黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

AKB、ああ無情

 AKBメンバー峯岸みなみのお泊り騒動と丸刈り謝罪については、私がぼやぼやしているうちに色んな人が反応し、私が書きたいことなんかも既に多くの人たちが指摘済みのようだ。海外の各国にもあっという間にニュースが伝わった。
 
 今さらという気もするが、駄文を書き加える。
 
 YouTube公開映像で見た、うなじに切り残しもある丸刈り頭の峯岸みなみは「頭の中が真っ白でどうしたらいいのか、自分に何ができるのか、いてもたってもいられず、だれにも相談せず坊主にすることに決めました」と語り、泣きながら「AKB48を辞めたくない」と訴えていた。
 
 私がその異様な丸刈り謝罪映像を見て、こりゃいかん、エンタメを越えた公開リンチかと青ざめつつ思い出したのは、つい最近見た映画「レ・ミゼラブル」の中でアン・ハサウェイ演じたファンティーヌだ。よそに預けている娘コゼットのために金銭を作らなければならない彼女は、経済的に追い詰められて、髪を切られて歯を抜かれ、売春婦に身を落とし、死んでいく。
 
 このファンティーヌの売春について、欧米の感覚では「レイプ」と捉えるのだと、在米の方が書いた記事をネットで少し前に読んだ。自分から客を取ることを最終的に納得しようがどうしようが、状況に追い詰められた上での広義の強姦の犠牲者が彼女なのだと。
 
 
 その記事は、そのファンティーヌの例を引いて、従軍慰安婦の軍による組織的強制連行は無かったという、日本で良く聞く「狭義の強姦の枠」に基づく反論に沿っていわゆる河野談話の訂正を今になって求めることは、「女性の人権に無自覚な国」との烙印を現在の日本が押されるだけで、同盟国をがっかりさせるだけだ…といったことを書いていた。
 
 この記事を読んだ後で、今回の峯岸みなみの件はどう見えるか。明らかに、ある種の暴力の被害者に見えないだろうか。
 
 状況に追い詰められて、あんなに長くきれいだった髪を彼女は自分で切っているわけだ。例えば他人が勝手に髪を切ったら傷害罪になったはず。峯岸みなみも、自ら自分を傷つけて罰を与え「許してください」と言っているわけで、これは明らかに自傷行為に追い込まれている。
 
 つまりね…ファンティーヌのレイプの例を考えても、峯岸みなみはアイドルとして自分で責任を取っただけだからマネジメントは知りませんぜ、などという言い訳は、日本でしか通用しないのではないだろうか。こんな暴力的な支配が女性アイドルに対して許される国なのかと、世界はショックを受けたのではないかと思う。
 
 それに、AKBは押しも押されもせぬ日本のトップアイドルだ。そもそも、多くの人が指摘しているように、真面目に考えたら基本的人権に反して当然無効となる恋愛禁止規則だなんてものは、ネタだけにしておいてほしかった。日本は、トップアイドルにさえ人権を認めない、まだまだ野蛮な国なんですよと示しているに等しい。
 
 マネジメント側と、二十歳になったばかりのアイドルを対等に見ることなんかできないし、あそこまで彼女を追い詰めた責任をマネジメント側はしっかり考えないといけないはずだ(それなのに人権侵害的規則を掲げたままで彼女を「降格」したというのだから、その無自覚さには恐れ入る)。
 
 今後、同様のAKB独自のルール破りで追い詰められたメンバーから自殺者が出たとしてもおかしくないと私は思う。メンバーの大半は20歳やそこらだ。未成年も多数いる。最近の支援者研修で聞いたのだが、アメリカでの調査研究によると、人間の脳が成長して完成するのは25歳頃なんだとか。だから若い人は根拠なく自信過剰や無鉄砲に見えたりするらしい。
 
 その脳の成長途上の彼女たちが、追い詰められたらどうなるか。今だって、総選挙とやらで競争を散々あおられて、票が欲しいからと、なりふり構わずどんどん「肌見せ」競争をさせられているようにマインドコントロールされていると見える彼女たちだ。翻弄されて、結局は脱がされて。とうとう違法な児童ポルノと指摘されるような画像に関わったメンバーも出てきてしまったではないか。
 
 そこまで脱いだのは、ある番組をボイコットしたことでの経済的損失を挽回する必要があると責任を感じたのか?と思ったが…。本人は「心が折れそう」とラジオで言ったとか言わないとか。ここまで追い詰めたのは誰か、と言いたい。
 
 そんな風に彼女たちが追いまくられ続けて、自傷行為が今回のように髪を切るところでストップするなんて、誰が保証できるのか?峯岸みなみも、謝罪した直後に初期メンバーに囲まれて笑顔で写真に納まっている姿がまたさらなる批判にさらされていたが、ああでもして仲間が励まさないと、彼女は自殺しかねなかったんじゃないのだろうか。
 
 若い女性の坊主頭での謝罪という鬼気迫る映像をぬけぬけとさらしたことで、他のメンバーへの見せしめにもなり、ファンへの「商品価値を維持しますからよろしくね」のアピールになる。若い女性を性的な対象としてしか見ないかのような、歪んだ社会のありようにつけ込み、何でも話題になればいいのか…と、マネジメント側の商売根性のあざとさにぞっとした人は多かったはずだ。
 
 このAKB商法に対する問題意識は、多くの人が持ち始めている。中高生男子だけではなく、大の大人までもが「総選挙」の投票権を得るべく、何枚も同じCDを買うために金をつぎ込まされているのもそうだが、小さな女の子がいる家庭では、下着姿でメンバーが出演している「ヘビーローテーション」の映像や、ビキニ姿で歌い踊るその他の映像を見て、娘たちがまねて憧れることで、将来への悪影響を心配している。
 
 昨年11月には、東京・中野で「アイドルブームと性暴力」というシンポジウムが開かれた。アイドルにあこがれる少女たちを狙った女子児童の過激な水着姿のDVDの製造販売や、女子児童を狙った誘拐が連続して起こった事件を取り上げつつ、少女たちへの性暴力と、AKBを筆頭とするアイドルブームの関連を考える会になっていた。柔道界の事件もそうだが、若い女子の人権が平気で踏みにじられている社会であることは残念だ。
 
 そうは言っても、巨大な集金マシーンと化したAKBが、拝金主義のこの世の中で簡単に変わるわけもないだろう。しかし、だ。せめて、今回の事件を契機に「アイドルになりたいのは分かった。だけどAKBだけはやめておけ」と親が娘には言うようになってほしいし、この商売方法がすたれるような新たなビジネスモデルが出てきてくれないか・・・と思った。