭って当然だから、この稼業も好きだ、ありがたいって言い出すのはいたよ。自分なんて早く死んじまえばいいんだって言ってたねえ。

蔦重:早く死んじまえばいい・・・。

回想の捨吉:俺ゃ好きでこうしてる。この暮らしが居心地良いんですよ。

蔦重:あいつ・・・。

 いねの言葉にヒントを貰った蔦重。レイプされた後に「こんなの何でもない事だ」と思いたくて、無理して肉食系に豹変したりAVに出たりする女の子の話なんかを聞いたことがあるけれど、痛々しいことだ😢 人間の心は、複雑だよね。唐丸は、自分で自分に罰を与えている気なんだろう。自分を大事にできないセルフネグレクトなんだろうな。

 そこで、蔦重2回目の説得を敢行するため、突撃。

蔦重:(朝、捨吉の長屋の表にやってくる。息を吐き、笑顔を作る)お邪魔山~!(扉を開け、裸で倒れた捨吉を見つける)おい・・・おい!おい!おい!(捨吉の体をゆする)おい、大事ねえか?どうした?押し込みでも入ったか?

捨吉:(着物を纏い、背を向ける)気を失っちまったんだと思います。荒いのが好きな客がいて。

蔦重:お前、まずいだろ、んな客!一歩間違ったら死ぬぞ!

捨吉:平気ですよ。向こうも塩梅は心得てるし。(着物を着る)

蔦重:あのよ・・・この暮らしが良いのは、早く死にてえからか

捨吉:聞いてどうすんです、そんなこと。

蔦重:俺ゃお前がいなくなって悔やんだんだよ。いざとなりゃどこの誰だか分かんなくて。何でもっとしつこく聞いとかなかったのかって。

捨吉:・・・(座り直す)俺のおっかさんは夜鷹で、俺を降ろそうとしたけど、どうやっても降りなかった。そんな赤子だったらしくて、何で生まれてきたんだ、食ってくのもやっとなのにって言われながら育った。で、そこいらじゃ7つも過ぎたら客に売られるんだ。(回想略)痛えし臭えし散々だったけど、金を稼げばおっかさんの機嫌が良くてね。(回想略)すぐに元に戻っちまうんだけどね。その日も、ヤスがてめえの稼いだ金でよその女を買ったって当たられて。

蔦重:ヤスって、あん時の。

捨吉:あいつはおっかさんのヒモでさ。まあ、とにかくその日もぶたれてここ(額)にでけえたんこぶ作ってたんだ。(回想略、境内の井戸で額を拭く捨吉)そん時に絵を描いてる爺さんがいて、それが鳥山石燕先生だったんだ。

蔦重:石燕って、あの妖し絵の?

捨吉:石燕先生は、妖しを描きに来てたんだ。この辺にはいっぺえ妖しがいるからって。(回想略)描けって言われたって妖しなんて見える訳がない。仕方ねえから先生が描いたもんをそのまんま真似して描いて。それがめっぽう楽しくて。見て写して見て写して、俺は夢中になってって。(回想略、「ちゃんと絵をやってみねえか」と石燕に誘われる)けど・・・おっかさんがそんなこと許す訳もない。(回想略)

 それからしばらくして、あの火事が起こったんだよ。(回想略、家の下敷きになった母親が呪いの言葉を吐きながら唐丸の足をつかんで離さない)死ぬ。俺ゃこのままじゃおっかさんに殺されるって思って、逃げた。俺ゃ、おっかさんを助けてとは言わなかった。それどころじゃなかったってのは言い訳で、逃げ出したかったんだ。けど、そのうちにてめえのやったことが怖くなってきて、もう何もかも仕舞いにしたくなって。そもそも生まれてきたのが間違いだったんだって!

 吉原は、俺にとっては夢みてえなとこだった。蔦重はひでえって言ってたけど、ここで唐丸として出直してえって。けど世の中、そんなに都合よくも行かなくてさ。(回想略)ヤスに見つかった。一緒に死ぬつもりだった。でも、どんだけ悪運が強えのか・・・俺を助けたいみてえなこと言ってたけど、助けちゃいけねえんだよ、俺みたいなゴミは。さっさとこの世から消えちまった方がいいんだ。

蔦重:・・・そうだな。俺ゃ、お前のこと助けらんねえわ。(驚き、蔦重を見る捨吉)けど、お前が生きてえってんなら、いくらでも手ぇ貸すこたできんぞ。・・・俺は死んで償いてぇのに、こいつに無理やり生かされてんだって。ごうつくな本屋に見込まれて、無理やり絵、描かされてんだって。その言い訳にはなれる。

捨吉:俺、人を・・・。

蔦重:まあ、そうなんだろうけどよ。俺ゃ、お前が悪いとは思わねえ。(捨吉の背中をポンと)死んだ奴らにゃ悪いけど、お前が生きててよかったとしか思えねえんだよ。(捨吉が蔦重を見る)ってことはよ、お前に石投げんのは、別の奴の役目ってことだろ?俺の役目は、お前を助ける。俺は、お前を助ける。(涙と鼻水いっぱいで、蔦重を見つめる捨吉。懐から昔、唐丸が使っていた矢立てを取り出し、捨吉に握らせる)ん。

回想の捨吉の母:あんたはどうしたって死なない。人の命を吸い取る、そういう子だからね!(炎に向かって立つ唐丸と、成長した捨吉)鬼の子だからね!(炎に向かう少年)

回想の蔦重:べらぼうめ!何、考えてんだ!行くぞ!(少年を連れ去る)

(雲ひとつない青空の下、土手を笑顔の蔦重と走る捨吉。右手には矢立てを握りしめて)

 ああ!涙涙だよ。「そもそも生まれてきたのが間違い」「母を捨てて逃げた」「人を殺した」と思ってるような、捨吉(唐丸)の頭の中に果てしなく広がってしまった業火から、蔦重が捨吉を救い出したよ。演じる染谷将太と横浜流星のふたり、長丁場を素晴らしかったね。

 自分で生きる気になってくれなきゃ、他人がどう言ったって助けることなんかできない。でもね、「死にたい死にたい」言う人は、「死にたいって思うほど辛い」って言いたくて、その辛さから何とかして逃れたいってもがいているんだと思うんだよね。

 脚本家は、自殺予防の電話相談の講習でも受けたことがあるのかな。蔦重は、2度目の説得には、「礼は弾むぜ」的な世俗的な条件の話じゃなくて、誤魔化さずに「死の問い」から入った。その知識があるのじゃないだろうか。大したものだ。

飯島直子も黙っちゃいない

 残された問題は、人別。それは、駿河屋女将ふじが手回しよく既に解決していた。いやー、とにかくカッコいいよね。

ふじ:(駿河屋の帳場で、ところてんをすする。階段を転げ落ちる音がするが余裕綽々。引き出しから紙を取り出し、立ち上がる)

蔦重:うう・・・親父様、お願いしやす!あとは人別さえありゃ良いんです。

駿河屋市右衛門:あいつを養子なんて、何でそんなこと俺がしなきゃなんねんだよ!

蔦重:今日まで俺が生きてこられたのは親父様のお陰です。どうか、親父様の慈悲をあいつに頂けねえでしょうか。

駿河屋:あんな訳アリ、戻せっかよ!

蔦重:もう、何もねえと思うんでさ。見かけも変わってるし、そもそも皆、死んだと思ってるし。誰も気づきゃしませんって。

駿河屋:(舌打ち)

ふじ:ん(紙を蔦重に差し出す)

蔦重:(文面を見る)これ・・・。

ふじ:四郎兵衛でもらってきたさ。(回想、四郎兵衛会所とある役所のような場所に行くふじ)

蔦重:おっかさん・・・。

駿河屋:だめだだめだだめだ!お前ら!吉原に何かあったら・・・(ドンっとふじが階段を踏んで駿河屋に迫る)な・・・何だい?

ふじ:重三郎はあの子をずっと待ってたんだよ!そんな大事な子なんだから、何があっても何とかするんじゃないかね!

駿河屋:んなこと言ったってよぉ!

ふじ:分かるよ。(駿河屋の腕に右手を置き)あんたは大事に思ってんだよね。重三郎も吉原も。(左手で、背後の蔦重に行けと合図を送る

蔦重:(合図に気づき)おっかさん・・・(頭を下げて去る)

 この、硬軟織り交ぜての攻略の見事さ。ドンっと迫っておいて「わかるよ」と。いや、お見事でした。ふじは、蔦重の様子を色々と見てきてたもんね。それで蔦重のために動いていたんだね。

 ふじを演じているのが飯島直子だから、嫌味なく説得力がある。ちょうど、彼女がBSでやっている「今夜一杯いっちゃう?」というサシ飲み番組についての記事を読んだばかり。中井貴一と小泉今日子が、飯島直子についてこう語っていたそうだ。

 「直ちゃんをひと言で表わすとしたらなに?」と問いかけた中井に、小泉は「柔」の字、中井は「和」だとコメント。「“柔和”な感じってことでしょ?2人合わせると」とうまくまとめた中井の言葉に、小泉から納得のハイタッチが飛び出していた。

 本当に困っている人がいると誰よりも早く気付いて助けることや、踏み込み過ぎず寄り添うタイプである…などなど、2人から評される飯島。本人が同席していると止めに入ってしまう話題だが、中井と小泉は飯島のことを本当に“良い女”だと語っていた。(中井貴一、小泉今日子が語る飯島直子の“良い女”っぷり「続・続・最後から二番目の恋」の豪華3人が集合<こんいち> MSN

 本当に困っている人がいたら、誰よりも早く気付いて助ける。役のふじは、飯島直子まんまだね。

 ふじが用意した人別は、さっそく威力を発揮した。蔦重が耕書堂に戻ると「北川豊章」を名乗る志水燕十がねじ込んできていたのだ。捨吉を食い物にしていたクズだ。

次郎兵衛:旦那、旦那、落ち着きなって。

「豊章」(燕十):だから、こいつは俺のもんなんだって!(嫌がる捨吉の首根っこをつかんでいる)

次郎兵衛:落ち着いて!

豊章:俺がずっと世話してきた奴なんだよ!

次郎兵衛:ほんとか?

蔦重:(帰ってきて)けど、そいつは俺の義理の弟なんで。

豊章、次郎兵衛:弟?(捨吉も訝し気)

蔦重:「勇助」っていって。義兄さん、覚えてねえすか?女郎の死んじまった玉野の子で駿河屋の養子にいた。

次郎兵衛:・・・(まじまじと見る)ああ~!いた!いた気がする!急にプイッといなくなった。

蔦重:そう。絵がうめえやつでねえ。豊章先生の絵ぇ見て、これは「勇助」の絵じゃねえかって思ったんでさ。

豊章:ケッ!よくそんな出まかせを。

蔦重:出まかせじゃねえっすよ。ほら人別(懐から、ふじにもらった紙を取り出す。吉原仲ノ町名主が「勇助」について相違ないと証明する文書。養子に入って出奔したけど復縁したと書いてある)。

豊章:お前、これほんとなのか!?

「勇助」(捨吉、元は唐丸):しかとは思い出せねえんですけど、「勇助」って呼ばれたら何だか懐かしい心持ちが・・・。

蔦重:(「勇助」の懐に人別を入れて、肩を抱く)少しずつ思い出していこうな、勇助。(豊章に)今まで義弟が世話になったようで、心よりお礼申し上げます。

豊章:じゃあ、仕事くれ!

蔦重:え?

豊章:表に貼ってあんだろ!(求作者)昨夜の負けが大変なことになってんだよ!

蔦重:書けんすか?

豊章:そこは俺に賭けてみようぜ。

 この駿河屋一家に、蔦重は愛されてるね。癒しの次郎兵衛兄さんがここでも良い仕事をしたよね~「ああー、いた!いた気がする」で爆笑した。邪気の無い感じでまじまじと見つめて言ってるから、豊章(燕十)もしっかり騙された。肝心の「勇助」本人は、まだおずおずとしていたけれど。

 すっかり舞台が整ったところで、蔦重が「勇助」(捨吉、唐丸)に言う。

「勇助」(捨吉、唐丸):俺、人別なんて初めてだ。

蔦重:でよ、歌麿ってなあどうだ?

捨吉:え?

蔦重:お前の画号だよ。

捨吉:歌麿・・・。

蔦重:ああ。初め、歌丸はどうだって思ったんだけど、丸じゃなくて「麿」ってすりゃあ、お公家さんの出だって噂が立つんじゃねえかって。そしたら、いつのまにかお前は京のえれえ絵師の落とし胤って具合んなって、「麿の子やないか」ってお公家さんがやってきて、ついにはお内裏に絵を描くことになりまして。

捨吉:そんなにうまくいくわけあるかよ。(唐丸の頃と同じ笑顔と思う蔦重)・・・蔦重?

蔦重:俺な、お前だけじゃなく誰も助けられなかったんだよ。花魁も、源内先生も。お前助けることで救われんのは・・・俺でさ。(涙を拭って向き直る)歌麿。あの時の約束、守らせてくれ。(近寄って)お前を、当代一の絵師にする。だから死ぬな。俺のために生きてくれ。(唐丸にしたように、頭に手を置く)

捨吉:義弟が、義兄さんが言うことに逆らうわけにゃいきませんね。(半分涙で笑いあうふたり)

 「そんなにうまくいくわけあるかよ」と言う捨吉の姿は、昔の唐丸そっくりだった。そう演じる染谷将太がすごいなあ。元々、顔立ちが似ているとは思って期待していたけどね。本当にひどいところに落とされた唐丸が、こんなに良いところに引き上げられて、見てるこちらもホッとした。

 こんな奇跡が、搾取されていた子どもたち皆に起きたら良かった・・・当時が無理だとしても、せめて、生まれ変わって良い人生を送っていてほしいものだ。

 さて、次回からは彼のことはもう歌麿と書けばいいのかな?まだ捨吉?唐丸?それとも勇助でいくのかな~こんがらかるね。

難しいサブタイトル

 そうそう、腎虚にもめげず(というか回復した由)、女郎屋に居続けの結果、大作「見徳一炊夢」を仕上げた喜三二先生。この本については、べらぼうナビに解説があった。

【べらぼうナビ🔍『見徳一炊夢』】

金持ちの息子が親の金を盗み夢を買い、栄華の旅に明け暮れた。70歳になり戻ると家は手代が継いでいて、自分は修行の旅に出る。それは出前の蕎麦(そば)が届くまでの一炊の夢だったという話で、中国の故事「邯鄲(かんたん)の夢」がモチーフです。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第18回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 「ねえねえ、面白い話なんだけどさ」と話されると自ずとハードルが上がってしまって大して面白く感じなかったりするから、江戸時代に流行りましたとか人気がありましたってのを紹介するのって、現代では「それで?」と空回りしそうで、つくづく扱いが難しいだろうと思う。

 で、ドラマで喜三二が大騒ぎ、いねさんが大立ち回りをしていたように、夢から醒めたらまだ夢の中という趣向なんだね・・・。話については、こちら(↓)の解説の方が読んでピンと来たかな。

「丑年新板絵双紙惣目録」「立役之部」の巻頭極上上吉には朋誠堂喜三二作の『見徳一炊夢(みるがとくいっすいのゆめ)』があげられている。本作は黄表紙の嚆矢『金々先生栄花夢』同様、夢中に栄華を体験する趣向。たとえ夢でも見るだけ徳と洒落る。(6. 繪草紙評判記|東京都立図書館

 夢の中で栄華を体験、たとえ夢でも見るだけ徳だと・・・今回のサブタイトルは「歌麿よ、見徳(みるがとく)は一炊の夢」。歌麿が体験した凄惨な半生を「一炊の夢」だとしてしまえという話だとしたら、まあ分かる。あんなものは、ほんの悪夢に過ぎなかったのだよと。新しい人生がもう開けるのだから。

 けれど、それが果たして「見るが徳」なのだろうか?

 それが歌麿の今後描く絵に深みを与える、得難いものだという意味なのだろうか・・・例えば描く対象の生きにくさに共感の目を向けたりってことなのだろうか?喜三二の本を持ってきてしゃれてるサブタイにしてるんだと思うけれど、ちょいと難しかったな💦

(ほぼ敬称略)