黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

DV裁判・・・本当に「前科」無しか

寒い年末だ。昨年の今頃を振り返ると、年末のセールで風邪をひき、年明けまでずっと寝込んでいた。すぐ風邪をひく性質なので、今年は元気で暮れを迎えられそうなのがありがたい。せっかく元気なのだから、新年を迎えてしまう前に少しでも書かなくては!せめて、先々週傍聴させていただいた裁判については触れておきたい。
 
この事件では、外国籍の夫が妻殺しの罪に問われていた。当初の罪状認否では、殺人の起訴事実については被告人側は争わず、量刑を裁判員裁判で決めるのみということで、大きな問題はないと見たのか公判中に記者の姿もほとんど見えなかった。傍聴していたのは検察職員や関係者ぐらいだった。
 
記者に関心は持たれなくても、しかし、DV(ドメスティック・バイオレンス)の点からみると、画期的な裁判になったような気が私はしている。DVについては、加害者側に二面性があったりして外からは分かりづらいが(つまり極端に外面が良く、暴力を振るっていいと見下した相手にだけ別の暴力的な顔を見せる)、当事者は悲惨な目に遭っている。そのメカニズムの一端が被害者側の弁護士によって最後に分かりやすく説明されたため、検察側が求刑した満額の判決を裁判所が下すに至ったのだ。
 
判決で、裁判長は「被害者に落ち度はなかった」とはっきり言った。この言葉を、殺された妻側の家族はかみしめたに違いない。殺した事実を争わないといいつつ、それまでの法廷では被告人の夫側はまるで妻を殺したのは腕が首に巻き付いたせいによる過失致死だったかのような言い訳を展開し、さらに、「妻が浮気したから」「家事をしないから」「家計簿をつけないから」などと、ありもしないorあったとしても大したことのない落ち度をあげつらって故人に対する攻撃に終始していた。
 
夫が家に金銭を入れないため、身を削るように深夜にも働いていたという妻は、「5分もあれば殺せる」などと速射砲のように暴言を浴びせ続ける夫の言葉の暴力に心底打ちのめされ、子どもの前で階段から突き落とされそうにもなるなど恐怖におびえ、資格を取るための学校にこっそり通い、子ども二人と実母を連れて真剣に夫から逃げる準備を進めていた。実母は、「下の子が学校に上がるまで様子を見たら」とアドバイスしていたが「お母さんは甘い。本当に殺されてしまうよ」と言い、荷物をまとめてもいたのだという。
 
離婚届を入手し、運良く夫に書いてもらうところまでも到達していながら、しかし、夫から無事に逃げて住む先が見つからずにせっかくの離婚届の提出には至らないまま、妻は殺されてしまった。証言をした妻の実母が、自分が娘にしたアドバイスを悔みに悔んでいたのは言うまでもない。気の毒過ぎて、言葉もない。一生、娘に詫びて生きるのだろうかと思う。
 
別の事件で、郵便職員が逃げている妻の転居先を教えてしまったという報道を見たばかりだが、そんなことが頻繁に起きているのはなぜかと言えば、夫は外面の良さを十分に発揮してソフトに尋ねてくるから、尋ねられた人たちもまさかこの人が暴力夫だなんて見分けがつかないからなのだという。
 
だから、離婚しようが何だろうが「この女は自分のものだ」と勝手に思い定めているDV夫から、独力で妻が逃げ切るのは至難の業だ。もしも、彼女が全国女性シェルターネットの存在を知っていたら・・・逃がしてくれるネットワークがあることを知っていたら、殺されずに済んだかもしれない・・・と悔やまれる。
 
長女は、母親が殺された時は9歳、現在は10歳になっている。裁判で母親のために意見陳述をしたいと望んだが、結局裁判所はそれを許さず、裁判長が代読した。その意見陳述は、母親は父親の被告人と異なり、働き者で子ども思いだったことが分かる内容であり、「パパのせいで私の人生はめちゃくちゃです」「パパが早く死刑になればいいです」「あんな奴を信じてはいけません」「心の中に悪魔がいると思います」「パパのことをやさしいなんて思ったことはないです」と、被告人側が作ってきたやさしい父親のポーズを完膚なきまでに否定もしていた。
 
被害者参加人に名前を連ねていたようだが出廷することはなかった長女だが、彼女の被告人に対する質問も代読された。「どのくらい首を絞めていたの」「その間、ママは苦しんでいたの」「どうして手を緩めなかったの」「ママは命が一番大事と言っていたのに、どうして病院に連れて行かなかったの」。これらの質問に、「良く分からない」「きっとそう」「ごめんなさい」「全てパパが悪かった」と正面から答えようとせずにポーズを作り続けた被告人。謝罪の前に真実を知りたくて答えてほしくて一生懸命に娘は質問を考えたのだろうに、その気持ちを簡単に踏みにじっていた。
 
検察側の求刑は、結果が重大であり、犯行態様が悪質で、被害者側家族が厳罰を望んでいる、動機が短絡的である、などを指摘して懲役12年。有利な事情としては自首していること、オーバーステイではあったが前科がない・・・などを挙げていた。特に型どおりで新鮮味はなく、裁判員もそうか、という顔をして聞いていた。
 
だが・・・こういうDV裁判ではいつも思うのだが、本当に「前科はない」との評価が正しいのだろうか。外から見ると夫婦喧嘩にしか見えない争いは、結婚当初はそうだったかもしれないが、夫が妻に対する支配を強める過程で徐々に対等な間で発生する「喧嘩」ではなく、「一方的な暴力」と化していっていると思われる。そして、「殺される」と妻が完全におびえる段階に至っては、妻が例えば夫からの性交渉の要求を断ることなど不可能になっている。
 
そうなると、今回のケースもそうだが、妻を殺すに至る以前に、夫は妻に対して一体いくつの「犯罪行為」を行ってきたのか・・・と思ってしまう。階段から突き落とそうとすれば「殺人未遂」だろうに。それなのに、立件されていないだけで「前科はない」と評価をされてしまうのだ。知人の財布を奪って首を絞めて殺した犯罪で無期懲役の判決を受けた男のケースが最近報道されていたが、長期間にわたり妻をいたぶってきた人間には懲役12年。このアンバランスさはひどいと思う。これは正義とは言えないだろう。
 
こういうアンバランスさはあるものの、求刑12年の中で、減らされずに12年の判決が出たことは、現段階では良しとせねばならないだろうと思う。その満額を引き出したのは、冒頭で少し触れたように、被害者参加人についた弁護士による最終意見陳述、いわゆる「被害者論告」だったと思う。
 
まず、被告人の言うように妻の不貞が原因だったとしても、普通の人間ならば離婚を選択するのであって、殺人をしない。配偶者の不貞で離婚しているケースは山のようにある。異常な人間が殺人を選ぶのだ--という点を指摘していた。
 
そして、法廷で吟味されてきたことがらを、被告人がいかに妻の意思を無視して自分の思い通りの結果を実現してきたかという側面から分析した上で、今回の殺人を「身勝手で暴力的な相手に対する支配欲が究極的な形で出たもの」と指弾して見せた。さらに、喧嘩ではなく一方的な暴力が継続していたことを指摘することも忘れなかった。
 
被害者側弁護士は、求刑自体は「できるだけ重い刑を」と述べるにとどめていたが、この被害者論告の間、裁判員は水を打ったように静まり返って集中して聞き入っているように見えた。これまで法廷で見聞きしてきた事柄が、すべてジグソーパズルのようにピースがハマったような「そうだったのか」という表情をあからさまにしている人もいた。このように、DVの本質をきちんと踏まえた論告には、みな納得する思いがあったに違いない。
 
弁護側は相手が配偶者であること、刃物を使っていないこと、前科がないことなどから懲役7年が妥当だと言っていたが・・・一般人よりも配偶者だと命が軽くなるかのような、これまでの法廷の常識に裁判員がひきずられなくて良かった。
 
判決では、被告人の夫が「生活費を渡さない、遠距離通勤で夫婦関係が破綻し、話し合いをしても一方的に暴言を吐く」などしたため被害者が離婚の意思を固めるや、「執拗に復縁を迫るなど、犯行の動機、経緯は身勝手であり、被害者に落ち度があったとは認めがたい」と認定していた。
 
ちなみに、被害者側の弁護士には事前にDV関係の冊子を2冊、読んでもらった。25年以上にわたり米国でDVの加害者側の更生プログラムを行っているバンクロフト氏の来日時の講演録と、DVについて回答しているQ&Aだが、ここまでコンパクトにDV問題や加害者側の本質をわかりやすく理論的に説明できている物を出版してくれたことには、率直に感謝したい。できるだけ多くの被害者側の弁護士に目を通してもらいたいと思う。
 
興味のある方は、「NPO法人レジリエンス」で検索すると、その本について紹介があり、そこで入手できる。悩んでいる人も、ぜひこの冊子を読んで、今回紹介した裁判のような結果になる前に苦しみから脱出する手掛かりにしてもらいたい。