祝言=さよならのサインだった
はあ、直ちゃん死んじゃいましたね・・・NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第8回「墨俣一夜城」が3/1に放送され、小一郎が美濃攻略の一大イベント墨俣一夜城築城に兄藤吉郎と共に奔走する中、恋人・直が故郷の村の水争いに巻き込まれ命を落とすという、悲劇的な最期を迎えた。
ドラマは、直の遺体を前にした小一郎の号泣で終わり、次回予告も流れなかった。直の遺体に掛けられていたのは、祝言のための白無垢だった。パパに持たされたやつね。
祝言を迎えられないことは、分かっていたことだけれどもね・・・だって、羽柴秀長の奥さんとして、直ちゃんは記録されていないよね?だから、小一郎が「祝言を」と言い出した時点であちゃー、今回でサヨナラ決定かと思った次第だ。
直は、小一郎の青春を彩ってくれた大事な恋人だったよね。ドラマ的に、確かに居てほしい存在だった。
秀長の正室は、このドラマでは、吉岡里帆が演じる慶(ちか)。なんでも、西美濃三人衆の一人である安藤守就(演・田中哲司)の娘との説があるそうで、ネットを見て知った。だとすると、竹中半兵衛の正室と姉妹ってことになるが・・・ウィキペディア先生にもそういう守就の娘は見当たらない。その説はどうなんでしょうね?
とにかく、ドラマの現在は墨俣一夜城の年、永禄九年(1566年)。小一郎には正室所生の嫡男与一郎がそろそろ生まれないといけない頃らしいから、オリキャラ直ちゃんの退場も致し方なしだ。(全然関係ないが、永禄九年と言えば真田信之が生まれた年だよね。おめでとう!)
秀長との婚姻時期について、天正10年(1582年)に死去した子の与一郎が元服して仮名を名乗っていたことから、柴裕之は永禄10年(1567年)頃と推定する[15]。黒田基樹は永禄9年(1566年)頃の婚姻と推定し、当時の秀長が織田信長の直臣と推測されることから、その婚姻相手の慈雲院も信長直臣の出との見方を示す[16]。
和田裕弘は、柴や黒田が秀長の別妻・摂取院の父(秋篠伝左衛門)とした[17]「伝左衛門」を慈雲院の父であるとし、尾張神戸氏の出とみられる神戸伝左衛門秀好としている[18]。(慈雲院 (豊臣秀長室) - Wikipedia)
「お前が幸せなら、それで良いわ」と涙ながらに娘に降参した、直ちゃんパパ(坂井喜左衛門)役の大倉孝二もこれで終わりか、溺愛するが故のツンデレパパぶりが可愛かったね。そのパパがかつて蔵の中で倒れてくる棚から自分を庇ったように、身を挺して村の少女を庇って死んだ直。
顔面蒼白で少女を気遣いながら倒れた直の背中は血に染まり、何かが当たったのか・・・村人が投げるなどして、背中に刃や石つぶてを受けてしまったのだろうか?パパが知ったら号泣だろうなあ。
死に際、直ちゃん役の白石聖の演技がとても良かった。だから、小一郎の側室役で再登板というのはどうでしょう?直ちゃんに瓜二つの人物を見かけ、一瞬にして恋に落ちる小一郎。うんうん、良さそうだよね。あ、キャストがまだ決定してなければだけど。
藤吉郎は「ドリルの先端」
ちょっと脱線。ちょうど大河ドラマでも描かれている、この織田信長による美濃攻略までの藤吉郎の出世ぶりについて、家族も大ファンの磯田道史先生の番組「英雄たちの選択」で面白く取り上げていた。
豊臣秀吉 出世の鍵は美濃にあり | 英雄たちの選択 | NHK
<豊臣秀吉 出世の鍵は美濃にあり> 豊臣秀吉が織田信長の侍大将に取り立てられたのは29歳。それまでの行動は史料が少なく謎が多い。この時期、信長は天下取りの第一歩として隣国の美濃を攻めていた。美濃は勇猛な武将が居並ぶ強敵で大苦戦を強いられたが、攻略の突破口を開いたのが若き秀吉だった。蜂須賀小六ら木曽川の地侍を味方にし、敵の城主を調略し織田に寝返らせてゆく。最初にして最大の敵、美濃攻めを史実に基づいて検証し、異例の出世の真相に迫る。
絵本太閤記など、秀吉のように物語で様々に脚色された人生が伝えられていると、逆に史実はどこにあるのかと思いたくもなるところ。だが、信長の下、18歳の小者から29歳の侍大将への出世を果たした藤吉郎が、確たる資料はなくとも美濃で大手柄を挙げたのは間違いないことであると、番組ご出演の学者さんも踏んでいた。
「攻略の突破口を開いた」のが藤吉郎による川並衆や西美濃三人衆らに始まる調略であり、竹中半兵衛のクーデター(永禄七年、1564年)以降、美濃はバタバタと織田方に寝返って斎藤龍興の力が削がれていったとか。
えーと、そうすると森可成は?今回も、画面には登場していた。こんなことがウィキペディア先生には書かれていたんだけど。改めて戦歴を読むと、大した武将だよね。さすが森蘭丸パパ。
永禄10年(1567年):可成によって、かねて内応を打診していた西美濃三人衆(安藤守就、稲葉良通、氏家直元)が織田家に転じる。(森可成 - Wikipedia)
蘭丸パパの配下で藤吉郎が活躍したのかなあ・・・まあ、藤吉郎の調略の才能がめっちゃ有効だと信長は気づいて、彼を引き立てた訳だ。
最近は実は保守的だったとか見方が変わって先進性が否定されがちな信長の、やっぱり新しい部分が次の天下人秀吉の重用だったというのが、なんというか胸に来た。調略が、槍働きなど武功にも劣らぬ才能だと評価し、将来の天下人を発掘した信長はやっぱり非凡だったね。
磯田先生は、藤吉郎を「ドリルの先端」に譬えていた。相手側の岩盤にずぶりと突き刺さり、そこに寝返り要素をどんどん注入、中から瓦解させて突き崩してしまうと。分かりやすい。そのドリルの先端を、信長はあちこちで使い、天下布武が成っていく。
まだ3/11に再放送がある。NHKBSで午後5~6時に放送されるので、関心のある方はぜひどうぞ。
「一夜城」の意味
今回のハイライトは、前回仕込みのあったように、藤吉郎と小一郎が川並衆の助けを得て非常に難しい立地の墨俣に砦を築いたことだった。夜陰に紛れて川を使って既に半ばまで組み立てた部品を運び、現場で一気に組み上げたので、斎藤方は「前日には無かったのに、”一夜”にしてできた」と、一夜城だと言って驚いていた。
その時の、斎藤龍興クンが安藤守就含む、西美濃三人衆の皆さんにすごーく嫌われている感じだった。いかにもすぐにも裏切られそうな感じ。龍興が弄んでいたお饅頭は美味しそうだったけど、当時は高級だろうに、食べ物を粗末にしちゃダメだよね。
そもそも墨俣に砦か城が存在したのか?と疑われたりもするようだが、第一人者の小和田哲男先生が「あった」とYouTubeで言っていたので、その点は安心して良さそう。
この砦が、墨俣一夜城と言われる所以が、紀行でも紹介されていたように絵本太閤記で「墨俣の砦城、一夜に成る」と書かれた点にあったのだが、このドラマではそうじゃなくて「一夜しか、もたなかった」と逆転して描かれた。そういう意味での一夜城ね。
砦への斎藤方の猛攻により、劣勢に追い込まれた藤吉郎の軍勢と小六率いる川並衆。藤吉郎の合図で仕掛けの縄が切って落とされ、水のように流れる油が斎藤方を襲う。藤吉郎が櫓の樽(黒い液体が入っている)に火矢を放ち、砦には炎がバーッと燃え広がった。バルセロナ五輪の開会式みたいだ、と家族が言っていた。派手だねー。
ガソリンか何か、流動性のある燃焼性の高い油で砦が燃えたみたいな演出だったけど、そういうすぐ燃えてくれる油って当時普通にあったのだろうか?
まあ、「子連れ狼」では大五郎の乗る乳母車(?)に仕込まれた連射式のマシンガンが出てきて驚愕したし、「西部警察」だって有り得ないような爆発が毎回すごかったんだから、時代劇で細かいことはいいか w 大河だけど。
この仕掛けの直前の、万感を込めた藤吉郎の言葉。全ての不都合を吹き飛ばし、感動に持って行く池松壮亮だった。
藤吉郎:この城の事を覚えておる者が、この先どれほどおるであろうのう。たった一夜であったが、お主らと共に作ったこの城の事、わしは生涯忘れぬ。良き城であった!
ところで、砦で斎藤方に囲まれてしまった時の小六と藤吉郎の「小便漏らすなよ」「いや、もう少~し漏らした」という、それで互いにホッコリするやり取りを見て、「鎌倉殿の13人」のあの場面をパクった・・・いや、オマージュかとピンと来た。
何しろ、義時役だったの小栗旬が相変わらず斜めの信長で出ているだけでなく、義経役だった菅田将暉が軍師竹中半兵衛でご出演。今後、弁慶だった彼も藤堂高虎で出てくるって話だ。どなたかは義時の衣装も着るのだって。「鎌倉殿」カラーはますます強まるのだから、きっと制作陣のサービスだと、そういうことにしておこう。
小一郎がまたまた口八丁
墨俣砦での攻防で藤吉郎らが敵の目を惹きつけている間に、本命の城を落としてしまえとの信長の命で、小一郎は、前野長康と森蘭丸パパと共に、安藤守就の北方城にやってきた。しかし策は見破られており、守就の兵が待ち構えていた。
皆殺しにされそうなところ、今回も小一郎が、良く聞いてみると手前勝手な話からスタートして実は核心を突く話に持って行き、守就の心を揺さぶって、上手く逃げおおせた。この口八丁、何を言い出すのか毎回面白い。
安藤守就:やはり来たか。
木下小一郎長秀:なぜ・・・。
森可成:もしや、敵の間者が・・・。
守就:ひとり残らず討ち取れ!
小一郎:お待ちください!(刀を鞘に収める)
可成:小一郎!
小一郎:(前に進み出る)北方城主、安藤伊賀守殿とお見受けいたしました。
守就:いかにも。
小一郎:我らの策を見抜かれた事、実にお見事!さすがは美濃に三人衆ありとうたわれたお一人にござります。
守就:わしではない。見抜いたのは、別の者よ。
小一郎:良きお仲間をお持ちのようで。
守就:何が言いたい。
小一郎:その御力、我らにお貸しくだされ。
可成:いきなり何を言い出すのじゃ!
守就:何?
小一郎:ここで我らが斬り合ったら、何のために兄者たちがおとりになって血を流したのか分かりませぬ。ここはひとまず刀を収めて、我らの話を聞いて下され。
前野長康:我らは今、そんなことを言える立場ではなかろう。(ごもっとも!)
守就:そこまで言うなら、お主らが美濃に寝返れば良かろう。
小一郎:それでも構いませぬ!(驚く可成、守就)それで、皆が良き暮らしができるようになるのなら、願っても無いこと。そう思えるよう、拙者を説き伏せてくだされ。(黙る守就)我が兄なら、迷わずこう申しまする。信長様なら、新たな面白き世を必ずお作りになると。斎藤龍興様には、それができまするか?できると、申せますか!(守就は迷いが顔に出ている)
守就:黙れ!この美濃は、我らの手で守ってきたのじゃ!織田の手になど渡せるか。(兵に)やれ!
(襲い掛かられる小一郎ら。誰かが篝火を次々蹴倒し、暗闇になる)
前野長康:こっちじゃ(小一郎を導いて逃げる)
ふーん。安藤守就の今後を思うと、ニヤニヤしてしまう場面ではあるよね。しかし、前野長康の「我らは今、そんなことを言える立場ではなかろう」という突っ込みが正にその通り、彼は冷静なんだね。小一郎は(藤吉郎もそうだけど)勢いで話の筋を煙に巻いてしまうところがあるが、長康は引っかからないのね。
夜目の利く元川並衆・長康が助けになり、小一郎はその場を脱出(あれ?森様は置いてきぼり?)。そこで松明を掲げて出てきたのが何となく諸葛孔明のイメージをまとった竹中半兵衛。「目を合わさず、おびえた様子」と解説は言うのだけど・・・コミュ障設定なのか?でも、策を巡らして稲葉山城を乗っ取ったり(永禄七年、1564年)できちゃったのだよね?
永禄九年の現時点では、彼は隠遁生活を送っている様子。それで山中の小さな庵に引きこもっていて、庵には舅でもある安藤守就がやってきていた。・・・ちょっと不思議だよねえ、竹中半兵衛は、安藤守就と一緒に稲葉山城を乗っ取ったんじゃないの?それでなぜ守就は、嫌々ながらも斎藤龍興にまだ従っている様子だったんだろう。
どうも、このドラマでは守就は乗っ取りには参加しておらず、ただ半兵衛を預かっているように見える。そこら辺の事情がよく分からないが・・・次回「竹中半兵衛という男」で詳しく語られるはず。楽しみに待とう。
(ほぼ敬称略)