大人の階段を昇った蔦重に、忘八は
もうNHKBS4では次回の蔦重の昼の放送が始まった。土曜日、暑い中庭仕事で張り切り過ぎたせいで、日曜日になってもまだ1行も書けていない。ちょっと熱中症気味かもしれないので、元気になろうと青梅のハチミツ漬けの炭酸割りをぐびぐび飲んで、梅をバリバリ食べている。美味しい😊
こんな調子で、夜までにどれだけ書けるか。皆様もどうぞお気をつけて。
さて、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」が折り返しを迎え、第24回「げにつれなきは日本橋」が先週6/22に放送された。
最近の大河は年間に48回放送されている。ちょうど半分を終えて、いよいよ日本橋へ!ということなんだけど・・・ここのところ日本橋ニンジンが蔦重の目の前にぶら下がっている状態が続き、まだ決着がつかない。本好きアピールの為だった分厚いメガネの橋本愛(丸屋てい)の気持ちが最後の壁のようだ。
では、公式サイトから今回のあらすじを引用する。
≪あらすじ≫ 第24回「げにつれなきは日本橋」
吉原の親父たちの支援のもと、日本橋に店を購入する準備を始める蔦重(横浜流星)。しかし、丸屋のてい(橋本 愛)は、吉原者の蔦重を受け入れず、店の売却を拒否する。蔦重は、東作(木村 了)や重政(橋本 淳)に何か打開策はないかとたずねるが…。一方、誰袖(福原 遥)は抜荷の証しをつかめていなかった。意知(宮沢氷魚)は、次の一手に東作と廣年(ひょうろく)をつなぎ、琥珀を直接取り引きする話で誘いを謀る…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第24回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK)
前回、例の階段から駿河屋の親父に蹴落とされた蔦重は、階段を逆に這いのぼって親父どもに日本橋出店を説得してみせた。
自分が成り上がれば、女郎の体を売らせて搾取するため吉原者と世間から侮蔑される親父たちが、実は親無し子を日本橋に店を張らせるまでに育てる懐の深さがあると示す例になる、忘八じゃない吉原のイメージアップにもつながるってことなんだけど、事はそう簡単に運ぶのだろうか。
町に出てみれば「吉原者よ、初めて見た(ヒソヒソ)」とかね、「吉原者出入無用 通油町」との看板まで立てられちゃって、ていにも「どんなに落ちぶれようと、吉原者と一緒になるなど有り得ません!」(酷い💦)とピシャリ言われちゃってたもんな・・・町内の人々の差別的な言動は、蔦重に同行していた忘八親父たちにもヒリヒリ沁みただろう。
で、忘八親父はすっかり蔦重の応援団になってたね。とにかく日本橋通油町という絶好の場に売りに出されている丸屋に、他の買い手がつく前に買ってしまえ、「この手のことは俺たちに任せとけ」とばかりに大乗り気。すっかり蔦重が仲間と認められた証と見えた。
前回終わりで扇屋が連れてきたのは、ツケを溜め、それを帳消しにしてもらいたい馴染みの亀屋の若旦那だった(ていの元夫じゃなかったけど、彼も同じく扇屋にツケを溜めたらしいね。なんと469両!そりゃお店も傾くよ)。
その扇屋馴染みの若旦那が蔦重の代わりに丸屋を買い、それを蔦重の耕書堂に貸し出すとの名義貸しの目論見だったが、この策は若旦那の詰めが甘くてあえなく崩された。鶴屋の洞察力が鋭いのは知っているけど丸屋のおてい、ただ者じゃなかったね。
村田屋治郎兵衛:いや、亀屋さんが来てくれたら通りの格もますます上がるってもんですよ。
鶴屋喜右衛門:ええ。でも、茶問屋の方がなぜ通油町に?ここは釘屋と本屋ばかりの町ですが。
亀屋:無い所に出してこそだ、買って来いと親父が言い出しましてね。
丸屋てい:亀屋さん。一つ、よろしいでしょうか?
村田屋:何だい?おていさん。
てい:では何故、証文のお名前はお父上様ではないのでしょうか?
亀屋:そこは親孝行ですよ。黙って買って親父を驚かせてやろうかとね。
てい:黙って・・・。先ほど、当のお父上が買ってこいとおっしゃったと。
鶴屋:もしや・・・吉原にツケでも溜まってます?
はい終わり!ということで、第2弾は、忘八親父どもが丸屋の借金の証文を搔き集めて買い、「我々も既に債権者ですよお」という顔をして、明け渡しを迫ろうと丸屋に踏み込んだ。
「あんまり上品な手じゃねえ」と駿河屋も言っていたが、買い手が決まってしまうよりいいと。しかし、ここでも鶴屋に叱られちゃうね。
鶴屋:柏原屋さん。この度はこのような急な話を受けてくださり、ありがとうございます。
柏原屋:いえ、江戸に出る話は店の内でも前から上がっておりましてな。
村田屋:良かったねえ、おていさん。ここが書物問屋になるなんてさ。
丸屋てい:父は漢籍も好んでおりました。きっと草葉の陰で喜んでいることと存じます。
鶴屋:私もそう思います。では、始めましょうか。
てい:はい。(証書を前に置き、筆を執る)
(遠くで「お待ちください」という声。戸を開ける音)
丁子屋:ちょいと待った!ちょいとごめんよ。(お待ちください、の声が繰り返しかかっているが、忘八どもが雪崩れ込んでくる)
大文字屋:すぐ済みますからねえ。悪いねえ。(お待ちください!の声)
若木屋:ごめんなすって。
鶴屋:吉原の方々ですよ。
村田屋:お前たち、誰に断って入って・・・(尻すぼみで引き下がる)
てい:これが吉原者・・・。
鶴屋:これはこれは、遠路はるばるようこそおいで下さいました。
駿河屋:おう、年取んねえな、赤子面。
鶴屋:おかげさまで。
柏原屋:あの、この方たちは・・・?(村田屋に)
扇屋:女将さん。悪いけど、その取引は無しにさせてもらうぜ。もう、この店のいくらかは俺たちのもんになってんだ。(借金証文を出す)
鶴屋:そうですか。それは、私どもも同じでして。(証文を出す)丸屋さんは町の講からも借りておられたので。これしきのことは、日本橋の商人だったら誰もが思いつくんです。でも、やらないんです。これは、座頭や無法者、あなた方忘八のやり口だからです。あなた方は日本橋にふさわしくない。
蔦重:けど、うちは丸屋さんの暖簾は残しますよ。(一礼し、ていの前に座る)お初徳兵衛、蔦屋重三郎と申します。
大文字屋:おめえ、暖簾を残すって・・・。
蔦重:ああ、改めて考えたんですが、丸屋さんとうちで、1つの店にしちまえば良いんじゃねえかって。
てい:え?(鶴屋が無言で見ている)
若木屋:そんじゃ、蔦屋が日本橋に出たってことにゃならねえだろ。
蔦重:堂号がありゃ、伝わりまさ。例えば丸屋耕書堂ってしちまって。
村田屋:騙されちゃなんねえよ!どうせ時を見て蔦屋に変えるつもり・・・
蔦重:しませんよ、んなこと。(ていを見て)どうです、女将さん。一緒に本屋、やりませんか?本当は店、続けてえんじゃねえですか?
てい:(考えて)・・・お受けしかねます。父も、お達しに背くようなマネは喜ばぬと思いますので。
蔦重:そうですか。(フーッと息を吐いて)じゃあ、俺と一緒になるってなあ、どうです?
忘八ども:おい、重三!
りつ:重三・・・(あきれる)。
蔦重:(てい、キッとして横目で見る)店屋敷の売り買いは難がありますが、縁組は禁じられてねえ。それなら、お達しには背かねえし、店を一緒にやるのは当たり前。お互い、独り身ですし。どうです?
てい:(一点を見つめ)・・・「男やもめに蛆が湧き、女やもめに花が咲く」と申します。
蔦重:そう。ここは、ひとつ花を咲かせましょうよ!
てい:花の咲かぬ女やもめは、縁組をちらつかせれば食いつくとでも?
蔦重:え?
てい:(眼鏡の奥に、鋭いまなざし)どんなに落ちぶれようと、吉原者と一緒になるなど有り得ません!(出ていく)
やっちゃったね、蔦重。ため息しかない。
「丸屋の女将さんが欲しくてたまらないもの」を忘八どもが考える時に、不老長寿の薬、打ち出の小槌に続いて出たのが「男」。大黒屋りつが言ったのだったが、それで「お前が色仕掛けすりゃいいんじゃねえの?」と、一旦その場は盛り上がった。
だが、すぐに「ごめん、やっぱ忘れとくれ」「だね、ちょいと無理筋だ」とりつと松葉屋が言い出し、りつがとどめで「だって、あんた見掛け倒しじゃないか」と。その見掛け倒しの本領が、ていを前にして発揮されてしまった。
天下の横浜流星を捕まえて、何を言ってる~アハハ!とは思うけれど、モテ男の「中の人」はともかく、瀬川への初恋に気づくのに20年かかった男なんだもんね、蔦重は。
とはいえね、やっぱりそれこそキャラ設定が無理筋なんじゃないの?恋愛トンマは主人公あるあるだけど、蔦重をそんなキャラにしてしまうのって。人たらし女たらしじゃないと、そこまで時代の寵児にまで駆け上がれたかどうか。鮮やかにおていさんを自分に恋させる、江戸の横浜流星たる手練手管を見たかったけどな。
しかし、今作は蔦重は見掛け倒しで、相手はお堅いおていさんとの設定だ。 「千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ、と申します。立派な堤も蟻の巣穴をたった1つ許すことで、その内側より崩れゆく韓非子の一節がございます。蔦屋重三郎の店というのはまさに、この蟻の巣穴に当たるものにございましょう」とまで、おていは言っていた。
韓非子か・・・漢籍の知識が豊富なんだね。まるで去年の「光る君へ」のまひろのよう。ああ、懐かしい😢蔦重とは互いの良いところを補い合える、良い組み合わせではあるよね、ほんと。
おていの心を動かすのは「本屋、一緒にやりませんか」というビジネスの話だけだろう。「逃げ恥」みたいに、ビジネスパートナーから信頼を得て本当のパートナーへと関係が育まれていく話になりそうだけど、最近、そういうのが多い気もする。
蔦重の方は、寺での盗み聞きで十分、おていに心が動かされていたようだった。源内さんまで思い出して。おていの後悔の言葉が聞いてて気の毒だね。
てい:誠に情けのうございます。そこまで大事に育ててもらいながら私のしたことと言えば、ろくでもない夫と一緒になり、丸屋を傾け、盛り返すこともできず。一体、私は何のために生きておるのかと。
さて、次回はどうなるか。
本多正純の登場が近い
政権の表(老中)も裏(側用人)も権力を握っていた田沼意次の権力の独占振りって、それこそ「光る君へ」の藤原道長に似ている気がするなと、先日の磯田道史のBS番組を見た時に考えた(田沼意次 大ピンチ! 〜意知 殿中刺殺事件〜 - 英雄たちの選択 - NHK)。ただ、両者が一点大きく違うのは血筋の良し悪しだ。それに、現状維持が好まれれば、成り上がり者は嫌われるよね。
現代から見ると、政治家が血筋ばかりを誇るのは本当に白けるだけだが(米も「買ったことが無い」とか言ってる社会性の無さはサイアク)、血筋正しい松平定信の役者がそろそろ交代して「どうする家康」で本多正純を演じていた、ウルトラマンタイガ井上祐貴になるとか。(大河ドラマ「べらぼう」“寛政の改革”へ!井上祐貴・又吉直樹・島本須美ほか出演決定 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK)
寺田心君も定信の少年期の賢丸を頑張っていたけれど、大人の役者に交代しないと、まだまだ無理な気がするもんね。
井上祐貴という役者さんは、「虎に翼」でも出ていた。主人公寅子の義理の息子だったね。けれど、時代劇の方が似合う気がする。ちょんまげカツラがキリッと似合うというか。楽しみだなあ。
ちょいと不思議な須原屋
さて、「例の絵図の方はどうなった、抜け荷の場所を記したという」と田沼意次が言っていた絵図!あれか~須原屋市兵衛が持っていて、蔦重に見せていたのは!
蔦重はあれを活用して、日本橋に吉原者の自分が店を持てるように後押ししてもらおうとする・・・みたいな流れになりそうだよね。つまり、時の権力者意次親子を動かして、堂々と日本橋に進出するということだ。鶴屋さんも文句が言えないように。
しかし、「紀州様の蔵に納められた」と平秩東作が語る絵図を、どうやって須原屋は入手していたものか?それを蔦重の日本橋進出のために使わせてくれるとしたら、どんだけ蔦重に優しいのやら。
ちょっと気になったのだけれど、丸屋の女将さんの人となりを知るために、蔦重が平秩東作に聞いて、さらに尋ねたのが北尾重政だった。
重政:要するに、丸屋の女将さんを落とせねえかって話か。
蔦重:へえ、手に入れたがっているもんとか、叶えてえ望みとか。それに応えられますよって示しゃあ店、売ってくれんじゃねえかと思って。
この重政は実家が地本問屋の須原屋ファミリー。ウィキペディア先生によると「江戸小伝馬町の書肆(しょし、本屋)須原屋三郎兵衛の長男として生まれる。父の三郎兵衛はもと須原屋茂兵衛という大店の版元に長年年季奉公した功により、のれん分けを許された」(北尾重政 - Wikipedia)とのこと。
小伝馬町といえば、蔦重が店を構えることになる丸屋にも近いのでは?もしかしたら、重政はおていさんと幼なじみとか有り得るんじゃないの?と、こちらは内心で勝手に盛り上がっていた。
だけれど、ドラマでは「俺が仕事してたのは親父さんの方だからよ、娘のことはさして知らねえのよ」と重政は答えていた。そうか・・・ガッカリ。
だけど、重政は何と言っても蔦重の初作「一目千本」で力を貸してくれた絵師。以来、良い関係が続き、歌麿にしても何くれとなく面倒を見てくれている。なぜに須原屋ファミリーはこんなにも蔦重に優しいのだろう。もしかして、まだ語られていない何か関係が出てくるの?見当違いかもだけど。
ターゲットは松前広年➡藩主道広へ
八方塞りとなった田沼意知は、誰袖にも「松前広年じゃオロシャとの直取引を成すところまで辿り着けるかどうか」と言われていた。
広年はいつもオドオドだもんねえ。「琥珀を持ってくるオロシャといかにして取引するものかは、商人しか知らぬし、できぬ」と言う広年に「裏切りそうな者に金を握らせ、聞き出されてみては?」と切り返せる誰袖は頭が良いが、彼女ぐらいの才覚や度胸が無いと密貿易なんかできないだろう。
広年は、あれで20歳前後の若者なんだとか。誰袖に、「好きなものをやる。選んで良いぞ」と自作の絵を見せていたが、彼女は全然興味無しで琥珀に話を振った。絵は後で相当価値が出る訳だよね?蠣崎波響なんだもの。後で「あの時貰っておけば」と、大文字屋と誰袖が思い切り悔しがる場面とか出てきたら面白いな😀
意知は、松前藩の蝦夷地を上知(あげち)として幕府直轄領にしたいがために、密貿易を理由に松前からスムーズに取り上げる形にならないかと画策している。頼りない松前ひょうろく広年に見切りをつけ、破天荒な兄の松前藩主・えなりかずき道広にターゲットを乗り換える方が望ましい。そうしたら、道広から話に乗ってきた。
これってどこまで信頼できるのか・・・仲良しのサイコパス3人組の一橋治済が何か田沼の動きをつかんでいて、それを知って道広が罠を仕掛けてきている可能性もありそうじゃない?治済が絡んでいる人たちは、何を繰り出して来るものやら怖くてならない。
それに誰袖が太刀打ちできそうなのも、肝が据わり過ぎて怖い。
(ほぼ敬称略)