黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

【光る君へ】#6 道長、まひろに畳みかける恋の歌~ヒューヒュー!

見てる側もドキドキだよ

 NHK大河ドラマ「光る君へ」第6回「二人の才女」が2/11に放送された。時季は丁度バレンタイン前じゃないか、ここで燃え上がる恋心をね・・・NHKもやりますよ!ということで、公式サイトからあらすじを引用させていただく。

(6)二人の才女

初回放送日: 2024年2月11日

まひろ(吉高由里子)は道長(柄本佑)と距離を取るため、そのライバルの左大臣家で間者を続けることを決断。一方、道長は道兼(玉置玲央)の口から、まひろの母の事件をもみ消したのが兼家(段田安則)であることを知り、一家が背負う闇の深さに戦りつを受ける。そんな中、宮中で勢いを増す義懐(高橋光臣)一派に対抗するため、道隆(井浦新)は若い貴族たちを招いて漢詩の会を催すことに。参加を申し出たまひろだったが…((6)二人の才女 - 大河ドラマ「光る君へ」 - NHK

 まずは道長の兄道隆が主催する漢詩の会。ここには学者として招かれた為時のお供としてまひろが参上した。弟惟規が尻込みして逃げたので(大丈夫か弟)。

 その参加について、まひろは父親の心をうまーく刺激していた。言ったのは「ぜひ父上の晴れ姿拝見しとうございます」だったんだけどね・・・今回は、左大臣家のサロン参加継続の理由でも為時を感心させていたが、既に数え15歳にして父親を掌で転がすなんざ大したものだ。

 今、15歳と書いたが、前回ブログまでは、ドラマの時代考証担当の倉本一宏著「紫式部と藤原道長」の巻末の略年表にある天延元年(973年)生まれに従い、永観二年(984年)のまひろを「数え12歳」と書いていた。それが、諸説ある中、NHKの今回のドラマでは970年生まれを採用したと知ったので、今回からは970年生まれへ転換したい。

 こちらの記事によると、NHKの「光る君へ」のガイドブックにまひろは970年生まれと書いてあるそうだ。

asa-dora.com

 そうだよね・・・まひろがまだ数え12歳じゃ(つまり満11歳)、どうしても道長19歳との恋の話は進めづらい。見ている側の現代の価値観が邪魔をして「いいのかな~」とすっきり応援できない気分が残る。

 数え15-16歳だってどうなの?という声はあろうけれども、相手がオッサンじゃなくて19-20歳だからギリ若者同士の恋として今の価値観でもOKじゃないか。その点も考慮して、NHKは970年生まれに主人公を設定したんだと思う。

 さて、漢詩の会に話を戻す。世は寛和元年(985年)となり、まひろは数え16歳とますますこちらがホッとする年齢になり、父のお供で道隆の家での漢詩の会に参加した。漢詩が苦手だから遠慮するみたいなことを言っていた道長はやっぱり登場、彼抜きでのF4は有り得ない。

 ここで、遅れて入ってきた道長と、まひろは視線を交わしてハッとするんだね・・・会の最中だから無言なのがもどかしい。だけれど道長、やってくれました!

 漢詩については詳しくないので(いや、他も詳しくないけど)、現代語訳がご本人たちのナレーションで入ってくれたのが助かった。道長の選んだ詩はこうだった。これを父為時が詠みあげるというね・・・もう、まひろはどうしていいかわからないシチュエーションだ。

下賜の酒は十分あるが 君をおいて誰と飲もうか

宮中の菊花を手に満たして私は ひとり 君を思う

君を思いながら 菊の傍らに立って

一日中 君が作った菊花の詩を吟じ むなしく過ごした

 素人には、まひろを想う恋の歌にしか聞こえなかった。まひろにもそう聞こえたはず。朗詠される間の吉高由里子の表情が物語っている。でも、その場にいる他の人たちにはそう聞こえず二人だけが気持ちを通わせているという、ウルトラうまい設定だ。

 「道長殿もお見送りを」「道長殿?」とせっつかれなかったら、道長は何か言葉をまひろに掛けていたのかな・・・いや、隣にききょうがいるもんねえ、無理だったよね。視線だけを交わすふたり。これがまた、もどかしさを増したシーンだった。

 漢詩に限らず、和歌やら当時の古典の素養のある方たちのネットでの解説が頼りになる。読むと、本当に勉強になる。それを素人なりに乱暴にまとめると(間違ってるかも😅)、道長の漢詩にある「君」こそが、ききょうの言った「白楽天の無二の親友だった元微之(げんびし)」であり、この詩は彼のことを白楽天が詠んだものだったらしい。

 そして、ハツラツと発言していたききょう(ファーストサマーウイカが良い味、後の清少納言)の言葉を聞いた時の、道隆の妻高階貴子のニッコリ微笑みが意味深。貴子の漢籍の素養は実家の関係で大したものらしく、将来の定子の女房としてききょうに唾つけた、ということなんだろう。

 後に、白楽天と元微之の関係は、ロバート秋山演じる実資と道長との関係になぞらえられるらしい(実資に可愛がられてたはずの道長の方が、すいすい出世していったので)。実資の書いた「小右記」に道長の有名な望月の歌が記録されていることは知られている。

 この漢詩の会で、ききょうが良いと言った斉信の選んだ漢詩の一節も気になった。「酒をなみなみと注いでくれ。早くしないと花が散ってしまう・・・」。

 なんと縁起の悪い。まさに斉信の一族が頼りとする女御の妹の命は散ろうとしていたのに。「お隠れに(死んだ)」と聞いた花山天皇は、被り物もせずに(つまり現代ではパンツいっちょの感覚らしい)寝所から飛び出てきたほど慌て、哀れだった。

 ずっとセリフ無しだった井上咲良は、お隠れの前にセリフがあって良かった。お兄ちゃん、瀕死の妹を前に出世の話ばかりで鬼だったけどな(はんにゃだけにw)。

恋文キターーーーーー

 そして!とうとう!道長からの文がまひろのもとに届けられた。

ちはやぶる神の斎垣(いがき)も越えぬべし

恋しき人のみまく欲しさに

 なんと直球な・・・恋しい人に会いたくて神聖な斎垣も越えちゃいそうって、これは、まひろも恋文を思わず胸に抱くよね。

 確か「源氏物語」で六条御息所が娘の斎宮に付いて伊勢に下る前に、光源氏は精進潔斎の場にも関わらず彼女に会いに行って、この伊勢物語の本歌を踏まえて斎垣も越えるとか何とか会話していた。

 この場面の道長の気持ちは、源氏のあの場面をまざまざと思い出させたが・・・何だっけ、野々宮詣で・・・確認したところ「賢木」の巻だった。

【源氏物語】【賢木 02】源氏、野宮に六条御息所を訪ねる【原文・現代語訳・朗読】

 解説の部分に「斎垣も越えはべりにけれ 『ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし大宮人の見まくほしさに』(伊勢物語七十一段)。『ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし今はわが名の惜しけくもなし』(拾遺・恋四 人麿)などをふまえる」とある。

 道長の歌は伊勢物語の本歌取りだけれど、気持ちで言ったら後者の歌の方が近そう。これは万葉集?

 ドラマの道長とまひろの関係で言えば、越えなければならない「斎垣」は仇同士ということ。まひろの母を道長の兄が殺した、その忌まわしい重い鎖の関係を越えても「恋しき人」って・・・ヒューヒュー(古い)言いつつ、次回の展開をおとなしく待つか。

 ただ、まひろは道長から離れることを心に決めていた。さて次回、どうなるのか。

道長から離れるために、まひろが決めたこと

 まひろが「紫式部」へとなるために動き始めた兆しのような描写も、今回は見られた。984年も暮れのこと、道長が道兼に一族の闇を突きつけられ慄然としていた頃のことだ。

 (そういえば、道長が道兼の殺人を忘れるとずいぶん簡単に言っていたように見えて、「どうして?」と疑問だった。もっと引っ張るかと思った。道長も、この時には「まひろのことを思い切るしかない」と考えていたのだろうか。)

まひろ:(心の声)私は道長様から遠ざからなければならない。そのためには、何かをしなければ・・・この命に、使命を持たせなければ

 この三段論法が、どうもしっくり来なかった。なぜそうなるか?と。

 「道長から遠ざからなければ」の次に「何かをしなければ」と来たら、どこか具体的に彼から離れるような手段を講じる話かと思った。例えば、父に受領になってもらって地方に下り、同行することで物理的に彼から離れるか。または、心理的距離を取るために、あえて誰かと結婚してしまうか。ますます左大臣家ベッタリになるのもそうだろう。

 しかし、そうじゃないみたい。「何かをしなければ」の後に続くのは「この命に使命を持たせなければ」なのだ。使命を与えられれば、本当の望みを手放すこともできるということか・・・つまり使命とは、自分を支える「人生の拠り所」になる何かのことだよね。

 まひろの場合、自分の心の奥底を素直に見つめれば、真の望みは、言葉と裏腹に「道長と共にあること」だと理解していそう。それを悲しく諦める、その代わりに欲しいのは自分を奮い立たせる何か、ということか。

 さて、その後、散楽一座の出し物の台本を書く気になったまひろ。五節の舞で倒れた舞姫の話(自分のことじゃんね)はどうかと振られて、「じゃあ、こういうのはどう?」と直秀ら一座に考えた話の筋を伝えるが、一座には受けない。そして言われてしまう。

直秀:大体、その話のどこがおもしろいんだ。散楽を見に来る民は皆、貧しくカツカツで生きてる。だから笑いたいんだよ。笑って辛さを忘れたくて辻に集まるんだ。下々の世界では、おかしきことこそめでたけれ。お前の話は全く笑えない。所詮、貴族の戯言だ。

まひろ:・・・ん~笑える話。今度、考えてみるわ。じゃあね、稽古頑張って。

 これでまひろは、自分が好きなように書くだけではなく、受け手を楽しませるというプロ意識を持って、作家として歩みを進めることになるのだろうか?「源氏物語」を書く大作家への第一歩かな。

思惑入り乱れ、道長は婿入りへ?

 左大臣家の姫・倫子は、サロンにてまだ馴染めない振舞いをするまひろも排除せず、温かく接する。まひろの話を聞いて「苦手なものを克服するのも大変ですから、苦手は苦手ということでまいりましょうか」と声を掛け、「内裏でのお仕事は鈍いくらいでないとね」と父・左大臣を引き合いにやんわり教育する。サロンの女主人として、なかなか賢い。

 やはり、猫を追いかけたのは右大臣・兼家の目に留まるよう、わざとだったかな(そもそも、上級貴族の姫が、邸内とはいえ人前にて走る!なんて有り得ないとは思うが、ドラマだし)。

 倫子の思惑通り、兼家は道長に「左大臣家の一の姫はどうだ」と言い、婿入りを勧めた。兼家も、左大臣家と結び付くことができれば何かと都合がいいからだ。

 そして、同じく左大臣家への婿入りを道長に勧めた人がいた。「私には裏の手がありますゆえ」と前回、兄の道隆に啖呵を切っていた姉の詮子だ。やはり詮子が意志を持って動き出した。

 彼女は左大臣源雅信を呼び出した(ふたりの間に存在するはずの、女御様の前の御簾はどこに行った)。

 そうそう、この時、「東宮様をあちらへお連れ申せ」と詮子に言われて「さあ、参りましょう」と東宮を誘ったのが乳母の藤原繁子。詮子の叔母、兼家の妹に当たる人物だ。

 この繁子さん、なんと道兼の妻だと公式サイトに書いてあったので仰天した。道兼の妻にしては・・・老けているよね。父の妹だし(この時代の感覚では同母でなければOKみたいだけど)。どういう経緯で妻になったのだろう。東宮様の乳母なんだから、道兼の思惑は推して知るべしだ。

 脱線した。東宮を去らせてからの、ストレートな詮子と源雅信との会話は見ものだった。

詮子:わざわざ局まで来ていただいて、済まぬことです。

源雅信:とんでもないことでございます。されど、女御様が私に御用とは何事かと存じました。

詮子:先の帝に毒を盛り、ご退位を促したのは我が父であること、ご存知でしたか?

雅信:そ・・・それはさすがに、それは有り得ぬと存じますが。

詮子:ご退位の直前に帝ご自身がそう仰せになったのです。間違いありません。私はもう父を信じることは出来なくなりました。都合が悪ければ私とて懐仁とて手にかけるやもしれませぬ。

雅信:それはございませんでしょう。

詮子:危ないので、表立って父に逆らうことはしません。されど、私は父とは違う力が欲しいのです。もうお判りでしょう。(困った顔をしている雅信)もう私の言葉を聞いてしまった以上、後には引けませんよ。覚悟をお決めなさい。(膝を進めて)末永く東宮と私の力となること、ここでお誓いなさい。・・・さもなくば父に申します。左大臣様から、源と手を組まぬかとお誘いがあったと。

雅信:そのような理不尽な・・・。

詮子:私は父が嫌いです。されど父の娘ですゆえ、父に似ております。

雅信:・・・私なりに、東宮様をお支え致したいと存じまする。

詮子:ああ・・・(一段降りて、まさかの雅信の手を取って!)有難き御言葉。生涯忘れませぬ。(手を放して)ところで、左大臣様の一の姫はおいくつですの?

雅信:22でございます。

詮子:殿御からの文が絶えぬそうではありませぬか。

雅信:いや・・・それが全く関心を示しませんで、殿御を好きではないのではないかと妻とよく話をしておりますが・・・。

詮子:そうですか・・・私のように入内して辛酸を舐めるよりはよろしいかもしれませぬ。

(雅信退出、道長がやってくる)

詮子:ああ道長、やっと会えたわね。お前、左大臣家に婿入りしなさい。

道長:は?

詮子:評判の姫らしいわよ。年は少し上だけど、それもまた味があるわ。

道長:味・・・何でございますか?それは。

詮子:フフフ。私の言うことに間違いはないから。いいわね。

道長:(無言)

 詮子がこんなにもあからさまな手段に出るとは思っていなかったが、彼女はただ父にやられて打ちひしがれている人間ではなかった。

 大きな不安を抱えていただろうに、それを逆手に取り、父に匹敵する左大臣に目をつけて自分の力の源にしてしまおうと考えるだけでも凄いが、奥方やらの女同士の関係を頼っての裏から手を回すのではなく、表立っての乾坤一擲の直談判で左大臣にYESと言わせてしまった。いやはや。

 倫子が自ら蒔いた種も少しはあるにせよ、お気の毒にも、左大臣家は右大臣家の内部闘争に巻き込まれるのが決まってしまった。逃げ場は無かったね。

 詮子(吉田羊)が「父に似ております」と言った時、確かに表情まで段田安則がちらついた。確かに顔の系統は、よくよく見るときょうだいの中で一番兼家に似ていた。そして思考も兼家張り。皮肉にも、道隆・道兼・道長の三兄弟よりも一番父の血を色濃く受け継いでいたらしい。

 そして、道長は完全に「何の話?」状態で自分の婿入り先が決まった。今は、まひろのことで頭がいっぱいなのにねー。貴族の結婚なんぞ、そんなもんだろうが、彼も源雅信もお気の毒。

(敬称略)

【光る君へ】#5 特別な絆=道長は仇の弟、重い鎖で結ばれたふたり

ずっと心にしまわれていた、あの日の事

 NHK大河ドラマ「光る君へ」第5回「告白」が立春の日の2/4に放送された。公式サイトからあらすじを引用させていただく。

(5)告白

初回放送日: 2024年2月4日

道長(柄本佑)が右大臣家の子息であり、6年前に母を手にかけた道兼(玉置玲央)の弟であることを知ったまひろ(吉高由里子)はショックを受けて寝込んでしまう。事態を重く見た、いと(信川清順)はおはらいを試みる。一方、まひろが倒れたことを聞いた道長は、自らの身分を偽ったことを直接会って説明したいとまひろに文をしたためる。直秀(毎熊克哉)の導きでようやく再会することができたまひろと道長だったが…((5)告白 - 大河ドラマ「光る君へ」 - NHK

 前回描かれた五節の舞の後、やっぱり倒れて寝込んでいたまひろ。お祓いに来た憑坐と法師陰陽師は、乳母のいとが御方様は亡くなったと言ったことで怪しげに頷き合い、まひろが倒れたのを亡き母ちやはのせいにしてお礼の米を稼いで去った。

 いとは弟惟規の乳母であり、初回から登場しているが、いいとこある。ちゃんとまひろのことも心配して、当時の人並みな「治療」のために彼らを呼んだわけだ。「もう呼ばないで」とまひろは言ったが。

 まひろは、お礼参りの帰りに母親が殺されているのだ。神仏等への信頼は薄くもなるだろう。

 父・為時が、正気に戻ったまひろに、初めて思いを正面から告白した場面も心に残った。父にお願いもされた。でも、それをまひろが素直に聞ける訳もない。家族の誰かが殺されて、皆が皆同じタイミングで同じ方向を向ける訳もなかろう。

為時:わしは賭けたのじゃ。お前が幼い日に見た咎人の顔を忘れていることに。されど、お前は覚えておった。何もかも分かってしまったゆえ、分かった上で頼みたい。惟規の行く末のためにも、道兼様のことは胸にしまって生きてくれ。ちやはも、きっとそれを望んでおろう。

まひろ:母上が?

為時:お前が男であれば大学で立派な成果を残し、自分の力で地位を得たであろう。されど惟規はそうはゆかぬ。誰かの引き立てなくば、真っ当な官職を得ることもできぬ。

まひろ:右大臣様におすがりせねばならぬゆえ、母上を殺した咎人のことは許せと?!

為時:お前は賢い。わしに逆らいつつも何もかも分かっておるはずじゃ。

まひろ:わかりません。(顔をそむける)

 五節の舞姫のひとり(まひろ)が倒れたことは憑き物につかれたと噂になっており、それが道長の耳にも届いた。分かりやすく、無言で立ち往生した道長は、まひろの昏倒は自分の素性を舞の途中に知ってしまったことが理由だと考え、手紙を書いたんだけど・・・。

 この時点での手紙の様子を察するに、色恋のカケラもない感じ。道長はまひろへの気持ちがまだニュートラルだと信じていて恋だとは意識できていないからなのか、単に彼が無粋なのか。この時点では何とも言えない。

 とにかく道長はまひろに謝りたい気持ちになった訳だが、彼が思いもしなかった告白が待っていたんだよね。

(六条のどこか、まひろが待っていると直秀が道長を連れてくる)

道長:右大臣藤原兼家の三男、道長だ。

まひろ:三郎じゃなかったのね。(横目で見ている)

道長:三郎は幼い時の呼び名だ。出会った頃は三郎であった。お前を騙そうと思ったことは一度とてない。驚かせてしまって済まなかった。会って話がしたいと思い、文を書いた。

まひろ:父の前でそのことを詫びて、どうしようと思ったの?

道長:ただ・・・詫びるつもりであった。(柱の陰で直秀が聞いている)

まひろ:(道長の方を向いて)誠は・・・三郎が道長様だったから倒れたのではありません。あなたの隣に座っていた男の顔を見たからなのです。

道長:道兼のことか?

まひろ:あの顔は一生忘れない。

道長:兄を・・・知っているのか?

まひろ:6年前・・・母はあなたの兄に殺されました。私の目の前で。(驚く道長)6年前、父は播磨の国から戻っても官職を得られず、食べることにも事欠いて下男や下女が逃げ出してしまうほど貧しくて・・・そんな時、右大臣様が東宮様の漢文の指南役に父を推挙してくださったのです。官職ではないけれど、父も母もこれで食べていけると喜んで、次の日、母はお礼参りに行くと言いました。

 私が河原で三郎と会う約束をしていた日で・・・私は三郎に会いたかった。行かないって言ったけど、行きたかった。

回想のちやは:(小走りのまひろに)まひろ、今日のあなたはおかしいわよ。(馬のいななき)

回想の少女まひろ:あっ!

回想の道兼:(馬で疾走、まひろと出会い頭にぶつかりそうになり、落馬。下男の刀を抜いて走り、その場からまひろを守って離れようとするちやはを背後から刺す)

まひろ:あの道兼が・・・(ちやはの返り血を浴びる道兼の顔)三郎の隣に座ってた。もし道兼だけだったなら、私は人殺しと叫んでいたかもしれない。でも、三郎が居て。

道長:(表情を失って)すまない。

まひろ:父は、禄を頂いている右大臣様の次郎君を人殺しにできなかったの。

回想の為時:(涙を流しながら)急な病で死んだことといたす。

回想の少女まひろ:なぜ!母上は殺されたのよ!父上!

まひろ:東宮様のご様子を右大臣様にひそかに知らせる役目もしていたから。

道長:すまない。謝って済むことではない・・・が、一族の罪を詫びる。許してくれ(頭を垂れる)。

まひろ:兄はそのようなことをする人ではないと言わないの?

道長:俺は・・・まひろの言うことを信じる。・・・すまない。

まひろ:別に三郎に謝ってもらいたいと思った訳じゃない。

道長:ならば、どうすればよい。

まひろ:わかんない・・・三郎のことは恨まない。でも、道兼のことは生涯呪う。

道長:(胸を押さえて)恨めばよい。呪えばよい。

まひろ:あの日、私が三郎に会いたいって思わなければ・・・あの時、私が走り出さなければ・・・道兼が馬から落ちなければ・・・母は、殺されなかったの。だから、母上が死んだのは私のせいなの。(しゃくり上げ、ひどく泣きながら)

道長:(まひろに歩み寄り、背中に手を回す)(直秀、去ろうとする)待て。お前、名前は?

直秀:直秀だ。

道長:直秀殿。今宵は助かった。礼を言う。

直秀:直秀でいい。

道長:まひろを頼む。(走って去る)

直秀:帰るのかよ・・・。(まひろ、泣き続けている。馬のいななきが響く)

 今回のクライマックス。この吉高由里子の演技を、柄本佑は「ゾーンに入っていた」と2/10のスタジオパークで言っていたが、本当に演技とは思えない、見ているこちらも心が深く痛む、涙を抑えられない演技だった。

 まひろ、この6年間ずっと辛かったね!と、そっと背中に手を置きたい気持ちにこちらもなっていたので、「まひろを頼む」とその場を後にする道長に「帰るのかよ」と直秀と一緒に突っ込んだ。

 気持ちは分かるけど、まひろが6年越しにやっとのことで心の中身を言葉にしたのだから(多分初めてのことだろう)、自分の気持ちの解決に走らず、一旦受け止めてほしかった。

 まひろは「母上が死んだのは私のせいなの」と言った。そう言葉にするのはどれだけ辛かったことか。だけれど、そうじゃない。仮に、馬上にいたのが道兼じゃなくて道長だったら?長兄の道隆でも良い。少女まひろに出会い頭にぶつかるのを避けようと落馬したとしても、ちやはが殺されることなぞは無かったと容易に想像がつく。

 あれは道兼個人のせい。まひろのせいではない。まひろは悪くないんだよ、と言ってあげたいけど・・・この被害者遺族の罪悪感・自責の念(サバイバーズギルト)は、周りがそう言っても理屈じゃなく、簡単には拭えるものじゃないと聞く。それは故人を助けたかった愛情ゆえのことだよね。苦しみから脱するには時間もかかるだろう、本当に痛ましい。

 (孫娘が殺され、その時に在宅していた祖母が事件に気づかず孫娘を守れなかった罪悪感から「私が殺した~(ようなもの)」と嘆き悲しんだら、それを真に受けた警察に逮捕されてしまった冤罪事件が昔あったと記憶している。いやいや、あなたは家にいただけで殺してないでしょ、というロジックが通じない程の大きすぎる悲しみの表明が祖母の「私が殺した~」だったのだろう。今は被害者支援も進み、そんなポンコツ警察は無いだろうけど。)

 この重すぎる罪悪感を、物語とはいえ、まひろはたった6歳で抱えてしまった。殺人者は処断もされずにおれば、余計に心の中で自責感が膨れ上がるんじゃないか。その溜め込んだ感情が怒りとなって、父に向っていたのだろうね。

自分は加害者の弟、という重い事実

 「まひろを頼む」と言って道長が向かった先は、道兼の下。当時、自分が道兼から受け続けた暴力の経験からも、道兼ならやりかねないと考えただろうが、道長らしく、慎重に確認から入った。

 満月の夜、ひとり馬を走らせる道長の複雑な胸中を思うと・・・自分はまひろの仇の弟かもしれないのだ。兄弟の縁は切りたくても切れない。道兼には否定してほしいと、そう思っていただろうな。

道長:兄上。6年前、人を殺めましたか?お答えください。

道兼:やっと聞いたな、お前。やはり見ておったか。(回想。返り血を浴びた道兼の姿を見てしまった、当時の三郎)虫けらのひとりやふたり、殺したとてどうということもないわ。

道長:何だと・・・(道兼の胸ぐらをつかんで)虫けらは・・・お前だ!(道兼に殴りかかる)

道兼:(殴られ、烏帽子も取れて)父上に言ったのはお前ではないのか?

道長:え?

道兼:父上もご存知だぞ。何もかも父上が揉み消してくださったのだ。

道長:(兼家を見て)誠でございますか?!

兼家:我が一族の不始末、捨て置くわけにはゆかぬでな。(愕然とする道長)

道兼:そもそもお前が悪いんだぞ。

回想の時姫:何をしておる!

回想の三郎:弱き者に乱暴を働くは心小さき者のすることと申したら、兄上が・・・。

道兼:お前が俺をイラ立たせなかったら、あのようなことは起こらなかった。あの女が死んだのも、お前のせいだ。(道長、言葉を失う)

兼家:ハハハハハハハ・・・。道長にこのような熱き心があったとは知らなんだ。これなら我が一族の行く末は安泰じゃ。今日は良い日じゃ。ハハハハハハ・・・。

 まひろの仇の弟だったと分かった道長には最悪の日を、良い日じゃと言って笑う父兼家。道長にも闘争心があると見て、安泰じゃと言ったのだろう。熱き心が発動するポイントは、親子で大きく違いそうだけれど。

 道兼がネットでサイコパスと呼ばれていたが、サイコパスならこの父の方では。前述の例え、もし兼家が馬上にあって少女まひろと出くわしていたら?彼なら、片頬にあの笑みを浮かべつつ事も無げにちやはを惨殺したかもしれない。その前に、まひろをも平然と片付けたかも。ゾッとする。

 兼家と道兼は同じ思考回路を持つかのように見えるが違うようだ。道兼は、ただ父に褒められたい一心なのだと思う。

 そして道兼にとり、父母それぞれが目をかける弟は、どこまでいっても憎い存在。ただ、武官でもあり体格で上回る道長には、いつの時点からか力で叶わないと観念しているのだろうか。殴り返しては来なかった。

 しかし、道兼は言葉で道長の心を抉った。「お前が俺をイラ立たせなかったら」「あの女が死んだのも、お前のせいだ」と。優しい普通の人たちは、こういった言葉に素直にやられる。道兼は典型的な「せいだ病」にかかっているDV気質のクズ男だとよくわかる。

 まず「子どもじゃあるまいし、自分で自分の機嫌ぐらい取れ!」と、こういうクズ男には言いたい。転んだ娘の定子に、自分で起き上がるように導いた道隆の妻・高階貴子に指導してもらいたい。そんな弱い心で、宮廷を渡っていける訳がない。

 そして、「じゃあ何?あんたは遠隔操作されて人を殺したとでも?頭が空っぽな操り人形なんだね!」と言いたい。「大奥」の黒木様だとはとても思えない。ああ、ムカムカする(程の素晴らしい演技をするよね、中の人)。

 このクズ男の兄になんか負けるな、道長!しかし、道長の心はクズ男の言葉にハマって罪悪感いっぱい。自分はまひろの仇の弟、それも自分のせいだという重い十字架をドーンと背負ってしまった(たぶん)。まひろは道長のことは恨まないと言っていたけれど、恨まれて当然だ、と(きっとそう)。

 公式サイトの相関図を見ると、まひろと道長の間には「特別な絆」があると示されているが・・・それは、身内が被害者と加害者の「仇関係」だったのか。しかも「そもそもは自分のせいだ」と思う自責感の強い者同士。この心理的な障壁は手ごわそうだ。貴族の格の差もあるし。

 まあ、まだ数え年12歳と19歳だから。まひろが書くことになる「源氏物語」では紫の上も12歳で適齢期扱いだったけれど、NHK的には現代の視聴者向けにそんな恋人関係は描きたくないだろう。しばらくは焦らされるはず。でもずっと焦らされたくはないなあ。

 ところで、どこかで見たが(多分X)、紫式部が後々イケオジ宣孝と結婚して儲ける賢子は実は道長との子で、カモフラージュのために宣孝が結婚した形にしてくれるのでは?という考察だったのだけど・・・なぜにカモフラージュする必要に迫られるのかはさて置いておいても、もう道長と結ばれない結末は悲しすぎるから、その路線に1票入れておきたい。

花山天皇、政争に敗れたから悪評をたてられた?

 前回書きそびれた花山天皇。今回、彼が愛する忯子(井上咲楽。はんにゃ金田演じる斉信の妹・弘徽殿女御)は、何かセリフを言う前に早くも病んだ。

 前回入内し、NHK的には限界プレイ(手首にリボンをぐ~るぐる)に挑んでいたとネットでも騒がれたが、ご寵愛が過ぎて・・・というか、要するに懐妊し、つわりに苦しんでいるようだ。

 この忯子の腹の子を呪詛し奉ることを、安倍晴明が藤原兼家だけじゃなく、公卿一同に命じられていたシーンが怖かった。御簾の陰に並んでいた皆が皆、自分たちが仕える今上天皇の子を殺そうと言っているのだ。

 段田安則の兼家は、以前は関白の娘・遵子が身籠らないように何とかしろと晴明に命じていた。娘が天皇の子を産むかどうか、それで一族の命運が分かれる時代だ。

 そして権力闘争によって何かが歪み、おかしくなった人間が兼家なんだろう。「内裏の仕事は騙し合いじゃ。嘘も上手にならねばならぬぞ」と息子に教えていた。

道長:そういえば、先日四条の宮で公任や斉信らが帝のご在位は長かろうと話しておりました。

兼家:ほう。

道長:帝はお若く、お志が高く、すばらしいと。

兼家:お前もそう思うのか?

道長:分かりませぬ。

兼家:分らぬことを分からぬと言うところはお前の良いところでもあるが、何か、己の考えは無いのか?

道長:私は、帝がどなたであろうと変わらないと思っております。

兼家:ほほう・・・。

道長:大事なのは、帝をお支えする者が誰かということではないかと。

兼家:そのとおりじゃ。よう分かっておるではないか。フフ。我が一族は、帝をお支えする者たちの筆頭に立たねばならぬ。筆頭に立つためには東宮様に帝になっていただかねばならぬのだ。わしが生きておればわしが立ち、わしが死ねば道隆が立つ。道隆が死ねば道兼がお前か、道隆の子、小千代が立つ。その道のためにお前の命もある。そのことを覚えておけ。

 このあたり、「鎌倉殿の13人」で聞いたような話だ。同じようなことを、若き北条義時も、道長も言われている。筆頭=てっぺんに立ちたいんだね。その争いがドロドロの素だ。

 兼家は、道長とのやり取りで、花山天皇が若く、志高く、思いのほか長期政権になるのではとの若手連中の見方を知り、早速阻止に動いたようだ。関白、左大臣と談合し「未熟な帝と成り上がりの義懐ごときは、ねじ伏せればよろしい」と息巻き、珍しくも大臣同士意気投合した。

 花山天皇は、贅沢を禁じ、銅銭を世に広め、正しい手続きを経ていない荘園を没収する荘園整理令など「新しい政治」と称してあからさまに関白と左右大臣らの力を抑える思い切った政策を取ろうとし、危なっかしい。ロバート秋山(黒いけど、思いの外ちゃんと演技しているよね)の実資も忠告していたが、若い天皇を、側近の義懐(「梅ちゃん先生」が懐かしい高橋光臣)らも守り切れなかったのだろう。

 次回以降に描かれる退位の顛末が注目だが、まだ20歳にもなっていない真っ直ぐな若さ、純情さが哀れだ。あっけなく兼家の描いた罠にはまるのだろう。

 花山天皇は、あまり評判が良くない人物だが、公卿らに真正面から戦いを挑み過ぎ敗れ、そのせいでこれでもかと悪評をたてられ、女好きなどの人物像も作られたような気がしてならない。

 現代の政治にも通じる話か。自分たちの脅威になってくると見ると、お雇いのDappiを使って悪評を散々に煽り立て、精神的に追い詰めてお払い箱にする、とか?権力を握る人間のやることは変わらない。

 前回、父兼家になるべく早く花山天皇を退位させる方策を問われて、天皇としてとても相応しくない悪い噂を流す、その準備は万端整っていると道隆は言っていた。(以前に卑怯な噂を流せと言われて怯んでいたけど、父に言われれば何でもやるようになるんだな・・・。)

 それが、即位式で高御座に女官を引っ張り込んで事に及び・・・との噂だったのだろう。即位式では本郷奏多の花山天皇は、女を引っ張り込むどころか、「ほれ、ほれ」と扇を操る奇妙な足技を見せることも無く、大人しく座っている映像が出たものね。

 次回、悲しんで心が弱っているところをやられてしまうのだね。哀れだ。

倫子様のたくらみ?

 一つ一つの出来事が、当時は計算尽くで企まれ動いていたと見えてきてしまうと、あの猫が走り抜けたのも、もしかしたら・・・と思った。

 冒頭の、まひろが倒れて不在の左大臣家のサロン。メンバーの茅子が「どうせなら、帝とか右大臣家の3人のご兄弟とかならよかったのにね」とサブングル加藤の侍従宰相のお通いがあった肇子について話す。

 倫子は「右大臣家の3人のご兄弟はそんなに見目麗しいの?」と聞く。茅子は「はい。皆様お背が高くお美しゅうございました」と、にこやかに答えた。

 ふうん、お美しいんだ・・・そう心にとめた倫子が行動を起こしたのではないか。

 左大臣家で関白と右大臣が談合をする場に、倫子は猫を追って現れた。「小麻呂!」と呼ぶ倫子の声が響き渡り、一旦猫が逃げた方向に消えたが、戻って「失礼いたしました」と詫びた。

 そこで父の左大臣が「ご無礼致しました。今のは我が娘、倫子にございます」と説明、右大臣の兼家は興味深そうに目を凝らして倫子を見ていた。

 これで、見目麗しい3兄弟は射程に入った。関白の様子は不明だったが、関白の嫡男の公任は尚更美しい公達であるし、どちらに転んでも悪くはない。姫様、やる時はやる。

詮子の「裏の手」

 道長の姉の詮子にも注目している。今回は、兄の道隆が父・兼家との仲たがいを収めようと詮子の下に来ていた。妹でも女御様で東宮の母だから「詮子様」だ。

 「分かり切ったことを、誰に向かって言っているのですか?兄上は」と詮子が腐す。道隆は「分かっておられるなら是非、父上と和解を」と畳みかけるが、詮子は「嫌です」ときっぱり。

 さらに「愛しき夫に毒を盛った父を、私は生涯許しませぬ」「父上には屈しませぬ。私には裏の手がありますゆえ」と宣言した。

 この「裏の手」は何だろう?とワクワクする。前回、気に入りの道長を左大臣家に婿入りさせ、右大臣家の権力を道長に取って代わらせることを目指して詮子が動くのかと思ったが、婿入りの話は、また別口で兼家と倫子の思惑で動きそうな雲行きだ。

 となると、裏の手?楽しみにしておく。

(敬称略)

【光る君へ】#4 二重のショックに負けず五節舞をやり切ったまひろ。次回が待てない

まひろはまだ子どもだよね

 NHK大河ドラマ「光る君へ」第4回「五節の舞姫」が1/28に放送された。さっそくあらすじを公式サイトから引用する。

(4)五節の舞姫

初回放送日: 2024年1月28日

互いに身分を偽ってきたまひろ(吉高由里子)と道長(柄本佑)だったが、まひろはついに素性を明かす。道長も真実を語ろうとするが…その頃、円融天皇(坂東巳之助)の譲位を知った詮子(吉田羊)は挨拶のために謁見するが、思いもよらぬ嫌疑をかけられる。ある日、まひろは倫子(黒木華)からの依頼で、即位した花山天皇(本郷奏多)の前で五節の舞を披露する舞姫に選ばれる。そこでまひろは驚愕(がく)の真実を知ることに…((4)五節の舞姫 - 大河ドラマ「光る君へ」 - NHK

 コロナの倦怠感が長引く中、頭も回らないが最後の五節の舞は目が離せなかった。あまり見てないのにイメージだけで物を言ってなんだけれど韓国ドラマ風というか、昔の山口百恵の「赤いシリーズ」(←古い・・・💦「赤い衝撃」とかね)みたいなインパクトと言うか。

 五節の舞と言えば、「源氏物語」では「少女(おとめ)」の巻で光源氏の従者の惟光の娘が舞姫に選ばれて華やかに舞い、源氏の息子の夕霧は舞姫に懸想する。彼女は典侍という女官として宮中への出仕が決まっているから一時離れるものの、後には夕霧の側室になる。

 昔、このあたりを読んだ時に勝手に華やかな舞を妄想して私までフワ~っと舞い上がっていたが、それが映像として見られたのが本当に嬉しかった。NHKならでは、録画を何度でも見返したい。

 吉高由里子も美しく、「お目に留まらない自信がある」なんて訳がない。美しい女優さんが演じる主人公が自分は美しくないと思い込んでいるドラマあるあるだ。

 しかし、すごいことになった。このゴージャスな舞の最中に、まひろは緋色の袍(=五位、つまり父親の六位より上位)を着ている三郎(居眠り中w)を見つけてしまい、隣には母を殺した殺人者「ミチカネ」を発見!!よく立ち往生せず、扇を取り落とすこともなく、舞を続けられたものだ。舞っている最中は、まだ考えがまとまらない部分があったからか。

 他の舞姫たちが右大臣家の3兄弟を丁寧に説明してくれたことで、まひろは三郎(道長)の素性をしっかり認識した。そしてミチカネ(道兼)についても。セリフの「道隆様」に続けての「道兼様」がとても言いにくそうで、見ているこちらは「分かるわー。まひろの心理的抵抗感が出てる吉高凄い」となった。まひろがくず折れそうなところで第4回は終わったが、次回のまひろは、きっと心がパンクして寝込むだろうね。

 まひろは女子の成人式である裳着の儀を終えていたけれど、年齢は今の高校生ぐらい?冒頭で永観二年(984年)と書いてあったので、時代考証を務めておいでの倉本一宏著「紫式部と藤原道長」の巻末にあった略年表を見てみたら・・・えええ、紫式部の生まれは973年?!984年は満年齢で11歳、数えでもまだ12歳程度か。そりゃまだ子どもだ。確かに子どもっぽい演技をしているもんね、吉高由里子は・・・。

 ちなみに、道長は966年生まれ。984年時点では年表には19歳だと書いてある。数え年で19歳なんだな。12歳と19歳、現代だとちょっと問題があるカップルだね。

 しかし、12歳の女子が男の声を出して代筆仕事なんかできるのかなあ・・・まあ、そこのところ、あまり真剣に考えないようにしよう。

 まひろは、左大臣家の倫子(確か前回20歳とか言っていた?)にたしなめられる場面(竹取物語について話す「絵合」の巻を思い起こさせる)や、宣孝に愚痴をこぼす場面を見ていても、考えが浅く、確かにまだまだ子どもだ。その彼女が、子ども心を砕かれた母殺害事件。母の仇ミチカネと、恋心を抱く三郎との関係を目の当たりにすれば、それはショックだろう。

 ドラマ終わりで次回予告を見せられちゃったので、次の第5回「告白」では、あの日の事件についてまひろが涙ながらに道長に告げるらしいし、道長は兄の道兼と直接対決するらしい。ひゃー、これは絶対見なきゃ。

身分はまひろが下だった

 これまで、まひろは自分は貴族だけれど、三郎を貴族じゃないと思い込み悩んでいた。皮肉なものだ。

 父の為時が六位でずっと宮中でのお役目も無く、藤原でもずっと下だから気にしないで、と三郎に言っていたまひろ。宣孝に「あの男には近づくな」と言われた時に、こう嘆いていた。

まひろ:身分とはとかく難しいものでございますね。貴族と民という身分があり、貴族の中にも格の差がある。

宣孝:しかし、その身分があるから諍いも争いも起こらずに済むのだ。もしもそれがなくなれば、万民は競い合い世は乱れるばかりとなる。

 この後、まひろが父・為時に間者を頼まれた話題に移ってしまったので、この宣孝の言葉にまひろは特に反応せず終わった。

 これまでのところ、まひろは散楽の直秀に誘われて「面白そう」と一緒に付いて行こうとしたり(さすがに従者の乙丸に制されていたが)、身分差を気にしていない。それが世慣れぬ若さによるものなのか(つまり、大人へと年を重ねるに従って考えが変わっていくのか)、身分を気にしたくない反発心というか頑固さを既に強く持っているのか、まだ分からない。つまるところ、まだ子どもなんでね。

 三郎がいわゆる「民」の範疇にいると信じていたからこそ(つまり、貴族の自分の方が上)まだ余裕もあったのだろうけれど、実は彼が右大臣家の三男坊と知って、まひろはどう考え、どんな態度を取るようになるのだろうか。

第二の彼・直秀は盗賊だった

 ところで、既にまひろ(12歳の子どもだけど)を挟み道長と三角関係になっているように見える直秀(「まんぷく」塩軍団出身)は、散楽一座の仲間と共に盗賊を働いていた。あれだけ身軽なチームが、たまに辻で散楽やってるだけの集まりだなんて訳がなかった。

 ただ、まひろが左大臣家のサロンで言っていたように、盗み取った物を民に分け与える義賊なのだろうか?そこら辺は不明だ。

 以前のブログで私が「怪しい」と書いた、道長の従者の百舌彦にちょっかいを仕掛けていた女「ぬい」は消えてしまったが(もし、まだ出てくるようなら今後右大臣家に忍び込むための情報を百舌彦から得ていたか?)、散楽一座は当時の世相を見せてくれるネタの宝庫に見える。色々と楽しませてくれそうだ。

 字幕を見ていたら、一座の中心で口上を述べていた男の名は「輔保」と書いてあったので「え?もしかして」と思ったが、別人と勘違いをしていた。調べたら、頭に浮かんだのは貴族なんだけど盗賊として知られた「保輔」(藤原保輔 - Wikipedia)の方で、名前の字が上下反対だった。

 藤原保輔は988年に没しているので、ドラマの時代にちょうど生きているはず。保輔は輔保のモデルなんだろうか。

卑怯な円融天皇

 道長の姉・詮子(吉田羊)が、今回も可哀そうな目に遭っていた。

 ドラマでは前回までに、父の兼家が次男・道兼に命じて詮子の夫である円融天皇に毒を盛って体調を悪化させた。今回、天皇は詮子の産んだ自らの一人息子を東宮に据えたい気持ちから玉座を退き、花山天皇が即位した。東宮は望み通り、詮子が産んだ懐仁親王、後の一条天皇だ。

 懐仁親王を巡り、天皇と兼家の利害は一致していたのだが、待てない兼家は一刻も早く孫を東宮➡帝に据えて、自分が摂政になりたい。そのために円融天皇は早めに帝位を追われた。

 詮子は、足蹴にされても愛しい背の君として円融天皇をずっと見続けており、健気にも退位の折に挨拶に赴いた。相談された時に、道長ね、ちゃんと「挨拶に行くのは止めておきなよ」と言ってあげれば良かったのにね・・・。

 望みを断ち切れない詮子は、そう思いたくなかったのかもしれないけれど、円融天皇は最初から詮子を見て兼家を思い浮かべており、その点は気になった。

 つまり、ずっと目の前の詮子を見ずにバックの父親を見ている人だったのだろう。だから、この期に及んでも、詮子が述べる心を込めたいたわりの言葉が全く聞こえていないのだ。

 そうして、きっと兼家には面と向かっては言えなかったことを身代わりとばかりに詮子にぶつけ、とうとう扇を投げつけケガまでさせ、さらに「人のごとく血なぞ流すでない、鬼めが」と彼女を罵倒した。

 弱虫め、鬼はどっちだ、なんて卑怯な・・・坂東三津五郎のファンだったから円融天皇を演じる息子がこんな役で悲しくもなる。けれど、よく言えば人間臭い天皇の役をきっちり憎らしく演じたということだ。

 中の人も「政治的なことが絡んできて気持ちが変化」「これは現代の価値観からはとても理解できない」等とインタビューで言っていたが・・・そうだね、理解できない。円融天皇こそ弱虫の鬼だし、詮子は相当気の毒だ。

詮子、父と戦え!

 御所から退出してきた詮子が実家の宴に怒鳴り込んできた時、相変わらず「人でなし」な対応をする兼家。これには同席する道長も堪らないようだった。

詮子:父上!

兼家:おお、詮子様。

詮子:帝に毒を盛ったというのは誠でございますか!(道隆、道兼、道長が父の顔を見る)父上!

兼家:(とぼけて)一体何ごとで?

詮子:(兼家の前に進み出て、涙声で)帝と私の思いなぞ踏みにじって前に進むのが政。分かってはおりましたが、お命までも危うきに曝すとは。

兼家:何を仰せなのか分かりませぬな。お命とは、誰のお命の事でございましょう。

道兼:(お付きの者たちに?)下がっておれ。

道隆:詮子様、大きく息をなさいませ、大きく(座から立ち、詮子の背に手をかける)。

詮子:離せ!(座り込んで)懐仁のことも、もう父上には任せませぬ。私が懐仁を守ります。そうでなければ、懐仁とて・・・。

道隆:詮子様。

詮子:いつ命を狙われるか・・・。

道隆:詮子様、お口が過ぎますぞ。

詮子:(道隆に、怒って)兄上は何もご存じないのですか!嫡男のくせに!(道兼に、声を和らげて)兄上はご存知なの?(振り返って、ややきつく)道長!

道兼:薬師を呼びます。

詮子:要らぬ!薬など、生涯飲まぬ(立ち上がり、泣きながら出ていく)。

兼家:・・・長い間の独り身ゆえ、痛ましいことだ。これからは楽しい催しなどを考えて、気晴らしをさせてやらねばならぬな。(道長は反発する表情を浮かべる)飲み直そう。興が冷めた。

道隆:父上。存じ上げなかったとはいえ、今、事情は呑み込めました。詮子様にはお礼を申さねばなりませぬな。これで父上と我ら3兄弟の結束は増しました。何があろうと父上をお支えいたします。

(頭を下げる道隆、道兼。兼家の視線に促されて渋々頭を下げる道長。満足そうにうなずく兼家。横目で父をにらむ道長)

 ああ、ホントに人でなし。兼家が「長い間の独り身ゆえ、痛ましい・・・気晴らしをさせてやらねば」と言い出して、自分がやったことを棚に上げ娘をバカにするのも大概にしろ、人の心が無いのかと頭にきた。

 そして道隆は、詮子にお礼を言わねばと言いながら、父の敷いた道を突き進む。どちらも劣らぬ人でなしだ。こんなやり取り、詮子と仲が良いのだったら道長は付いていけないはず。

 今回のドラマの後、X(旧ツイッターと書くのが面倒くさい)をつらつらと楽しく見ていたら、その件について書いた面白いものがあり、そうか!と膝を打った。今、ブックマークしたはずのそのポストを探しているのだけれど見つからない😅なんでだ・・・。

 曰く、この実家である右大臣家のやり方に反発する詮子が、仲の良い弟道長をライバルの左大臣家にあえて婿に入れ、その道長と共に父や兄らに対して復讐に立ち上がるという内容だった。詮子は以後、天皇の母として左大臣家の道長を強力にバックアップし、右大臣家を追い落とす方向に動くというのだ。

 確かに!言われてみればそうかも・・・先ほど引用した場面では、「もう懐仁を任せない」と詮子は言った。国母をバカにするな!上等だ、戦ってやる!という決意を固め、宣戦布告が成された場面だったのかもしれない。

 だとしたら、これは吉田羊が演じる意味があるというものだ。厳しい戦いも、負けずに遂行してくれそう。

 本当にそう東三条院(詮子)が心積もりをしたかどうかは当然わからない。ただ、歴史は確かにそう動いていっているように見えるから、ピンとくる考察だと思った。

 道長の左大臣家への婿入りは、ドラマではどういういきさつで描くのかなと思っていたけれど、「詮子&道長」対「兼家&道隆&道兼」の、熾烈な親子戦争を絡めてくるのだとしたら。これは面白くなる。

(敬称略)

【光る君へ】#3 「謎の男」は「まんぷく」塩軍団の彼!「どう家」に続いて大河出演おめでとう~

まひろと父・為時との緊張関係は続く

 2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」第3回「謎の男」が1/21に放送された。毎回、と言ってもまだ3回だけど、テーマ音楽を聞くたびに素晴らしくてため息が出る。

 かのショパンの名手・反田恭平さんが弾くピアノの、ヒラヒラと舞ってホロホロと崩れ落ちていくような表現が軽やかに凄すぎるし、朝川朋之さんのハープの波状攻撃にも息を飲む。そして、後半の感情を揺さぶる力強さ。何回も聴きたい。

 音楽担当の冬野ユミさんって朝ドラ「スカーレット」の人か・・・「スカーレット」も面白かった。深いチェロ(たぶん)の音が思い出される。大河ドラマのテーマ曲でハズレって本当に無い。選ばれた作曲家が渾身の力を注ぎ込むからだろう。今年も例に漏れず、素晴らしいの一言だ。

 では、第3回のあらすじを公式サイトから引用させていただく。

(3)謎の男

初回放送日: 2024年1月21日

 放免に捕えられた道長(柄本佑)を案ずるまひろ(吉高由里子)。為時(岸谷五朗)に謹慎を強いられ、成すすべもない。ある日、まひろは為時から思わぬ依頼を受けることに。

 自分のせいで放免に捕らえられた道長(柄本佑)を心配するまひろ(吉高由里子)。しかし、父の為時(岸谷五朗)に謹慎を強いられたため、ただ案じることしかできない。兼家(段田安則)の指示で道兼(玉置玲央)は女官を使って帝の食事に毒を仕込み、円融天皇(坂東巳之助)は急激に体が弱っていく。政権を掌握するために二の手を打ちたい兼家は、ライバルの左大臣家の動向を探るため、為時を利用してまひろを間者として送り込む。((3)謎の男 - 大河ドラマ「光る君へ」 - NHK

 まひろが間者として左大臣家に送り込まれた件。まひろは当初、心底嬉しかっただろうなあ、父・為時が「お前は賢い。身分など乗り越える才がある」と自分の才能を認めてくれ、「安心して楽しんでくるがいい」と、自分のことを思って左大臣家の源倫子(黒木華)のサロンに送り出してくれたと思っていたみたいだから。

 一応まひろは下級とはいえ貴族の娘だから、本当は街を駆け回ったりできる訳もない。父と決裂して家に居にくくなって外で代筆仕事なんかこっそりやってたぐらいだし、じっと家に籠っていては精神的に辛いばかりだっただろう。

 で、倫子のサロンに行ってみたら、楽しくて、場の空気を読むのを忘れるほど偏つぎ遊びに熱中したと。和歌の素養のある赤染衛門の存在に刺激され、ちょうどサロンで紹介されていた和歌;

秋の夜も名のみなりけり 逢ふといへば ことぞともなく 明けぬるものを(小野小町、古今和歌集)

・・・の「秋の夜長が長いなんて名前ばっかり」と言いたい気持ちと同様に、サロンでは時間があっという間に短く感じたんじゃないか。

 それなのに。ガッカリもきっとひとしお、父親は自分の気持ちを慮って外出を勧めたのではなく、期待された役目はまさかの間者。でも、そこで反抗したらもうサロンにも行けなくなって外出もできなくなる。少し大人になってグッと堪えたんだろう。

まひろ:ただいま戻りました。

為時:土御門殿はいかがであった?

まひろ:良い時を過ごしました。

為時:まことか。倫子様という左大臣様の一の姫はどういう御方であった?

まひろ:今まで、あのような御方とは会ったことがありません。

為時:それはどういうことだ?

まひろ:よくお笑いになる方で姫君たちにも慕われておられました。

為時:婿を取る話などは出なかったか?

まひろ:・・・いえ。(不審に思う)

為時:左大臣の姫君はお年頃と聞いている。東宮の后となさってもおかしくない。

まひろ:なぜ、そのようなことをおっしゃるのですか?(為時、一瞬まひろを見る)・・・兼家様に何か頼まれたのですか?・・・私を間者にしろと。

為時:(目を伏せて)お前が外に出たがっていたのではないか。それに、高貴な方とお近づきになっておいて損はない。嫌なら行かなくていい。(視線を合わせず横を向いてしまう)

まひろ:はい、余計なことを申しました。(為時がまひろを見る)倫子様のお気に入りになれるよう努めます。

為時:うん。

まひろ:(礼をして退出、亡き母の琵琶の置いてある部屋=自室?で泣くのを堪える)

 母の遺品の琵琶を見やったまひろ。亡くなった母が自分にくれた愛情と、父が自分を利用しようとする事実とを比べたら、涙も出ようというものだ。緊張の父娘関係は続くが、とはいえ、まひろも父の立場を理解し自分の得を取る賢さがある。

 今回、為時にも変化が見られた。世渡り上手の宣孝ほどではないにせよ、学者一辺倒の考え方から、まひろを左大臣家に間者として送り込むことを考えついて兼家に進言する程になった。

 また、家人が逃げ出すほどの困窮にあえいでいた初回と違い、為時家の経済は上向いたのか、今回は家人も下女も数人いるようになった。兼家からの禄で何かと賄えるようになったのだろう。

 家人が多くいては、まひろも以前のように自由に逃げ出すのは難しい。まあ、まひろを外に出すための設定だったのかなと思うけれど、ちょっと貧乏過ぎたもんね。

別れも出会いもスローモーション🎵

 前回の終わり~今回の冒頭で、逃げていた「謎の男(直秀・毎熊克哉)」と見間違われて三郎(道長)が放免という元罪人の岡っ引きみたいなのに捕まった。その原因を作ったのは、テキトーに放免を案内したまひろだった。

 「お前も盗賊の仲間か」と疑われて、「逃げていたのはその人じゃありません!」と言い募れなくなったまひろだったけれど、何だろうあれ。この時代の人は超能力者なのか・・・連行される三郎の「心の声」が、まひろにもちゃんと届き、まひろが突然黙った。

放免:ほら、行け!

まひろ:やめて!

三郎(道長):(心の声)来るな!俺は大丈夫だ。(放免に向かって)行こう。

放免:何様だ!

 心の声の部分はスローモーション。ふたりの心が、目を交わしただけで通じ合ったってことなのかな・・・ちょいと無理がある。

 道長は、当然ながら父・兼家の右大臣の権力を発動して無事にご帰還。それを直秀も陰から見届け、ちゃんとまひろに「あいつは無事だ」と報告に来た。

 直秀は「見るな。声を上げるな、危害は加えぬ」と告げてから一方的に道長の消息を伝え、この時点では身元は明かさなかった。だから、今回の終わりで道長と再会できたまひろは、直秀が散楽一座のメンバーと分かってダブルで驚いていた。

 あの時、直秀はうっかりまひろと道長にそれぞれ駆け寄っちゃってキューピットになっちゃったのかな?彼も驚いていたもんね。

 ちなみに、その時もスローモーション。つい中森明菜の歌声「🎵出会いは~スローモーション~」が頭の中で響いてしまった。

 この直秀、今後はまひろと道長をつなぐ存在になっていくのか?まひろも道長も、そうそう自由に会えないのだろう。このドラマオリジナルキャラの直秀が、どう物語の中で動いていくのか注目したい。とりあえず、次回予告だとまひろの心を弄ぶなと道長に言うみたいだけど。

 演じている中の人・毎熊克哉は、昨年「どうする家康」で汚れ役の大岡弥四郎に抜擢されていた、「まんぷく」塩軍団の人。あの少し暗めな表情がこういった役にはまるんだろうな。2年連続の大河ドラマ出演、大したものだ。おめでとう!

toyamona.hatenablog.com

兼家も詮子も、下々に関心を向ける道長を理解しない

 さて、兼家は安定の権力欲の権化のまま、詮子が産んだ孫の親王を早く東宮にするために円融天皇の譲位を早めようと画策中だ。

 父の指示で策謀に手を染めている次男の道兼には、天皇に薬を盛らせた陪膳の女房が吐かねば証拠は無いから、当分大切にしておけと言う。「お前に守られておると思えば口は割らぬ」と。

 そして「一族の命運はお前にかかっておる。頼んだぞ、道兼」と言った。その時の道兼の嬉しそうな顔!こんな、人を人とも思わぬ、息子を駒としか思わぬ父の愛を乞い、操られて哀れだ。その道兼に使われる陪膳女房も。

 家族であっても、物事を上へと上昇するためにしか考えない強烈な兼家。ここまでくるとむしろ潔い。利用できるかできないかの彼の物差しは、強固な身分の上下意識が基礎にある。

 道長が釈放された時の兼家との会話はこうだった。

藤原兼家:お前は右大臣の息子だ。放免なぞを相手にする身分ではない。

道長:相手にしておりませぬ。

兼家:では、なぜ捕らえられた。

道長:さあ?

兼家:もし、わしが屋敷におらねばお前は獄でなぶり殺されていたやもしれぬぞ。

道長:屋敷におられて、ようございました。

兼家:大体、その格好は何だ。

道長:これは・・・民に紛れて下々の暮らしを・・・。

兼家:民の暮らしなぞ知らんで良い!なまじ知れば、思い切った政は出来ぬ。わしにとっても一族にとっても今がどういう時か、お前も分かっておろう。

道長:ん~分かっておらぬやもしれませぬな。

兼家:何だと?!分らぬのか。詮子は帝に嫌われておる。その上、お前までが厄介ごとを起こせばどうなる。我が一族だけでなく、懐仁親王様にまで傷がつくことになるのだぞ。今は、1つの過ちもあってはならぬ。一刻も早く懐仁親王様を東宮にし、帝になし奉らねばならぬのだ。わしとて、そうでなければ摂政になれぬ。

道長:父上は既に右大臣。これ以上、偉くおなりにならずとも。

兼家:上を目指すことは我が一族の宿命である!お前もそのことは肝に銘じよ。

道長:私は三男ですので。

兼家:わしも三男だ!ゆえに三男のお前には望みを懸けたが、間違いであったようだな。

道長:あっ。お顔に虫が・・・。

兼家:(慌てて払う。口の端で笑う道長)・・・うつけ者!

 上を目指すことにしか目を向けられない父と、下々にも関心を向けている変わった息子。兼家は怒って出ていくが、この後、話を聞いていた詮子は「面白いわね、道長って」と笑う。

 道長と親しいこの姉も、言うことは父と変わりない。従者の百舌彦を庇おうとした道長に「あの従者はお前の秘密を知っているのね?」と問うのだ。秘密を知られている=利用価値がある従者だから弟が庇おうとしていると彼女は考えたのだろう。

 そして詮子は「隠してもダメよ、道長は下々の女子に懸想している」「身分の卑しい女なぞ所詮いっときの慰み者。早めに捨てておしまいなさい」と現代人が卒倒しそうな言葉を吐くのだ。

 道長はそれには構わず百舌彦を助けるように詮子に頼み、ひとりになって「待ってください!逃げていたのはその人じゃありません!」と言って駆け寄ったまひろの姿を思い出し、ほっこりしている。まひろも、捕らえられた道長を心配している。恋だねえ。

 この兼家一族の中では、今のところ道長は相当な変わり者だ。ドラマの中ではどのタイミングでどう変化し、権力を極めていくのだろうか。それとも兼家の考えには染まらず、このままで変わらないのか?興味が尽きない。

まひろ画伯

 今回、まひろの弟・太郎がお姉ちゃん思いなのが良く分かった。いくら何でも、あのまひろ画伯の描いた三郎の似顔絵と「身の丈6尺以上、名前は三郎」という情報だけでは、どう見ても人探しは無理だろう。

 それなのに、まひろに頼まれた三郎を本気になって探し、一応数人の候補者を屋敷に連れてきた。「歌はうまいけど絵は下手だな~」と嬉しそうに言いながら。

 絵は本人には似ても似つかないから、道長本人が乗る馬を引く従者の百舌彦に太郎が絵を見せても「さあ」と言われていたのは笑えた。

 太郎は、まひろが代筆業をやっていた雇われ主の絵師にも「何だよ恩知らず、姉上が歌の代筆をやったおかげで相当儲かったくせに!」と噛みついていた。可愛い弟だ。

 その太郎が、まひろに「貴族じゃないのかよ、はあ、まずいよそれ。釣り合わないでしょ」と言った。当時の厳しい身分の上下を、主人公たちの姉弟である詮子と太郎が、視聴者に教えてくれている。

 太郎はさらに「姉上の三郎?幻じゃないの?鬼とか悪霊とか怨霊とかさ」とまひろに聞いた。その後に、まひろとはいつも関係なく存在しているようで実は物語世界をコントロールしているような、怪しげな安倍晴明が出てくる。話運びがうまくて感心するが・・・うさんくさい安倍晴明だ。

道長らの「雨夜の品定め」

 藤原公任、藤原斉信と道長が宿直をする場面。これは「光る君へ」版の源氏物語「雨夜の品定め」がキターと身構えた。元々がキラキラしている町田啓太の公任はともかく、はんにゃ金田の上級貴族っぷりが意外なほどぴったりで、キャスティングは正解だ。

 が、シチュエーションはそうだったけど、公任のモテっぷりがわかったぐらいで夕顔らしい話も出ず、大した品定めにはならなかったね。現代のドラマでは女の人の品評会みたいな話はコンプライアンス的に難しいか。

 そして、道長の懐から出てきた手紙の中身が明かされなかったので、誰から?何の手紙?と気になった。もしかしたら、ただの懸想文じゃないのでは?謎だ。

 道長は自分で「俺のように字が下手で歌も下手だと困るな」と言っていた。確かに書いている場面では、独特な字だった。世界遺産(!)にもなっているという道長の実際の字(それが「御堂関白記」かな)に似せて書くそうだから、大変だ。しかし、字も歌もうまいまひろと、更なるつながりが後々期待できそうな話だ。

助かる解説「かしまし歴史チャンネル」

 上級貴族の公達が、休日でも関白の屋敷で学んでいたという漢籍。「国家を率いていく者としての研鑽を積む」とナレーションが入った場面で、孟子の「人に忍びざるの心有り」が出てきた。公任がそらんじていたのは、字幕によると、こうだった。

藤原公任:人皆 人に忍びざるの心有りと謂う所以の者は、今人たちまち孺子の将に井に入らんとするを見れば、皆怵惕(じゅってき) 惻隠の心有り。交(まじわり)を孺子の父母に内るる所以に非ざるなり。誉を郷党 朋友に要むる所以に非ざるなり。(略)辞譲の心無きは 人に非ざるなり。是非の心無きは 人に非ざるなり。

 小さな子が井戸に入ろうとするのを見れば、人はとっさに助けるものだという話らしい。別にその子の父母が知り合いだとか、みんなに褒められるとか関係ないと・・・。字幕を見ればやっとこさ内容が推測できるが、とても聞き取れない。

 「光る君へ」の公式サイトでは、平安時代を扱うとあって説明することがいつもの大河ドラマよりも多くて大変だろうけれど、平安の知識をそれなりに説明してくれている。が、それでも足りない点もある。

 そこで!頼りになるのがこちらのYouTube動画だ。私が大ファンのきりゅうさんが、付け焼刃ではない、深い知識を楽しく分かりやすく披露してくれている。この孟子の「人に忍びざるの心有り」についても、説明があった。

youtu.be

 この「かしまし歴史チャンネル」を放送後に見て、なるほど!と理解して、またドラマの録画を見直すコースがとても楽しい。言い間違えもしょっちゅうあるけれど、それもご愛敬。きりゅうさんの博識には驚かされるばかりだ。

 「平安でわからないから」といったドラマ脱落組を引き留め、むしろファンを増やしていそう。NHKはきりゅうさんのサポートに感謝すべきだろうなあ。

(基本は敬称略)

【光る君へ】#1&2 滑り出し上々、京の町を走る(!)紫式部(まひろ)と道長のドラマを見守っていきたい

元日から発熱、コロナでした

 2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」が今月からスタートしている。以前、題材が発表された時に、喜びに満ちあふれたブログを書いていたのだけれど、元日からの発熱でまさかのコロナ。何とかパソコン前に座れるようになってみれば、2回目も既に終わって3回目も放送目前だ。完全に乗り遅れた。

 ところで、以前書いたブログでは、私は勘違いをしていた。「光る君へ」では、「源氏物語」そのものがもっとがっつり描かれるのかと思って、光源氏には誰が良いとか、紫の上は誰だとか、妄想を膨らませて「源氏物語」内で勝手にキャスティングしたりしていた。

toyamona.hatenablog.com

 だけれど、今回の大河ドラマで描かれるのは、作者の紫式部の人生の方。劇中劇としても「源氏物語」は出てこずに、紫式部=「まひろ」と、藤原道長との関わりを「特別な絆」として描いていくのだという。勘違いしていたけれど、それはそれでとってもワクワクするなー。

 脚本は大石静、昨年のようには全然心配していない(失礼)。ドラマの滑り出しは上々、平安絵巻の中で描かれる「まひろ」と道長のふたりの行く末を見守っていきたい。「源氏物語」のエッセンスはあちこちに散りばめられていくようだし、それを毎回見つけるのも楽しいだろう。

 それに、漢学者である「まひろ」の父がフニャフニャグニャグニャしている弟の太郎に授ける「史記」など漢籍の講義は興味深い。高校時代の古文漢文の遠い記憶を掘り起こしつつ、毎週勉強させてもらえそうだ。それにしても、あの太郎が「舞い上がれ」のあの先輩と同一人物だとは・・・💦毎回思うが、役者さんってすごい。

 ドラマを見て、また読みたくなって「源氏物語」の田辺聖子訳を引っ張り出してきた。昔は円地文子訳の「源氏」が自分にはしっくりくるなと思っていたけれど、今、冒頭を布団の中で少し読んでみると、田辺聖子訳も自然に入ってきてスルスルと読みやすい。どうして昔は軽くてヤダなあと思ってしまったのか・・・不思議だ。

「鎌倉殿の13人」の大姫ちゃん登場!

 初回は熱に浮かされた状態で見たが、1時間起き上がっていられなかった。それでも、終わりの道長兄・藤原道兼による「まひろ」の母「ちやは」(国仲涼子)への暴挙は衝撃的、しっかり頭に残った。

 まずは物語のあらましを、公式サイトから引用しておこう。

(1)約束の月

初回放送日: 2024年1月7日

 「源氏物語」の作者・紫式部の波乱の一代記。藤原為時(岸谷五朗)の長女・まひろ(落井実結子)はある日、三郎(木村皐誠)という少年と出会い、二人は打ち解けあうが… 。

 1000年の時を超える長編小説「源氏物語」を生み出した女流作家・紫式部の波乱の一代記。平安中期、京に生を受けた少女まひろ(落井実結子)、のちの紫式部。父・藤原為時(岸谷五朗)の政治的な立場は低く、母・ちやは(国仲涼子)とつつましい暮らしをしている。ある日まひろは、三郎(木村皐誠)という少年と出会い、互いに素性を隠しながらも打ち解けあう。再び会う約束を交わす二人だったが…激動の運命が始まる。((1)約束の月 - 大河ドラマ「光る君へ」 - NHK

 少女期の「まひろ」を演じているのは、なんとあの大姫ちゃんの中の人物(落井実結子)!2022年大河の「鎌倉殿の13人」での熱演は素晴らしくて、源頼朝に対して源義高の命乞いをするシーンは出色。両親役の大泉洋と小池栄子の大人を差し置いて、完全に大姫ちゃんのものだった。

 それで、私も前掲のブログで幼少期の紫の上を演じてくれと、キャスティング希望のいの一番に書いたのだったなあ。

光源氏:個人的に見たい義高&大姫コンビ

 光源氏もSNSでは様々な俳優さんが推されていて、悩む。皆さんお目が高い!というご意見ばかりだ。それに対抗するわけでもないが、こんな方々はいかがだろう。

 

  1. 市川染五郎&落井実結子:少年期の光る君の候補は、「雀の子を犬君が逃がしつる」と泣く、幼い若紫とのセット推し。「鎌倉殿の13人」で木曽義高と大姫の幼いカップルを演じたおふたりにお願いできないか。悲劇を演じたふたりの笑顔がまた見たい。年齢的にも光る君と若紫の出会いのシーンを演じるにはぴったりでは?

 ことごとくキャスティング希望が外れた中(というか、前提が間違っていた)、この第二の安達祐実のような小さな名女優さんのご出演はとても嬉しい。初回でサヨナラなのが残念だが、あまり引き延ばしても主役の吉高由里子が出てこられないし。

 少年の三郎役の子も、茫洋としている感じが将来の大物感を醸し出して良かった。成長後の柄本佑にも、立ち姿や目元とか似ているし。最近の子役さんは本当に当たりばかりだ。大姫ちゃんも三郎も、ふたりとも、回想で出てきてね。

恐ろしいのは父・兼家の暴力的DNA

 その三郎を「物事のあらましが見えている」と評した父・藤原兼家(段田安則)。この初回、第2話だけでも兼家の恐ろしさがじわじわ沁みた。

 自分だって掌中の珠の娘(吉田羊)を入内させたのに、円融天皇は太政大臣と共にそちらの娘の方に行く。それを目の当たりにさせられた兼家が、物に当たって机の上をぶちまけるシーンがあった。そこで「まひろ」の父・為時からの手紙を見つけ、為時を手駒として東宮御所に仕込むことを思いつくわけだが、この、物事がうまくいかないと激昂して当たり散らすDNAは兼家から道兼に遺伝したんだろう。

 兼家自身も、兄との熾烈な政治的な戦いを経てこうなってしまったのか。それとも、そもそもが兼家はこうだったから兄に徹底的に排除されたか。「カムカムエヴリバディ」の雉真足袋の社長さんとはだいぶ性格が異なる。そして、嫡妻・時姫とのシーン。

時姫:(兼家の肩を揉みながら)近頃の道兼には手が付けられませぬ。なぜあのようにイラ立っておるのでございましょう。

兼家:嫡男道隆を汚れなき者にしておくために、泥を被る者がおらねばならぬ。そういう時は、道兼が役に立つ。

時姫:(肩揉みを止めて)そのような恐ろしいお考え・・・。

兼家:ふん?道隆も道兼も三郎も、我らの大切な子じゃ。道隆は押し出しも良く真面目であるし、道兼は乱暴者だが猪突猛進で良い。三郎は、ボーっとしてやる気がないが、物事のあらましが見えておる。(時姫の手を取って)そなたの産んだ三兄弟は、皆それぞれに良い。うん。

 時姫は母として道兼の現状を心配しているのに、兼家は手駒としてしか息子たちを見ていない。まったく「そのような恐ろしいお考えをお持ちとは」と、妻としては後ずさりしたくなるような物言いだ。

 彼の言う「大切な子」「良い」の意味が恐ろしいのだ。「一族の泥を被る者として役立ち、乱暴者だけれど猪突猛進で良い」と、そんな事を親が言うのか。暴力団の組長が鉄砲玉の下っ端を評しているみたいだ。権力欲に囚われているのがデフォルトになっているのが兼家。その心の内が良く分かった。

 この直前のシーンでは、三郎(道長)はイラ立つ道兼にいつもの通り(慣れていると言っていたからね)言いがかりをつけられ、殴打され痛めつけられ、足首に大きな傷跡が残った。

 こんな事でも無ければ、貴族の坊ちゃんの体に傷跡なんか残らないだろうから、第2回で「まひろ」に再会した時に気づいてもらえない。道兼はトラブルメーカーだけれど、彼が引き起こす嵐がドラマを引っ張っている。

 そして、初回終盤の衝撃的シーン。母「ちやは」が、道兼に殺害された。あんなに血とか死穢を気にする平安貴族が、自ら人を刺し殺しちゃうなんて大変なことだ。「ちやは」の返り血を浴びて帰宅した際の姿を、三郎は偶然目にして逃げた。それを目の端でとらえていた道兼。これは後々怖い。

 そうだった、兼家の妻・時姫はセーラームーンの声優として知られる三石琴乃が演じていたと知ってビックリ。昨年の渡辺守綱役の木村昴といい、「おだまりなさい!」の声がピシッと通る・・・だけじゃなくて存在感があった。

 「ちやは」役の国仲涼子と同様、初回で退場とは勿体ない。道兼をもっとしっかり月に代わってお仕置きしてほしかった。道兼も、母の愛を欲しているよう。親の愛に飢えるのは、二番目あるあるか。

母を失った主人公たち

 主人公「まひろ」も準主人公道長も、初回を終えて早くも母を失った。「源氏物語」の光源氏も母・桐壺の更衣が早死にしたね。当時は珍しいことでもなかったのだろうな。

 「まひろ」(吉高由里子登場)は、母「ちやは」の殺害を「急な病で死んだことといたす」と言って揉み消した父・為時(岸谷五朗)と決裂。母が自分の目の前で殺されたというのに、「人殺しを捕まえて、ミチカネを捕まえて」と泣いて頼んでも「そのことはもう忘れろ!」と父は言った。

 「まひろ」は、父が正義よりも忖度を選んだから、母と同時に、信頼できる父をも失った気になったのだろうな。

 そして町中に出て、男を演じて「代筆仕事」など、貴族の娘がすることとはとても思えない稼業に手を染めていた「まひろ」。まるでグレた問題児だ。「まひろ」が街中を疾走する場面では、さすがに周りの注目を集めていたが、貴族の娘がそこまでするとは。

 平安時代、グレたくても貴族の娘に逃げ場などあったのか?為時の方が「まひろの視線が怖くて自宅に居るのがつらい」と、「まひろ」の裳着(成人式)の腰結いを頼んだ親戚のイケオジ藤原宣孝(佐々木蔵之介)にこぼしていたが、裏返せば、それは「まひろ」も同じことだ。

 それに、三郎の住む兼家の東三条の邸が豪壮なのとの対比なのだろうが、「まひろ」の家がいかにもボロで狭すぎる。あれではどこにも逃げられず息が詰まりそうだし、将来、娘の婿をどこに迎える気なのだろうと心配になる。宣孝は成人した「まひろ」が婿を貰えると大喜びしてみせていたが。

 そもそも、為時が東宮の御前に上がるために着用した緑色の袍にカビが生える程、邸内に水が引き込んであるのもどうなんだ?屋根から雨漏りが始終しているのも、書物が沢山ある学者の家には似つかわしくないはず。書物命のはずだから、もっとカラッとしてなくちゃ。

 母がもし生きていたら「まひろ」もグレず、母に見守られて御簾の中に少しはじっとしている娘になっていたかもしれない。そうしたら、現代の視聴者が喜ぶ大河ドラマにはならないが💦

 三郎も、自分に暴力を仕掛けてくる兄・道兼を止めてくれる母が亡くなり、防波堤がなくなった以上、家に居るのは危険になった。道兼の鬱憤晴らしの餌食になるばかりなら、やはり身をやつしての外出は増えただろう。(貴族だから、本来は牛車に乗っていると思うんだけど。だからお得意の変装しての外出なんだよね。)

 そんなふたりの共通点、自宅が居心地の悪い場所であるのは、ふたりが外で再会するためにも、良く考えた設定だと思った。

 第2回は「めぐりあい」。初回のエピソード、三郎の足のキズや足で名前を書ける点が早々に回収され、ふたりは巡り会った。

(2)めぐりあい

初回放送日: 2024年1月14日

 母の死から6年、成人したまひろ(吉高由里子)と父・為時(岸谷五朗)との関係は冷めきっていた。道長(柄本佑)の父・兼家(段田安則)はさらなる権力を得ようと…。

 母の死から6年、まひろ(吉高由里子)は15歳となり成人の儀式を迎える。死因を隠した父・為時(岸谷五朗)との関係は冷めきる中、まひろは代筆仕事に生きがいを感じている。一方、道長(柄本佑)は官職を得て宮仕え。姉・詮子(吉田羊)が帝との間に皇子をもうけ、道長の一家は権力を拡大していた。道長の父・兼家(段田安則)はその権力をさらに強固なものにしようと道兼(玉置玲央)を動かし、天皇が退位するよう陰謀を計る。((2)めぐりあい - 大河ドラマ「光る君へ」 - NHK

 このめぐり逢いは、すれ違いになっていくのだろうか。となると、逆に恋心は盛り上がっていきそうだなあ。平安時代版の朝ドラ「君の名は」みたいになっていくのか。

源氏物語エッセンス

 初回では、雀が逃げて探しながら泣く幼い「まひろ」と、散楽で出会った女(ぬい。野呂佳代)と消えた従者・百舌彦を待っていた三郎が出会った。

 そのパートで、源氏物語ファンはキュンとしたはず。伏籠に入れてあった雀の子を犬君(いぬき)が逃がしちゃった!と泣く、幼い紫の上が光源氏と出会う(というか一方的に見初められる)かの有名な「若紫」の場面がそのまま想起されるようなシーンだったから。

 第2回では、代筆仕事の依頼人が歌の書き直しを頼んだ時に、もう少し話を聞かせてと「まひろ」が問うたのに対して「初めて出会った時に夕顔が咲いておりました」で、おおお!夕顔キター✨と内心で盛り上がった。代筆仕事をしていた場所も、貴族が住んでいた界隈とは違い、夕顔=「五条の女」が隠れ住んで居た場所はこんな感じかしらと思わせた。

 「まひろ」が裳着の式を終えて書き物をしていた時に、後ろにこんもりと脱ぎ捨てた衣が残されていたのも、あれがいわゆる「空蝉」なのかしらね、と思ったりもした。ああいう衣装を着て、五節の舞姫なんかは踊るものかしらと想像すると、貴族の姫様方も大変に骨が折れそうだ。衣装の重みで潰れそう。

 裳着など儀式に止まらず、衣装も調度品も食べ物も、大河ドラマとなると予算の許す範囲で本物を目指していると思うと、いちいちが素晴らしく目に映る。「まひろ」が三郎にもらって食べていた菓子は食べてみたいし、何度もゆっくり録画を見直したい。もちろん、ストーリーとしても「源氏物語」に負けずに人生の深淵を描いていってくれるんだろうと期待している。

 道長の姉・詮子は、円融天皇に「母として生きよ」なんて冷たい言葉を浴びせられていて可哀そうだったが、唯一の皇子を上げているから国母となれるかもしれない立場。それが、「源氏物語」での弘徽殿の大后みたいだと思った。

 大后は、桐壺帝の後を継ぐ源氏の兄・朱雀帝の母だ。桐壺帝に愛されているとは言い難かったが、後継ぎの母として尊重され、権力を手に入れる。

 こういった「源氏」エピソードが、道長など実際に生きていた人たちをモデルとするドラマとして書き換えられていくのだろうから面白くない訳がない。

 (ところで、「源氏」をプレーボーイ光源氏の恋愛遍歴を描くラブストーリーと単に捉えていそうな浅さを、昨年の「どうする家康」では感じ、がっかりした。瀬名が於愛を引見する場面でだったが、女の読者は於愛のようなキャッキャだけの読み方は出来ないものではないかと思ったからだ。「源氏」で描かれる女君たちは、出家する以外は自分で自分の人生を決められず苦しんで生きる。言わば男に踏みにじられても、それでも生きていく側なのだから。)

御簾内に居る東宮でも

 そうそう、流石にドラマの円融天皇は御簾内に居て政務に当たっていたのだけれど、当時の貴族女子は御簾の陰に隠れて成人するにつれて家族にも顔を見せないのでは・・・ドラマでは御簾は見事に取っ払われ、あんなに開け広げでやっていくんだなと、初回の兼家一家の会食シーンを見て思った。

 あんまり開け広げじゃ「垣間見」の感動というかドラマチックさが薄れちゃうのではないか。でも、いちいち貴族の姫を御簾内にぶち込んでいたら、やっぱりドラマにも何もならないでしょ!ということなんだろう。

 ところで、あの泣いている色白の赤ちゃんが定子なのか。泣いているのも彼女の将来を感じさせて暗示的だ。それとも、じいじ兼家は、権力を握る手駒としてしか家族を見ない恐ろしい人物と感じて泣いているのかな。

 第2回で、兼家は道兼による初回での「ちやは」殺害を知っていて、従者を手にかけ隠ぺいを図っていたことが判明した。それだけでゾッとするが、それをネタに息子をさらなる悪行に仕向けるとは・・・権力の鬼だ。「まひろ」の父・為時を子飼いにし禄を与え続けているのも、花山天皇の監視だけでなく、妻を殺された口封じの意味もあったのかもしれない。

 その為時が漢籍を教えている後の花山天皇(本郷奏多)がサイコーだ。「麒麟がくる」で近衛前久を演じていた時に雅な曲者だなと思っていた。変わり者の天皇なら当たり役だ。

 初回の師貞親王役の子役からして突き抜けていて目を引かれたが、物心つく前から大人に頭を下げられ、御簾内でかしずかれて育つと、何をどう信じていいのか分からなくて試し行動連発になるのかな。心細いのだろう、気の毒な人だ。唯一、信じてみるかと思った為時も間者だったと知ったら荒れそうだ。

 しかし、花山天皇にさえ漢籍を教えることができた為時が苦戦するのだから、「まひろ」の弟・太郎はある意味大したものだよね。

怪しい「ぬい」と散楽一座

 次回は「謎の男」ということで、予告映像を見た限りでは「雨夜の品定め」的な話が若手貴族の皆さんが参加して展開するのかなと思ったのと、「まひろ」が上級貴族のサロンに参加するらしい。そして、俄かに気になっているのは散楽一座の面々だ。

 次回予告で、見つめ合う「まひろ」と道長の後ろに堂々と存在している人物(「秋の女御」を演じていたかな)が謎の男なのか?第2回でも、身分を隠していた道長は、一座の演技中に「弟よ~」と「秋の女御」にいきなり話しかけられ、驚いていた。

 道長が「秋の女御」のリアル弟だと知れていて、それで真っ直ぐ話しかけに来たとしか思えない。その後、道長の反応が分からなかったが、どう次回描かれるのか。

 改めて考えてみると、道長の従者の百舌彦を籠絡した女(ぬい)が怪しく思えてくる。ただ単に百舌彦が仕立ての良い着物などを身に着けているから、良いところにお勤めなんだね💕と目を付けられ、声を掛けられて良い仲になったのかと思っていた。

 しかし・・・もしかしたら「ぬい」は散楽一座の密偵なのか?寝物語に百舌彦から兼家一家の内情を聞き出して、一座がそれを出し物に仕立てているんじゃないのだろうか。狙いは情報の方だったのかも。

 大体、百舌彦って名前からして「百の舌がある男」なんだよね?お仕えしている家の話を、外でものすごく喋ってそうだ。それで、道長が本当の「トウの一族」の三男であることが一座に知られちゃっているのだったら、理屈が通る。

 次回も楽しみだ・・・と書いたところで、もう一寝入りすれば昼のBS4Kでの放送が見られる。コロナ後のせいかまだ頭がハッキリせず、名前が出てこなくて苦戦してしまった。今回はいつもにも増して取り留めなくグダグダ、とりあえずここで切り上げることにする。

 次はコロナから完全脱却して、もう少しマシな体調になっているはず。長々お付き合いいただいている方々、毎度ありがとう。今年は平安大河ドラマを一緒に楽しみましょう。

(敬称略)

 

【どうする家康】#48 家康は「鎌倉殿の13人」義時と相似形、でも最期は幸せに海老すくい

「神の君へ」から来年の「光る君へ」

 もう片手で数えれば2024年が来る。年末だ。毎度のようにああだこうだに追われて年の瀬を迎えているが、気づけばまだ「どう家」最終回について書いていなかった。下手すると来年の大河「光る君へ」が始まってしまうじゃないか。

 NHK大河ドラマ「どうする家康」第48回(最終回)「神の君へ」は、もう10日以上前の12/17に放送された。この記事を12/29の総集編前に書き始められて良かった(アップできるのは後かもわからないけど😅)。

 最終回サブタイトルの「神の君へ」は明らかに来年大河の「光る君へ」を意識したものだろう。Amazonで発売されていた脚本をチラ見したら、最終回のオリジナルのサブタイトルは「~でどうする!」という形式だったから。

 「光る君へ」では、まだ劇中劇で必ず出てくるはずの光源氏を誰が演じるのか発表されていなかったような。今思うと、松本潤は徳川家康役よりも光源氏役の方にキャスティングされるのが普通だったかなと思うのに、若い頃の「ぴょんぴょんぴょん」だけじゃなく(初めて見た時は唖然としたが、見慣れてしまうと懐かしい)、よくタヌキ親父の晩年まで走り抜けたものだ。

 最終回では、そのタヌキ親父も白兎に戻るとオープニングアニメでは示唆していた。やっと肩の荷が下りると。

 それを指し示す「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」は江戸時代に水戸藩あたりで創作されたもので、神君家康のご遺訓とは・・・💦と今どきの時代考証の先生方はおっしゃっているらしいのによく出したなーと思ったら、それを語りの福(春日局)が「遠き道の果てはまた命を賭した戦場にございました」と続けた。彼女の言葉として処理したってことだよね、考えてる。

 それから、まだまだ引っ張る「鯉」バナ。京の二条城で、これから戦場に赴く家康が阿茶局と会話をする。

家康:わしに言いたいことがあれば、今じゃぞ。これが最後かもしれん。

阿茶:ありません。私は最後とは思うておりませぬので。(家康に羽織を着せかけて)あ、ひとつだけ。よろしければ、あのお話をお聞かせ願いとうございます。

家康:あの話?

阿茶:鯉。

家康:コイ?

阿茶:魚の鯉のお話でございます。

家康:ああ、あれはな、信康と五徳の・・・。

 ここでまたお預けが入るのだ。場面は大坂城の乱世の亡霊の皆様へと移ってしまう。鯉の話を聞かれて、さすがにもう家康は笑い転げたりしないが、口が重そうだ。あの後、満面の笑みを浮かべていた阿茶は、話を聞かせてもらうことはできたのだろうか。

 でも、ここで家康の脳裏にはしっかりと浮かんだんだろうなあ、最後の戦を前にして、幸せだったあの頃が。

 視聴者側の私にも浮かんだ。散々お預けを食らってきたイライラ。最終回に及んで、まだするかと。この脚本家は、全編を通じてあっちこっち話を飛ばすものだから、そんなイライラがあちこちに散りばめられてきた。最終回ではそれらを一気に晴らしてもらいたいと仇を取るくらいに期待していたものだから・・・もう!

 「○○はCMの後で~」と引っ張る手法がいつからか日本では当たり前だけれど、それを、少し前の話だけれど、韓国在住が長い知人が驚いていた。「こんなことをしたら視聴者をバカにするなと韓国だったら暴動が起きるよ」と。今も韓国ではそう受け止められるだろうか。よくよく日本人は従順に躾けられたものよ。

 この引っ張る手法も、視聴者を繋ぎ止める「ロングパス」などとかえって称賛されて乱発されるようになって、もはや制作側では当たり前なんだろう。ミテルガワノコトカンガエロヨ。ああ、私も一話完結とか二時間ドラマしか見られない体質になってきちゃったかな。要するにガマンが利かなくなってる。

 さて、「戦とは汚いものよ」と真田昌幸(佐藤浩市)は生前、信繁に言っていた。「戦はまた起こる。ひっくり返せる時は必ず来る。乱世を取り戻せ。愉快な乱世を泳ぎ続けろ」と種を息子に植え込んでいた。徳川にとっては乱世の帝王・昌幸が生きていてはかなり厄介だったはず。やはり、彼は家康と秀頼の二条城での会見の後、始末されたかな?

 佐藤浩市と同じく、2年連続の大河ご出演となった小栗旬。演じる天海(言われてなかったら分からないレベルの特殊メイク~)が源氏物語と吾妻鏡(昨年最終回でこぼした、お茶の染み付き)を手にしながら源頼朝について語るという、しゃれっ気いっぱいの登場の仕方をした。

 言うまでもなく、小栗旬は昨年の「鎌倉殿の13人」主役の北条義時を演じ、義時は源頼朝にこれでもかと振り回されていた。「世間では(家康のことを)狡猾で恐ろしいタヌキと憎悪する輩も多うございます。かの源頼朝公にしたって、実のところはどんな奴かわかりゃしねえ。周りがシカと称えて語り継いできたからこそ、今日、全ての武家の憧れとなっておる訳で」「人ではありません。大・権・現!」と秀忠に言った時の言葉がちょっと愚痴のようで、ニヤニヤしてしまった。しかし、なぜあそこに真田に嫁いだ稲姫が居るんだ?

 この、前後の大河のエピソードを最終回で噛ませるというのは、今後も恒例になっていくのだろうか。来年の「光る君へ」の主人公・紫式部は、「源氏物語」をあれだけ面白く書くくらい想像力がたくましいのだから、今年の戦国時代と再来年の江戸時代程度の未来なら無理くり想像を飛ばせるか?・・・やっぱり無茶ぶりかな。

とうとう出てきた「鯉」バナの中身

 さて、最終回のあらすじを公式サイトから引用しておこう。

家康(松本潤)は豊臣との決戦に踏み切り、乱世を終える覚悟で自ら前線に立った。家康の首を目がけ、真田信繁(日向亘)らは攻め込む。徳川優勢で進む中、千姫(原菜乃華)は茶々(北川景子)と秀頼(作間龍斗)の助命を訴えた。だが家康が下した決断は非情なものだった。翌年、江戸は活気に満ちあふれ、僧・南光坊天海(小栗旬)は家康の偉業を称え、福(後の春日局/寺島しのぶ)は竹千代に”神の君”の逸話を語る。そんな中、家康は突然の病に倒れる。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 「家康が下した決断は非情なものだった」って、まあ「すまん」とは確かに千姫に言ったけど、最終決断を下したのは秀忠だったが。秀忠の成長を感じる大事なシーンだったのに、どうしてこう書くのか、公式サイトなのに。

 秀忠は「最後ぐらい背負わせて」と家康に言い、涙ながらに茶々と秀頼の助命嘆願をする娘・千姫を前に「将軍として、秀頼には死を申し付ける」と宣言した。家康は心配そうに秀忠の決断を見ていた。(前回、秀忠を「お子ちゃま」と書いてゴメン。彼は家康の苦悩をちゃんとわかっていたね。)

 「鬼じゃー!鬼畜じゃー!豊臣の天下を盗み取ったバケモノじゃ」と泣き叫んでいた千姫が心配だ。自分が愛する人たちを、自分の父と祖父が殲滅しようとし、自分の願いを聞き入れてくれない。これ以上のトラウマ体験も無いだろう。彼女自身が秀頼を深く慕っているだけでなく、多くの者が皆そうだと主張すればするほど逆効果、秀忠の表情が硬くなるのが切なかった。確か、家康が会いたいと言っても、千姫はおじじ様には死ぬまで会わなかったらしいよね。

 まあ、千姫については本多忠勝の孫・忠刻と再婚することがあまりに有名なので、救いにはなる。しかも、姑は信康と五徳の娘・熊姫。そこらへんでスピンオフを作ってくれないか。信康の娘たちは、信長と家康の孫なのにドラマに出てこなかった。瀬名の五徳へのセリフ(確か「そなたには娘たちを育て上げる務めが有ろう!」みたいな)で出てきたが、それだけじゃ寂しい。

 千姫の原菜乃華が瀬名の有村架純に面差しがあまりに似ていて驚きだったが、それを逆手に取って、スピンオフでは有村架純が成長した千姫のその後を、山田裕貴が忠刻を演じたらどうだろうか。

 最終回では、前半はドロンジョ茶々様率いる乱世の亡霊チーム(皆さんの亡霊メイクの白塗りが青白い程で禍々しい。「魔界転生」みたい)相手の大坂夏の陣、そして後半は、例の笑っちゃって話せなくなる信康婚儀の際の「鯉の話」がとうとう描かれた。

 話の基になった逸話は、ドラマオリジナルじゃなくて江戸時代に書かれた物の中に実際にあるとか。道理でどこかで聞いた話・・・と思ったら、滝田栄主演の「徳川家康」にも出てきたそうだ。あ~、そうだったかも、でもほぼ忘れている。

 まあ、引っ張りましたよね、鯉の謎。確か「築山に集え!」と「於愛日記」で焦らされて語られずじまい。で、話の中身は、家康が、信長から贈られた立派な鯉を食べたい家臣らにすっかり担がれ、右往左往した笑い話だった。

 これが笑い話になるのは徳川家中だからで、織田家中だったら何人家臣が殺されたのだろう?実際のところ、信長は家康饗応の席で「淀の鯉」を出して失敗した(させられた)明智光秀をひどく叱責し、恨みを買って本能寺で殺された。「家臣を手討ちにしたりしない」と家康を信頼したからこそ、徳川の家臣らは自分たちの食欲を優先して殿を担げたのだった。まさに、幸せだった頃の岡崎での1コマ。

 こういう幸せなひと時が脳裏にあれば、人は生きていけると思う。常時、最期までずーっと幸福であることなんかない。それでは、幸せに鈍感になってしまう。しがみ付いていられる幸せな記憶が過去に既にあれば、人生は幸せなのだと思う。

 阿茶は「天が遣わした神の君。あるいは、狡猾で恐ろしい狸。いずれにしても、皆から畏れられる、人に在らざるものとなってしまわれた。お幸せだったのでございましょうか」と泣き、本多正信も「戦無き世を成し、この世の全てを手に入れた。が、本当に欲しかったもの、ずっと求めていたものは・・・」と手を合わせていたが。

 信康婚儀の場にいて、家康死去に際してまだ死んでなかったのは五徳ぐらいか。亀姫もいたはず。後は皆、徳川に尽くして命を捧げ、既に死んでいった者たちばかり。そう思うと、家康が深々と頭を下げてお礼を言うのはジンと来た。

 あの場面は、家康が若いんだか年なんだかがいったりきたりで、演じている松潤が緩急をうまく表現していた。

 物語の大団円は三河家臣団や家族との海老すくい。役者の皆さんが生き生きと笑顔で踊っていたのが良かった。昨年の「鎌倉殿の13人」の終わり方があれだけ沈鬱だったので(義時に解毒剤を与えず死なせたというか殺した、政子のすすり泣き)、大きく違う。

「どう家」瀬名は、クセになる

 今年の大河の終幕は和気あいあい、スッキリさっぱりできた。何といっても、家康の幸せの象徴・瀬名と信康が出てきたし。当時、結構な瀬名ロスになった私としても、出てくるのを待っていた。こんな瀬名(築山殿)はこれまで見たことが無かったが、クセになったかな。頭の中の池上季実子の瀬名の上に、有村架純で上書き保存された感じ。

 家康死去の年月日「元和二年(1616年)四月十七日」がパーンと表示された段階で、家康が何か(寅?)の木彫りを起き上がってするってのはもう無理なんじゃ?と疑問に思ったら、瀬名と信康が武者隠しから「もう、出ていってもよいかしら」「あ~くたびれた。もう隠れなくてようございましょう」と、サバサバと登場。ああ、お迎えなんだとわかった。

家康:お前たち、ずっとそんな所に?

信康:父上。戦無き世、とうとう成し遂げられましたな。

瀬名:ようやりました。私の言った通りでしたでしょ。成し遂げられるのは殿だと。ご立派なことでございます。

家康:立派なことなんぞ。やってきたことは、ただの人殺しじゃ。あの金色の具足を付けたその日から、望んでしたことは1つもない。望まぬことばかり、したくも無いことばかりをして。

竹千代(後の家光):(走ってきて)おじじ様、上手に描けたので差し上げます(御簾の内側に差し入れた、男雛を振りつつ話す。紙を差し出し、御簾内の雰囲気に気づいて瀬名・信康とお辞儀を交わし、去る)。

信康:不思議な子でございますな。

家康:竹千代、後継ぎじゃ。

瀬名:初めてお会いした頃の、誰かさんにそっくり。あの子が鎧をまとって戦場に出なくて良い世の中を、あなた様がお創りになったのでしょう。あの子があの子のままで生きてゆける世の中を、あなたがご生涯をかけて成したのです。なかなかご立派なことと存じますが?(信康が持ってきた竹千代の描いたウサギを見て)存外、見抜かれているかもしれませぬな。あなたが狸でも無ければ、ましてや神でもないということを。(ウサギの絵を見せる)

家康:(はらはらと、涙を流す)

瀬名:みんなも待っておりますよ。私たちの白兎を。

 こんな幸せなお迎えがあろうか。家康にとってはこれが一番望んだもののはず。瀬名と信康によくやったと褒められれば、満足のはずだ。阿茶も正信も、心配すること無い無い。

 瀬名・信康・家康といるところに竹千代(家光)が持ってきたのは、実際に家光が描いた兎の絵をモチーフにした物だろう。よく似ていた。

 美術さんが描いただろうウサギは、家光が描いた本来のふわふわしたちょっと分かりにくい毛玉みたいなウサギの絵よりも、視聴者のためにはっきりそれと分かる絵になっていたが、「英雄たちの選択」で見たあの絵だ!とピンときた。

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 竹千代は小さな男雛も持ってきた。初回に、瀬名の女雛が乗るおままごとの花籠に乗せられず、別れを暗示された家康のメタファー、家康もとうとうお迎えの舟に乗せてもらえるという意味だろう。

 (ところで、最終回だけに意味深なものが色々あるが、ウサギの木彫りはどこに行ったのか?家康は木の箱に納め、長持ちに大切にしまっていたが、その後まだ見ていない。)

 そうか、「徳川実紀」によれば、前日までに榊原康政の甥を相手に遺言は済ませたのだったか。遺言部分、これもスピンオフにしてくれたら是非見たい、杉野遙亮が当然、康政の甥っ子役で。

 それから・・・「どう家」では、瀬名と信康については深く描かれているのに、他の家康の側室や御三家の祖になった息子たちやらがほとんど出てこないことが気になっていた。

 家康にとっての「幸せな家族」には瀬名と信康が欠かせないのだが、他の側室たちとの関係は、お仕えされる主従関係へと質が異なっていた。後継ぎ秀忠の母・於愛でもそうだったし、阿茶でもそう。瀬名らが死んでからは、家康は仕える家臣らに持ち上げられ遠ざけられるばかりだったかな。

 瀬名と信康がいた頃、家康は普通にか弱い白兎だった。ちゃんとお迎えに来てもらえて、白兎に戻れて何と幸せだったことか。

 そうそう、家康の辞世の句は「嬉しやと 再び醒めて 一眠り 浮世の夢は 暁の空(これが最後だと思い眠ったが、また目覚めることができてうれしい。この世で見る夢は、夜明け前の空のようなものだ)」。これから取ったのだろう、オープニングテーマ曲のタイトルは「暁の空」と聞いて、このドラマで家康の死に際の走馬灯を1年かけて一緒に見てきたような気もしてきた。また最初の方を見てみたい。

徳川家康の辞世の句(最期の言葉)とは?意味もわかりやすく簡単に解説 – 和歌ラボ

どちらも、泣き虫の男の子が戦の無い世を目指した

 今年の「どうする家康」と昨年の「鎌倉殿の13人」。終わり方は対照的だったが、実は同じ「戦の無い世」がこの先にやってくる安堵感がある。それも、北条義時と徳川家康の、ふたりの主人公どちらもが、地獄に落ちたと見られるほど自分本来の優しい姿を犠牲にして得られた到達点。それがとても似ていた。

 義時も家康も、登場当初はナイーブな泣き虫の少年だった。現実に相対するうちに、自分らしさを失い黒くなっていくが、平和な世を息子ら次世代に手渡そうと、もがいてきた。

 「鎌倉殿」の場合は、しかし、長澤まさみのナレーションでも言っていたように、戦いの無い世が続いたのは、息子の泰時(坂口健太郎)が執権として存在していた間だけ。泰時が世を去ると、義時が信じ続けた三浦義村(山本耕史)の家は宝治合戦の末に滅ぼされている。

 しかし徳川の世は260年も続いた。この差は、家康の「吾妻鏡」研究の成果なのかな?

 「鎌倉殿」最終回で、ゲスト出演的に出てきた松潤の徳川家康が「いよいよ承久の変だ」とワクワクしたところでお茶をこぼしていた。これが示唆するものは?と考えると、きっと、実はそのあたりをリアル家康も何度も読んで参考にしたってことではないか。

 承久の変では、北条義時が後鳥羽上皇をも裁き、隠岐送りにした。自分は大悪人の汚名を着ても、皆の希望の存在だった賢い息子・泰時に北条がてっぺんに立つ武家政権というエバーグリーンを遺そうとした。

 泰時は御成敗式目を作ったことで有名だが、しかし、その彼を以てしても「戦の無い世」を続けられたのは泰時が治政を担っている間だけ。それは何故か、どこで失敗したのか、どうしたら永く「戦の無い世」が続くのかと家康は考え抜いたのではないか。

 それで、逆説的に気づいたのが泰時が優秀な人物であったことだったのかもしれない。秀忠を選ぶヒントは吾妻鏡にあったのかな。

 家康はあえて「大いなる凡庸」秀忠を選び、「戦を求める者」にひっくり返されることのないガッチリとした仕組みを、関ヶ原の戦い後、時間をかけて構築したのだろう。

 ただ、ドラマでは仕組み作りが十分には描かれなかった。1603年から1610年にかけて、家康が豊臣の牙を慎重に抜いていく段階もちゃんと見たかった。家康が苦心した部分だろうに、残念だ。

 「青天を衝け」の渋沢栄一の生涯も、彼は90歳以上だったから見足りない感じが強く残ったが(特に「青天」の場合は41回しかなかったし💦)、家康の人生も75歳と比較的長い。大河ドラマ2年ぐらいかけないとダメだったかな。三谷幸喜が、足りないところを補って、もう1回家康で大河ドラマを書いてくれないか。物足りない。

日本がPAの国になったのは、大坂の陣以来?

 ドロンジョ茶々様は、炎に包まれる大坂城と命運を共にした。その前に、家康は馬印の金扇をわざわざ敵から見えるように前に掲げさせ、「家康はここにおるぞ」「さあ来い、共に逝こうぞ」と呼ばわった。心の中では「乱世の亡霊たちよ、わしを連れて行ってくれ」と唱えていたが、周りに死なれて生き残ると、それが本心なんだろう。

 でも、真田信繁らの最後の突撃を逃れ、助かった家康がいたのは六文銭(真田家)の幕の張られた陣だった。これって史実通りなのか?混乱したが、つまりは信繁の兄・信之の息子たちの陣に退避したということか。真田同士なら、ここには来ないだろうと。

 さてさて、北川景子が素晴らしい茶々だった。ドラマのラスボスだったんだそうだ。その場面は見応えがあったが、「ラスボス」という言い方がどうも好きじゃない。ゲームみたいで軽いから。(あ、中1男子がターゲットのドラマだったと思い出してしまった。)

 茶々が死ぬ前に秀頼は切腹し、死ぬ間際に「わが首を以て生きてくだされ」と母に言った。そんなことできる訳がない、息子をそんな目に遭わせておいて、母だけが生きるなんて。マザコンだな、秀頼。彼が母親に反発できるような人物だったら、話も変わっていただろうにね。

 「余は豊臣秀頼なんじゃ」と宿命から逃れられないかのように千姫にかつて言っていた秀頼は、劣勢が明らかになっても「余は最後まで豊臣秀頼でありたい」と今回も千姫に言い、まさに母の誇大妄想の天下人を生きさせられた気の毒な人物としてこのドラマでは描かれた。

 千姫が瀬名にそっくりだから、千姫が秀頼の手を取って「千はただ、殿と共に生きていきとうございます」と言った時のふたりが、昔、瀬名が「どこかに隠れてしまいたい」と言った時の瀬名と家康を彷彿とさせた。秀頼を止められたのは母の茶々だけだっただろうに、茶々が拗れた上にカッコばかり付けるからさー。全部茶々のせい。

 大野治長が秀頼を介錯し、その息子の血しぶきを顔に浴びた茶々が凄まじい。その死に様を「見事であった」と茶々は言ったが、こんなに悲しい血しぶきがあるか。想像を絶する。息子の血だよ・・・。

 そして、その場にいた家臣たちも次々に秀頼の後を追い、「徳川は汚名を残し、豊臣は人々の心に生き続ける」と呪いの言葉を呼ばわった治長も茶々を残して先に切腹。茶々が介錯をし、治長は茶々の腕の中で息絶えた。え?茶々が介錯?そんなの初めて見た。今までのドラマで、そんなのあったかな。

 後にも先にも、茶々のような立場の者が自ら手を汚し腕の中で死なせてやったのは治長だけだったと思うと・・・治長が秀頼の介錯をしたと思うと・・・3人の仲は、かなり特別に見える。秀頼と治長、実の親子だったかと、ふと思ってしまった。ところで治長母の大蔵卿(大竹しのぶ)はどこだ?

 そして、ひとり残った茶々の独白。

茶々:日の本が、つまらぬ国になるであろう。正々堂々と戦うこともせず、万事長きものに巻かれ、人目ばかりを気にし、陰でのみ嫉み、あざける。やさしくて卑屈な、かよわき者たちの国に。己の夢と野心のために、なりふり構わず力のみを信じて戦い抜く。かつて、この国の荒れ野を駆け巡った者たちは、もう現れまい。・・・茶々は、ようやりました。

 中二病を拗らせた人らしく、反省するところはなかったのだな。前回のブログで、ちょうどPA(passive aggression)の話を書いた。日本はPAがあふれている国だとも。それと符合するような話を茶々が言い出した。そうか、大坂の陣で豊臣が破れて徳川の世になってから、AA(active aggression)は鳴りを潜めPAが隆盛することになったか?

 歴史家の磯田道史先生が、江戸時代には年間1000人もの人たちが微罪でも死刑になったとおっしゃっている動画があった。それが200年も続き、お上によく躾けられた国民になったらしい。徳川が表立ったAAを許さず、日本をPAの国にしたんだね。

youtu.be

 それでも「戦の無い世」がまだ全然良いと思うが・・・PAの国のしんどさは、来年の「光る君へ」で存分に描かれそう。楽しみであり、怖くもある。

 わあ、今回は特にダラダラ書き過ぎてしまった。来年からはもう少し控えよう。年末なのに、こんなに長々と読んでくださった方々、ありがとう。良いお年を。来年が素晴らしい年になりますように。なにしろ「光る君へ」だから大丈夫、期待大ですな。

(敬称略)

【どうする家康】#47 「乱世の亡霊の王」を育てた拗らせ茶々、過ちに気づくも遅かった

罪なのは、美しき「憧れの君」松潤家康だった

 NHK大河ドラマ「どうする家康」ラスト前の第47回「乱世の亡霊」が12/10に放送された。前回は冬の陣、今回は夏の陣かと思ったら、講和と夏の陣に向かうまでの話だった。となると、次の最終回は夏の陣と家康の終活か。

 まずは公式サイトからあらすじを引用させていただく。

家康(松本潤)の大筒による攻撃で難攻不落の大坂城は崩壊。茶々(北川景子)の妹・初(鈴木杏)と阿茶(松本若菜)が話し合い、秀頼(作間龍斗)が大坂に留まることと引き換えに、城の堀を埋めることで和議が成立する。だが乱世を望む荒武者たちは全国から大坂城に集まり続け、豊臣を滅ぼすまで平穏は訪れないと、家康は再び大坂城に兵を進める。そんな中、初と江(マイコ)は、姉・茶々を止められるのは家康だけだと訴える。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 この「茶々を止められるのは家康だけ」の理由。茶々のかつての「憧れの君」が家康だったという話が、妹たちから明かされたのだけれどね・・・最終回を前に、「なんだそれ~💦」と気が抜けてしまった。

 それとリンクするかと思うが、ドラマも終わりが近いので、関連記事がネットにたくさんあった中の1つによると、脚本家は「中1の自分が観て喜ぶ大河ドラマを書いた」そうだ・・・確かに「憧れの君」は中学生が喜びそうなパワーワードだ。

 どんなに利発にお育ちだとしても、人生の酸いも甘いも未経験でまだまだ情動の点で浅さが否めない中1が、この大河ドラマのターゲットだったのか。何だかこの1年間を返してもらいたくなった。だから時代考証の先生方が腰を抜かすようなゲーム張りの紫禁城(清須城)など、突飛な映像や妄想が溢れる訳だし、今回はお市と茶々の母娘2代で主人公に恋していたなんて、お茶を吹きそうな話になってる訳だね。

 「実はあなたが好きでした」って中学の同窓会でクラス一番の美人におじさんが言われたい言葉っぽいよねぇ。それをラスト前で「どうだ!」と出してきた感じだ。

 ずっと大河を見てきたアラカンとしては、戦国時代を代表する主要美女キャラが2人まとめて(実際は演じているのは1人だけど)主人公を喜ばせる色恋担当に成り下がったのが萎えた。

 2人ともが家康を好きだ?それって松潤が家康じゃなければ見ている側としてはキモ過ぎる設定だ。「どう家」の家康には、これ以上望めない程かわいらしく平和を希求する瀬名がいたじゃないか。過去の瀬名の中で歴代ナンバーワンだ。それで恋愛ファンタジーは十分じゃないのか。

 そうだそうだ、お市の兄・織田信長も松潤家康にぞっこんだった。織田家は家康大好きなんだね。

 こういう設定は、美しき松潤だから完全に白けることなく辛うじて成り立つシロモノじゃないか。申し訳ないが、過去の映像作品で徳川家康を演じた俳優さん方を思い浮かべ、考えてみてほしい。

 思いつくところでは丹波哲郎、中村梅之助、津川雅彦、西田敏行、松方弘樹、滝田栄、西村雅彦・・・戦国一の美人お市が恋して、その娘の茶々も、本人を良く知りもしないのに多感な少女期に完璧な天下人像を思い描き憧れ恋するような、そんなことが彼らに対してできようか?無理だ。(歴代の家康俳優の皆様方、大変に失礼しております<(_ _)>)

 それは美しき松潤ならでは。その松潤ならではの特性に乗っかった設定が顔を出してしまうと「いや、それ家康じゃないし、松潤だし」と思えてくる。松潤じゃなきゃ通用しないような話にされると、全然面白くない。

 誰かが「岡田准一は興味深い織田信長になっていたけれど、松潤は家康コスプレの松潤だった」と言っていたが、それじゃあまりにも悲しい。松潤家康、当初の心配を覆して悪くなかったと思うのに。

子が拗らせた時、大人が説き聞かせる大切さ

 少女期の「憧れの君」家康への恋がこじれて、アンチ家康になった茶々(まったくなんと単純すぎる設定w 仕方ないか、中1相手だもの)が、妄想上の理想的な天下人へと秀頼を育て上げた。エセ天下人の家康よりも、秀頼が本物の天下人、だから家康を倒して秀頼を天下人の座に就ける方が世のためだと、ドロンジョ茶々様はお考えだと今回判明した。

 家康に対して、憎さ百倍過ぎる。偏見が過ぎる。

 その妄想を素直に背負った秀頼が、夏の陣へ続く滅びの道を「正々堂々」歩むと決めちゃった大坂方。何という悲劇だ。

 他方、家康は、秀忠に丸投げせず総大将を務め「乱世の亡霊を根こそぎ引き連れて滅ぶ覚悟」と言った。この、自分の息子をクリーンな位置にキープしておいて、自分が地獄を引っかぶるポジションというのは、昨年「鎌倉殿の13人」で北条義時が真っ黒になって死守していた。2年連続で大河ドラマの主人公は地獄の道を行くんだね。

 しかし、ここぞというところで親が適切に前に出ることの大切さよ。せっかく茶々は昔の「憧れの君」からの手紙で、遅ればせながら自らの誤りに気づいたらしかったのに。

 家康の手紙はこうだった。なかなか胸を打つものだった。差し込まれる昔の映像(お市と茶々が別人!家康若い!)と、受けの北川景子の表情の変遷が良かった。そうそう、手紙を袂にしまってからお江に微笑まれて一瞬たじろいだ茶々も可愛かった。

茶々殿。赤子のあなたを抱いた時の温もりを、今も鮮やかに覚えております。そのあなたを乱世へ引きずり込んだのは私なのでしょう。今さら、私を信じてくれとは申しませぬ。ただ、乱世を生きるは我らの代で十分。子どもらにそれを受け継がせてはなりませぬ。私とあなたで全てを終わらせましょう。私の命はもう尽きまする。乱世の生き残りを根こそぎ引き連れて滅ぶ覚悟にございます。されど、秀頼殿はこれからの世に残すべき御人。いかなる形であろうとも、生き延びさせることこそが母の役目であるはず。かつてあなたの母君がそうなさったように。

 この手紙を読んだ後も、茶々は毎年正月に息子の背を測って付ける柱のキズを手で撫で、秀頼を思う母になっていた。乱世を生きる荒ぶるヒロインではなく。「かつてあなたの母君がそうなさったように」に改めてハッとさせられたのだろう。

 万能感いっぱいのティーンブレインの秀頼(これは年齢的にもお育ちからもしょうがない)と、家康への恋を拗らせた妄想癖の茶々。少女期に妄想癖全開でこっちが心配したのは茶々ではなくて、次女・初の方だったのに。姉の方が重症だったとは。

 それよりも、ちょっとお市の次女・初の変な受け答えが私は気になった。初がこんなにも人の話をちゃんと聞けないという点は、大坂の陣の講和での伏線になってくるのだろうか。

初:母上は、徳川殿に輿入れするかもしれなかったというのは誠でございますか?

市:えっ?誰がそのような・・・。

江:そうなのですか?

市:嘘じゃ。幼い時分に顔見知りであっただけ。

初:もしかしたら、私たちの父上は徳川殿だったかもしれないのですね

茶々:つまらぬことを申すな。我らの父は浅井長政じゃ。

 茶々は反抗期にあるらしく、物言いはそっけないが正しい。初の言っていることは滅茶苦茶、ものすごい飛躍だ。母が明確に「嘘じゃ」と答えているのに、勝手に妄想が弾けてしまっている。

 人の話を聞けず、妄想癖のある初が、大坂方の運命を背負って切れ者・阿茶の局との講和の席に着くかと思うと空恐ろしい。そりゃ大坂城のお濠が全部埋められても仕方ない。(【どうする家康】#30 戦国のヒロイン・お市が「敗軍の将」、エサに釣られた家康は歯噛み - 黒猫の額:ペットロス日記 (hatenablog.com)

 当時、お市は茶々ら娘たちに対して言葉少なだった。辛さを呑み込んで「はい!」と言った笑顔が印象に残る。もっと説明して娘らの妄想の種を取り除いてもいいのにと思わないでもなかった。

 家康の手紙でようやく気付きを得た茶々。でも、その気づきを彼女はきちんと秀頼にシェアしていない。それでいきなり最終決定を秀頼に託してしまった。その顛末はこうだった。

茶々:母はもう・・・戦えとは言わぬ。徳川に下るもまた良し。そなたが決めよ。そなたの本当の心で決めるがよい。

大野治長:我ら、殿がお決めになったことに従いまする。

千姫:千も殿の本当のお心に従いまする。

秀頼:お千。前にそなたは私の本当の心が知りたいと申したな?私はあれからずっと考えていた。ずっと母の言う通りに生きてきたこの私に、本当の心はあるのだろうかと。(立ち上がり、小姓から刀を受け取る)我が心に問い続け、今、ようやく分かった気がする。(興奮気味に去る)

 (牢人どもの前へ)皆、よう聞いてくれ。余の真の心を申す。信じる者を決して裏切らず、我が身を顧みず人を助け、世に尽くす・・・それが真の秀頼である。今、余は生まれて初めてこの胸の内で熱い炎が燃えたぎるのを感じておる!余は戦場でこの命を燃やし尽くしたい!

茶々:秀頼・・・!

秀頼:皆の者!天下人は断じて家康ではなく、この秀頼であることこそが世のため、この国の行く末のためである。余は信長と秀吉の血を引く者。正々堂々、皆々と共に戦い徳川を倒してみせる!余は決して皆を見捨てぬ!共に乱世の夢を見ようぞ!

牢人一同:オオー(喚声。口々に)乱世の夢じゃ~皆の者、奮え~!秀頼様のために戦おうぞ!(真田信繁が六文銭を掲げる)

秀頼:(茶々を見て)異論ござらんな。

茶々:よくぞ、申した。(涙をため、複雑な笑顔)

千姫:徳川を・・・倒しましょう!

秀頼:エイエイ

牢人一同:オー!(略)

茶々:(振り返った先に初がいる。黙って視線を交わす姉妹。初の見ている前で家康からの手紙を火にポイと捨てて燃やし)共に逝こうぞ、家康!

 「信じる者を決して裏切らず、我が身の危険も顧みずに人を助け世に尽くす。そのような御方であれば、それこそ真の天下人にふさわしき御方だと思わぬか?」と、かつて茶々が妹たちに言っていた誇大妄想を秀頼が口にした時、ため息が出た。そして「戦場で命を燃やし尽くしたい」などと、真田信繫ら牢人に感化されたことまで言っちゃって・・・。

 自分が思いもしなかった選択(ただ、その選択はそれまでの茶々の教えに沿っている)をしたからといって「秀頼💦」なんて声を裏返しても、もう遅い。まともなコミュニケーションが欠けたせいで、秀頼は乱世の亡霊の王よろしく、亡霊の皆さんを引き連れて滅びの道へとまっしぐらだ。

 亡霊代表の真田信繫(どす黒いメイクが凄い)の槍捌きに魅入られてたもんね・・・秀頼は戦いたい正義の戦士モードになってたよね。

 秀頼は、むしろ自分の選択を母は喜んでいると思い込んでいただろう。茶々も母からドロンジョに戻って「よくぞ申した」としか言えなくなった。それは自分が信じてきた道、秀頼に教え込んできた道だから。もはや滅びの道だと分かっているけどね。

 しかし、「共に逝こうぞ、家康」なんだね・・・どんだけ好きなんだか。本能寺で信長が「家康~家康~」と繰り返して血染めの着物でフラフラしていたのを思い出す。

 一方、家康は、秀忠に「そなたがまぶしい」と感情に訴える話をして秀忠の拗らせを解いたし、本多正信&榊原康政という、家中でも切れ者2人がかりで秀忠をフォローさせた。

 両者を比べ、子どもが変な妄想を膨らませて思い込みで拗らせそうになった時、大人が正面から向き合って「説き聞かせる」のは本当に大事だと思わされた。ましてや、秀頼のように母が持つ家康への偏見を幼少期から念入りに刷り込まれたら、まともな判断などできはしない。

 しかし考えてみれば、あんな過酷な運命を歩んでいた茶々姉妹が妄想や偏見に取りつかれる前に、誰が何を説き聞かせられたのだろう。彼女らを真摯に守り、彼女らのために説き聞かせられる大人は皆無の状態だった(実際は、織田信包ら頼れそうな親族がいただろうが、ドラマでは出てこない)。

 今作の豊臣の滅亡は、信頼できる大人とのコミュニケーション不足が招いた悲劇、ということで。拗らせる前に信頼できる大人を見つけてちゃんと話そうね、何かと手遅れになる前にね、と反抗期の中学生に説き聞かせるドラマだったのかな。

家族の期待を裏切った、主君・家康

 今作の家康は(一方的に背負わされた迷惑な妄想ではあるけれども)茶々の期待を裏切った。初曰く「母が死んだ時、憧れは深い憎しみとなりました」そうで、それが大坂の陣のような事態を招いている。

 そして、家康は家族の期待も裏切った。秀忠と千姫だ。千姫の無事を告げられ「何よりの事じゃ」と言った父・家康を見る秀忠のまなざしのきついこと。

 家康は決して自分でそうしたい訳じゃないのにねえ。自分の気持ちには反していても、断腸の涙を流してでも、乱世を鎮めるためにはやらねばならない。その理解がせめてお子ちゃま秀忠にはもう少し欲しいところだ。自力でたどり着けないなら、正信が説き聞かせるしかないか。

 前回のエピソードだが、秀忠は、孫を可愛がってくれる家康だから、まさか千姫を危険に曝すことなどしないと思っていた。一方、お江は「戦となれば、鬼となれる御方では」と家康を見て、千姫への害を恐れて秀忠が大坂攻めの総大将となることを望んだ。

 お江の見方が正しかったことは、大坂城への砲撃で示された通りだ。秀忠は泣いて「父上、止めてくだされ、止めろー」と懇願したが、それ以来、家康を見る目が明らかに変化している。家康を信じない目だ。

 そしてもうひとり、千姫。最初、ビカビカの金箔がちの衣装を着る大坂城の人たちの中で、千姫だけが紫メインの打掛をまとい、見た目から異質だった。座る場も、おかしいくらい明らかに茶々や秀頼から離れた下座で、豊臣からの心理的な距離を感じさせた。

 それが、お江との会話に臨んだ時点では、千姫は豊臣系のビカビカ打掛を着て、母がかけた「徳川の姫として」の言葉に反発、「豊臣の妻でございます」と強く言い切った。そして、下座から立ち上がり、上段の間に上って茶々に連なって座り直した。

 その時の茶々と秀頼の表情も印象的だった。母と娘の決裂を、決して喜んでいなかった。

 過呼吸に陥るほどの砲撃に自分を曝し、殺そうとしたのは徳川だ、私が死んでも構わないと思ったんだ、すぐに助けに行くとおじじ様は私に約束したのに裏切られた!ということだね。額に傷を負ってまで庇ってくれたのは、いつもは冷たかった姑・茶々だったしね。

 それ以来、豊臣系の打掛を身に着けガラリと言動が変わった千姫については、これまた単純な分かりやすい心の動きだとしか・・・中学生向けドラマだからね。

 お江からの櫛も、家康からの「ぺんすう」も千姫に戻され、お江は泣いた。このシーンはお江と秀忠の背後で桜が散り、物悲しく美しかったね。

 秀忠に言わせれば、きっと「全部家康のせい」(昨年は「全部大泉のせい」)なんだろうけれど、主君たるもの仕方ない。家康死後は、背負うのは自分であり、自分も家康のようにせねばならないんだけどね。

 戦後、秀忠もお江も、帰ってきた千姫との間がこじれ苦労することになるんだろうが、ちゃんと説き聞かせられるように秀忠が成れるだろうか。このドラマの秀忠の場合、心配だ。

スルー出来ない方々

 たぶんこれで出番が終わる高台院(寧々)。和久井映見が味わい深かった。計算高い寧々さんかと思ったけど、彼女が演じるからほっこりやんわり。「あの人と2人で何もねえところから作り上げた豊臣家・・・誠に夢のごとき楽しき日々でごぜ~ましたわ」が万感こもっていて、家康が頭を下げたのも分かる。

 次回は大坂城の炎上シーンで遠くから見守る表情が見られるか?いや、無いだろう。お疲れさまでした!

 最終回を前に、大竹しのぶの大蔵卿局がいきなり登場した。鈴木杏の初が出てくるのは予告でわかっていた(「大奥」の平賀源内とは本当に別人格でステキ)が、大蔵卿は、初と阿茶が講和交渉に臨む後方で、苦虫を嚙み潰すような表情で、菓子を前に無言で座っていた。

 無言なのにあの圧!「真田丸」の大蔵卿(峯村リエ)も強烈だったが、大竹しのぶともなると、初出で無言なのにちゃんと大蔵卿にしか見えない。昨年の歩き巫女のおばばなど微塵も見えない。もし「天命に逆らうな」「肘が顎に着くか」と言い出したら分からないが。

 そうか、最終回の死に際に大野治長ら息子たちに「天命に逆らうな」と言って皆で自害するのだろうか。小栗旬は治長の弟だったりして、そうしたら大竹しのぶとセットでご出演だ。

 小栗旬は家光役かと前回書いたが、天海が出てくるのに役者名が書いてないと鋭い人たちがSNSで言っていた。天海か・・・それもいいかもだけど長谷川博己がなあ。「麒麟がくる」の約束を果たさなきゃだし。

 吾妻鏡大好きな家康の事だから、さっきも書いたように、息子の泰時のためにできるだけの地獄を背負って去った義時に、死に際に思いを馳せるかも。あの世で会って、語り合うなんてどうかな。

 ただ、ちょっと義時じゃ弱いから、家康憧れの君・鎌倉幕府初代将軍の源頼朝役で出てくるのはどうだろうか。歴史家の磯田道史氏が、家康は方角オタクだと最近の講演(YouTubeで見た)で言っていて、鶴岡八幡宮に続く段葛(参道)を真っ直ぐ延長すると江戸城に行き着くことを発見したそうだ。それだけ家康は頼朝に思い入れがあるということだ。

 (ちなみに、久能山と日光東照宮を結ぶ線は、富士山山頂のやや西をかすめるのだそうだ。そこって浅間神社があるのでは?)

 小栗旬は、「鎌倉殿」で大泉洋の代わりにワンシーンだけ頼朝役を演じたことがあるもんね。「どう家」でも、もしかしてあったりして。

 ・・・そんなことを書いていたら、「どう家」公式ツイッターじゃなくてXが既にサプライズゲストを発表していた(サプライズなのに?本番前に発表するの?)。小栗旬は天海!

 ということで、もう最終回だから楽しく見られそう。家康の最期は、きっと徳川四天王始め、瀬名がままごとの花籠の舟に乗って迎えにきてくれますって!そこで「共に逝こうぞ!」と吠えてくっついてきた茶々と、瀬名が、家康を巡って熾烈な戦いのゴングを鳴らし・・・なゲーム展開の訳ないね。

 あと1回!

(ほぼ敬称略)

【どうする家康】#46 家康不在で豊臣が勝利したら、秀頼はプーチンのようになったのか

砲撃にさらされ過呼吸の千姫。秀忠も泣く

 NHK大河ドラマ「どうする家康」は大詰めの第46回「大坂の陣」を12/3に放送した。あらすじを公式サイトから引用する。

豊臣家復活を願う方広寺の鐘に、家康(松本潤)を呪う言葉が刻まれたという。家康は茶々(北川景子)が徳川に従い、人質として江戸に来ることを要求。激怒した大野治長(玉山鉄二)は、両家の仲介役・片桐且元(川島潤哉)の暗殺を計画。家康はついに14年ぶりの大戦に踏み切る。全国大名に呼びかけ、30万の大軍で大坂城を包囲、三浦按針(村雨辰剛)に用意させたイギリス製大筒を配備。そんな徳川の前に真田丸が立ちはだかる。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 物語は真田丸の活躍が見られる冬の陣に突入し、徳川方が3倍の大軍で囲んでも降伏しないどころか、雇われ牢人どもが大活躍で気を吐く豊臣方に、業を煮やした家康が、備前島砲台に用意した大筒からの砲撃を大坂城本丸に打ち込んだ。

 どうせ届かないとか、届くか?と危ぶむ声が両陣営から上がっていた大筒の威力は大方の予想に反して凄まじく、本丸から天守に次々と命中。砲台で指揮する本多正純の目は明らかに変になってるし(それだけの覚悟を固めていたとしても、一方的な殺戮をする方は気が変になるよね)、家康が「戦を知らんで良い」「人殺しの術など」と慮っていた秀忠は、やっぱり「止めろ~!」と泣いた。

 砲撃の先では、茶々ら大坂方の女どもが逃げ惑い(赤ちゃんの泣き声も聞こえた。秀頼の子だろうか)、秀忠が心配した通り、娘の千姫は砲撃に曝される中で過呼吸に陥っていた。天井が崩れ、茶々が千姫を庇って負傷、千姫が助けを呼ぶ「誰か~」の声も空しく響き・・・というところで次回へ。

 茶々は、家康の孫として千姫を意識していたとしても、妹・お江の娘(つまり姪)として千姫を可愛がる意識も強くあったのでは?茶々は、妹たちへの保護者意識がものすごくあるように思うから。だから天井が落ちてくる時に、身を投げ出し千姫を庇う気持ちは分かる。

 でも、自分が年を取ったからこそ思うのだけれど、身内じゃなくても若い子は庇ってあげたくなる。計算じゃなく反射的に、体が動くこともあるのでは。あちこち痛くても(茶々はまだそんな年じゃないけど)。

原爆投下を想起させられた

 砲撃の場面での、徳川家康・秀忠親子のやりとりを改めて記しておく。秀忠は戦を知らんで良い、指図はすべてこの自分が出すから従えと、全ての責めを自分が負うと宣言して、家康が総大将を務めている。その意味が、ここに来て秀忠には分かっただろう。言われた時は不満そうだったけど。

 家康は、腹心の本多正信に言っていた。「この戦は、徳川が汚名を着る戦となる。信長や秀吉と同じ地獄を背負い、あの世へ行く。それが最後の役目じゃ」と。

家康:(紙一面に南無阿弥陀仏を書き終えて)正信。あれを使うことにする。

秀忠:あれ・・・父上、あれは脅しのために並べておるのでは?本丸には届かんでしょう。

家康:秀頼を狙う。

秀忠:さ、されど、そうなれば・・・。

家康:戦が長引けば、より多くの者が死ぬ。これが、わずかな犠牲で終わらせる術じゃ。②主君たるもの、身内を守るために多くの者を死なせてはならぬ

(本多正純が指揮する砲撃が、大坂城本丸と天守に次々命中。城内では悲鳴)

秀忠:(続く砲撃音と破壊音)父上、止めてくだされ。父上・・・止めろー!こんなの戦ではない!父上!!もう止めろ~!(家康の胸元に食って掛かって泣く)

家康:(虚ろな表情)③これが戦じゃ。この世で最も愚かで・・・醜い(秀忠を振り捨て、顔を歪め泣きながら)人の所業じゃ

秀忠:(顔を歪め、砲撃される大坂城を見る)

 この場面、現代の私たちも深く考えさせられる。今、ウクライナ、パレスチナで起こっていることを思うと。

 ②で思い起こしたのは、家康が、かつては「身内のための戦」をして多くの家臣を死なせた殿だったということ。「主君たるもの、家臣と国のためならば、己の妻や子ごとき平気で打ち捨てなされ!」と母・於大の方に厳しく叱責されても、家康は、オリジナル大鼠らを犠牲にしながら瀬名と信康を奪還した。上之郷城を攻めて鵜殿氏の息子2人を奪い、瀬名・信康・亀姫と人質交換した。

 そんな家康も、国のためにその瀬名と信康を自死させ、慟哭の限りを味わった。それを踏まえ、孫娘を案じる息子秀忠と対峙していると思うと、たまらない。

 ③について。対武田勝頼の長篠の戦で、織田信長が仕掛けた圧倒的な銃撃による織田・徳川方の勝利に言葉を失っていた家康と信康を思い出す。若かった家康もなす術もなく、信康も、これは戦じゃなく殺戮だと非難していた。それを、家康は「する側」になったのだ。

 (その殺戮を成す信長には相手への敬意とそれなりの覚悟があったことや、秀吉が人の死をせせら笑っていたのも思い出す。)

 なぜそれを成すのか。その理由については①「戦が長引けば、より多くの者が死ぬ。これが、わずかな犠牲で終わらせる術じゃ」なのだが・・・私は広島・長崎への原爆投下を想起させられた。

 第二次世界大戦でアメリカは同じことを言って、広島と長崎への原爆投下による一般人の殺戮を正当化した。「原爆が戦争を終わらせた」と、それがアメリカでは定説だ。

 アメリカが気にしたのは自国兵の犠牲を減らすこと。広島や長崎に暮らす一般日本人の犠牲は思考の外にあったらしい。本丸や天守をダイレクトに狙うことで大坂方の首脳陣だけ砲撃し、無辜の民草には影響を及ぼさなかった家康の方がまだマシだ。(このドラマの上では。)

 (ちなみに、原爆投下を決断した当時のトルーマン大統領の子孫は、広島・長崎の被爆者らと交流し、被爆者の話をアメリカで伝えようと尽力している。興味深いインタビュー記事があった。【原爆投下】トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(前編)|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp) 「原爆投下が正しかったかという問いには関わらない。広島と長崎の人々への敬意は忘れていないが、結果を天秤にかければ、原爆が戦争終結を早めた証拠の方が説得力がある」そうだ。)

 今回の、大筒という圧倒的な兵器による殺戮を見て、現代の私が核兵器競争まで意識が飛ぶのは自然な話だし、制作側も意図していると思う。「これが戦。この世で最も愚かで醜い、人の所業」は、まだ失われていない。

 現代イスラエルは核兵器を所持しアメリカもバックアップしているから、パレスチナの庶民が砲撃を浴びて多くが落命しても、イスラム諸国は黙っているのだろう。戦を闇雲に広げないという点で、賢く弁えた選択とも言えるけれど。イスラエルの核所持に対抗するイラン、開発に血道を上げていた北朝鮮も、核の圧倒的な力が自らを守ると信じている。

 現代の世界は、核を持った者勝ちだ。まだ王道には遠く、覇道の世なのだ。

もし「負ける自信がある」」秀忠が総大将だったら

 もしも・・・既に家康がおらず、全軍の指揮を秀忠(王道を成す者として家康が温存した)が担っていたらどうなっただろう。

 「負ける自信がある」秀忠は、娘・千姫の命を案じてやまず、砲台に並べている大筒は「飾り」とばかりに実際に使おうとは思いもせず、大軍を擁しながらぐずぐずと豊臣に負けていったかもしれない。

 秀忠がいよいよ大筒を使おうと決めた時には、彼のことだからタイミングを逸し、豊臣方にまんまと奪われることにもなったのでは?覇道に生きる豊臣が、現代の核兵器のようなイギリス製の大筒を手にしたら、徳川は殲滅させられるだけ。王道が虚しい。

 徳川から覇権を取り戻した秀頼は、秀吉のように再度朝鮮へと唐(当時は明)狙いで出兵するはず。今回、「無き太閤殿下の夢は、唐にも攻め入り、海の果てまでも手に入れることであった。余はその夢を受け継ぐ」と、牢人どもの前で宣言していた通りだ。

 ただでさえ秀吉の出兵で国土が荒廃した朝鮮なのに、また秀頼が出兵するのでは気の毒な話。が、徳川滅亡後に秀頼を止める人は日本には誰もいない。

 秀頼は年齢も若いので、彼が延々と出兵を続けたら明だけでなく大陸の各勢力と泥沼の戦いに陥って・・・そして、当時の日本の兵力が世界最強とか評価されていた(だそうな)としても、最終的には疲弊し、勝てるとは思えない。

 日本には海を挟んでいる地の利があるとはいえ、あまりに迷惑な出兵が止まないとなれば、逆に、大陸側から大挙して日本が征討されそう。そうなれば、「日本」としてこのエリアが存続できたかどうか。

 こんな妄想を書いていたら、秀頼がプーチンのように見えてきた。ウクライナ出兵を推し進めるプーチンを、今やロシア国内では誰も止められないらしい。ウクライナが滅びれば、さらにプーチンは止められない。

 ここまで妄想して、最初の前提条件「家康が欠けること」の意味を思った。ドラマ上の話だけでなく、日本の歴史に非常に大きな悪影響を及ぼすことだったのではないか。「戦を求める者に天下を渡す」ことの怖さを思った。

大坂方が繰り出す passive aggression (PA)

 妄想からドラマに戻ろう。

 方広寺の鐘銘問題は、ドラマでは茶々が「面白いのう」といい、大坂方が徳川に仕掛けた嫌がらせだった。家康の諱が刻まれていると分からない訳がない。

 一番神経を使って避けなければならないと現代のボンクラでも気づくぐらいのことを、当時確かにやっているのだから、実際にもわざと仕掛ける意図はあっただろう。徳川のイチャモンだと逃げられると思う方がどうかしている。

 考えても見てほしい。現代でも独裁者のいる国で彼の名前を弄ぶようなことをした庶民がどうなるか。銃殺刑だろう。戦前の日本でも、不敬罪に問われたのでは?

 この鐘銘問題は、以前も触れたパッシブアグレッション(受動的攻撃、PA)の分かりやすい例だと思う。やってから「そんな意図はないのに」ととぼけて、相手を考えすぎだと責める。被害者支援関係で学んだ言葉が、ドラマの分析で役に立つとは。

 講師の先生は「日本語ではPAをズバリ言う言葉はないのに、日本はPAが溢れている面白い国だ」と指摘されていたが、「いやがらせ」「いじめ」「あてつけ」「いけず」「罠」等、類する言葉はいっぱいある、むしろ細分化されて全体が見えないか。

 PAの厄介なところはPAのターゲットとされた側が反撃すると、「大人げない」「神経質すぎる」「気のせいじゃないか」「やりすぎだ」とか周囲から非難を浴びがちなところだ。

 分かりやすいPAは、無視とか、黙って泣かれる、とかだ。いきなり泣かれれば「何もしていないのに」と呆然とし、「何かしちゃった?」と、やられた側が自分を責めるだろう。

 それを計算して繰り出されるのがPAで、弱者が強者に仕掛けるのはささやかなる抵抗手段として仕方ない面もある、と説明を受けた。

 ドラマでは、大坂方には10万もの反徳川の牢人が集まりつつあってドロンジョ茶々様らも裏ではノリノリ。鐘銘問題は、調子に乗ってきた大坂方が徳川を貶めるために巧妙に仕掛けた罠であり、徳川が捨て置けないと反応したのは正当だった。

 ただ、史実としては「こんなに大きな問題になるとは思わなかったんだもーん😢」と、かまってちゃんの大坂方の粋な遊びのつもり(=考え無しな悪ふざけ)と解する余地はあるかもなと個人的には思う。1やってみたら100倍返し、みたいな。

 PAについてサクッと知りたい方は、ウィキペディア先生では英語版のこちら(Workplace aggression - Wikipedia)を翻訳してご覧になると良いのでは。「Workplace aggression can be classified as either active or passive.[6][7][8] Active aggression is direct, overt, and obvious. It involves behaviors such as yelling, swearing, threatening, or physically attacking someone.[9][10] Passive aggression is indirect, covert, and subtle. It includes behaviors such as spreading rumors, gossiping, ignoring someone, or refusing to cooperate.」日本語版では病的なものの説明しかないようで、私が習ったのとはちょっと違った。

 これを踏まえ、徳川陣営でのやり取り(まさかの笑い飯哲男登場)を見てみたい。彼らに「これってPAなんだってば。躊躇うこと無し!」と言ってあげたい。

語り(春日局):豊臣の威信をかけて秀頼が建立した大仏殿。その梵鐘に刻んだ文字が、徳川に大きな波紋を投げかけておりました。

林羅山:「国家安康」家康を首と胴に切り分け、「君臣豊楽」豊臣を主君とする世を楽しむ。明らかに呪詛の言葉でございます。徳川を憎む者たちはこれに快哉を叫び、豊臣の世を更に望むことでしょう。

金地院崇伝:それは言いがかりというもの。言葉通り、国家の安康と君臣共に豊楽なる世を願うものであって、他意はございませぬ、と豊臣は申すでしょう。

羅山:大御所様の名が刻まれていることに気づかないわけはない!

崇伝:あくまで大御所様をお祝いする意図で刻みました・・・と豊臣は申すでしょう。

徳川秀忠:崇伝!お前はどっちの味方なんじゃ。

本多正信:要するに、これを見逃せば幕府の権威は失墜し、豊臣はますます力を増大させていく。されど処罰すれば、卑劣な言いがかりをつけてきたと見なされ、世を敵に回す。う~ん、実に見事な一手

本多正純:褒めてる場合ではござらぬ。

正信:うん?・・・腹を括られるほかないでしょうな。

阿茶局:おとなしくしておられれば豊臣は安泰であろうに。

秀忠:何故こうまでして天下を取り戻そうと・・・

家康:倒したいんじゃろう・・・このわしを。

語り:神の君、最後の戦が迫っておりました。

 正信が息子に「褒めてる場合ではござらぬ」と言われていたが、日本では正信の「見事な一手」のように、PAを賢く頭の良いやり方だと褒める風潮があると講師はおっしゃっていた。

 PA(受動的攻撃)が攻撃であることには変わりなく、それをAA(積極的攻撃)のようにあからさまにしないだけのこと。周囲の理解を得られないことで、PAを受ける側の精神的ダメージは、AAの時よりも深まっていく。

 むしろ被害者を装うなんて卑怯なんだ、攻撃なんだと理解が広まればいいなと個人的には思うところだ。まさに、攻撃者を褒めている場合ではない。

織田常信(信雄)の「わ・ぼ・く」炸裂

 この方広寺鐘銘問題だけではなかっただろうが、徳川との間に挟まれる取次役の片桐且元がとてもお気の毒だ。「真田丸」では常に胃薬を手放せなかったね。

 今回のドラマでは、駿府城内でキョドキョドして案内されている様子がまず可哀そう、そして平身低頭して「全て私の不手際。鐘は直ちに鋳つぶしまする」と謝っているのに、若造の正純に「それで済む話でございますまい!度重なる徳川への挑発、もはや看過できませぬ」と叱られていた。

 ただ、このドラマでは且元は家康にお目通りが叶い、直々に「3つの求めのうち、いずれかを飲むよう説き聞かせよ」と言われていた。すなわち、大坂退去の国替え、江戸参勤、茶々の江戸下向だ。

 これまでの大抵のドラマでは、且元は散々待たされた挙句に家康に会えず、正純から何とか条件を聞き出して帰る間に、茶々の乳母の大蔵卿局らが家康にも直接会い、歓待されて「何でもないって言ってました!」と且元の立つ瀬がなくなるようなことを言う。そのせいで、問題解決の条件を口にした且元が追い詰められるのだった。

 でも、それは無し。最近の研究で否定されたのかな?

 ドラマの且元の最大のお気の毒ポイントは、自分が仕える主人に本音を言ってもらえていないところだ。主人のために苦労しているのに、茶々も秀頼も裏では好戦的な大野治長にべったりだ。

片桐且元:修理!こうなると分かってあの文字を刻んだな・・・!

大野治長:片桐殿が頼りにならんので。

且元:戦をして豊臣を危うくする気か!

治長:(バン!と畳を叩き、挑戦的な目で見つつ手を振って)徳川に尻尾を振って豊臣を危うくしておるのはお手前であろう!

(両家臣の言い合い)

茶々:控えよ!

且元:秀頼様。引き続き、徳川様との取次、私に務めさせてくださいませ!

秀頼:・・・無論、頼りにしておる。ひとまずは屋敷にて十分に休むがよい。

且元:ははっ!(退出)

治長:あれはもう、狸に絡め捕られております。害しようとする者も現れますでしょう。

茶々:面白うないのう。

 取次役を害すれば、宣戦布告と見なされ戦だ。茶々の「面白うないのう」は、一応、且元殺害に異を唱えたのだろうか。あんなに徳川と戦をしたがっているのに??? 

 今作では、且元が大野治長からの刺客を察知して大坂城を脱出する話が、元々は千姫から情報がもたらされたおかげになっていた。千姫が織田信雄(常真)に伝えたのだった。

 久しぶりの信雄!この織田家のボンも、今回の「どう家」で汚名が雪がれた口のひとりになったか。今川氏真、武田勝頼、織田信雄。ダメな2代目よと言われてきた人たちだ。

 信雄を演じる浜野謙太は、再放送中の「まんぷく」で牧善之介として登場していて、先日も米軍に誤解からとっ掴まった主人公の夫・萬平さんのためにわざわざ証言しに来ていた。元々が良い人キャラだ。

 視聴者は、信雄の小牧長久手の戦いの右往左往ぶりを見て、その後勝手に秀吉と和睦しちゃって家康が迷惑を受けたと考えているだろうから、信雄が諸将を前に千姫にお酌されながら声高に自慢していた場面は「榊原康政の手柄じゃんね・・・」と白い目を向けていたと思う。

 ところが、廊下でべそをかいていた千姫に、信雄はこう言った。

織田常真(信雄):戦は避けましょう。あなたのおじい様には世話になった。ハハ・・やりとうない。わしの最も得意とする兵法をご存知かな?フフフ。わ、ぼ、く・・・でござる。へへへへへ・・・。(千姫の腕をポンと叩いて)大丈夫、うん。わしと片桐で、なんとかします。(去ろうとする)

千姫:(後ろから捕まえて、泣きながら)片桐殿は、おそらく明日、大野殿に。

 信雄いいとこあるじゃん!機能しているじゃん!と名誉挽回したのではないか。父を含めて天才ばかりがのし歩く戦国時代に、生き延びて家系をつないだけでも大したものだ。

 信康の妻だった妹の五徳が、信雄によって秀吉に人質に出され、側室にされていたのは憤懣やるかたないとも言えるが・・・今回、長生きしているはずの彼女の名前も、且元と信雄の大坂城脱出に絡んで聞けて良かった。

 そして、彼らの脱出を機に家康は「これで我らと話し合える者が豊臣にはいなくなった」「諸国の大名に大坂攻めの触れを出せ」「大筒の用意もじゃ」と言うに及んだ。

病んでも仕方ない千姫

 冒頭、家康が阿茶局と三浦按針からもらった鉛筆(今年、久能山にて見てきたばかり)の話をして、絵を描くのが好きな千姫にやればよかったと思いを馳せていた時、実際のところ家康は、彼女のいる大坂城の堀を埋め立てるよう戦略を巡らして鉛筆で堀を塗り潰していた。

 もう、砲撃を打ち込んだ後の一手を考えていたことになる。

 その砲撃を受ける側に居る千姫は、怖ーい姑であり伯母のドロンジョ茶々らから、徳川の一員としては見過ごせない、気持ちを弄られるような思いをさせられる日々を過ごしている。

 大野治長らとの会話を聞いているだけで胃に穴が開きそうだが、部屋に引きこもらず夫・秀頼と常に一緒に居続けて「何の話でございます?」と聞ける鈍感力があるのは、姫らしい強さだ。

 そして、「そなたも豊臣の家妻として皆を鼓舞せよ」と茶々に迫られ、牢人たちを前に「豊臣のために・・・励んでおくれ!」と気持ちを励まして言った。精神的にギリギリ頑張っているのが泣ける。

 (この時のドロンジョ茶々様の得意げな眉毛の上がり方が怖い。昨年の北条政子張りの演説も、秀頼よりも全然迫力があった。)

 そんな千姫からの問いかけ「あなた様は本当に戦をしたいのですか?本当のお気持ちですか?」に対し、夫の秀頼も思うところが少しはありそう。「余は、徳川から天下を取り戻さねばならぬ。それが正しきことなのだ。分かってほしい」「余は、豊臣秀頼なのじゃ」と逃れられない運命を受け入れている様子だった。

 かわいそうだね、本当に。ふたりとも可哀そうだ。

 今回はダラダラ書き過ぎだった。次回は夏の陣。

(敬称略)

【どうする家康】#45 涙のプリンス秀忠こそが、戦を求めない「王道」を成す者

サブタイトルは「二人のプリンス」でも

 NHK大河ドラマ「どうする家康」第45回「二人のプリンス」が11/26に放送された。いやあ、11月もこれで終わり、残るは12月の3回分だけ。視聴者側のこちらの気持ちも急いてくる気がする。まずはあらすじを公式サイトから引用する。

関ケ原で敗れ、牢人となった武士が豊臣の下に集結していた。憂慮した家康(松本潤)は、秀頼(作間龍斗)を二条城に呼び、豊臣が徳川に従うことを認めさせようとする。しかし、初めて世間に姿を見せた秀頼の麗しさに人々は熱狂。脅威を感じた家康は、秀忠(森崎ウィン)の世に憂いを残さぬためにも、自らの手で豊臣との問題を解決しようとする。そんな中、豊臣が大仏を再建した方広寺の鐘に刻まれた文言が、大きな火種になる!(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 サブタイトルではプリンスが「二人」だと言っているのだけれど、秀忠、秀頼、そしてかつての今川のプリンス氏真が登場し、家康の弱音を受け止める名場面があったので、プリンス4人でも良かったんじゃないの?と思った。

 今作では、今川が善なる存在で、氏真が家康の「兄」としてがっつり機能しているのが面白い視点で、これまでの大河ドラマなどには無いと思う(大抵、兄役に振り分けられていたのは信長だったのではないか)。その世界観がベースにあるのが面白いね、と既に書いたと思うが、今作の家康は今川義元(野村萬斎)こそを父とも尊敬し、氏真を兄と慕っていたから今川義元カラーの紺を多く纏ってきている。

 氏真が頼れる兄であれば、瀬名は従来説の悪妻ではなく最愛の妻であってもその世界観からするとごく自然、全く異常なものではなかった。信長&秀吉の暴力的な支配に耐え、やっぱり心には幸せだった駿府の今川時代があるんだね・・・瀬名を深く慕って当然じゃない?と、「どう家」世界観に慣れた私は、今そう思ったりしている。

 今回、家康が自分の跡取りの秀忠にも、自身が義元からたたき込まれたのと同様に「徳を以て治めるが王道、武を以て治めるが覇道。覇道は王道に及ばぬもの」と、ずっと教え込んでいたらしいことが分かって胸アツだった。初回からのロングパス。秀忠が、若き家康に重なって見えた一瞬だった。

 三英傑と呼ばれるが、家康が目指したのは織田信長でも豊臣秀吉でもなく、このドラマでは今川義元の王道の政。野村萬斎の義元はいかにも人格者で素晴らしかったと思い出される。初回で殺されたのにこの存在感。もう最終回も近いというのに重きをなしている。

 ということで、「兄」と思う氏真との会話で家康がボロボロ涙を流した場面を記録しておこうと思う。これは感動しただけでなく、虚を突かれた。泣き虫で弱虫、鼻たれの昔の家康(白兎)に意識は戻っているかのようで。家康は狸ではなくそっちが素だったんだよね。

氏真:わしは、かつてお主に「まだ降りるな」と言った。

回想の家康:(掛川城で氏真が投降する時のこと)いつか私もあなた様のように生きとうございます。

回想の氏真:そなたはまだ降りるな。そこでまだまだ苦しめ。

氏真:だが、まさか、これほどまで長く降りられぬことになろうとはなあ。だが、あと少しじゃろう。戦無き世を作り、我が父の目指した王道の治世、お主が成してくれ。

家康:わしには・・・無理かもしれん。

氏真:フ、何を言うか。お主は見違えるほど成長した。立派になった。誰もが・・・。

家康:成長などしておらん。・・・平気で人を殺せるようになっただけじゃ。戦無き世など、来ると思うか?1つ戦が終わっても、新たな戦を求め集まる者がいる。戦は無くならん。(涙がみるみる溢れ)わしの生涯はずっと死ぬまで・・・死ぬまで・・・死ぬまで戦をし続けて・・・(涙)。

氏真:(家康を抱きとめて)家康よ。弟よ。弱音を吐きたい時は、この兄が全て聞いてやる。(涙)そのために来た。お主に助けられた命もあることを忘るな。本当のお主に戻れる日もきっとくる

家康:ハァ(息をつく)。(時計の音が響く)

 氏真は、家康の白兎時代の「本当のお主」を知っている人だ。まだ、幼少期から兄弟のように共に過ごした氏真がいて良かった。

 また、戦をしたくない人が戦続きの人生なのだから、こういう絶望を家康が抱えていても不思議ではなかったね。自分も老い、残りの人生で「戦無き世」の実現が果たせるかどうか、焦っただろう。その後の歴史を知っているから、家康は迷いがないタヌキ親父だけで理解しがちだが、何と粘り強く、人生の最期まで歩んだ人なんだろうか。その途上ではこのように涙した時もあっただろうね。・・・そう考えさせる脚本だ。

 そういえば、オープニング曲のロゴ前に表示されていた四天王などが全て死没した今、家康だけがポツンとひとり表示されるようになった。次の阿茶局・松本若菜はロゴ後だ。時代考証の平山先生は、ドラマ制作側にもう少し多くの人物を出してはどうか、後半ほとんどいなくなっちゃうからと提案したことも当初あったとおっしゃっていた。が、こうなってみると、晩年の家康のポツン具合が表現できてちょうどいいのかも。

秀忠に過去の自分を見ていた家康

 先ほどちょっと触れたが、家康が、秀忠に過去の自分を見ていたとは、ちょっと意外だった。

 秀忠は、大坂方に「老木(家康)さえ朽ち果てれば、後に残るは凡庸なる二代目」と評価されてしまう人物として描かれている。大野治長がそう言うのも、覇権を競う「武将」としてのみ秀忠を見ているからだ。

 秀忠を演じている森崎ウィンがとても良くて、家族でファンになっている。NHKのドラマ「彼女が成仏できない理由」はももクロの高城れに目当てに見始めて彼の存在に気づき、「何この人凄いよね」と気になっていたが、今作でまさかの秀忠役。母親・於愛が広瀬アリスだからバタ臭い顔を持ってきたのかと思ったら(失礼)、そうじゃなくて森崎ウィンが秀忠だから、自然に見えるように広瀬アリスだったんじゃないの?と今や思ってしまうぐらいだ。

 彼の秀忠には、広瀬アリスの於愛がオーバーラップして見えることがしばしばだった。寄せて演じているのかな?と思っていたが、神君は、於愛じゃなくてご自身を彼の中に見ていたと。そうかー。丸顔の千姫は、神君からの隔世遺伝かな。秀忠の中にはちゃんと家康の血が流れていた証拠でもある。

 ドラマの中での秀忠は30代だ。秀忠は、家康が数え38歳で誕生している。30代の家康公が、どれほど泣き虫で心定まらず、榊原康政が前回の最後の諫言で言うまでもなく、酒井忠次ら家臣たちの支え抜きでは立ち行かなかったか。改めて、少し前の録画を数話見返してみた。

 秀忠が生まれて半年ほどで起きた、家康30代の大事件。瀬名と信康が自害するに至った築山殿事件が思い出される。「はるかに遠い夢」あたりでは私も瀬名ロスになって、岡崎まで旅立ったのだったよ・・・その気分が蘇った。あの頃は有村架純をどうやったら再登板させることができるかと考えもしたが、今、瀬名によく似た千姫がご出演でありがたいこと。(つまり、瀬名と家康は似たもの夫婦だったってことか。)

toyamona.hatenablog.com

 武田と織田に挟まれて、日々息つくのもやっと、どうしようもなかった家康。むしろ夫婦のリーダーは瀬名だった。その頼りにもなる愛する妻子を犠牲にせざるを得なかったなんて、自分が1度は内から瓦解する経験だったと思う。

 そういう30代を送っていた家康が、温かい目で秀忠を見ていた。武将として才ある次男・結城秀康(もう死んじゃってるけど)や、舅の伊達政宗と結びつき武将として一花咲かせたいと思いそうな六男忠輝じゃ危なっかしくて仕方ない。家康の中では、最初から秀忠しかいなかったんだと思えたシーンでもあった。

秀忠:あの京大仏の開眼供養だけはどうにかしてくだされ!間違いなく、豊臣の威光、益々蘇ります。正信にもそう申しておるのに・・・!

本多正信:う~ん・・・立派な大仏を作っとるだけですからなあ。

阿茶:うかつに動けば、かえって徳川の評判を落とすことになるのでは?

秀忠:しかし・・・

阿茶:自信をお持ちになって、堂々となさってるのがよろしいかと。

本多正純:諸国の大名は、秀忠様に従うよう誓書を取り交わしております。

秀忠:そんなものが何の役に立つ!・・・父上、世間で流行りの歌をご存知ですか?

家康:歌?

秀忠:「御所柿は、ひとり熟して落ちにけり。木の下にいて拾う秀頼」

正信:大御所様という柿は、勝手に熟して落ちる。秀頼様は木の下で待っていれば天下を拾える。

正純:何と無礼な!

正信:だが、言い得て妙じゃ。

正純:父上!

秀忠:この歌に、私は出てきてもいない。取るに足らぬ者と思われておるのです。父上が死んでしまったら・・・私と秀頼の戦いになったら、私は負けます。負ける自信がある!秀頼は、織田と豊臣の血を引く者。私は凡庸なる者です。父上の優れた才も受け継いでおりませぬ。父上がいつ死ぬのかと思うと・・・夜も眠れませぬ。

家康:秀忠。そなたはな、わしの才をよく受け継いでおる。

秀忠:まさか。

家康:まことじゃ。

秀忠:どこが?

家康:弱いところじゃ。そして、その弱さをそうやって素直に認められるところじゃ。(秀忠、ふてくされる)わしもかつてはそうであった。だが、戦乱の中でそれを捨てざるを得なかった。捨てずに持っていた頃の方が、多くの者に慕われ、幸せであった気がする。(秀忠、真面目に聞き入っている)わしは、そなたがまぶしい。それを大事にせい。(秀忠、驚いたような表情)秀忠。(立ち上がって秀忠のそばに来る家康)よいか・・・戦を求める者たちに、天下を渡すな王道と覇道とは?

秀忠:徳を以て治めるが王道、武を以て治めるが覇道。覇道は王道に及ばぬもの

家康:(うなずいて、秀忠の前に顔を寄せ)そなたこそが、それを成す者と信じておる。(涙と鼻水を流し、家康を見つめる秀忠。家康が、秀忠の肩をポンと叩く)わしの志を受け継いでくれ

秀忠:(家康に頬をポンポンと触られ、一礼。去り際、涙を拭う)

阿茶:(涙を拭う)(家康の背後に、時計が時を刻む音が聞こえる)

 覇道じゃなくて王道の志を継ぐ者だから秀忠なんだと、秀忠自身も、周りにいた家臣も、視聴者も、皆が深く納得したシーンだったと思う。夏目吉信(広次)に家康が言われたセリフじゃないか、泣かせるなあ。脚本家さんも役者さんも素晴らしかった。もう今回はダラダラ書くのをここで止めてもいいぐらいだ。

 でもね、覇道に訴えられたら秀忠が「負ける自信がある」との言葉も、又真実だと家康は受け止めただろう。だから、王道の達成を秀忠に託し、自分が覇道に訴えてくる相手との戦いを全部背負って終わらせてしまう「終活」を考えたのだろうね。

覇道に目が無い大坂方

 一方の大坂方。秀頼の武将としての素晴らしさを誉めそやす場面が、対照的にすぐ出てくるのが分かりやすい。覇道しか考えていない悪のドロンジョチームだ。

 まるで最近は厚化粧のドロンジョ様のようにしか見えなくなってしまった茶々を、北川景子が振り切って演じているのがまだどこか信じられない。堺に遊ぶ家康の前に現れ、「あなた様は安泰」と信長が唯一の友だと考えているからと告げた時の優しく華やかなお市と違い、声音にもドスが効いている。女優さんは凄い。

 その茶々が「惜しいの・・・柿が落ちるのをただ待つのが。家康を倒して手に入れてこそ、真の天下であろう?」と言い出し、例の方広寺の梵鐘の銘について「面白い。面白いのう」とあえて仕掛けをしてきた。徳川方がイチャモンを付けたのではなく、豊臣があえて勝負を挑んできた話になっているのが今作だ。まさに、「戦を求める者」として茶々らがいるのだね。

 話が前後したが、家康は秀頼には後陽成天皇の後水尾天皇への譲位に際する二条城の会見で「してやられている」。これまでは、ただ賢く立派に育った秀頼を見て家康が脅威に感じたから豊臣殲滅に動いたと描かれていたように思い、「真田丸」と「真田太平記」の会見場面を見返した。

 「真田丸」では、中川大志の秀頼が出てきた時点で豊臣の優勝!とも思ったが、むしろ秀頼を守り抜こうとする加藤清正の存在に会見では焦点が当てられていた。本多正信の制止を振り切り、家康にも立ち去れと言われているのに、家康側のお付きのように振る舞うことで会見の場に居続けた。

 「真田太平記」の秀頼は、中村梅之助の家康とにこやかに上段に並んだ。加藤清正が、実は徳川方の忍びの料理番に毒を盛られ始末させられていくなど、忍びの暗躍が描かれた。

 この2作は真田家フォーカスなので、当然ながら九度山に蟄居させられている昌幸の動向も出てくる。今頃気づいたが、昌幸はこの二条城の会見(3月下旬)があった数カ月後の1611年7月に死んでいるじゃないか!えええ!

 豊臣に肩入れする加藤清正が6月に死に、浅野長政が4月上旬に急死、息子幸長も翌々年に若死したことがよく取り沙汰されるが、なんとなんと、真田昌幸も死んだのはこの会見後だった。守ってくれた本多忠勝も既に死んでいるし、徳川方の良からぬ関わりを感じてしまう。

 脱線したが、ドラマでの秀頼。如才なく「わざわざのお出迎え、恐悦至極に存じます。秀頼にございます」と笑顔で家康に近づき、上座をどうぞどうぞと譲り合い。「意地を張るのも大人げのうございますので、横並びに致しましょう」と上座に横並びと見せかけておいて、スチャッと下座に着いて見せた。おじいちゃん家康はパッと身動きできないからねぇ。

 豊臣を公家として祀り上げ住み分ける作戦は大失敗、さらに「武家として」と高らかに宣言されてしまった。秀頼を跪かせたはいいが、徳川は、上方の民衆から「秀頼は慇懃、徳川は無礼。秀頼はご立派、徳川は恥知らず」と罵声を浴びることになった。

 「涼やかで、様子の良い秀吉じゃ」と家康が評すほどのここまでデキる挑戦的な秀頼は、これまたあまり見たことがない。ドロンジョ茶々様の教育の賜物だ。三浦按針に大筒を依頼し、家康が自ら片付けようと腰を上げたのも頷ける。秀忠への親心もそうだが、戦無き世実現への執念が感じられる。

 次回はいざ、大坂の陣だ。

(敬称略)

 

【どうする家康】#44 家康が徳川SDGsに目覚めた10年、秀頼は大成長

母に欺かれていた家康

 NHK大河ドラマ「どうする家康」は第44回「徳川幕府誕生」が特別なオープニングと共に11/19に放送された。今回だけのスペシャルバージョンだそうな。今回は1600年の関ケ原の戦いが終わってのひととき、というよりも1611年に手が届く10年もの期間がブワーッと一気に巻き気味に描かれ、家康の母・於大、股肱の臣の平平コンビ(本多忠勝、榊原康政)、そしてドラマでは出てこなかったが家康の息子らが死んでいった。

 この間、大坂方の豊臣秀頼が確実に成長していく。一方、家康は天下を返さぬための手を打っていった。

 あらすじを公式サイトから引用する。

家康(松本潤)は大坂城で、関ヶ原の戦勝報告を行う。茶々(北川景子)から秀頼と孫娘・千姫の婚姻を約束させられ、不満を隠せない。時は流れ、征夷大将軍となり江戸に幕府を開いた家康。ウィリアム・アダムズ(村雨辰剛)らと国づくりに励むが、秀忠(森崎ウィン)の頼りなさが不安の種。そんな中、忠勝(山田裕貴)が老齢を理由に隠居を申し出る。一方、大坂では大野治長(玉山鉄二)が茶々の下に戻り、反撃の機会をうかがっていた。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 家康は、秀頼への関ヶ原の戦勝報告の際にこう言って頭を下げた。あくまで豊臣の大番頭の体だ。

家康:天下の政は、引き続きこの家康めが相務めまするゆえ、何卒よろしくお願い申し上げまする。

茶々:誠に結構。・・・毎年、正月にあそこにお背丈を刻んでおりましてなあ。(略)あと十年もすれば、太閤殿下に追いつこう。さすれば太閤殿下の果たせなかった夢を、秀頼が果たすこともできましょう。それまでの間、秀頼の代わりを頼みまする。

 あなたはあくまで秀頼の代わりだから忘れるんじゃないよ、と念を押されたのも衝撃だったが、また朝鮮に出兵する気なのか、と空恐ろしくなった。そんな自身の意志の無い、ただただ亡き父の夢だからということで海外出兵をされては、日本が滅んでしまうよね。

 もし秀次が生きて「秀頼の代わり」だったら?とも考えたが、やはり秀吉の遺志に縛られてしまう豊臣の人たちでは長続きもしなかったな。日本は徳川で良かった。

 去り際、家康は孫・千姫の秀頼への輿入れを茶々にせがまれた。秀忠は「ようございましたな、茶々様も徳川と豊臣がしかと結ばれることを望んでおられる。これで安心じゃ、よかったよかった」と喜ぶが、「早う人質をよこせと言っておるんじゃ」と家康は不機嫌だ。きっと「秀頼の代わりをお願い」と茶々に念を押されたこともあるのだろうし、茶々の真意が汲み取れない息子秀忠にもイラ立っている。

 困難を増す豊臣との関係に、本多正信は、征夷大将軍となることを家康に提案。足利将軍がその権威を落としてしまったが、幕府を開けば武家の棟梁として「やれることはずいぶん増える」のは確かだと。

 家康は、徳川が武家の棟梁、豊臣はあくまで公家として住み分けができるのではないかと模索。つまり、ドラマの家康は、この関ケ原直後の時点では豊臣を潰そうとは思っていなかったのだね。

 そうそう、1602年に寧々、都に招かれた於大、家康の三者が会った時に、寧々は家康に「やはり将軍様は寅の方がようございますものな」と口にしたのはどうしてだったのだろう?もう家康が征夷大将軍になることは、その時期、寧々を含め、周りにも意識されて既定路線だったのだろうか?それとも、単なる軍団の中の一般名詞としての将軍だったのか。

 この時、家康母・於大は、家康が実は寅年生まれじゃなくて兎年生まれだと寧々に打ち明けた。それを聞いていた家康は、「寅の年生まれの武神の化身」とのアイデンティティを、まさかの母に突き崩されポカーン。かわいそうに、子としては為す術もない。

 ふと考えると、長いこと主人公が信頼できるはずの人の嘘にまんまと騙されていた点で、昨年の「鎌倉殿の13人」での「おなごは皆キノコ好き」に騙されていた北条義時を思い出す。

 あれも、真っ赤な嘘が暴かれたのはラスト前ぐらいだったか。年数で行くと家康が騙されていた方が長そうだし、母という存在が子に対して生まれの嘘をつくのは罪深い気がする。

 過去の「すべて打ち捨てなされ」と家康にかけた過去の言葉を悔い、於大は「もう捨てるでないぞ、そなたの大事なものを大切にしなされ。一人ぼっちにならぬようにな」と言ったのが救いだ。もう遅い気もしないでもないが。

 この3か月後に於大は家康に看取られて死んだという。やはり老人の旅は命を削るものだね。もう一息で家康は「征夷大将軍~(今年は誰もやらないのか)」だったのに。

 家康は1603年に幕府を開き、若い世代の「戦以外の才」「太平の世を担う才能」に恵まれた優秀な人材に囲まれ、江戸を拠点に国づくりは盛んだ。ウィリアム・アダムズは一瞬の登場で、もうちょっと出してくれないかと思った。

 イカサマ師の息子・本多正純は、父・正信と同じように扇子で首を叩いているが、大久保忠世にまっすぐ育てられ、父を不埒と呼ぶ。あの律義さで身を滅ぼしていくんだね。

平平コンビも涙の退場、四天王サヨウナラ

 本多忠勝は生涯57度の戦いに出ても無傷だったという。それが、死の直前につまらないことで傷を負って、死が近いことを悟ったという。それに近いエピソードが今回は再現されていた。たぶん愛用の蜻蛉切を手入れしていて、忠勝は手を切った。

 前回、オイラこと井伊直政がフラグを立てていたと思ったが、忠勝が榊原康政と話すセリフ「関ヶ原の傷がもとで死んだ直政は、うまくやりおった」の中で、視聴者に直政が没したことが伝えられた。

 「島津の退口」で負った重傷の無理を押して戦後処理に奔走、関ケ原の戦いの2年後には死んだ直政。何事にも完璧主義で、家来は悲鳴を上げていたと聞くが、コントロール欲が強そうでDV気質が垣間見える。誰かに任せて大人しく寝ていられないで、傷が治るわけもない。体力が削られてしまうよね。逆に、そうできていたらもう少し長生きできただろうに、惜しい。

 直政は四天王の中で一番若いのに、アラフォーでの死。本多忠勝、榊原康政も心情的に堪えただろう。彼らも、1548年に生まれ家康より5歳も若いのに、アラカンで死を迎えるとは(康政1606年没、忠勝1610年没)。徳川四天王は、大坂の陣を前に、皆いなくなっていた。

強くて頭も切れる、榊原康政が惜しい

 「どう家」を見ていると彼らがどんな立場に就いていたのかがフワッとしているのだが、ウィキペディア先生で確認すると、康政(榊原康政 - Wikipedia)は北条攻めの後は関東総奉行の地位にあり、関ケ原の戦いでは秀忠軍の軍監、戦後は老中。徳川家中の重鎮としてずいぶん忙しそうだ。

 ドラマでは1603年の時点で「もう我らの働ける世ではないのかもしれんぞ。殿の下には新たな世を継ぐ者たちが集まってきておる」なんて気弱なことを言っていたが、ドラマみたいに、桑名の忠勝の下にしょっちゅう来る暇があったのだろうか。

 康政は、老獪な本多正信と共に、ハッピーな秀忠の相談役を務めていた様子が面白かった。ウィキペディアでは、康政の主君は「家康→秀忠」と書かれていた。「私も、秀忠様にご指南申すのが最後の役目と心得ておる」と言っていたように、知恵の働く康政に、正信と共に秀忠を教育してもらいたいのは家康の意向だろう。(ちなみに、忠勝の主君は「家康」だけだった。)

 関ケ原では秀忠の率いる徳川本軍が間に合わなかった。が、あるいは家康の東軍が負けたとしても、秀忠が康政と正信と共に残れば徳川は何とかなる、道は開けると家康は考えたのかもね。それぐらい、康政の価値は家康に高く見積もられていたと思う。

 康政の死因だが・・・「どこが悪い」と忠勝に聞かれ「はらわたじゃ」とドラマでは答えていたが、面疔とかヨウとかセツとかの毛嚢炎じゃなかったか?自分もなったことがあるため、そう記憶していた。

 私は子どもの頃、川で泳いだ後に黄色ブドウ球菌のせいで毛嚢炎になり、酷く腫れて外科で切開した。あれは、膿の芯がずんずん皮膚の下に伸びて育っていくから「首筋だったら死ぬところだ」と言われた。「タコの吸出し」のようなものを、少し昔だと貼って膿を出したらしい。

 とにかく、ずるずると酷くしてはいけないから、康政も、早いうちに思い切って切開したら良かったのに・・・タイミングを失して手が付けられなくなってしまったのだろうか。

 そういえば康政死没の翌年、1607年に没している秀忠同母弟の忠吉が、やはり腫れものを患って命を落としていたはず。「葵 徳川三代」ではその様子が描かれていた。同母弟の死は、秀忠もショックだったはずだ。

忠勝には真田親子の助命嘆願を期待したが

 一方、本多忠勝は、関ケ原の戦後は初代桑名藩主として藩創設のために城や宿場整備、街づくりなどに忙しかった模様だ(本多忠勝 - Wikipedia)。ドラマにもあったように、病にかかるようになって家康に隠居を申し出たのが1604年。ドラマでは康政の「戦に生きた年寄りは、早、身を引くべき」という言葉も影響したということか。

 結局、「関ケ原はまだ終わっておらぬ」「隠居など認めんぞ」と家康に言われ、「全くいつになったら主君と認められるやら」と忠勝は嬉しそうに答え・・・最後には1560年の桶狭間の戦い後の大樹寺で、実は既に認めていたと康政に明かしたのだった。

 そして、康政死後の1607年に忠勝は眼病を患ったとウィキペディア先生に書いてあるのは、ドラマ的にはとうとう隠しきれなくなったということか。1609年に隠居、翌1610年に没した。

 これは作家・池波正太郎の創作なのかもしれないが、「真田太平記」ファンとしては、関ケ原の戦いの後の本多忠勝と言えば真田昌幸・信繁親子の命乞いだろう、と期待していた。

 忠勝の娘が小松姫(稲姫)、彼女が真田信幸に嫁いだ関係で、忠勝と真田家は切っても切れない間柄として、信幸が命乞いをする時に忠勝も一緒に家康に対して盛大に駄々をこねる・・・という筋書きが頭に入っている。それをやってくれるかな?とワクワクして待っていた。

 が、残念ながら真田信繁が蟄居先の九度山で、家康憎しと鍛錬している様子がチラリと映ったのみだった。そこに至るドラマはやってくれないのか・・・💦佐藤浩市の昌幸パパはどこに?もう出ないのか。

秀忠に「おめでとうございます」と言った秀康も没

 先ほど、ドラマの中で幼少期以来最近触れられていない家康四男・松平忠吉(松平忠吉 - Wikipedia)について、今回サッと通り過ぎた1607年に没していたと書いた。そうしたら、なんと家康次男の結城秀康も1607年に死んでいた。死因は梅毒だとか(結城秀康 - Wikipedia)。

 忠吉は4/1没、秀康は6/2没なのだが、立て続けであり、家康や秀忠の心情を考えるとドラマで扱わないのは奇異だ。どちらも頼りにしていただろう息子だったのに。それとも、家臣の死に比べ、息子ら兄弟らの死の影響は極小だとでも?

 康政の「皆の面前であのようにお叱りになるべきではござらぬ!秀忠様の誇りを傷つけることでございますぞ」との生涯最後の諫言の後、家康は秀忠に1年以内に将軍職を譲るから準備しろと伝えた。その直前、家康はチラリと秀康の方向に「しっかり聞けよ」と言わんばかりに視線を送っていた。

 優秀な秀康は、戸惑う弟・秀忠に対して真っ先に「おめでとうございます。秀忠様」と頭を下げた。逆だったらとても秀忠にはできない芸当だ。

家康:秀忠。

秀忠:(暗い顔)はっ。

家康:関ヶ原の不始末、誰のせいじゃ。

秀忠:(悔しそうに)私の落ち度にございます。

家康:そうじゃ。そなたのせいじゃ。理不尽だのう。この世は理不尽なことだらけよ。わしら上に立つ者の役目は、いかに理不尽なことが有ろうと、結果において責めを負うことじゃ。うまくいった時は家臣をたたえよ。しくじった時は己が全ての責めを負え。それこそがわしらの役目じゃ。分かったか?

秀忠:心得ましてございます。

家康:(秀康の方向に一瞥くれてから秀忠のそばに座る)征夷大将軍、1年の内にそなたに引き継ぐ。用意にかかれ。(去る)

秀忠:はっ!・・・え?わしが・・・将軍?!(本多正信が頷く)

秀康:おめでとうございまする。秀忠様。

 気付けば、この場面での家康の貫禄が凄い。よくよく一挙手一投足を見て、あのヘタレがこんなにも、と今さら思った。松潤だから若い頃だけ演じて終わりかと当初は思っていた。それがこの堂々のタヌキおやじぶり。特殊メイクやら装束やらで助けがあるにしても、松潤も不自然さは全然ない。

 言っている内容も、どこぞの政治家さんや上司さん、みんな聞いてるー?という名言だった。

 この場面を受けての、秀忠と康政、正信の会話も面白い。

秀忠:わしを選んだのは、兄が正当な妻の子ではないからか?

康政:殿がさような理由でお決めになるとお思いで?

正信:才があるからこそ秀康様を跡取りにせぬのでござる。

秀忠:えっ?

正信:才ある将が一代で国を栄えさせ、その一代で滅ぶ。我らはそれを嫌というほど見て参りました。

康政:才ある将一人に頼るような家中は、長続きせんということでござる。

正信:その点、あなた様はすべてが人並み!人並みの者が受け継いでいける御家こそ、長続きいたしまする。いうなれば、偉大なる凡庸と言ったところですな。

康政:何より、於愛様のお子様だけあって大らか。誰とでもうまくお付き合いなさる。豊臣家ともうまくおやりになりましょう。

正信:関ケ原でも恨みを買っておりませんしな。間に合わなかったおかげ。

秀忠:・・・確かにそうじゃ。(うれしそうに)かえって良かったかもしれんな。ハハハハハ!

康政、正信:(視線を交わす)

 正信が「偉大なる凡庸」等とズケズケと秀忠に言ってしまうのに対し、康政は「さすが於愛様のお子様だけあって」と敬意を忘れない物言いで持ち上げてみせるのが流石だ。

 才ある将が一代で潰れてまた世の中に騒乱が起こり、次の才ある将がまとめるまでの戦国時代。これを繰り返さないよう考えての「持続可能性の高い家中」ということだね。SDGsみたいな話になっている。

 でも、それが民衆にとっては幸せの素。戦無き世にするという家康の悲願からすると、当然なる帰結だ。オフィスでも同様、「持続可能性の高い社中」でないと、ひとり優秀な社員が出ても無理を重ねるしかなければ、挙句に体を壊して退職するしかない。それでは社員、会社の幸せは遠い。凡庸な社員が回せる社中であってこそ、組織は成長するのね。社長さん、聞いてるー?

 ここで今一度、石田三成が「戦無き世など成せぬ」「誰の心にも戦乱を求むる心がある」「まやかしの夢を語るな」と言ったことを考えたくなった。

 当時は戦続きで誰も戦乱の無い世を経験していない、知らないとすると、むしろ家康の方が「戦無き世を作る」など相当おかしいことを当時としたら言っているのだ。「何を荒唐無稽なこと言っちゃってんの」みたいなところだ。

 その相当おかしいことを悲願として主人公に希求させるには、相当おかしい装置が必要だったわけで、それが瀬名を家康最愛の妻にして、お花畑的考えを発想させて、しかも見殺しにする(自分の心を殺すような地獄)という三段活用だった。このことがSDGsを目指す今になって胸に迫ってきた。おもしろいものだ。

 家康が幕府を開いて将軍になったら、あの瀬名の木彫りのうさぎを箱から出せるかと思ったが、まだまだ波乱が先に見えている。大坂の陣の後でやっと出せるのかな。死ぬときか。

 さて、秀忠が将軍に就任後の1607年に、兄と弟が続けて死ぬ。抗生物質が当時あればねえ。最初から秀忠が本命だったにしても、秀康は1603年からは寝付いていたという話もあるから(ドラマでは1604年でもシャンとしていたけれど)、秀康と忠吉が病身である点は、家康の次選びの判断の内だったのではないか。健康で残った秀忠が将軍になったか。SDGsにも健康は要だ。

秀頼はスクスクと成長

 家康が身内を亡くしていく一方、秀頼はとうとう秀吉の背丈を示す赤いラインを19歳にして超え、長身になった(1年間の伸び方が凄い)。オープニングアニメも、背丈を記していく柱であり、それが炎上したように見えた。後の大坂城の運命を考えると、さもありなん。

 よく、秀吉は小さいのにーと言われるが、茶々の父・浅井長政は高身長の美丈夫だったというから不自然ではない。

 秀頼に寄り添い、柱のキズを刻む茶々は満面の笑みだ。そして、正室の千姫(家康孫)は、面差しがまるきり瀬名!血縁は無いはずなのにね、驚いた。

 大野治長も流罪から大坂に戻り、秀頼の周りは賑々しくなっている。ただ、将軍職を家康が秀忠に譲った時の茶々の反応に、加藤清正と福島正則は明らかに困惑していた。

 この、あちらの様子を家康は遠方からヒリヒリ感じているのかな。戦神のように睨みを利かせる忠勝の絵を前に、時が満ちるまで、戦闘心を養っていたか。打倒秀頼、残り4回、どう描かれていくのだろう。

 次回どうなる?と前回期待しながら今回スルーになったのは、関ヶ原の行方を決めた金吾殿(小早川秀秋)のその後。決着をつけるナレ死も無く、きれいさっぱり描かれなかった。この大河のやり方にまだ慣れなくて、あれえ?という肩透かし感がある。あと4回なのに慣れないなんてね、苦笑いするしかない。

(敬称略)

【どうする家康】#43 みんな知ってる関ヶ原、じゃない

こんなに凛々しい小早川秀秋、見たこと無い

 NHK大河ドラマ「どうする家康」もいよいよの第43回「関ヶ原の戦い」が11/12に放送された。最近は関ヶ原の戦い周辺の研究が特に進展しているそうで、昔のドラマや映画で慣れ親しんできた戦いの様相は、まさに様変わりの勢いだそうな。

 そんな中での「どう家」だ。注目のひとりは何といっても小早川秀秋(嘉島陸)。お約束の家康からの「問い鉄砲」はどうした?無いじゃないか。

 ドラマの秀秋は、家臣に徳川方に付いたと言いふらされていると聞かされても「気にするな。戦の成り行きのみを見極めよ」と冷静さを発揮。家康が桃配山から陣を進めた絶好タイミングを見て取ってから凛々しく采配を振るい、大谷軍を攻めよと命じた。

 これが金吾殿?はーっ、こんな彼を見たことは無い。若いのに立派な策士じゃないか。

 小早川秀秋は西軍敗退の最大の裏切り者とされてきた。浅利陽介が2回も大河ドラマではヘナヘナといい感じに演じていたし(たぶん「軍師官兵衛」と「真田丸」)、映画「関ヶ原」でも秀秋(東出昌大)は優柔不断の腰抜けの極みでオロオロし、結局は家老が土壇場で東方と決めちゃう情けなさだ。

 今後のドラマや映画では、「どう家」タイプの秀秋に寄せていくことになるのだろうか。

 ドラマを見るばかりでは史学上の新説なのかドラマ上の独自設定なのかがよく分からず太刀打ちできないので、考え方の拠り所にしようと『歴史街道』11月号を、特集「新・関ケ原」目当てで購入した。

 この類は楽しすぎて時間食いになるのであまり買わないようにしているが、今回はまあいいか。内容にはあまり触れないが、従来の関ヶ原合戦の研究が基礎としていたのは旧陸軍参謀本部が編纂した『日本戦史』と、徳富蘇峰の『近世日本国民史』による事実関係だとのことで(15頁)、それじゃあ既に令和にもなり、議論の余地はたくさんありそうだ。更なる研究の進展が楽しみだ。

 そうそう、ちょうど小早川秀秋を取り上げた「英雄たちの選択」で、磯田道史先生が、歴史を見る時に勝者・敗者だけじゃなく滅亡者の視点を持てと仰っていた。(小早川秀秋の関ヶ原 〜裏切り者か?心優しき若き武将か?〜 - 英雄たちの選択 - NHK

 歴史は勝者のものと言う。しかし、敗者も生きてさえいればなんだかんだと言い訳を連ね、後世に名誉挽回さえ叶うことがある。毛利だって、関ヶ原で負けても明治維新では勝者になった。

 しかし、滅亡者の場合はそうはいかない。死人に口なし、言われ放題、改竄され放題でも誰も庇ってくれないのだ。金吾殿はいい例では?

 となると、西軍の怨霊に悩まされ戦から2年後に21歳で酒浸りで死んだとの有名な話は、ドラマでは違う展開になってくるか?彼が生きていては都合の悪い誰かに殺され、彼にまつわる歴史も改竄されたか?さてさて、どう描くのだろう。

幻の秀頼出馬、陣は玉城?

 さらに話を進める前に、あらすじを公式サイトから引用させていただく。

秀忠(森崎ウィン)率いる主力軍が来ない。真田の罠にはまってしまったのだ。西軍に圧倒的に数で劣る家康(松本潤)は、野戦での勝負を決断。決戦の地に関ヶ原を選ぶ。そして大量の密書をばらまき、敵に切り崩しを仕掛ける。優位に立つ三成(中村七之助)は呼応するように兵を進め、両軍合わせ15万が集結、天下分け目の大戦が始まる!一方、大坂では家康の調略に動揺する毛利輝元(吹越満)に、茶々(北川景子)は不満を募らせる。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 毛利と言えば、空弁当かと思っていたが・・・「吉川様、動きませぬ」「何をしておられるのか」「腹ごしらえをしておるとか」「なにをー!?(怒)」と出陣しない言い訳の話だけかと思ったら、今回のドラマでは吉川広家の兵がガッツリ美味しそうなお握りやらのお弁当を実食し「ゆっくり食えよ~」と広家が兵に命じていた。

 ここは従来の説通りか、広家が動かないことで長宗我部盛親の軍も毛利秀元の軍もつかえて動けず、大軍が無力化された。

 また、大坂にいる毛利輝元。広家が家康と勝手に結んでいる事実を知って「この戦、勝てば我らの天下も夢ではないというに・・・」と悔しがり、さらに家康が「小早川は徳川方と言いふらせ」と命じたせいで、「小早川も家康と手を結んだ」と輝元も信じ、毛利は封じ込められた。その結果、輝元は大坂を動かず、一緒に動くはずの秀頼の出馬が無くなった。

 事程左様に家康の調略はうまく運んだ。なぜこんなにも吉川広家が東軍に従順だったのか、そこら辺の彼への調略具合をもうちょっとドラマで描いてほしかった気もする。

 さて、今作の茶々は秀頼の出馬に積極的で、大坂城に居座る毛利輝元が一向に出陣しないことにイラ立っていた。

 秀頼が、もし西軍総大将の輝元と共に関ヶ原に御出ましとなったらどこに?と考えていたが、ここならぴったりじゃないかと思う場所を「歴史探偵」で紹介していた。大谷吉継陣所からさらに奥にある「玉城」だ。(VR関ヶ原 西軍・幻の大作戦 - 歴史探偵 - NHK)と(「関ヶ原の戦い」 - 歴史探偵 - NHK)なんと、例の関ヶ原合戦図屏風にもそれらしき山城の陣は描かれていた。

 この城跡は「岐阜県不破郡関ケ原町玉」にあって、地区名は「玉」だという。どうして玉?と思ったら、ちゃんと関ケ原観光協会の「関ケ原観光ガイド」に説明があった。(東海自然歩道で巡る玉倉部の史跡 | 特集・モデルコース | 関ケ原観光ガイド (sekigahara1600.com)

 「玉」の名で、もしやそういうこと?と勝手に期待を膨らませたが、残念ながら秀頼には関係が無かった。佐竹氏が築いたとのことで、石田三成や大谷吉継が新たに築いたわけではなかったが、立地は抜群、関ヶ原の戦いの際に再度整備されて利用されたとしてもおかしくはなさそうだ。

 ただ、まだ玉城については歴史家の間で賛否両論あるようだが、想像すると東軍への視覚効果はすごい。正面の玉城を頂点に、西軍が両翼を広げたように東軍を囲む図(鶴翼の陣と言っちゃっていいのかな?)に見えるのではないか。東軍が関ケ原にいざ進軍してきて、大谷勢の背後の山城に豊臣の旗がたなびいていたら。自軍が鶴翼の陣にすっぽりハマっていると知ったら。豊臣恩顧の大名は、間違いなく心理的に追い込まれるだろうな。

 そうなる前に、家康は開戦したのかな。秀忠も待たずに。

 地図をまじまじと見ていると、西軍が玉城を頂点にそういう形に持って行きたいと考えても不思議ではないと思えてくる。それどころか、その方が自然じゃない?とも思う。が、ドラマでは秀頼出馬には至らなかった。そのため今回も西軍敗北。残念でした。

強烈な女の関ヶ原、茶々 vs. 阿茶局

 茶々が秀頼をかなり参戦させたがっていたので、どうした経緯で不可になるのかと見ていたら、やっぱり毛利のせい。とぼけた輝元には茶々様の裏拳がスパーンと炸裂!あれはリアルで叩かれた吹越満は痛かったはず・・・本当にあれが北川景子なのか?と目を凝らして見たぐらいの熱演だった。

 その茶々とやり合った阿茶局(松本若菜)も、負けていないぐらいの怖さ全開。寧々の庇護のもと騒動の中を大坂城から命からがら脱出してきて、いったいどこにあの美々しい彼女用の裃を隠していたものかと思うけれど、相変わらず髪をてっぺんできりりと結い、艶やかな裃姿で茶々に相対した。

阿茶:お目通り叶い、恐悦至極に存じまする。

茶々:徳川殿の御側室がこのような所に乗り込んでこられるとは、なんと豪胆な。毛利に見つかったら捕まってしまいますぞ。

阿茶:その時は、命を絶つ覚悟であります。

茶々:話とは?

阿茶:要らぬお世話とは存じましたが、北政所様も同じお考えであらせられるもので・・・秀頼様におかれましては、この戦にお関わりにならぬが宜しいかと。徳川の調略はかなり深くまで進んでおり、既に勝負も決する頃合いかと。毛利殿が未だご出陣なさらぬのがその証。我が殿は信用できるお方。秀頼様を大切にお守りいたしますので、どうぞお身を徳川にお預けくださいませ

茶々:それは・・・過ぎたる物言いじゃ。身の程を弁えよ!!(護衛の家来が一斉に阿茶に対して刃を向ける)

片桐且元:お控えなされ!

茶々:(気を取り直して)ハハ、なかなかハッタリがうまいようじゃ。秀頼を案じてくれて、礼を言うぞ。

阿茶:どういたしまして

茶々:誠に不愉快なおなごよ。二度とお見えにならぬが宜しい。(笑顔で)帰り道には気をつけよ。

阿茶:ありがとうございます。(立ち去る)

茶々:(感情が高ぶり、叫ぶ)うああ!!・・・はあ・・・。

 こんな風に叫ぶ北川景子が信じられない。身の程を弁えろと言った茶々の官位はどれくらいだったかとネットで調べると、諸説ありながら、従五位下らしい。阿茶局は確か家康死後に従一位に上る人ではなかったか。今から見ると、本来はどちらが身の程を弁えなければならなかったのか・・・という話だな。

 その当時は圧倒的に力があった茶々とすれば、「どういたしまして」じゃなくて「申し訳ございません」だろう!となるが、北政所様の御使いとの触れ込みだから、且元は「お控えなされ」と刀を構えた家来どもに言った訳か。

家康の四男・忠吉はスルー、幼少期以来描かれず

 さて、井伊直政が合戦の大勢が決まってから徳川の鼻先をかすめて退却した「島津の退き口」で島津を追い、重傷を負った。「葵 徳川三代」では島津側まできっちり描かれた有名な逸話だ。「チェスト~!」と高い声で叫ぶ山口祐一郎の島津豊久がカッコ良かったな。

 今回のドラマでは、出陣前の井伊直政が急に昔に帰り「おいらを家来にして良かったでしょ?」「ああ」「おいらもでございます。取り立ててくださってありがとうございました」という家康との出会いの頃を思い出させる「おいら」呼びのやり取りがあった。それで、ああフラグ立ったね・・・と思ったが、直政とは今回でサヨナラっぽい。

 直政が島津の退き口で負傷後、家康自ら薬を塗ったとの逸話もあったように思うが、ドラマもそうだった。腕を怪我した設定だったが、直政の中の人の腕がずいぶんと細くて、これで「井伊の赤鬼」として勇名を轟かしたとはとても見えない。この上腕筋肉の優雅さは(中の人が演じた「青天を衝け」の)民部公子だ、と思った。

 井伊直政を舅とした家康四男の忠吉は、「どう家」では出てこずじまいだった。このドラマの直政はあまりにも小柄で少年らしいままだから、ただでさえ陣羽織や甲冑の中で体が泳いでいそうだと常から感じさせた。そうすると「彼を舅としても不自然に見えない大人の役者」を見つけるのが難しいだろう。子役しかいなくなっちゃいそうだ。

 司馬遼太郎原作の映画「関ヶ原」を再見したら、驚いたことに、快活に忠吉を演じていたのは「どう家」で緊張気味に真田信幸を演じている役者さん(吉村界人)だった。別人のよう。徳川四天王を舅とする役を演じる縁があるとは面白い。

 「関ヶ原」では、福島正則は前回伏見城で散った鳥居元忠が演じていたし、何しろ信長が主役の石田三成を演じている。三成を支える「犬」というか伊賀忍びを演じていたのは、瀬名だった。他にもちらほら「どう家」で知った顔が見えた。(役者の名前を書かないと「なんのこっちゃ?」となりそうだ。)

 関ケ原の戦いの先陣は、直政付き添いの上で忠吉に物見をさせるとの名目で実際は先駆けてしまい、先陣役の福島正則軍を制する形になって正則が憤慨したと記憶していて、映画でもそう描かれていたようだったが、そこらへんも「どう家」では忠吉がいなかった。

 この先陣争い自体も、現在は疑問視されているそうな。だとするとドラマで忠吉が出てこなくても仕方ない。於愛のもう一人の息子は、今後出る予定もなく没するのだろうか。信康の元妻・五徳(秀吉の側室になっていたそうな😢)は、忠吉に土地をあてがわれていなかったっけ。五徳のその後の運命もドラマでは語られないままだったね。

 忠吉に限らず、「どう家」では、家康の子どもの人生はその時々で急に浮かび上がることがあっても、基本的にはフォローされないので全体人数も分からない。最近は結城秀康と秀忠が出ているが、他は母子ともに人数が多すぎて大河では追えないか。神君クラスの大名ともなると、自分の子女といえど、つながりの希薄さはあんなもんが普通なのかもしれない。

 そういえば、信康同母妹の亀姫は元気かな?奥平に嫁いだままで、セリフの上でも全然出てこないのは寂しい。信康の遺児二人も全然出てこないし。女子どもに冷たい。

三成の言葉に揺らがない家康

 戦に敗れ、後ろ手に縛られながらも器用に座る三成と、家康対話の場面。三成に「御説ごもっとも」の呪いの言葉を浴びせられても、家康が動じることが無いのは、もう当たり前だろうと思えた。それは、家康の心の底に瀬名と信康がいることをこちらは知っているからだ。

 普通なら、動じるところだろう。かなり前の家康だったら、例えば三成と同世代の家康だったら、三成の言葉に「そうかもな」と揺さぶられてしまっていたかもしれない。

 でも、それだけ家康は成長したのだ。もう見ていて心配することも無い。力不足で多くの家臣を失ってきて、さらに最愛の妻子を助けられず処分するという、三成の考え及ばない苦汁をなめて犠牲を払ってきたからこそ、既に三成の手が届かないところに家康は到達している。それでもやらねば、と思えるのだ。

家康:戦無き世に出会いたかった。さすれば、無二の友となれたはず。このようなことになったのは、行き違いが生んだ不幸。甚だ残念である。

三成:さにあらず。これは、豊臣の天下のために成したること。その志、今もって微塵も揺らいでおりませぬ!

家康:何がそなたを変えた。共に星を眺め語り合ったそなたは、確かにわしと同じ夢を見ていた。これから共に、戦無き世を作っていくものと思っておった。それがなぜ。なぜこのような無益な戦を引き起こした?死人は8千を超える。未曾有の悲惨な戦ぞ!何がそなたを変えてしまったんじゃ?わしは、その正体が知りたい。

三成:フフフフ・・・ハッハッハッハッハ。思い上がりも甚だしい!私は変わっておりませぬ。この私の内にも、戦乱を求むる心が確かにあっただけの事。一度火が付けば、もう止められぬ恐ろしい火種が。それは誰の心にもある。ご自分に無いとお思いか?うぬぼれるな!この悲惨な戦を引き起こしたのは私であり、あなただ。そして、その乱世を生き延びるあなたこそ、戦乱を求むる者!戦無き世など成せぬ。まやかしの夢を語るな。

家康:それでも、わしはやらねばならぬ。(睨む三成に一瞥をくれて立ち去る)

 家康と三成は元々志をシェアしてはいなかっただけのこと。乱世しか知らないからこその「戦無き世など成せぬ」の三成の思考だったかもしれず、家康の思い違いだった。

 その点では、家康だって生まれてこの方乱世しか知らないのだから、むしろ家康の方がおかしな存在であり、「まやかしの夢を語るな」と言われてもおかしくない。瀬名さえいなければ・・・。

 しかし、松潤と七之助は、戦無き世に出会って無二の友となったか。七之助の、顔の表情筋が凄い。歌舞伎役者の底力を感じる。

先走ってロスになりそう

 一緒に歩んできた家臣にとっても、家康は高みへと昇り、手の届かない存在となってきていたのは同じかもしれない。

 四天王のうち、「天下をお取りなされ」と言い置いて既に没した酒井忠次、そして今回「ついにやりましたな!天下を取りましたな!信長にも秀吉にもできなかったことを、殿がおやりになる。これから先が楽しみだ」と言って早世する井伊直政。残るはふたり、本多忠勝と榊原康政だ。

 予告を見た限りでは、次回でふたりともお別れか。人生のエネルギーを殿のために使い切って退場していくか。何と激しく消耗する人生を歩んでいたのだろう。忠勝は57回も戦場に赴くなど、現代では考えられないくらい心身を酷使して。

 体だけでなく、きっと心も酷使したと思うのだ。戦国武将とはいえ、殺戮に「無」の境地でずっといられるとは思わない。

 初期から出ていたふたりが去ると思うと寂しい。そうだ、お葉もそろそろ亡くなるはず。江戸城にいるらしいから、あと1回ぐらい出てくれないかな。彼女の人生の締めくくりが見てみたい。きっと見事なものだろう。

 家康にはまだ阿茶、本多正信がいる。渡辺守綱もいたね。そろそろ今川氏真も織田信雄も帰ってくるか。ウィリアムアダムズもいるもんね。そうだった、秀忠夫妻には家光が生まれるし、語り部の春日局ご本人がもう出てきても良いはずだ。

 最終回の48回まで、残り5回のラストスパート。先走って寂しがっている暇はないかな。

(ほぼ敬称略)

【どうする家康】#42 関が原前夜。これが見たかった!の鳥居元忠&千代の伏見籠城戦

「彦」鳥居元忠の幸せな最期

 NHK大河ドラマ「どうする家康」は第42回「天下分け目」が11/5に放送された。

 関が原前哨戦と言えば、待ってましたの伏見籠城戦。2万5千の三成方に囲まれた2千の徳川方は、元武田忍者の千代が加わって鳥居元忠(彦)と夫婦で戦うという「どう家」ならではの変調バージョンで描かれた。

 「逃げることは許されぬ。必ず守り通せ」と家康に言われた元忠の最期は既に見えていたが、お涙頂戴のコレが見たかった。あらすじを公式サイトから引用する。

上杉征伐に向かう家康(松本潤)のもとに、三成(中村七之助)挙兵の知らせが届いた。小山で軍議が開かれ、西国大名の多くが三成に付く中、家康は天下分け目の戦に臨むため、西へ戻ると宣言する。秀忠(森崎ウィン)に真田昌幸(佐藤浩市)の攻略を任せ、江戸に戻った家康は、各国大名に応援を働きかける。一方、京では千代(古川琴音)と共に伏見城を守る鳥居元忠(音尾琢真)が、三成の大軍に囲まれ、最期の時を迎えていた。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 「千代は今後お楽しみに」というヒントを非公式ながら横から頂戴した日から、彼女が生き延びているとしたら?とワクワク考えていた。鳥居元忠が隠して手元に置いていたと分かってからは、そうすると必然的に・・・と伏見城での戦いへの期待も大きかったが、やっぱり。期待に応えてくれた。

 ただ、不躾ながら「彦」がなあ。かなり手遅れなんだけど、千代のために、せめてもう少しイケメンにして欲しかった(大変に失礼)。男側からしたら、モテ男でもない老いた彦が美女を娶る夢というかロマンなのかもしれないが、囚われて妻にされた千代の身の上からしたら・・・本当は酷い話だよね。かわいそうじゃないかなー。

 伏見城で奮戦する彦は、竹中直人に見えて仕方ないと家族は言っていた。なるほどそうかも。兜をかぶっているから、露出する部分だけでの印象は似ているかもしれない、「もう少しイケメンにして」と書いた後で、相当失礼なんだけれども(ゴメンナサイ)。

 彦は、旧武田家重臣の馬場信春の娘を、殿・家康にも空っとぼけて隠していた。史実でも彦の側室になったこの馬場の娘を、望月千代がモデルとも言われた手練れの忍びの千代にドッキングさせてしまった「どう家」。なかなかのこのアイデアは、当初からの路線ではなかったらしく、千代人気でそうなったらしいとどこかで誰かの話を読んだ。

 千代は、家康方の服部党の忍び・大鼠に重傷を負わせるぐらいの力量ある女忍者だから、武田家と共にただフェードアウトじゃもったいないもんね。

 ということで、伏見城は千代にとって最高の死に場所じゃないかと思う。元最強武田忍者は、死に際も派手派手しく戦ってくれないとね。彼女は、元忠に感謝していた。

元忠:(負傷して)お前には生きてほしい。

千代:お前様が生きるならな。(布を裂いて手当をしようとする)

元忠:数え切れん仲間が先に逝った。土屋長吉、本多忠真、夏目広次・・・ようやくわしの番が来たんじゃ。うれしいのう。

千代:私も、ようやく死に場所を得た。(手を取って)ありがとう存じます、旦那様。

 凛々しい甲冑姿で城から鉄砲を撃つ様は、「八重の桜」の八重・綾瀬はるかを思い出させた。撃たれて尚、彦に支えられても刃を振るい、闘う姿勢を見せていた千代。命を燃やし尽くしての激闘だった。

 以前京都のどこかで血天井を拝見した時に、鳥居元忠は家康に涙ながらにも見捨てられた捨て石の悲しい最期かとも思った。が、10日以上も粘って西軍を伏見城に引き付けたことで時間稼ぎになり、家康には大感謝されたのは確かだろう。しかも、ドラマでは隣に愛する千代も隣にいて一緒に死んでくれるという・・・幸福な死に方だったのだと思いたい。

 伏見城落城を渡辺守綱から知らされて、家康は「落ち着け守綱!落ち着くんじゃ」と口にした。あれは自分自身に言い聞かせていた。心が動かない訳が無い。しかし「今は誰がどちらに付き、どう動くかをしかと見定める時」だから、すぐには伏見城に赴けない。猛将本多忠勝も陰で涙した。

 伏見城がもっとあっけなく落ちていたら、家康は味方を作るためのお手紙を腕が折れるまで書く暇も無かっただろうし、東西は関ケ原じゃなく東のどこら辺での決戦になったのだろうか。素人考えだが、そうなると家康は不利そうだ。いずれ三成による豊臣政権は瓦解するとしても、家康がその前に命を落としていたかもしれない。そうなったら、秀忠は毛利、上杉、伊達らに対抗できただろうか。

 伏見城と言えば、そんな気はなかったのに仕方なく西軍に参加したと言われる島津。伏見城への入城を申し出て断られたエピソードまではやらなかった。島津は本戦での井伊直政の件で絡んでくるのだから、そこら辺もやるかなと勝手に待っていたが、盛り込み過ぎになっちゃうからか割愛?だった。有名な関が原だけに、前夜でもエピソードは様々ある。

「彦」だけでなく「七」もご退場

 今川の人質時代にも彦と共に家康の傍らにいた「七」、平岩七之助親吉も、ドラマでは小山評定での場面が出演のラストだったらしい。11/10の「あさイチ」で松本潤が言っていて、ええ?そうだったの?となった。古株の彦と七は、今回仲良くいっぺんにご退場だった。

家康:どうした?七。

親吉:ようやく来たんじゃ。わしらはあの時、御方様や信康様をお守りできず、腹を切るつもりでございました。されど殿に止められ、お二人が目指した世を成し遂げるお手伝いをすることこそが我らの使命と思い直し今日まで・・・今日まで(泣く)。その時が来ましたぞ!厭離穢土欣求浄土。この世を浄土に致しましょう。

家康:(無言で親吉の肩を叩いてうなずき、「厭離穢土欣求浄土」ののぼりに共に目をやる)

 ウィキペディア先生によると(平岩親吉 - Wikipedia)、七は家康と同い年で1612年まで生きているから、ドラマではずいぶんと早くいなくなる。七の残りの12年間は触れられないのか?中の人・ハナコ岡部大が年末年始のお笑い番組収録のために忙しいのだろうか?

 改めて振り返ると、ドラマでの七は、信康切腹の場面で号泣してしまって介錯が出来なかったり、家康伯父の水野信元を誅殺したりしていた。正直篤実な性質を家康に信頼され、なかなかの身内関連の修羅場に立ち会ってきている役どころだった。

 今回も、家康次男の結城秀康と共に、背後の会津若松城にいる上杉景勝への抑えのために残った。いわゆる殿(しんがり)なのかと思うと背筋が震える立場だ。関が原本戦と比べると地味だが、信頼されているからこそ任される役目だと思う。

 七の出番がここでお終いということは・・・尾張・義直の付け家老になる話もドラマでは無いのか(家康の子守役がこの人は多いね)。家康と秀頼の二条城での会見は?立ち会わないのかな?それとも既に撮影してあるのか。毒まんじゅうの話はどうするんだろう。

小山評定で、家康がシレっと言った言葉

 有名な小山評定の場面では、本多正信の「褒美をちらつかせての抱き込み」によって福島正則が家康と共に戦おうと場の雰囲気を持って行くはずだったが、セリフを忘れたのか言い淀んでしまいハラハラさせられた。だが、頭に来たらしいワイルドな山内一豊が熱を発しながらうまく呼応してくれ、事なきを得た。

 しかし、どうしても「功名が辻」の上川隆也の優しいイメージが刷り込まれているから、あの山内一豊にはびっくり。戦国時代の武将なんだから、実はあのワイルドさがむしろリアルだったのかもしれないが。

 申し訳ないけどイメージ違いでは藤堂高虎もそうだ。小山評定だけでなく少し前からご出演だったが、本来高虎はかなりの大男だったとの思い込みが私にはある。だから、優しそうなインテリに見える役者さんでそんなに高身長に見えないため、そーなのかーとつい思ってしまった。

 三成の人質に取られるのを拒んで死んだ細川ガラシャの悲報がもたらされ、評定の場が弔い合戦的に盛り上がる・・・ようなことも無かった。それは「葵 徳川三代」で見たのだったか?

 歴史的に有名な場面は既に大河ドラマでは描き尽くされているから、エピソードの取捨選択は脚本家の腕の見せ所。今回、改めて注目させられたのは、「皆を一つにする」ため諸将に対して呼びかける家康の言葉だった。

家康:長く続いた戦乱の世が、信長様、太閤殿下によってようやく鎮められた。しかし、それを乱そうとするものがおる。皆も聞いての通り、石田三成が挙兵した。これより上杉討伐を取りやめ、西へ引き返す。

 ・・・が、ここにいる多くの者は大坂に妻子を捕らわれていよう。このようなこととなり(頭を下げて)誠に申し訳なく思っておる。無理強いはせぬ。わしに従えぬ者は、出て行っても良い。

 だが、考えてもみられよ。皆の留守に屋敷に押し入り、妻子に刃を突きつけるような男に天下を任せられようか!(←石田三成を指す)戦に乗じて私腹を肥やさんとする輩を野放しにできようか!(←真田昌幸を指す)このまま手をこまねいておっても世は騒然、乱世に逆戻りじゃ!

 よってわしは、たとえ孤立無援となろうともこれと戦うことに決めた。全ては、戦無き世を作る為じゃ。安寧な世を成せるかは我らの手にかかっておる!

豊臣諸将:おう!そうじゃ。

福島正則:(本多正信からの目くばせを受けて)おい、みんな!三成に天下を治められると思うか?!毛利らを束ねられると思うか!できるのは内府殿だけじゃ!

豊臣諸将:そうじゃ!

正則:内府殿と共に!

豊臣諸将:おー!

正則:内府殿と共に!(目が泳ぐ)

豊臣諸将:おおー!

山内一豊:うぬ!(立ち上がり、福島正則を尻目に家康の前に膝を付く)内府殿と共に、この山内一豊戦いまする!

豊臣諸将:わしもじゃ!(口々に)おー!

黒田長政:三成などに屈してなるものか!秀頼様を取り返すぞ!

豊臣諸将:ああ!おー!

藤堂高虎:皆の者、大戦じゃ!

豊臣諸将:おー!三成討つべし!蹴散らしてくれよう!そうじゃー!

長政:内府殿、お供しますぞ。

豊臣諸将:おー!

家康:秀忠、初陣につき我が兵3万を預ける。本多正信、榊原康政と共に信濃に向かい、真田を従わせよ

秀忠、康政、正信:はっ!

家康:よいか、石田三成を討ち、我らが天下を取る!

一同:おー!

家康:皆の者、取り掛かれー!

一同:おおー!

 重箱の隅をつつくようだが、家康は「全ては、戦無き世を作る為」「真田を従わせよ」「石田三成を討ち、我らが天下を取る」と意思を表明している。他方、豊臣諸将は「三成討つべし!蹴散らしてくれよう」、そして黒田長政は「三成などに屈してなるものか!秀頼様を取り返すぞ」と仲間に呼びかけている。微妙に異なる点がある。

 「石田三成を討つ」は共通項だ。ただ「我らが天下を取る」と家康が言ってしまうと、「天下=秀頼様」なら豊臣諸将としても問題ないが、「秀頼様から我らが天下を取る」意味ならオイオイ、我らって誰?となる話だ。

 こんな時に、どちらとも取れる微妙な話をしちゃう家康。こんな時だからこそか。タヌキ親父的にはどさくさに紛れてシレっと言っておいて「わし、天下取るって言ったよね?」と後で有無を言わさない方策かな。

稲姫、三代のお家芸を披露

 さて、少し遡って小山評定の場に着陣した真田信幸。先立って「犬伏の別れ」を済ませており、父の昌幸と弟の信繁は来なかった。

 真田一族は関ケ原合戦の場外で台風の目になる。嫡男信幸に徳川からすったもんだで嫁いでいたのが本多平八郎忠勝が溺愛する娘・稲だったから、忠勝が聞く。

真田信幸:遅れてしまい申し訳ございませぬ!真田信幸、着陣いたしました。

徳川秀忠:よう来てくれた。真田、信じておったぞ。

本多忠勝:信幸殿。ひとりか?おやじは?真田昌幸は!

信幸:我が父と弟信繁は、信濃に引き返しました。

秀忠:えっ?

信幸:三成に付くものと存じます。申し訳ござらぬ!

忠勝:婿殿よ。お主も気を遣わんでいいんだぞ。わしの娘を捨てたければ捨てろ。

井伊直政:真田が上杉とつながれば取り囲まれる。やっかいですぞ?

忠勝:婿殿には大いに働いてもらう。今は(肩をバンと叩いて)ゆっくり休め。(さらに強めにバンと叩く)

信幸:はっ!(井伊直政にもバンバンと叩かれ、礼をして下がる)

 稲は、「真田丸」では吉田羊が颯爽と演じていたが、「どう家」の鳴海唯も負けていない。例の有名な見せ場も堂々としたもので、印象は強く残った。彼女は、父・忠勝役の山田裕貴の目元に本当によく似た目をしている。NHKのキャスティング力の素晴らしさよ。

(沼田城外、引き返してきた真田昌幸と信繁)

昌幸:わしじゃ、昌幸じゃ!

信繁:信繁でござる!

(太鼓が叩かれ、武装した稲が格子のうちへ姿を見せる)

昌幸:おお、嫁ご。

稲:何用でございましょう。

昌幸:石田三成が何事がやらかしたようでな。真田が一つになって事に当たらねばならん。入るぞ。

稲:この城の主は我が夫、真田信幸と存じます。

昌幸:ハハ・・・わしを信用できんのか?

(稲が槍を一振りし、太鼓が鳴る。兵が矢を構える)

信繫:何たる無礼な振る舞い!(門に向かって前に出る)

稲:(対抗して進み出て)ここから先は、(右手で槍を地面にドンと突く)一歩も通しませぬ!

昌幸:さすが本多忠勝の娘じゃ。この城を乗っ取るのは止めじゃ。・・・稲、孫たちの顔を見せてくれ。ほんの少しで良い。

(子どもたちが連れてこられる)

子どもたち:じいじ!じい!(馬から下りようとする昌幸)

稲:下りてはなりませぬ。

昌幸:(馬上からしばし孫たちを眺め、無言ながらサインを送り、去ろうとする)

子どもたち:じじ様!じじ!じいじ!・・・

稲:戦が終わりましたら会いにいらしてくださいませ。

子どもたち:(去る馬上の昌幸に)じいじ!じいじ!

 稲の「ここから先は、(槍ドン)一歩も通しませぬ!」、すごい剣幕だった。やるねー。そして、今作の昌幸パパは、抜け目なく沼田城を乗っ取るつもりだった。「真田丸」とは異なる。

 この「ここから先は一歩も通さん」的なセリフは、忠真・忠勝・稲と本多家三代のお家芸。「よ、待ってました!」となったが、待てよ、これは「どう家」だからなのか?と気になって「真田丸」での稲のセリフを確認すべく録画を見てみた。

 「真田丸」では、信幸のふたりの妻・稲と幸(真田本家の出)が人質になるのを避けて上方から落ち延びてきて、沼田城外で昌幸らと会うところから描かれる。そこで稲は、夫の信幸が徳川方に、昌幸らが三成方にと分かれたことを知った。それが夫が考えた「真田が生き残るための策」=方便であり、「実は真田は一つ」だとは、稲は知らない。

稲:お城にお越しなら、夫に成り代わり私がきちんとお迎えせねばなりません。支度を整えてお出迎えいたしますゆえ、しばしのご猶予を頂きたく存じます。

真田昌幸:相分かった。一刻遅れて城に向かう。

(沼田城前)

矢沢三十郎:開門、我ら真田安房守の軍勢でござる。直ちに門を開けよ。

真田信繁:おかしいな(稲が姿を現す)姉上?

稲:(武装して、槍ドン)これより、一歩たりとも御通しする訳には参りませぬ。我が殿、真田伊豆守は徳川方、ならば徳川に歯向かう者はすべて敵でございます。お引き取りを。

昌幸:まあ、そう言うな。敵と言うても我ら・・・。

稲:(家臣に対し命令して)射かけよ!

信繁:待て!

昌幸:フッフッフ。さすがは徳川一の名将、本多平八郎の娘じゃ!源三郎は良い嫁をもろうたのう。

 やはり「真田丸」の稲も、槍ドンしてこれより一歩も通さないと言っていた。そうすると・・・「どう家」では、この稲姫ご活躍の有名な場面から逆算しての三代のお家芸だったのだろうか?だとしたら、面白い。

 「どう家」では、真田家の「犬伏の別れ」は描かれなかった。佐藤浩市パパだと息子二人との会話はどうだったのか、見たかったな。

 ところで、真田信繁(日向亘)と小早川秀秋(嘉島陸)の見分けがつかないのだが。ふたりともキャラが被り過ぎじゃないのか。二役?そんな訳ないか・・・と冗談を言いながら見ている。

 秀秋がなかなかのワルで、これまで見たことが無いタイプだ。しかし「どちらにも転べるようにしておけ」と言える人が、戦後、アル中になって命を縮めちゃうのか?違う死因が用意されているのかな。

阿茶を助けた寧々

 ちょっと気になったのが、前回終わりで大坂城西ノ丸で武装兵に囲まれてしまった阿茶局。助けに来たのが寧々の意を含んだ兵だった。あれは誰?寧々の兄の木下家の兵かな。「真田丸」では混乱のスキを突いて斉藤由貴がゆうゆうと脱出していたが。

 そして、寧々は優雅に茶をたてて阿茶をお出迎えだったが、寧々さんはいつ髪を下ろし出家したのかと疑問に思った。ドラマではまだのようだ。夫秀吉が死んだらすぐにも髪を下ろすのか?と思っていたら、違ったようだ。

 またウィキペディア先生(高台院 - Wikipedia)にお出まし願うと、寧々の落飾は1603年(慶長8年)。養母の死と、秀頼と千姫の婚儀を見届けてから、となっていた。関ヶ原の後で、家康が征夷大将軍になる年なんだね。徳川幕府が開かれ、ある意味豊臣政権に諦めがついたからの落飾、ということもあったのかな?

三成、茶々に踊らされる

 さてさてさて、前回で大谷吉継(今作ではかなり家康とも仲良し)を自陣に引き入れることに成功した石田三成は、「内府違いの条々」を送り奉行らを抑えて他大名らの味方を増やし、「逆賊、徳川家康を成敗いたす!」と高らかに宣言した。

 怖ーいのは、茶々。三成らと共に杯を割って見せ、やる気満々だった。

 茶々は「家康、動き出しました。こちらの思惑通りでございます」との三成の言葉に、「万事、手はず通りに進んでおるようだな」と言った。

 上田に秀忠が釘付けにされた件は「これで家康は本軍無し。我らは秀頼様と毛利殿の本軍をお迎えする」「これで兵力の差は歴然」とのことで、これらは手はず通りの進行だと分かる。

 岐阜城が福島正則に落ちるのも「手の内でござる」と島左近あたりが言ったのがちょっと分からなかったけど、西軍としては、当初は岐阜に東軍を集め、決戦に及びたかったのだろうか。それは「より大きな蜘蛛の巣をもうひとつ張っております」との三成の言葉でわかるように、計画変更になるらしいが。

 これに反応するように「関が原」と言ったのは、よくよく気をつけて見たら徳川方の本多忠勝の方だった。三成方の情報が入っているということか。

 それに「乗ってみるかな」と言える家康。歴史を知らなかったら恐ろしい決断に思えてしまう。

 茶々は「秀頼を戦に出す用意はある。必ず、家康の首を取れ!」と三成に厳命していた。あの、新たに見つかった大規模な城跡(名前が出てこない😅お城専門家の千田義博先生が小躍りしていた、アレです)に秀頼が陣を張ることになっていた、となるのか。茶々の意志があるとしたら、結局秀頼が出陣できなかった理由はどう描くのだろう。

 この「どう家」では、茶々が、家康を片付けるためのグランドデザインを描いているらしいが、傍らに目を泳がせる毛利輝元が控えているのが意味深だ。「どう家」なりの関ヶ原、成り行きを次回、じっくり見定めよう。

(敬称略)

【どうする家康】#41 逆襲のシャアならぬ三成、家康との最後の戦い前夜

最後に向けて盛りだくさん

 NHK大河ドラマ「どうする家康」第41回「逆襲の三成」が先週10/29に放送された。石田三成は、秀吉死後の五大老五奉行の政を進めたが、朝鮮戦役から戻った加藤清正らの処遇に失敗して混乱を抑えられず、失脚した。

 この「逆襲の三成」というサブタイトルを聞いた時、世代的にどうしても機動戦士ガンダムの映画「逆襲のシャア」を思い浮かべてしまったが(それにしてはすっかり中身を忘れている)、確かあの映画もアムロとシャアの「最後の戦い」を描いたんじゃなかったっけ・・・(気になる人は調べて)。「どう家」の三成と家康も、いよいよ決着が付く「関が原」前夜と言ったところに物語は差し掛かっている。

 「もうお会いすることもございますまい」と家康に告げる三成。中村七之助の、諦めきって覇気も失われた表情がとても良かったよね。

 あらすじを公式サイトから引用する。

家康(松本潤)の決断で、佐和山城に隠居させられた三成(中村七之助)。一方、家康は大坂城・西ノ丸に入り、政治を意のままに行い、周囲から天下人と称されていた。そんな家康を茶々(北川景子)は苦々しく見ている。ある時、会津の上杉景勝(津田寛治)に謀反のうわさが広がる。家康は茶々から天下泰平のため、成敗に向かうべきと諭されるが、大坂を離れることに一抹の不安を感じ、留守を鳥居元忠(音尾琢真)に預けることにする。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 冒頭は重陽の節句での家康暗殺未遂事件が露見しての評定の場。後半の重要人物、大野治長(マッサン)が出てきて流罪を申し渡された。この時、首謀者の前田利長の名前を吐かせるため、家康が信長のように畳をトントン叩いたが、全然信長の凄みは無い。狸として無理をしている。

 この「どう家」ならではのストーリーが、茶々の暗躍。「どう家」家康は「戦無き世を作る」のが宿願であり、「狸は辛いのう」とこぼして「気張れや狸、ポンポコポーン」と本多正信に肩を叩かれているぐらいのお優しい設定だから、彼女みたいな悪役がいないと話が進まない。

 「あらすじ」に書いてあったように「家康は茶々から天下泰平のため、成敗に向かうべきと諭され」たから、大坂を離れ会津の上杉征伐に向かうことになった。黄金2万両、兵糧2万石という多額な資金も兵糧も豊臣から与えられて。

 茶々は秀吉の小田原攻めまで持ち出し、秀吉は北条を大軍勢で囲み「見事、日の本を一つにまとめられた。内府殿もそうなさった方が良いのではないか」「また世が乱れでもしたら・・・ああ、心配な事よ」と言った。

 しかし、大坂を離れた途端に「内府殿のお力で天下が静謐を取り戻すならば結構な事」と言っていたはずの石田三成が、家康討伐を掲げて挙兵。その陰には、茶々から多額の金が与えられていたことが示唆され、大谷刑部吉継が驚愕していた。あっちもこっちも、茶々が両方焚きつけていたのか!と視聴者も驚く。(そういえば大谷刑部の三成への手みやげが干し柿!そうだよね~。)

 茶々・・・とても分かりやすい女狐だ。正月の西ノ丸での家康を囲んでのどんちゃん騒ぎが気に入らず(家康も配慮に欠ける、わざとなら人が悪い)、早々に家康を片付けてしまいたくなったか、それとも虎視眈々と狙ってタイミングを待っていたか。それに乗せられる真面目な三成か。

 遠く上方を離れてから三成挙兵を知り「我々はハメられた」と動揺する徳川陣営に、茶々からの手紙「三成をどうにかして」が届き、家康は空虚に笑う。茶々の二枚舌を理解しての事だろう。

 この茶々からの手紙は実在したのだそうで、そこから物語がうまく発想されている。手紙については最近も絶好調の「かしまし歴史チャンネル」の動画解説で見た。(前述のシャアについてもさすが同世代!同じことを連想していて嬉しくなった。)

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 でも、史実の茶々が、三成挙兵に際し、本当に家康を信じてSOSの手紙を書いたのなら、気の毒だ。豊臣存続のために信じるべき人(三成)を信じず、信じてはいけない人(家康)を信じていたことになるか。

 さらに、後世(現代)で神君家康公を輝かせるために、全国放送のドラマでまさかの女狐扱い。私ごときにも、これまでのブログで「禍々しいキャラ」と散々書かれ(ゴメンナサイ)、可哀そうな人物だ。

 ちなみに、西ノ丸での正月どんちゃん騒ぎにも、馬やら書物やらのエピソードが盛りだくさんに仕込まれていたことが「かしまし」動画でわかった。本当にきりゅうさんて博識!

 彼女の凄いところは、歴史の表ネタも学説に基づいて話せるだけじゃなく、さすが元KOEIのライター、アニメなどオタクネタまで網羅しているところ。講談師のような話術もある。そんな解説ができる人はそういないだろう。希有な人だ。

大谷吉継の茶を飲み干す三成

 大谷吉継の病がうつるのを嫌い、誰も彼の後に回し飲みの茶を飲まなかったエピソードは有名だが、今回、これも三成と吉継の固い友情をうまく表現するのに使われた。ここで持ってくるのか~吉継もほだされるよね。

大谷吉継:用意はできたか、三男坊。(武装して出てきたのは三成の方だった)治部?!やめておけ。

三成:今しかない。

吉継:無理だ!内府殿はお主を買っておる!共にやりたいと申された。

三成:徳川殿のことは当代一の優れた大将だと思うておる。だが、信じてはおらぬ。殿下の置き目を次々と破り、北政所様を追い出して西ノ丸を乗っ取り、抗う者はとことん潰して!政を思いのままにしておる。

吉継:天下を鎮めるためであろう!

三成:否!すべては、天下簒奪のためなり!野放しにすれば、いずれ豊臣家は滅ぼされるに相違ない。それでいいのか?家康を取り除けば、殿下の御遺言通りの政を成せる。今度こそ、我が志を成して見せる!刑部!正しき道に戻そう!

吉継:我らだけの手勢で何ができる。

三成:奉行衆と大老たちをこちらに付ければ・・・勝てる。

島左近:(後ろから入ってきて刀を抜き、畳下の黄金を発いて見せる)

吉継:どこから出た!まさか・・・大坂?あ!

三成:(無言で吉継の飲んでいた茶を飲み干す)うつして治る病なら、私にうつせ!

 「どう家」では、三成(というか配下の島左近?)が何でも万全に手を回し、抵抗する吉継(忍足修吾)を自軍に引き入れるパターン。吉継は、伏見城に参陣して家康に「佐和山に立ち寄り、治部の三男坊を我が陣に加えたく存じます」と進言する程だったが・・・ハンセン氏病を患っていたという吉継の心を、茶を飲んでグッと引き寄せた三成だった。

 対して、「真田丸」の石田三成(山本耕史)は、蟄居に至ってまで状況を読めないのか事務処理に最後まで猪突猛進で、ヤレヤレ仕方ないなという感じの大谷吉継(片岡愛之助)が色々と指示を出して各方面に支援を求める手紙を書き、べそをかきながら戦いに臨んで行くパターンだった。

 それぞれの年代で新しい学説をどう生かすか、物語の中で何をどう採用してキャラを作るのか、見比べると面白い。

 考えて見ると、今作の三成は、秀吉を理想として掲げるからこそ、家康が豊臣を滅ぼすパターンしか見えてこないのだろう。秀吉が織田家をそうしたから。そうじゃない道が考えられないのだ。

 この、吉継の茶を飲み干したのは石田三成のバージョンだけじゃなく、秀吉バージョンもあったように思う。

 どこかで読んで信憑性は無さそうだと思ったのが、大谷吉継は寧々さんの侍女が産んだ秀吉の隠し子であり、茶席で秀吉が我が子を不憫に思って庇い、吉継の茶を飲み干したという。

 寧々さんが子が産めない嫉妬から、秀吉の子どもたちが生まれるたびに幼いうちに育たないように毒を盛り(「大奥」の一橋治済ならやりそう、仲間由紀恵も他3人の役者もすごかった)、それでも生き延びた吉継が顔が崩れるような状態になったと・・・寧々さん、散々な言われようだ。ひどすぎる。

 もし吉継が秀吉の子なら、表向き養子にでも何でもして、何としても跡取りにしたのではないかと思うけれど、それも正室の寧々さんの嫉妬が理由で、嫡男にはできなかったって話にされていた。ひどすぎる(2回目)。

 まあ、三成と共に豊臣に殉じたような大谷吉継だから、秀吉とは特別な縁があったに違いないと信じられて、ああでもないこうでもないと物語が練られて寧々さんが犠牲になったのだろう。

 いつの日か、吉継の大河ドラマが作られるのだろうか。私としては小西行長、安国寺恵瓊も加えてもらったら題材として良いと思うんだけどな。

鳥居元忠の名場面、他と見比べてみたかったが

 今回の見せ場は、何といっても伏見城を任された鳥居元忠(彦右衛門)と、家康の別れの場面だと思う。ここは、彼の運命が分かっているだけに、涙無しで見るのが難しい。

家康:この伏見を、お主に任せたい。上方を留守にすれば兵を挙げる者がおるかもしれん。

元忠:(注がれた酒を飲み干して)石田治部殿が?・・・いや~無謀でござろう。

家康:治部は、損得では動かん。己の信念によって生きている。負けると分かっていても立つかもしれん。信念は人の心を動かすでな。わしを恨む者たちが加わらんとも限らぬ。万が一の折、要となるのはこの伏見。留守を任せられるのは最も信用できる者。逃げることは許されぬ。必ず・・・必ず守り通せ。

元忠:(話を聞くうちに表情も引き締まり、威儀を正して)殿のお留守、謹んでお預かりいたします。(頭を下げる)

家康:すまぬ・・・兵は、お主が要るだけ・・・。

元忠:いや、三千もいりゃあ十分で。

家康:少なすぎる。万が一・・・。

元忠:一人でも多く連れて行きなされ。なーに、伏見は秀吉がこさえた堅牢な城。そうたやすく落ちやしませんわい。殿。わしゃ挙兵してえ奴はすりゃあええと思うとります。殿を困らせる奴は、このわしが、みんなねじ伏せてやります。まあ、わしは平八郎や直政のように腕が立つわけでもねえし、小平太や正信のように知恵が働くわけでもねえ。だが・・・殿への忠義の心は誰にも負けん。殿のためなら、こんな命、いつでも投げ捨てますわい。上方は、徳川一の忠臣、この鳥居元忠がお守りいたしまする。

家康:・・・。

元忠:(鼻をすすり)殿にお仕えして五十年。あの泣き虫の殿が・・・よくぞここまで(すすり泣き)。

家康:止めよ。

元忠:そうですな。わあ、めそめそするとまた千代にひっぱたかれる。

家康:やっぱり引っぱたかれとるんではないか。(笑い合う)

元忠:(鼻をすする音)はあ~、殿。宿願を遂げる時でございますぞ。戦無き世を成し遂げてくださいませ。

家康:彦・・・(目に涙をためて)頼んだぞ。

 以前の時代劇でも、同じ別れの場面を見たような気がして「真田太平記」「真田丸」の録画をチェックしてみたが、見つからなかった。たぶん記憶しているのは、笹野高史が元忠を演じた「葵 徳川三代」ではないかと思う。「徳川家康」でも見ただろうか?残念ながらこちらも録画が手元に残っていない。

 小説だと、池波正太郎著「真田太平記」の(六)「家康東下」の巻きの、まさに「家康東下」の章の(一)の終わりに、元忠と家康が別れの酒を酌み交わす場面が出てくる。元忠が笑って「殿、これが殿の御顔の見おさめにござる」と言い、家康は答えず、うなずきもせず、じっとうなだれたまま・・・だった。

 このドラマでは、涙もろい元忠が、昔は泣き虫だった家康を思い出し「よくぞここまで」と終盤で泣き、その涙を押しとどめるように「止めよ」と家康が言った。松潤家康は涙をためたまま。死んでいく彦の方が泣く。

 譜代の家臣を、見す見す死なせなければならない状況に追い込まれている家康。それも、石田治部が信念の人だからだ。厄介な事よ。どちらが悪でもない、うまい話運びだと思う。

 とはいえ、伏見を守る兵が少ない方が、三成への誘い水になる。それを家康も考え、彦も察しただろう。合理的に考えて多くの兵を置くのも無駄。残酷なことだ。

 今作の元忠(彦)は、元武田忍びの千代(馬場信春の娘、古川琴音)を継室にしている。千代にひっぱたかれ、尻に敷かれている暮らしぶりのようだ。忍びだった千代に彦が敵う訳がない。

 次回の籠城戦でも千代はその能力を発揮して活躍するようだから、それはそれで楽しみではあるが・・・彼女の生命を燃やし尽くしての戦いが予想される。武将の嫁は辛いね。

 千代のように、武田旧臣の娘が徳川家中の妻にされている例では、家康の阿茶局もそうだし、故・酒井忠次も、あのド迫力でご出演だった山県昌景の娘を側室にしていたらしい(正室は前も書いた碓井姫)。敗れた家の娘が、褒美の品のように戦後与えられていた、ひどい戦の世。終わらせてほしいと、多くが願ったはずだ。

 ちなみに「家忠日記」を遺した松平家忠も伏見城で命を落とす。ここまでずっと松平家関連の記録を残してくれて歴史家の皆さんは感謝しているだろう。おこぼれに預かる私もだ。

上杉景勝、あれでいいのか

 前回も少し書いたのでしつこくなるが、上杉景勝が見てくれから悪役丸出しの作りで驚いている。上杉謙信を継いだ「義」の武将だよ?そんなはずないよね。

 今回、家康から上洛して申し開きせよとの命令を「ええい!無礼な書状じゃ!」と投げつけ、「大体、家康が天下人だと誰が認めた!秀吉には屈したが、家康に屈した覚えなど無いわ!」と大声で景勝は拒否した。あの表情に乏しく無口な景勝が激高しているなんて・・・一生に1回、猿の仕草で笑った記録があるくらいの人だよね?

 この後、直江兼続(今回も声が良い)に挑発的な返答(有名な「直江状」)を書かせて会津征伐を煽った、「愛」の兜ファンが待ってましたの場面が描かれた。それで家康は、表向き豊臣の大軍を率いて出陣した。

 景勝は、第一次上田合戦で真田と徳川が戦う直前、それまで揉めていた真田家に対して、事情を理解して和を講じ、しかも人質(後の真田信繁)も取らず、親と共に思いっきり戦って来いと言った。真田は徳川に見事勝ち(この時負けたのが彦だったね)、戦後もそれを恩に着せたりしなかった・・・というのが小説とドラマ(演じたのは伊藤孝雄)の「真田太平記」に刷り込まれている上杉景勝の清廉潔白、見事な武将としての姿だ。

 「利家とまつ」ではあの里見浩太朗が演じ、直江兼続(妻夫木聡)が主役だった大河ドラマ「天地人」でも、北村一輝が景勝を演じた。大坂に引き返す徳川を追撃できるチャンスで、兼続を「背後から攻めるのは卑怯」とかなんとか言って止めさせ、徳川軍を潰す千載一遇の機会を失った兼続が地団太踏んで悔しがっていなかったっけ?

 「真田丸」の景勝(遠藤憲一)は、気が弱くて何でも「兼続頼み」だったが、義に篤い武将のイメージは裏切っていなかった。

 それなのに、だ。今作ではどうしてアレ?流布されたイメージを裏切るなら、今作なりの理由づけをしっかりしてほしい。できないなら、せめて眉毛は、中の人の津田寛治の眉毛のまま、普通に演じてくれたら良かったのに。

 「事を荒立てるな。武を以て物事を鎮めることはしとうない」「相手は大老。慎重に進めよ」と、家康に言わせて無理くり善人仕立てを際立たせようとするから、景勝はあおりを食ってしまったのだね。

 家康は狸を演じ、茶々は悲しい過去から女狐になった。それでいいじゃないか。上杉景勝まで巻き込み、誇りを失わせるような悪役的描き方はいただけない。

 ただ、それを受けての家康の参謀チームの状況分析の様子は面白かった。家康の脳内が可視化され、徳川出陣への道が選ばれていく過程が見えた。以前に茶々に諭された通りのことを選ぶ家康。

阿茶:もはや成敗する他ないのでは?威信を見せなければ国はまとまりませぬ。

本多正信:だが相手は上杉。半端な軍勢を差し向けてヘタを打てば、天下を揺るがす大戦になりかねませんぞ。

家康:やるとなれば、わしが出陣せねばならぬであろう。天下の大軍勢で取り囲み、速やかに降伏させる・・・戦を避けるにはそれしかない。

阿茶:願わくば戦場で戦いたいぐらいではございますが、殿のお留守はこの男勝りの阿茶にお任せ下さいませ。

家康:あとは・・・上方を誰に託すかじゃな。

二代目茶屋四郎次郎、三浦按針が登場

 ひっそり出番を終えていたと少し気になっていた茶屋四郎次郎。まさかの眉毛バージョンアップ(また眉毛😅)で「父よりだいぶ色男」の二代目清忠となり、三浦按針の通訳として出てきていた。

 通訳と言うか、「明、朝鮮と戦をして何になりましょう!これからは多くの異国との商いを以て国と民を富ませるのでございます!」と自説を盛大に披露していたが。今回は、中村勘九郎&七之助のご兄弟が所を変え揃ってご活躍だ。

 先走るが、三代目の茶屋四郎次郎は二代目の弟で、家康が死ぬきっかけになったと言われた鯛の天ぷらにも関わっていたとか。もしも、だけれども、もし七之助が石田三成として生きた後に二代目の弟として転生して三代目四郎次郎として出てきたら・・・と考えると面白い。

 まるで三成が三代目になって宿願を遂げるみたいになるじゃない?そんなこと有り得ないか。

 小栗旬が最終回に出る、みたいな報道もあった。そうすると、三代目四郎次郎は小栗旬?家族は「それはいやだ、北条義時で出てきてほしい」と言っていたが。それもそうか。

 さて、四郎次郎と共に「ウィリアムアデムス」、後の三浦按針として「大奥」の青沼様が転生してご登場だった。涙涙の悲劇の最期を遂げられたばかりだから、青い沼にどっぷりはまっていた「大奥」ファンはここでロスを払拭できる。今後、家康のアドバイザーとしていっぱい出てきてほしい。

最後の大暴れ

 そういえば、先走って悲しくなった場面があった。徳川軍が伏見城に参集したところで、ファッションショーのランウェイを歩くように本多忠勝、榊原康政、井伊直政らが入場してきた。

榊原康政:我らの殿がついに天下を取る時が来ましたな。

井伊直政:最後の大暴れといきましょう。彦殿、守綱殿。まだ動けますかな?

鳥居元忠:当たり前じゃ!

渡辺守綱:暴れたくてウズウズしとったわ!

直政:我ら徳川勢が集まった時の強さ、見せてやりましょうぞ。

一同:おう!

 そこで、徳川勢の将の最前列中央に陣取った井伊直政が言った「最後の大暴れ」。そうだね、直政よ・・・💦まだ髭も可愛らしいぐらいなのに、と「おんな城主直虎」ファンとして涙してしまった。彼の短命が惜しい。

(敬称略)

【どうする家康】#40 念入りに老けた「狸」家康、満を持して天下様へ

「狸」の域に達した家康

 NHK大河ドラマ「どうする家康」第40回「天下人家康」が10/22に放送された。前回、秀吉がおどろおどろしく死んじゃったので今回はちょっと気が抜けてしまったが、残り8回しかない家康はそうも言っていられないだろう。あらすじを公式サイトから引用する。

秀吉(ムロツヨシ)が死去し、国内に動揺が走る。家康(松本潤)は三成(中村七之助)と朝鮮出兵の後始末に追われる。秀吉の遺言に従い、家康は五大老たちと政治を行おうとするものの、毛利輝元(吹越満)や上杉景勝(津田寛治)は自国に引き上げ、前田利家(宅麻伸)は病に倒れる。家康は加藤清正(淵上泰史)ら諸国大名たちから頼られる中、やがて政治の中心を担うようになる。そんな家康に野心ありと見た三成は警戒心を強め、二人は対立を深めていく。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 秀吉という絶対的なリーダーがいなくなり、石田三成が理想を燃やす五大老五奉行という合議体ができた。いくら「やってみろ」と秀吉に言われたからといっても、人への心配りに欠ける三成が実情無視で押し進めては、物事はまとまらない。そうすると、世は次第に乱れていくだけだ。

 今回、乱世への逆戻りを恐れた家康が、本多正信の助言で手を打った。朝鮮戦役で不当評価を受け、「全部三成のせい」と不満を抱える諸将との縁組(婚姻)により、彼らを手なずけ暴発を防ぐつもりだ。

 だが、「あの御人は狸と心得よ」「あの御方は平気で噓をつくぞ」と、毛利輝元と上杉景勝コンビ、そして茶々により家康への不信感を植え付けられていた五奉行筆頭の超素直でまっすぐな三成には、「天下簒奪の野心あり」と見られてしまった・・・と、家康の言い分はこんなところだ。

 でも「そんな気はない」と言っても、誰も信じない。それは前田利家が言ったように、伝説上のオロチのように見られ、恐れられているから。その域になると、相手に何をどう言っても、「オロチだぁ」となってしまって、単なる話が簡単には通じない。

 それがオロチでも狸でも遠ざけ逃げたい点では同じこと。両者のニュアンスの違う点は、オロチ=ただただ怖い、狸=化かされるという、後者は不実で信頼性が揺らぐイメージがある点だ。

 だが、こうも言えるだろう。「この人が言うことには、もしかしたら実があるのかも」と思わせるような魅力があるからこそ、人はその相手を「狸」と呼び、予め自分の警戒心を呼び起こし、距離を取ろうとするのかもしれない。そうしないと煙に巻かれ、惹きつけられてしまうから。それほど、オロチに対して狸が魅力的であることの裏返しなのかと思う。

 私は、家康は秀吉没後のこの時期、反三成派の諸将と縁組を進めたのは、五奉行五大老という自分を押さえつける枠を破るため、自分の派閥の仲間づくりをしたと理解していたので、ドラマではそれをどう正当化して家康のために美しく描くのかなと考えて見ていた。

 そしたら、乱世を望む諸侯の動きに抗い再度戦乱の世に戻さないための、家康なりの努力だったと・・・正式な手順を踏んでいたら手に負えなくなると判断したのだと。家康なりの、善意からの行動だったとした。この時の、秀吉の置き目破りの婚姻政策を実行するにあたり、本多正信のアドバイスは以下の通り。

  • 勇ましいことをすると危ない。裏で危なっかしい者どもの首根っこを押さえるぐらいにしておくのがよろしいかと。
  • 相談すれば異を唱えられる。しらばっくれて、こっそりやるのみ。
  • (糾弾されたら)その時は、謝る。

 それで、やっぱり来てしまった糾問使に対し、家康は、秀吉亡き今、婚姻の許可は要らないと誤解していたと言って「いや、わしとしたことが、うっかりしておった。いや、すまなんだ。ほんの行き違い」と謝った。同時に、正信はぬかりなく脅して見せた。

本多正信:我が主はあくまで、奉行の皆様を陰ながら支えるためにやったこと。殿下の御遺言を忠実に実行しております。処罰には値しません。何せ徳川家中には、血の気の多いものが数多おりますでな、殿の御身に何かあれば、一も二もなく軍勢を率いて駆けつけてしまう・・・(略)。

 家康も、「言うことを聞かん奴らでな、わしも手を焼いておるんじゃ」と困ったふりをする芝居っぷり。家康を「狸」にしたのは、傍にいる大狸の正信だった。

 前回、酒井忠次に「天下を取りなされ」と言われ、秀吉にも「天下はどうせお主のものになるんじゃろう」と言われた家康。これまで彼の心の中で積み上がってきた天下への道は、既に総仕上げの段階を迎えているはず。

 「天下簒奪の野心あり」どころか、家康の悲願であり、やるしかないと判断していると、ドラマを10カ月見てきたこちらはよく知っている。手をこまねいている方が不実であろう大きな存在(オロチ)に、既に家康がなっていることは、前田利家が指摘した前述の通り、自他ともに認めるところまで来た。あとは良きタイミングを待つだけだった。

 天下簒奪という言葉は「無理やり」というニュアンスがあるし、天下を取って覇を唱えたいとか、支配欲の権化のようなイメージがある。ドラマの秀吉のように勝手放題したいんだろうな、と。だから順番待ちの家康の場合は、そのイメージを嫌い、天下が転がり込むのを、狸に成って、待てるだけ待ったのだろう。

修正された七将による三成「襲撃」事件

 五奉行五大老制度が瓦解して家康が天下様と呼び称されるまでの過程で、朝鮮で苦労させられてきた七将による三成「襲撃」事件が起きたとこれまでは言われていたが、研究が進み、それは否定されてきたようだ。

 文禄・慶長の役が秀吉の我がままによるものであり、それで壮大な無駄をさせられ生きるか死ぬかの苦汁をなめさせられて徒労感いっぱいの皆でも、死んだからといって秀吉のせいだとは当時とても言えない話だ。

 だから矛先は奉行ら、筆頭の三成になるのは自然だろうとは思うが、ドラマではうまく運んでいた。

 三成が疲弊の極みで帰ってきた諸将出迎えの場で「戦のしくじりは不問に」と言い出し、労いの茶会を催すと言って、皆をキレさせた。その際のつわもの・加藤清正の涙目の演技がとても良かった。三成の茶なんかじゃなくて「わしが皆に粥を」と返したが、それでも三成は「わしは何も悪くない」と寧々に言ってしまうので、救いようがない三成よと、こちらにしっかり分かった。

 7人は行動を起こし、三成を奉行から外すように単に訴えようとした(この時点では武装していない)。だが、三成の方が伏見城内の自分の屋敷に武装して立てこもった。それで城の周りを武装した7人が囲み、騒動になった。(その騒動のとりまとめは家康だけでなく北政所が最終的に収集したらしいがそこは描かれず。)責任については、家康が他の大老とも調整して三成を奉行から外し、佐和山隠居を申し渡すつもりが、三成が自らそう申し出て、家康は次男・結城秀康を付けて佐和山まで三成を送った・・・と今回のドラマで見た。

 「真田丸」以外のこれまでの時代劇や小説だと、概ねそうではなかった。武装した七将に追われた三成が、こともあろうに家康の屋敷に逃げ込んで家康に庇護を乞う。それで「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」などと家康は言って、七将から三成を守り、場合によっては、三成の兄が身代わりになっている隙に三成は家康の忠言を入れて屋敷を脱し、佐和山へと逃げる。そんなスリリングで面白い展開に仕立てられてきたように思う。

 でも、そうじゃなかったとはっきりしてきたらしい。

 このあたりの学問の進み具合は、「どう家」時代考証の平山優先生の旧ツイッター(現X)での力の入った解説の連投がとても面白いのでぜひご覧あれ。

 また、徳富蘇峰や旧日本軍のせいでスリリングな話が拡大再生産されてきたというのは、こちらの動画に詳しい。そうだったんだねー。

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アラカン家康、シミがてんこ盛り

 今回、松潤家康の見てくれがまたグッと老けた造りになった。この老け見えの進み具合も、長丁場の大河ドラマならではの見どころの1つだと思っている。

 アラカン家康は太り、首回りもたるみ、顔がシミだらけ、目もたれ目、そして体全体に厚みが出ていた。衣装の下には肉襦袢をたくさん着込んでいそうだ。

 全体的にたるんできていたが、アラカンってそんな見方がされているのかとアラカン世代としてやるせない。まあ、昔は年齢3割増しというから、現代の78歳当たりの風体があれか。もう軽やかな海老すくいは踊れないだろうね。それにしてもあのシミ、メイクさんは描くの大変だろう💦

 しかし、声は隠せないものだ。家康が多少大きめに発声した時に若さが感じられてしまった。すぐに低めに戻ったものの、あ~勿体ないと思った。松潤は歌い手だけに、声が伸びやかなんだね。

 ついでに、他のキャストの老けっぷりはどうだろう。家康よりも年上の本多正信(松山ケンイチ)は、あまり老けて見えない。常に何か食べて補給しているからか。頭脳労働のために食べていると思ったが、若さキープにもなっているか。

 本多忠勝は家康よりも5歳程度しか若くないはずだが、それでいいのか!と思うぐらい、そのレベルよりも若い。山田裕貴の隠しきれないツヤツヤのお肌が気になる。

 家康、正信、忠勝の3人がいると、なんか松潤家康ばかりが念入りに老けさせられているように見えてしまう。「それは天下人になる心労からなの?」と考えることにしようか。

リアルアラカンの宅麻伸(前田利家)

 今回は、秀吉没後の前田利家の去就が大きな影響を持つ時期を描いていた。秀吉と若い頃から親しかったはずの利家は、今作では若い時には全然出てこなかったが、秀頼の守役として秀吉が死んで大きな力を持つ。しかし、すぐに死んでしまう。

 天下に近づいたここぞという時にすぐ死んで、敵に大いに喜ばれる例では、武田信玄、上杉謙信がいる。さすがの大物だ。前田利家も秀頼を支えるポジションではあるが、あるいは同列に入れてもいいのかも・・・何の同列って、もしかして手練れの忍びによって毒殺されたんじゃないの?の私の妄想のラインだ。将来、何か文献が出てこないかな、出てこないか。

 今作では宅麻伸が利家としてご出演、二大老として松潤家康と並んで座るツーショットの場面もあったため、不自然じゃないか変に心配した。

 松潤は顔が小さい。いくら念入りな特殊老けメイクを施されていても、並んでしまえば、見栄え的にふたりの間に親子ぐらいの年齢差がハッキリと見えてしまうのではないかと・・・そうすると、お芝居に集中できなくなるから。

 でも、宅麻伸は健闘した。並ぶことで家康のリアルな若さが際立ってしまうよりも、元々がハンサム、実年齢の割に美しく若い宅麻伸の方に引っ張られて(?)家康と、同世代が語り合うお芝居をちゃんと観ることができた。三成への「政は道理だけではできん!」も、良かったなー。

 もっと若い頃から秀吉サイドで妻のお松さんと出してくれたら良かったのに、そうすれば三成に物申せるのも当然と分かる。実は、ここまで引っ張ってくるからには、「利家とまつ」の唐沢寿明がご出馬するのかとちょっと期待していた。外れたが。

 利家に引き換え、毛利輝元と上杉景勝の見てくれはあれでいいのか?必要以上に老けさせちゃっていないか・・・やりすぎると白けちゃうのだけれどなあ。三成と同世代と聞いたけど、とにかく景勝の眉毛は奇異だ。そして輝元には家康に対抗すべく4奉行が頼ったらしいが、そのカリスマはいったいどこへ。

 三成の、素っ頓狂なまでの真っすぐさを表すための若々しい造りを出すため、ふたりでバランスを取っているのか。もう撮影も終わっているけど、ちょっと修正してほしかったな。

(ほぼ敬称略)

【どうする家康】#39 徳川の大番頭・酒井忠次にお別れ、秀吉最期はホラー

秀頼誕生から秀吉の死へ、話が一気に進んだ

 NHK大河ドラマ「どうする家康」第39回「太閤、くたばる」が先週10/15に放送された。早速あらすじを公式サイトから引用しておこう。

茶々(北川景子)に拾(ひろい、後の秀頼)が生まれた。家康(松本潤)の説得により、明との和睦を決めた秀吉(ムロツヨシ)。しかし、石田三成(中村七之助)たちが結んだ和議が嘘とわかると、朝鮮へ兵を差し向けると宣言、秀吉の暴走が再び始まった。都が重い空気に包まれる中、家康は息子の秀忠(森崎ウィン)を連れて、京に隠居していた忠次(大森南朋)を訪ねた。忠次から最後の願いを託され悩む家康に、秀吉が倒れたとの知らせが届く。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 今回を入れて残り10回。道理で進行にものすごく巻きが入った。前回終わりで懐妊を告げられた将来の秀頼は、今回頭でご誕生。終わりで秀吉が死んだので、今回だけで1593年から1598年まで突っ走ったことになる。

 主人公家康は、ようやく50歳超えかとうかうかしていたら一気に数え57歳へ。急に老けた神君だ。

 このドラマでは、そういえば千利休も出てこなかったし(たぶん)、秀次事件も家康のセリフ以外では取り上げない。茶々の妹である江が家康の嫡子秀忠に嫁いでいるのだし、あれやこれやが茶々3姉妹絡みであったのではないかと妄想が膨らむポイントだったが、それも無い。成長した初はどこだ?大坂の陣の講和交渉まで出てこないのか。

 色々あったはずなのにね、すごく大胆な割愛だ。

 そして秀忠と江夫妻にはいきなり千姫が生まれ、家康は、死に目の秀吉に、幼い彼女を秀頼と娶せるように言われ、承諾した。

 物語はホップステップジャンプ、バッタバッタとドラマの主要人物たちもこの世を去っていった。今回花道を飾った酒井忠次と双璧を成した石川数正、そして大久保忠世、服部半蔵。この3人はそれなりに見せ場の回があったが、死んだことなどは触れないのだね。天下を語る殿にとっては枝葉末節か。

 数正は名護屋で家康家中に会っていたのではないのか、死ぬ前に殿との邂逅の場面でも、と期待したがそれも無かった。井伊直政が「裏切り者」数正との同席を嫌がったという逸話は、いつの話なのか。それも無かったが。

 半蔵はまだ50代。どう死を迎えたのか、「どう家」なりの解釈で描いてほしかった気もするが、山田孝之を欲しがり過ぎかな。

 ちょうど良い記事があった。(「どうする家康」秀吉&忠次W退場だけじゃない…他に一気6人も没年 ついに関ヶ原2年後に迫る (msn.com)

 前回第38話「唐入り」(10月8日)のラストは、文禄2年(1593年)5月。史実上、第39話ラストの慶長3年(1598年)までに没年を迎えている今作の主な登場人物は、

 石川数正(松重豊)=文禄2年(1593年)10月(諸説有):劇中最後の登場は第34話「豊臣の花嫁」(9月3日)

 大久保忠世(小手伸也)=文禄3年(1594年):劇中最後の登場は第37話「さらば三河家臣団」(10月1日)

 豊臣秀次(山下真人)=文禄4年(1595年)劇中最後の登場は第38話「唐入り」(10月8日)

 茶屋四郎次郎(中村勘九郎)=慶長元年(1596年):劇中最後の登場は第29話「伊賀を越えろ!」(7月30日)

 酒井忠次(左衛門尉)(大森南朋)=慶長元年(1596年)(劇中と相違)

 服部半蔵(山田孝之)=慶長元年(1596年):劇中最後の登場は第38話「唐入り」(10月8日)

 足利義昭(古田新太)=慶長2年(1597年):劇中最後の登場は第38話「唐入り」(10月8日)

 豊臣秀吉(ムロツヨシ)=慶長3年(1598年)

 ということで、こちらの記事によると、茶屋四郎次郎も足利義昭もこの世を去っていた。義昭は前回のブログでも書いたようにご活躍があったから良いとしても、茶屋四郎次郎(中村勘九郎)はあのまま?ちょっと扱いが冷たい・・・と思ったら、中の人のリアル弟(中村七之助)が交代で石田三成として活躍し始めていた。そういうことかな。

希有な存在、家康のダブル叔母・碓井姫(登与)

 今回の見せ場は、酒井忠次の最期だった。初回を見返したくなるような「頼朝公の生まれ変わり」との同じセリフ。家康が岡崎に帰って久しぶりに対面した時に忠次の口から出た称賛の言葉が、また若き秀忠に対して出てきた。

 於愛に似て顔の彫りが深く明るい秀忠(森崎ウィン。「パリピ孔明」も良かったよ~)は、忠次による「本家」海老すくいを見たくてしょうがない。「願わくば一目だけでも本家本元のアレをと」と所望された忠次も、体調も構わずよっしゃとばかりに立ち上がるのだが、その時に、同時に気合を入れて立ち上がった妻の登与がとても微笑ましかった。

 「恐らくこれが酒井忠次、最後の海老すくいとなりましょう。とくとご覧あれ」と言った忠次は、縁側で登与の拍子で舞い始める。目を患っているのに落ちないか心配したが登与がいるから大丈夫。その後、秀忠に家康、井伊直政も交え、みんなで楽しく海老すくいと相成った。

 初回でも、登与は忠次と喜々として海老すくいを踊っていた。初回を懐かしく思い出させる仕掛けだろう。

 登与(碓井姫)は、家康の叔母。前も書いたが、珍しいことに彼女は家康にとって二重の叔母という希有な存在だ。確か家康の祖父清康が、於大を産んだ後の絶世の美女・華陽院(家康祖母)を妻に迎えて娘をもうけたのが彼女であり、父・広忠の妹であり、母・於大の妹でもある唯一無二の人だ。

 碓井姫は初婚ではないらしいが、それでも彼女を妻としてもらい受けている酒井忠次が、いかに松平の家で掛け替えのない重要人物であったかがわかる。駿府で人質生活を送る幼い主君に代わり、家中をまとめていけたのは、碓井姫を妻にし殿の義理の叔父の立場にあった忠次の他にいないだろう。

 しかも、その知力と武勇と、欠けることのない武将である忠次。正に完璧。彼が下剋上もせずに大番頭として存在してくれたのは奇跡だ。そうか、忠次に万が一にも下剋上をさせないための松平からの重しが、碓井姫だったのかな。

 家康も、忠次のありがたみは十分に身に染みていたようだ。「お主がおらねばとっくに滅びていた」と言っていたぐらいだから。

酒井忠次:唐入りはどうなりましょう?これで片付くとお思いですかな?

家康:(薬を煎じている)かつて信長様が言っておった。

忠次:信長様が?

家康:安寧な世を治めるは、乱世を鎮めるよりはるかに難しいと。

忠次:あ~、まさに。(家康に向かってにじり寄ってくる)

家康:うん?(右肩に両手を掛けられ)何じゃ?(両腕で抱きしめられる)ちょ、おいおい(笑)、やめよ。

忠次:ここまで、よう耐え忍ばれましたな。つらいこと、苦しいこと、よくぞ乗り越えて参られた。

家康:何を申すか。お主がおらねばとっくに滅んでおるわ

忠次:それは違いますぞ。殿が数多の困難を辛抱強くこらえたから、我ら徳川は生き延びられたのです。殿、ひとつだけ願いを言い残してようございますか。

家康:何じゃ。

忠次:天下をお取りなされ。秀吉を見限って、殿がおやりなされ

家康:天下人など、嫌われるばかりじゃ。

 ここで時は3カ月後に飛んでしまう。まだふたりの会話は続いていたのに・・・この脚本家の得意な手法だ。こんな大事な場面でお預けを食らうのは、やっぱりイラつく。もったいつけるのも大概にしてもらいたいなあ。

 ここで忠次に何を言われたかで、後の家康の心証は確実に変わる。どんな心持ちでその後を行動したのか、改めて録画を見直してみてね、ということなのか。

 そして3カ月後、雪のちらつく中、縁側で甲冑を身に着けるヨボヨボの忠次は「殿から出陣の陣振れがあったんじゃ(気のせいだろう)、参らねば」と登与に言い、立ち上がるが庭先で崩れ落ちた。登与は手伝い、ほどけた甲冑をひもで結ぶが、忠次は事切れていた。

 登与はそれと察し、亡くなった夫に向かって両手をつき「ご苦労様でございました」と頭を下げた。後述する秀吉と茶々との姿とは対照的な、徳川の屋台骨を支え合ってきた老夫婦の麗しい姿。書いているだけで涙がこぼれてくる、ベテランふたりによる名場面だった。忠次も数正も、理想的な良い妻を持っていたね。

 先ほどの忠次との会話の続きは、ドラマの最後にワープ、家康の脳内での回想という形でようやく見せてもらえた。

家康:天下人など、嫌われるばかりじゃ。信長にも、秀吉にもできなかったことが、このわしにできようか?

忠次:ハッ(笑う)・・・殿だから、できるのでござる。戦の嫌いな殿だからこそ。嫌われなされ。・・・天下を取りなされ!

家康:(忠次を見つめたまま、一筋の涙をはらはらとこぼす)

 家中の筆頭、大番頭として徳川をずっと見守ってきた忠次は、家康が弱虫泣き虫鼻水垂れであったことを十分承知だ。どう見ても頼りない殿であった。視聴者のこちらもずっこけるくらい。その忠次が「天下を取りなされ」と言ったから、家康の心に響く「天下取り記念日」になったはず。

 思えば、家康に期待される役割は表向きはナンバー2ばかりだったのに、本当は彼こそがトップに立つべきと考えていたのはEU的ユートピアを提唱していた瀬名だった。そこに、実子・信忠の存在をものともせず、愛ゆえに(?)国譲りを持ち掛けた信長もいた。後で書くが、秀吉もその列につながるか。

 徳川の家老双璧だったひとり、石川数正も家康に期待するからこそ、徳川を救うために我が身を捨てて去った。そして残る忠次が、死に際にしっかりと殿に覚悟を促した。

 こうやって、みんなが家康にトップに立て立てと優しく優しく誘導してくれての天下人家康誕生となるのだなあ。ガツガツ家康じゃなく、嫌だけど仕方ないなあ、の家康。神君だから生まれが違うのだな。

 家康が思い描いていた天下人の姿は、多分にそれは前任者らに影響を受けていたようだけれど、それを忠次は違うと笑った。「戦が嫌いだからこそ、出来る」という、忠次に見えていた有りよう。ここぞというところで勝ってきた彼が、出来ると言うのだから出来る、そう家康も信じられただろう。秀吉が死んだ今、瀬名の木彫りの兎を箱から取り出すのも、そろそろだ。

秀吉➡家康の国譲りは完了

 さて。サブタイトルが「太閤、くたばる」だから、それを書かない訳にいかない。今作の秀吉は、ゲスでも頭の切れるサイコパスだと巷間言われている。自分が死んだら豊臣も終わりだと理解していて、次は家康だともわかっている(というか、自分が家康から奪ったと思っている?)という点で、これまであまり見ないタイプの秀吉に思う。

家康:家康にございます。

寧々:おふたりだけに。

秀吉:秀頼を頼む。

家康:弱気になってはいけません。

秀吉:秀頼を・・・。

家康:無論、秀頼さまはお守りいたします。

秀吉:そなたの孫・・・千姫とくっつけてくれ。

家康:仰せの通りに。しかしその前に、殿下にはまだまだやっていただかねばならぬことが。

秀吉:秀頼をな・・・。

家康:殿下。(立ち上がり、近くへ)殿下。この戦をどうなさるおつもりで?世の安寧・・・民の幸せを願うならば最後まで天下人の役目を全うされよ。

秀吉:そんなもん。嘘じゃ。世の安寧など、知ったことか。天下なんぞ、どうでもええ。秀頼が幸せなら、無事に暮らしていけるなら、それでええ。(立ち上がり、家康の方向へ歩いてくる)どんな形でもええ。ひでえことだけは、のう?しねえでやってくれ。のう?頼む。あ・・・(家康に抱きとめられる)

家康:情けない・・・これではただの老人ではないか。

秀吉:ああ・・・天下はどうせ、おめえに取られるんだろう

家康:フフ・・・そんなことはせん。(秀吉を下ろし、背中をトントン)わしは、治部殿らの政を支える。

秀吉:白兎が、狸になったか。知恵出し合って話し合いで進める?そんなもん・・・うまくいくはずがねえ。おめえもよう分かっとろう。(家康を小づく)今の世は、今のこの世は、そんなに甘くねえと。豊臣の天下はわし一代で終わりだわ

家康:だから放り出すのか。唐、朝鮮の怒りを買い、秀次様を死に追いやり、諸国大名の心は離れ、民も怒っておる!こんな滅茶苦茶にして放り出すのか!

秀吉:ああ、そうじゃ。な~んもかんも放り投げて、わしはくたばる。あとはおめえがどうにかせえ。ハハハハハハハハハハハ!(咳き込む)

家康:死なさんぞ、まだ死なさんぞ。秀吉!(秀吉、息を止めているが堪えられなくなり、ハッと息をする。家康、様子を見ていたが)猿芝居が!(バン!と畳を叩く)大嫌いじゃ!

秀吉:・・・わしは、おめえさんが好きだったに。信長様は、ご自身の後を引き継ぐのはおめえさんだったと、そう思ってたと思われるわ。悔しいがな

家康:天下を引き継いだのは、そなたである。(座り直して)まことに見事であった。

秀吉:う~ん・・・すまんのう(頭を下げる)うまくやりなされや

家康:二度と、戦乱の世には戻さぬ。あとは、任せよ。

秀吉:(鈴を鳴らし)お帰りだ。(家康が去り、控えていた寧々が顔を出し、ほほ笑んだ)

 秀吉は、「後は任せよ」と家康が言って安心したようだった。力だけを信じる秀吉には、(三成へのカッコつけの二枚舌が、トラブルの種になるが)実は合議制は限りなく甘く見える策だし、自分が織田家にした仕打ちを考えれば、秀頼が天下人になることは考えられもしなかっただろう。秀頼が今後無事であれと願うのが関の山だった。

 しかし、家康はまさに人たらしのお株を奪う狸に!あれだけ「滅茶苦茶にして放り出すのか」とモンクを言い募っていた舌の根も乾かぬうちに、「見事」と褒めてやるのだから。そして、秀吉➡家康の国譲りは完了した。

この時を待っていた茶々

 物語的に盛り上げようとしているのは分かるのだけれど・・・割って入る役回りなのが茶々。母に誓った「天下を取る」の言葉を実現しようと、ここまで全身全霊で彼女なりに戦ってきたのだ。

 秀吉が倒れた時、茶々以外の全員が慌てて秀吉に駆け寄っているのに、彼女は庭の隅でゆっくりと立ち上がり、青白い炎が立ち上ったような表情からもこの時を待っていた感が溢れ出ていた。そしていよいよ秀吉の臨終の場面でも、苦しむ彼の手から呼び鈴を遠ざけ、一言。

茶々:秀頼はあなたの子だとお思い?(かぶりを振って)秀頼はこの私の子。天下は渡さぬ。後は私に任せよ。猿。

秀吉:(ニヤリと笑って事切れる)

茶々:(顔を見て死を確認、秀吉の亡骸を抱きしめ、泣く)

 秀吉が笑ったのも、おめーさんにはできねえよ、徳川殿も大変なこって、後の顛末は地獄から見せてもらうよ、といったところか。やっぱり女狐の茶番だったか、わかってたよ、という気持ちもあったかな。

 秀吉が死んでいく顔は、あまりにリアルに見えて、血のりも相まってほぼホラーだった。NHK大河でここまでやるのか。昨年の「鎌倉殿の13人」でもワダッチこと和田義盛の死に顔がリアル過ぎて、しばらく夢にも出てきて困ったが、秀吉の死に顔が出てきたらやだなあ。

 その後、和田義盛を演じた横田栄司は体調を崩したとのニュースを見たが、茶々の北川景子は大丈夫か。(本人の考えはともかく)役の滅びに魅入られてしまったかのような竹内結子の気の毒な例もあるし、つくづくメンタル的にタフじゃないとできない禍々しい役が茶々だと思う。

 茶々は、血を吐く秀吉の顔を両手でつかみ、死んだと分かって抱きしめて泣いた。秀吉への愛憎など諸説あると思うが、その時の茶々の主な感情は「母上、とうとう茶々は復讐をやり遂げました」の方だろう。とても素直な泣き顔に見えた。信じられないくらい精神的負担の大きい生き方をしてきて、耐えて耐えて耐え忍んできて得た結果だから、達成感は大きかったと思う。

 今後は茶々が三成らを翻弄して家康と戦っていく路線。茶々の戦いは続く。北川景子には頼りになる夫・DAIGOもいて美味しいご飯を作ってもらえると思うが、心身の健康にはどうぞケアを怠りなく、茶々を演じ切ってほしい。

秀吉の言葉と茶々に翻弄される三成

 秀吉の良い面だけを見せられ、言い残された三成も気の毒な。「天下人は無用と存じまする。豊臣家への忠義と知恵ある者たちが、話し合いを以て政を進めるのが最も良き事かと」と具申したら、秀吉は「わしも同じ考えよ。望みはひとえに世の安寧。民の幸せよ。治部。よい、やってみい」と認められた。

 三成は嬉しかっただろうが、そこは二枚舌、三枚舌の秀吉だ。既に引用したように、家康には異なることを言った。そちらが本心だろう。 

 「天下人を支えつつも、合議によって政を成す」という三成の理想は・・・その試みはこれまでも先人がやり続けて、合議体が形骸化して戦乱に陥るの繰り返しだったのだと思うが、三成亡き後260年も続く完成形が徳川の世で叶うことになる。皮肉だ。

(敬称略)