黒猫の額:ペットロス日記

狭い場所から見える景色をダラダラと。大河ドラマが好き。

【べらぼう】#37 春町の死で意地になった定信と蔦重、なんでそうなるの?正義の政策も弱者にツケが回るようじゃダメだし、お咎め覚悟で人を巻き込み抗うのも違う

定信、頭に血がのぼり過ぎ💦

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第37回「地獄に京伝」が9/28に放送された。定信に絶版を言い渡された「鸚鵡返文武二道」による恋川春町の死に影響され、春町推しなのに腹を切らせたようなものの定信も、本を書かせた蔦重も葛藤する。まずはあらすじを公式サイトから。

≪あらすじ≫
第37回「地獄に京伝」

 春町(岡山天音)が自害し、喜三二(尾美としのり)が去り、政演(古川雄大)も執筆を躊躇(ちゅうちょ)する。そのころ、歌麿(染谷将太)は栃木の商人から肉筆画の依頼を受け、その喜びをきよ(藤間爽子)に報告する。一方、定信(井上祐貴)は棄捐令(きえんれい)、中洲の取り壊し、大奥への倹約を実行する。そのあおりを受けた吉原のため、蔦重(横浜流星)は政演、歌麿に新たな仕事を依頼するが、てい(橋本 愛)がその企画に反論する。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第37回 - 大河ドラマ「べらぼう」見どころ - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 前回ブログで定信は反省しないと書いたが、やっぱりと言うか・・・いや、定信なりに反省はしたのだろう、しかしその結果が「なんでそうなるの」ということなんだろうと思う。

 どうやら一橋治済にいちいちうるさい、そろそろ消すかと目を付けられたか、彼の魔の手が伸びたらしい徳川治貞が体調を崩した。「もうよいお年であられるしなあ」と、治済が能面から半分顔を出しての物言いがゾッとした。

 治貞と対面した定信は、本心を吐露していた。

徳川治貞:(脇息にもたれ、咳込む)聞くところによると、ずいぶんと下々を締め付けておるようじゃの。

松平定信:そこを締めぬことには、あるべき世の形とはなりませぬので。

治貞:先年、本居宣長という和学者に、政について意見を出させたのだが、物事を急に変えるのは良くないと言うておった。ハハ、いやそなたが間違っているとは思わぬが、急ぎ過ぎると、人はその変化についてこられぬのではないか?

松平定信:心得ましてございまする。

治貞:悪を無くせると思わぬ方が良いとも。

定信:・・・悪を、無くせるものではない?

治貞:すべての出来事は、神の御業の賜。それを善だ悪だと我々が勝手に名付けておるだけでな。まあ、己の物差しだけで測るのは危ういということだ。

定信:(唇が震える)世は思うが儘には動かぬもの。そう諫言した者を、私は腹を切らせてしまいました。(治貞:痛ましや、の表情)その者の死に報いるためにも、私は、我が信ずるところを成し得ねばなりませぬ!

治貞:(え?と何か言いたげに顔が歪んだ所で、咳込んでしまう)

 治貞はよほど言いたいことがあって一瞬気色ばんだからこそ、喉の炎症が反応して咳が出ちゃったと見える。喘息持ちは分かるなあ💦言いたいことこそ言えないのよ。諫言した者に腹を切らせてしまったのなら、そこで己の歩みを止めて一旦考えるべきではないか、それなのに猪突猛進を続けてどうする、と言いたかったのでは・・・そう思いたい。

 普通はそうだ。何か問題が生じたら、歩みを止め、相手も自分も受け入れられる塩梅の良い落としどころを考える。でも、DV気質だと、相手のことはお構いなく、自分の信じる結果が出るまで力で押して押して押し通すしかないと思っている。それが正義だと信じていれば、妥協しないから質が悪い。

 ドラマの定信は、このやり取りを見るとDV気質の持ち主だと決まったようなもの。相当迷惑、困った人だ。相手を慮って己の計画を修正するなんて考えもしないのだ。でも、育ち方を見れば、田安家のお坊ちゃまだもん、周りのことを考えて己の考えを曲げるなんて場面は想定されていなかっただろうね。

 治貞に「下々を相当締め付けている」と言われる時点までに、ドラマで定信がやったことと言えば、基本的にはまず賄賂を禁じ、それで足りないなら倹約すれば良いのだとのお達しがあり、政を笑う黄表紙の絶版があり、自由に物が言えない世の中になった。

 さらに今回は、棄捐令(きえんれい)、中洲の取り壊しがあった。棄捐令で武家の借金が棒引きされ被害を被った貸し手の札差は、吉原で散財することがなくなった。また、中洲という遊び場が壊されて、きっと川の流れは良くなったかもしれないが、そこで生計を立てていた者らは路頭に迷う。岡場所も手入れがされ、遊女が吉原に大挙して流れ込んだという話だった。

表面化する定信VS.治済

 そして、大奥への倹約にも踏み込んだ定信。一橋治済から、ひとこと言われてしまう。この時に、治済の前に並べられていたのは3つの同じ能面に見えた。3つも作らせて、出来の良い物を・・・ということか?まあ、贅沢な。

松平定信:大奥から、嘆願が参ったのでございますか?

一橋治済:大奥があまりに質素なのは御公儀の威光に関わるとなあ。

定信:大奥の中なぞ、表に見せるものでもありますまいし、贅沢であれば威厳があるというのも浅薄極まりない考えかと存じますが。

治済:大奥の女たちには表に出る楽しみもない。中で楽しむほどのことと情けを懸けてやってはくれぬか。

定信:では、中の楽しみを減じぬような倹約の手を、私の方で考えましょう。

治済:お手柔らかにな。

 定信は、大奥が外部から納めさせて日常的に食べていた贅沢な羊羹を、大奥内部の御膳所で作れば十分の一のかかりで済むとか細々チェックをして大崎を嫌がらせた。それで大崎は治済に泣きついたのであろうが、その結果、なんと治定は治済腹心の大崎本人を、大奥から追放してしまった。

 大崎は現将軍の産婆だったとも言われる乳母。三代将軍の家光だったら、春日局に当たるのでは?そういう大物をね・・・さらに、このドラマでは、治済の命で毒殺などの陰謀に深く関わってきた「手の者」なのだから、陰の支配者を気取りたい治済の気は治まらないよね。

 また、とうとうやってきたのが、太上天皇の称号の一件。これは、治済自身の思惑(大御所と呼ばれたい)と絡み、治済はぜひ実現したい話だっただろう。

治済:(能面をいじりながら)それから、例の朝廷の件はいかがとなっておる?

定信:帝がお父君に太上天皇の尊号をお贈りしたいという一件にございますか。

治済:あれは、認めても良いと思うがの。特段こちらにかかりをという話ではなし。

定信:かしこまりました。では、御三家にもはかりました上、私の方で返答いたしておきましょう。

治済:よろしくの。・・・そうじゃ、紀伊中納言様がご体調を崩されておるそうじゃ。

定信:中納言様が。

治済:お風邪と聞いておるが、もうよいお年であられるしなあ。(能面から上半分の顔を出す。見開いた目が怖い)

 治済は嬉しそう。自分の一橋よりも上だったはずの田安出身の定信、同じ吉宗の従弟の立場の定信をこうやって配下において、しかも自分の謀の実現のために使いまわしている。しかも、(たぶん)自分の計画通りに紀伊治貞が体調を崩し、早晩この世を去るのだから、時々のニヤニヤ顔を隠すために能面を使っているのではないだろうか。

 しかし、定信は治済の意に反して尊号の件は不承知と決し、そのように朝廷に返答した。

治済:太上天皇の尊号の一件は、不承知と返答したそうじゃの?(翁の面を手にしている)

定信:御尊号は譲位された帝にのみ贈られる尊称。帝のお望みでも、先例を破ることよろしからずと、御三家、老中ともまとまりましたゆえ、将軍補佐として私が、然様に上奏するように決しましてございます。

 この時の、挑むような生き生きとした定信(井上祐貴)と、反論したげな治済(生田斗真)の表情が相変わらず良い。しかし、割って入った者がいた。

一橋家臣:殿!(外から声をかける)

治済:何じゃ?(襖を開けて入ってきて控えた家臣、定信の存在に言葉を発するのを躊躇する)

定信:私に遠慮するな、申すが良い。

治済:申せ。

家臣:大奥より使いが参り、大崎殿が老女の役を免ぜられたと。

定信:大崎殿は、不正な蓄えの他、老女の任にふさわしからぬ行いも多く見受けられ、お役を免ずべきと決しましてございます。お約束通り、楽しみを減ずることなく倹約も叶いましたかと。

治済:(能面を箱にしまいながら)どうも、田沼も真っ青な一存ぶりじゃが。

定信:上様の命とあらば、いつでもお役を辞する覚悟にございます。御金蔵の立て直し、武家の暮らし向き市中の風俗取り締まり、蝦夷、朝廷、懸案は山積み!このお役目を引き受け、事を成し得るお方が他にあるならば、私は・・・いつでも退く覚悟にございます。(懐から出して書状を畳の上に突き出し、治済に視線を向ける。「謹上 御老中衆中 定信」と表に書いてある)

 このやりとりは、ドラマでは寛政元年(1789年)の話。ちょうど、このあたりについては歴史家磯田道史先生のBSの番組で取り上げていた。定信の「いつでも辞めてやる」の張ったりは、もっと上の役目「大老」を狙っての賭けだったのではないかとの話だった。

英雄たちの選択

江戸城の怪人〜御三卿 一橋治済の野望〜

 

江戸中期。御三卿のひとつ一橋治済は、藩主として領国を経営することも幕府政治に参画することも許されず、ただ次期将軍の備えの子をなすだけの退屈な人生を送っていた。ところが10代将軍・家治の息子が急逝したため、治済の子、家斉が将軍を継ぐことに。眠っていた権力への野望が目覚める。治済は将軍家を乗っ取ろうとするが、田沼意次や松平定信ら実力派官僚に阻まれ政治抗争に発展。陰謀渦巻く江戸城政治。その果てには…。(江戸城の怪人〜御三卿 一橋治済の野望〜 | NHK

 八代将軍徳川吉宗、田沼意次、松平定信と、時代を変革し日本のかじ取りをしようとした意欲的な3人が続いた後、(ネタバレ失礼)一橋治済に操られた11代将軍家斉の時代が半世紀も続く。磯田先生らの言によれば、目先が楽しいだけの「のほほん」とした、日本のためにはさしてならない、時代に逆行した期間だったそうだ💦

 もうすぐ黒船も来ようという、日本にとっては大事な時期に・・・血筋だけで理屈を封じた男に幕府が乗っ取られた格好だ。幕府瓦解の遠因か。理屈に秀でた松平定信に政治を続けて行わせていたら、幕府は時代なりに強化されていった可能性があるのかと思うともったいない。

 定信が提唱したという「大政委任論」も、何とか治済・家斉親子の暴走を止めたかったからなんだろう💦帝王学というか「将軍何たるか」を考えもしない親子相手に、苦労した結果かと思うと気の毒だ。(大政委任論 - Wikipedia

変化を受け入れられず、抗う蔦重

 蔦重は、前回の春町の死でかなりのショックを受け、いつものように「そうきたか!」というようなアイデアを捻りだすどころではない。

 絶版になった3作の作家たちが死亡・国元に強制帰国・逃走し、大田南畝は筆を置いた。他の武家の戯作者は、処分を恐れ大方縮みあがっている。倹約の世で不景気、黄表紙はもう辞め時か、という地本問屋の声に「いやあ、大事ねえですよ」「次は町方の先生たちに踏ん張ってもらいましょう!」と反論するが、時代の変化を見ようとしない板元に巻き込まれる作家は迷惑だよね。

 蔦重のターゲットになったのは、町方の政演(山東京伝)だった。政演も、既にお咎めを食らったことがあり、お上に目を付けられているのに強気な蔦重が言うままに書かされるのを恐れ、「政を茶化さないなら」と、ビクビクしながら書いていた。

 強気と言っても、蔦重のそれは焦りだ。大河ドラマ「平清盛」で松田聖子が口ずさんでいた「遊びをせんとや生まれけむ」は、後白河院がまとめた「梁塵秘抄」のフレーズだった(遊びをせんとや生まれけむ『梁塵秘抄』の遊びの本当の意味)。その「遊び」を「戯け」に置き換えたのが「戯けをせんとや生まれけむ」、ところどころこのドラマでも出てきていたように思う。

 今回も、「遊ぶってなあ、生きる楽しみだ。楽しみを捨てろってなあ、欲を捨てろってこった。けど、欲を捨てる事なんかそう簡単にはできねえんだよ」と言う蔦重。遊びや戯けは、それぐらい生まれついて自然なことと考える蔦重は現代人に近い。だもの、「褌に抗ってかねえと、ひとつも戯けられねえ世になる」と焦るのだろう。

 他方の褌守定信は、「遊ぶところがあるから人は遊び、無駄金を使う。遊ぶところを無くしてしまえばよい」と言っていた。遊ぶのは環境のせい、という訳だ。厳しいなあ。

 こういう定信だからこそ、対抗するにはアイデアが欲しいところ。そのままバカ正直に反抗しても「身二つになるだけ」だ。町方の話を聞いてくれる老中が率いていた、自由な田沼時代は終わったのだ。

 強引に「倹約を吹き飛ばす」と話を進めようとする蔦重にストップをかけたのは、ていだった。

蔦重:・・・ってことで、吉原を救うためのもんを考えたいんだ。歌、錦絵頼む。

歌麿:もちろん。何、描けばいいんだい?

蔦重:そりゃあ、絢爛豪華な女郎を絢爛豪華に描いてほしいんだ。(心配そうに、顔をそむける政演)

歌麿:絢爛豪華・・・。

蔦重:ああ。政演。お前、吉原には散々世話になってる身だ。やらねえとは言わねえよな?

政演:けど、お咎めを受けるようなのは・・・。

蔦重:分かってる。思うによ、いっちゃん悪いのは倹約なんだよ。倹約ばかりしてちゃ、景気が悪くなり続け、皆貧乏。そのツケは、つまるところ立場の弱え奴に回されんだ。(廊下に来て話を聞くおてい)そういうことを、面白おかしく伝えてほしいんだ。世にも褌にも。

 例えばよ、倹約がいき過ぎて、てめえそのものを倹約するってなあ、どうだ?それが流行って、最後には国から人がいなくなっちまうってなあ!

てい:(いきなり部屋に入ってきて、ひれ伏す)お二方とも、どうか書かないでくださいませ!然様な物を出せば、歌さん、政演先生、蔦屋もどうなるか知れません。どうか、書かないでください!

蔦重:あのよぉ、吉原じゃ一切れ24文で身を売るようなことになってんだぞ。

てい:(蔦重に向き直る)大変申し上げ憎うございますが、旦那様は所詮、市井の一本屋にすぎません。立場の弱い方を救いたい、世を良くしたい、そのお志は分かりますが(詰め寄る)、少々、己を高く見積もり過ぎではないでしょうか!

蔦重:ああ?(てい、眼鏡をパッと外し睨みあう)

歌麿:眼鏡。

政演:まあ、強い目だねえ。(顔を逸らす蔦重)あっ、目閉じた!

蔦重:昔、陶朱公のように生きろって言ったのはどこのどなたでしたっけ?

てい:韓信の股くぐりとも申します。

蔦重:世を良くするような商人になれって言いませんでしたっけ?

てい:倒れてしまっては志を遂げることもできませぬと申し上げております!

蔦重:春町先生は、黄表紙の灯を消さねえために腹まで切ったんだ!それを、てめえらの保身ばっかり・・・恥ずかしいと思わねえのか?!(睨みあう)

てい:(眼鏡をかけ、袂から本を出す)黄表紙の灯が消えることをご案じなら、このような向きはいかがでしょう。

歌麿:ああ、それ大昔の青本ですよね。

てい:はい。「金々先生」以前、青本は人の道を説く教訓を旨としたものでございました。これなら、御公儀に目を付けられることは無いかと。

政演:温故知新ってことですか。今や、かえって新しいかもしれませんね。

蔦重:ふざけんじゃねえよ!「金々先生」の前に戻るってなあ、それじゃ春町先生は一体、何のために生きてたんだってなんだろうが!てめえには情けってもんがねえのか!

てい:春町先生のご自害は、私どもに累を及ぼさないためのものでもありましたかと!

蔦重:だから!

てい:故に、お咎め覚悟で突き進むことは望んでおられぬと存じます!

蔦重:・・・はあ・・・(気まずい顔の、歌麿と政演)

 ホントだよ、蔦重・・・ちょっとは頭に上った血の気を冷まして考えてほしい。でも、これでも分からないんだろうな。まず、分かりたくないのだろう。

 歌麿が言っていた。蔦重が背負っているのは春町先生への思いだけじゃない。春町先生、田沼様、源内先生、吉原の人たち、新さん。ずいぶん多くの人たちを見送ってきたのだね。こちらもそれだけのドラマを見せてもらってきた。もう10月だもん・・・ずいぶん遠くまで来たものだ。残るはあと11回か!

 「荷、背負い込み過ぎじゃね?」と政演は笑ったが、「けど、生き残るってなあ、そういうことかもな」と返した歌麿。彼も、毒母やら師を見送った。そこで近々、さらに見送らねばならない人がいる・・・悲しいなあ。

 きよを前に、歌麿は政演に言った。

歌麿:身を売るしか生きる術のない人たちにとって、遊ぶなだの倹約しろだのってのは、やっぱり野垂れ死ねってことになっちまう。他に身を立てる道が支度されんなら別だけど、そんなもなあ、滅多にねえ訳で。つまるところ、買い叩かれるしかねえ。弱い者にツケが回るってなあ、蔦重の言う通りなんだよな。

 現代にも通じる言葉だ。「どうしたものか」と考えた政演は、ありのままに虫や草花を描いた歌麿の襖絵をヒントに、吉原での人間模様をありのままに小話に書く洒落本を思いついた。

 「歌さんの絵は、ありのままだから面白えわけじゃねえですか。小話も、そういう具合にしてえなって」と政演。それがピンとこないと言っていた蔦重だったが、実際に読んでみて、みの吉にも読ませて(みの吉は原稿に夢中)、納得。

蔦重:これが才ってやつか。(座り直して)女郎を姉妹や知り合いのように思わせる。幸せになってほしいと願わせる。これ以上の指南書はございません。(手をついて頭を下げ)うちで買い取らせてください。(ていも頭を下げる)

政演:へへっ、お高くお願いします!(みの吉、まだ熱心に読んでいる)

 今回は、政演の才能に救われた蔦重、ということ。これが寛政二年(1790年)正月の耕書堂の店頭に並んだ洒落本「傾城買四十八手」だったが・・・筆の早い政演は、もう1冊花魁に頼まれた「心学早染草」も、見事にものにしていた(羨ましい~!ぱっぱと手離れよくアウトプットできる人!)。

 蔦重も鶴屋さんも知らない仕事だったため、大目玉を食らった政演・・・というか、定信の政を持ち上げるような内容だったからこそ、蔦重は烈火のごとく怒った。心学とは、おていさんによると「神仏の教えに儒学を織り交ぜて分かりやすく道徳を説いたもの」だそうだ。

 さらなる九郎助稲荷(綾瀬はるか)の解説では、こうだ。

九郎助稲荷:それは、良い魂と悪い魂、善魂と悪魂が一人の男の体を巡って戦う話で、しまいには善魂が勝利し、男は善人として生きていくという、それだけの話。ですが、今でも使われる善玉悪玉という言葉は、ここがルーツ。つまり、長く読み継がれていくほど出来の良い話で。そう、これは越中守様が推し進める倹約、正直、勤勉といった教えを、見事にエンタメ化したものでした。

 政演、すごいね~!本当に才能がある人はこうなんだ。短期間で、頭に降りてきたものをサササと書いていくだけの作業だったのかな。蔦重が怒ったって止められないよ、頭に降りてきちゃったんだから。ただただ羨ましい。

 蔦重は怒りに任せて「お前、こんな褌担いで何考えてんだよ、おい」「こんな面白くされちゃみんな真似して、どんどん褌担いじまうじゃねえかよ!」「草葉の陰から春町先生に雷みてえな屁ひられっぞ」と政演に罵声を浴びせた。

 一方の政演。逃げ回り「面白けりゃいいんじゃねえですかね?」「面白えことこそ、黄表紙にはいっち大事なんじゃねえですかね!褌担いでるとか、担いでねえとかよりも!面白くなきゃ、どのみち黄表紙は先細りになっちまうよ!それこそ、春町先生に嵐みてえな屁ひられるってもんじゃねえですかね!」と恐る恐るながらさすがの点を突いて反論した。

 そこで、言葉に窮した蔦重は、手が出た。「何度言や分かんだよ!(本で叩く)戯け者は褌に抗ってかねえと、一つも戯けられねえ世になっちまうんだよ!

 蔦重こそ、町方が幕府筆頭老中に抗っても、首を刎ねられ身二つになるだけだとおていに言われていたじゃないか。それこそ、どうしてわからないのかな・・・。

 政演は「俺、もう書かねえっす。蔦重さんとこでは、一切書かねえっす!」と言うに至った。人気作家が書いてくれない宣言、板元は万事休すだ。

おていはライター

 ところで、寛政二年(1790年)正月に、耕書堂の店頭に並んだ3冊に「即席耳学問」という、市場通笑作の上中下巻の本があった。これを書いた市場通笑が、ドラマでは実はおていさんだって設定になっていたような。(市場通笑 - Wikipedia

 確かにこの人、通油町で育ってるみたいだ・・・「教訓の通笑」と称されたってことだが、ドラマの中ではまさに「教訓のおてい」の役回りだもん、ぴったり。でもこれまで、おていが作品を書いているシーンなんてあっただろうか?

 真面目に遡ってみると、灰捨て競争をしたのが1783年(天明三年)夏の浅間山の噴火、その後におていは蔦重と結婚する訳だから、1779年(安永八年)刊行の初の黄表紙「嘘言弥二郎傾城誠」からの数冊は、丸屋、もしくは他のどこかから出版したって事なのか?それにおてい、蔦重よりも一回り以上お年上だったってことになるね、なんて。

歌麿の妻きよは・・・

 歌麿は、栃木の豪商・釜屋伊兵衛(U字工事の益子卓郎♪)に依頼され、高額が見込める肉筆画を描くことになり大喜び。説明のために自宅の襖絵にも見事に肉筆画を描いて見せ、新妻きよも喜びを分かち合った。 

 この栃木の商人の役は、U字工事にうってつけ。相方の福田も、釜屋伊兵衛の甥の役で次回以降、出てくるらしい。このふたりを、U字工事を差し置いて他の人が演じたら不自然だ。大河デビュー、本当に良かったよね。カミナリのまなぶもどうでもいい役で出てきていたが、なぜ?U字工事を起用するから吉本の手前?まなぶの「鎌倉殿の13人」での役は面白かったけどなあ。

NHK公式サイトより引用https://www.nhk.jp/g/ts/42QY57MX24/blog/bl/pyRxwlZnDK/bp/pdj8Dg1Lvp/

 おきよだが、喜んで背伸びをした際に足が裾から覗き、そこには赤い腫物が・・・次に足が映った際には、その赤い腫物の数が増えていた。あああ・・・あれは梅毒だよね。ドラマ「大奥」で平賀源内が梅毒で死んだ時も、同じような腫物があったもの😢なんということだろう。

 「おきよがいたら、俺、何でもできる気がするよ」と、きよを抱きしめた歌麿は言っていた。きよは歌麿を開眼させ、幸せをくれたのに。

 ここでウィキペディア先生を見てしまった。歌麿の妻(戒名:理清信女)は、寛政二年(1790年)夏に死んでいた。戒名から、ドラマでは「きよ」と名付けたんだろうね。喜多川歌麿 - Wikipedia

 きよの死が、歌麿の大首画の誕生に関係するのだろうか・・・いずれにしても、しばらく栃木に旅して絵を描いて、心を癒してきてほしい。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#36 自裁した春町を惜しむ喜三二の涙に泣く😢図らずも推しを追い詰めてしまった空回り中の定信、きっと反省しない

理解するに難しいサブタイトル💦

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第36回「鸚鵡(おうむ)のけりは鴨(かも)」が9/21に放送され、岡山天音演じる恋川春町が最期を迎えた。まずはあらすじを公式サイトから引用する。

≪あらすじ≫ 第36回「鸚鵡(おうむ)のけりは鴨(かも)」

 蔦屋の新作『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』『天下一面鏡梅鉢(てんかいちめんかがみのうめばち)』が飛ぶように売れる。定信(井上祐貴)は、蔦重(横浜流星)の本に激怒し、絶版を言い渡す。喜三二(尾美としのり)は、筆を断つ決断をし、春町(岡山天音)は呼び出しにあう。そして蔦重は、南畝(桐谷健太)からの文で、東作(木村 了)が病だと知り、須原屋(里見浩太朗)や南畝とともに、見舞いに訪れる。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第36回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 ・・・えーと、今回のサブタイ「鸚鵡(おうむ)のけりは鴨(かも)」なんだが、また分かりにくい。「鸚鵡」は松平定信の「鸚鵡言」から、恋川春町が茶化した黄表紙「鸚鵡返文武二道」が問題になっているのが関係するのは分かるけど、「けりは鴨」は、はてさてどうなってる?

 「けり」は春町の辞世「我もまた 身はなきものと おもひしが 今はの際は さびしかり鳧(けり)」の末尾に出てきた。それをいつもめっちゃ人が良い絵師の北尾重政が「鳧は鴨。鸚鵡のけりは鴨でつけるっていう捻りですかね」とちょっとだけ解説してくれた。

 それでも「はて?」と思ってしまった。鳧はそのまま「けり」で良くない?なんでわざわざ鴨を出す・・・と混乱したからだが、鳧は「かも」とも読むんだね。「かも(鴨)」と「けり(鳧)」、全く別の鳥かと思っていた。

鴨・鳧【かも】とは
1.カモ科の鳥のうち、比較的小形の水鳥の総称。首が長く手足は短い。嘴(くちばし)は横に平べったくで櫛(くし)の歯状の板歯がある。冬に北から来て、春に帰るものが多い。種類が多くて、肉は美味。「鳧」は「ケリ」と読めて、チドリ科の鳥である「ケリ」を指すこともある。
2.1の味がいいことから、いい獲物。いいもうけの対象として利用される相手のこと。(鴨・鳧【かも】 の意味と例文(使い方):日本語表現インフォ

 アンダーラインはこちらで付けた。ちょっと検索したら鳧の写真を載せているページがあったので、もうひとつ引用させていただこう。やっぱり鳧と鴨とでは、私の頭の中でのイメージが大いに異なる。このページでは、作家の沢木耕太郎の小説「春に散る」での鳧に関する表現にも触れている。

朝日新聞の連載小説、沢木耕太郎作「春に散る」の中に、「けりをつける」ことが書かれていましたが、昔の人は「けり」に鳥の「鳧=ケリ」という字を当てたそうです。ケリという鳥のいることも知りませんでした。
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昔の人は、ケリをつけるのケリに鳧という字を当てた。鳧は日本の田圃などに巣を作る鳥だが、田起こしの時期とぶつかっては、せっかく作った巣を壊されてしまう。それでも鳧は諦めずに二度、三度と巣を作りつづける。鳧は簡単にケリをつけようとしないのだ。   (文中より)

鳧(けり)=チドリ目チドリ科タゲリ属~チドリの仲間です。
画像検索にて、保存させていただきました。

辞書をひいてみましたが、(めんどうなことがらについて)しめくくりをする。終わりにする。と出ていました。

けりをつけるの“けり”は、助動詞の“けり”から来た語だが、「鳧」の字を宛てることがある。   (と検索では・・・)
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時によっては、簡単にけりをつけるのではなく、鳧のように粘り強く努力をしなくてはいけないときもありそうです。(「けりをつける」の“けり”とは? - 気ままな思いを

 ちょっと「鴨」が引っかかってしまったので、のっけからこだわってしまって失礼。しかし、鴨ってカモになるとかカモネギとかそちらを考えちゃうと、鸚鵡騒動のけりは鴨でつけるって言われても、やっぱりピンとこないし分かりにくい。鴨に持って行かなくて良かったよね、鳧(けり)のままで。

 毎回のサブタイトル、作る側の独りよがりの格好つけと言うか、考え過ぎと言うか、空回りして定信状態な気がするのは私だけか?(今更)誰のためのサブタイトル?視聴者のためになってる?

この際「筆を折り国に帰る」が最善策

 寛政の改革を進める松平定信が、多忙の余り、心ならずもお目こぼし状態になっていた黄表紙だというのに、調子に乗ってしまった蔦重。さらに茶化しを過激化させたことで「謀反も同じ」と逆鱗に触れ、とうとう定信側も動き出してしまった。

 当初定信は、腹心の水野為長(永?)に「茶化されているとの見方もできる」と言われても、後押しされていると勘違いしてすっかり嬉しくなっちゃって「蔦重大明神」とか言ってたのにねえ・・・なんか気の毒。

 ドラマでは定信の猪突猛進ぶりを諫めたいらしい人たちが「世の見方はこうですよ」と、あっちからもこっちからも黄表紙を出してきた。直接は言いにくいものだからね。その時に、裃の懐って深い、あれもこれも入るんだ、みんな懐に隠し持って暇があれば読んでるんだなんて思ったりした。

 しかし、定信の水野配下の隠密は何をやってる?黄表紙について、あれだけ大流行だったのだから、もっとしつこく世間での反応のされ方を(ネガティブだけど)報告しても良かったのに。それとも言うに忍びなかったか、「まー、うちの殿も仕方ないよね」と、陰で一緒になって笑ってたか。なんて。

 それで、自分の政策を茶化されているとようやく気づいた定信は、耕書堂出版の3作を絶版だと言い、役人が耕書堂に踏み込んできた訳だ。3作とは、こちら。

  1. 文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどおし)天明八年(1788年)朋誠堂喜三二作
  2. 鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)寛政元年(1789年)恋川春町作
  3. 天下一面鏡梅鉢(てんかいちめんかがみのうめばち)寛政元年(1789年)唐来三和作

 唐来三和は、既に武士を辞めて「江戸本所松井町の娼家和泉屋の婿養子になった」という町人身分だから(唐来参和 - Wikipedia)、一時身を隠すとかすれば大丈夫な気がする、そんなに目の仇にはされにくいかも。

 武士の喜三二と春町は陪臣であり、直臣の大田南畝のように直接睨まれたりする風当たりを気にしなくてもいいとはいえ、盾になる主君が定信に怒られる訳だから、それはそれでやりにくい。それで、喜三二は筆を折ると言って、国に帰ることになった。帰るといっても、江戸の武士だから、国元に行くのはチャレンジングだったろうね。

喜三二:殿に怒られちまってさ。黄表紙は言うまでもなく、遊び回っておったことが嗅ぎつけられてなあ。お家の恥だ、ご先祖に申し訳が立たぬって、顔真っ赤にして涙浮かべて怒られてさ(略)まあ、遊びってのは、誰かを泣かせてまでやるこっちゃないしなあ。

 この言葉に、蔦重も「わかりました」と言うしかない。

 秋田藩(久保田藩)は、佐竹氏が治める表高20万石、実高は40万石の大藩であり(ちなみに定信の白河藩の石高は11万石だったそうな)、その江戸留守居役の筆頭の喜三二(勤めの「気散じ」に書いてたんだよね)は、実は大物だ。筆を折って国に帰るという手は、この際、何よりの解決策だったのでは。

 江戸にいたら目障りだし、定信の隠密のターゲットになってアレコレ難癖も付けられやすいだろう。国元の秋田ならば、定信といえど、そう易々と手を突っ込めないだろうから。ほとぼりを冷ますには距離を置くのが一番だ。

 喜三二が国元に去る前の送別会で、忘八や女将ら、吉原の面々に久々にお目にかかれたのが楽しかった。吉原に入り浸っていた喜三二だけに、送別会も吉原で、なんだね。次郎兵衛義兄さんの妻も大きな酒樽を会場に運んでいたね。オーミーを探せ!なんて言われたカメオ出演の頃からずっとだから、あれもあったこれもあったが懐かしい。

 その中で、女郎屋にハシゴの居続けで何作も書く話があったが(松葉屋の女将が勇敢にバケモノに立ち向かったりして)、その時の相方の花魁松の井が、年季が無事に明け、手習いの女師匠になって笑顔で今も生きているのが確認できたのは嬉しかった。

 ドラマの序盤、名もなき女郎らの投げ捨てられた遺体が出てきたり、河岸見世の病んだ女郎たちがそれでも体を売り続ける苛酷な状況も描かれた。女郎で年季明けまで完走できる子は果たして居るのか、多くが年季明けまでに命を落とすのではないかと危ぶんでいたが、フィクションでもいい、鬼脚本の中で、ひとりでも幸せになれた子がいたんだ。

 実は、喜三二と古ーい付き合いの姐さんも出てきていたから、もうひとり女郎稼業を完走した人がいたようだったが。

 送別会で懐かしい面々に惜しまれ(蔦重の策)、喜三二は断筆を撤回。「まあさん、まだ書けます!」と宣言した。その時、「春町もまだ書くらしいし」と言っていたが・・・ああ。

殿が春町を慮るあまりに逃げられない

 他方、恋川春町。大藩に勤める喜三二と違い、彼が年寄本役(家老)を勤めるのは小島松平藩という「吹けば飛ぶような」1万石の小藩なのだ。

 絶版になった本を書いた「恋川春町」は、実は当主松平信義ではないかと定信に疑われ、信義は、春町の正体を「家中の倉橋格なる者」だと明かした上で「倉橋、此度のことを心より悔やむあまり病となり、隠居した」と弁明した。

 春町は、直参ではないからこれ以上のお咎めは無いと踏み、隠居で減った収入は戯作で稼ぐつもりでいた。しかし、春町作「悦贔屓蝦夷押領」を読み、田沼意次が立てた手柄を定信が横取りするという、痛烈な皮肉が仕掛けてあることに気づいた定信は怒り爆発(田沼病にかかってるとか何とか一橋治済にからかわれて発火点に引火)。キーっとなってる定信のさらなる呼び出しに、春町は悩む。

蔦重:いっそ呼び出しに応じて、春町先生の考えを腹割って話すってなあ、ねえですか?

春町:あちらは将軍補佐。こちらは吹けば飛ぶような1万石の小名の家来ぞ。

蔦重:けど、黄表紙好きだって話、嘘じゃねえかもしんねえでしょ?許されんなら、共に参りますし。

春町:・・・うまくいけばよいが、うまくいかねばその場でお手討ち。小島松平家がお取り潰しともなりかねぬ。それは打てぬ博打だな・・・。

蔦重:嘘八百並べて這いつくばって許しを乞うんですか?春町先生に、それができるとは思えねえんですが・・・。

春町:・・・あ~!(畳の上に倒れる)そこよな。

蔦重:いっそ、まことに病で死んじまうってなあ、ねえですか?病で隠居で、建前はホントだったってことにして、絵や戯作を生業として別人で生きていくってなあ・・・いや、ねえか。

春町:(起き上がる)いや!いや、それが最善かもしれぬ。(部屋を飛び出す)

蔦重:へ?あ・・・春町先生?え?おお、どこへ行くんですか?

(小島松平家当主と向き合う、裃姿の春町)

松平信義:死んで別人となり、戯作者として生きていく・・・。

春町(倉橋格):はい。某が死んでしまえば、責める先がなくなる。殿もこれ以上しつこく言われることも無くなりましょうし。

信義:しかし・・・然様なことができるのか?

春町:人別や隠れ家など、蔦屋重三郎が万事計らってくれると。支度が調うまで、殿にはしばし「病にて参上できず」と頭を下げていただく労をお願いすることになりますが・・・。

信義:当家はたかが一万石。何の目立ったところも際立ったところもない家じゃ。表立って言えぬが、恋川春町は当家唯一の自慢。私の密かな誇りであった。

春町:殿・・・。

信義:そなたの筆が生き延びるのであれば、頭なぞいくらでも下げようぞ。

春町:(涙を堪えて頭を下げ)ご温情、まことありがたく!

 殿、優しい!こんなにも素敵な言葉をくれて・・・作家冥利に尽きるね。この殿を困らせることは、春町には決してできない。それが彼の決断にも影響していくんだろう。

 信義は「倉橋は麻疹になった」と定信に報告。「治りましたら、必ずや申し開きに参らせますので、しばしお待ちを!」と深々と頭を下げた。しかし、定信の右手は春町の黄表紙をギギギと握りしめて・・・おお怖💦

春町:越中守様(定信)が明日、ここに?

信義:麻疹もいつわりであろうと言ってこられた。

春町:それでは、殿が越中守様を謀ったことに・・・。

信義:倉橋!今すぐ逐電せよ!後のことは私が何とかする。

 ここまで追い詰められたら、終わりだ。これ以上は殿に迷惑が掛かるもんねえ。耕書堂を眺め、豆腐を買って帰るしかない。

 春町は腹を切り、大きな大きな豆腐の角に頭をぶつけて死んだ。駿河屋市右衛門が、春町の人別も用意して蔦重に渡してくれていたのに・・・。

 もし耕書堂前で、蔦重に会えていたら、逃げる気にもなり、他の運命もあったのだろうか?いや、春町の死体が無いのでは、定信が検分に来られても困る。

 春町の死を耕書堂に知らせに来た喜三二。演じる尾美としのりの泣き演技が凄かった。春町の顔にかけられた布を春町の妻しず(いたんだ!)が取った時も、心底から虚を突かれたようにハッとして手を合わせ、本当に泣いている。その後の他の演者の泣きの演技が、申し訳ないけど嘘っぱちに見えるほど、尾美としのりの喜三二は、春町の死を全身で悼んで泣いていた。

 ここで、春町の鬢(音声解説で「髷」って言ってたけど違うよね)に白い何かがぽつぽつ付いていることに気づいた蔦重。それは豆腐だったのだけれど、奥さんもわざと取らずにそのままにしたのかと思うと、よく分かっている奥さんだ。

 また、屑籠の中のちぎった手紙にも気づいた蔦重。許可を得て、それを並べて復元した。

春町:蔦重。いきなりかような仕儀となり、すまぬ。実は例の件が抜き差しならぬこととなってしまってな。殿は逃げよと言ってくださったが、然様なことをすればこの先、何がどうなるかしれぬ。小島松平、倉橋は無論、蔦屋にも他の皆にも累が及ぶかもしれぬ。それは、できぬと思った。もう、全てを丸くおさむるには、このオチしかないかと。

 この手紙は、しかし「恩着せがましいか」と、春町の手で破られたのだった。「なんで本を書いただけでこんな」と歌麿は言った。が、頭に血がのぼっている定信には分からなかったのだね。

 春町が死んだと聞いて、初めて定信は自分がやり過ぎた、追い詰め過ぎたことに気づいたのだろうか?

定信:亡くなった?

信義:はい。腹を切り、かつ・・・ハハハハハ、豆腐の角に頭をぶつけて・・・。

定信:豆腐?

信義:御公儀を謀ったことに倉橋格としては腹を切って詫びるべきと、恋川春町としては、死して尚、世を笑わすべきと考えたのではないかと、板元の蔦屋重三郎は申しておりました。一人の至極まじめな男が、武家として、戯作者としての「分」をそれぞれ弁え、全うしたのではないかと越中守様にお伝えいただきたい、そして、戯ければ腹を切らねばならぬ世とは、一体誰を幸せにするのか、学もない本屋風情には分かりかねると、そう申しておりました。

 この後、布団部屋で白い布団に頭を突っ込み、定信は泣いた。昔の賢丸時代を思い起こさせる幼い泣き方に、「自分は一生懸命なのに、自分で自分の推しを殺してしまった」という悔いはありそうだけれど、だからといってその後悔が彼を変えるのだろうか?

 自分のために「なんでうまくいかないのー」と泣くだけ泣いて、自分の信じる道だからとこれからも突っ走りそうだ。春町が何を思い、なぜ切腹後にわざわざ豆腐の角に頭をぶつけるなんて命を懸けて戯けをやり切ったか、春町の視点で物を考えることはあったのだろうか。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#35 伝わる・伝わらない問題。黄表紙の皮肉は分かりにくいが良い塩梅💦歌麿、新妻きよと言葉抜きの愛情を育み心の魑魅魍魎を吐き出した

意次昇天には「妖」の源内が雷鳴轟かせお出迎え

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第35回「間違凧文武二道(まちがいだこぶんぶのふたみち)」が9/14に放送された。

 前回までオープニングでトリを飾り続けてきたケンワタナベ演じる田沼意次が、今回のドラマでは姿を見せないながらもとうとう世を去った。さらに今回トリの鶴ちゃんの鳥山石燕先生も、雷鳴と共に意次の魂を迎えに来たのではと思われる源内さん(エレキテルだけに雷はぴったり)っぽい「妖」の姿を絵に留めたのを最後に、力を使い果たしたのか亡くなった。

 やっぱり源内さんは迎えに来ますとも・・・意次は心ズタボロで傷ついて亡くなったはず。周囲の人は皆、掌返しだし、築いたと思ったものが、これでもかと粉々に砕かれていくのを目の当たりにさせられた末の死だもの。そんなハートブレイクの「七つ星の龍」を、源内さんが妖に変身してでも迎えに来ないはずがない。

 ウィキペディア先生を確認したら、意次は生年と没年が旧暦7月末なのだという。

 坂本龍馬は誕生日に死んだと聞くが(旧暦では同じ11/15 坂本龍馬 - Wikipedia)、意次の場合もニアミス。そういうものかな。西暦だと放送日にも近かったね。意次の最期に合わせて雷鳴を轟かせて源内さんの妖を出してくるなんて、ドラマもかなりエモいことをやってくださる。ジーンとした。

 そこに「とうとうくたばったか」「投石を許せ。この葬列については、石を投げた者を取り締まらぬこととせよ」「これ以後、民は恨みつらみをぶつける的を無くすのだ。思う存分投げさせてやれ」等と、民の心を慮ったような格好で、実は自分の恨みをぶつける憎まれ口をたたいていたのが松平定信。演じる井上祐貴ぐらいにお綺麗なお顔立ちじゃないと、とても言い放てないようなセリフだ。やっぱり美形は悪役を担わされちゃうんだね。

 そうそう、これ以上に無い石燕先生だと前のブログで書いたけれど、今ドラマの石燕先生については家族も大絶賛。江戸っ子の彼に言わせると、今回、「いごくな(動くな)」と江戸弁で言ったのがまた、良かったそうだ。

 そうなんだよ、今、片岡鶴太郎以上に石燕先生を演じられる役者がいたらお目にかかってみたいよね。だから1回だけかもしれないが、トリは彼の名誉にもなって良かった。

ふたりの仲に、言葉はむしろ邪魔だったかな

 あらすじを公式サイトから引用する。

≪あらすじ≫ 第35回「間違凧文武二道(まちがいだこぶんぶのふたみち)」

 定信(井上祐貴)の政(まつりごと)を茶化した『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどおし)』。しかし、これを目にした定信は勘違いをし、逆に改革が勢いづく結果となり、蔦重(横浜流星)は複雑な気持ちになる。そんな中、読売で、定信が将軍補佐になったことを知る…。歌麿(染谷将太)は、かつて廃寺で絵を拾い集めてくれたきよ(藤間爽子)と再会し、心に変化が生まれる。江戸城では、家斉(城 桧吏)が大奥の女中との間に子をもうける…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第35回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 歌麿と、きよ。本当はもっと恋人関係の醸成をじっくり見せてもらいたい気もしたな。歌麿は、きよの無邪気な笑顔に心を動かされ、きよの姿を描かせてもらい・・・そして、言葉の通じない彼女と居ることで、歌麿は気持ちの上で大きな成長を遂げた。

 それが、説明セリフで全部語られてしまったようでもったいない。言葉抜きで心を通わせ関係を構築した歌麿ときよだけに、演技で見せてもらいたかった気がしたな、中の人が演技のうまいふたりだけに。きよの姿を丁寧に写し取りながら恋心が芽生え(歌麿が温かく良い表情で、きよを見てたよね💕)、きよのおかげで枕絵の大作を描けるようになっていく歌麿の変化をもっと映像で・・・スピンオフでもいいよ。

歌麿:(略)俺、所帯を持とうと思って。

蔦重:所帯?

てい:やはり、そういうことにございますよね。

歌麿:(隣の連れを見て)おきよってんだ。ついでに、おきよは聞こえないし、喋れないから。(つよが「あーそう」といった風に無言で頷く)

蔦重:ん?どっかで会ったことあるような・・・。

歌麿:そうだよ。お堂で絵、拾ってくれた人だよ。な?(きよを見る。朗らかに殴る真似をする、きよ)

蔦重:・・・ああ、ああ、ああ、ああ!あん時の!

歌麿:そこからおきよの絵、描かせてもらうようになってさ。

蔦重:絵を。

歌麿:(良い笑顔)うん。言葉が無いから、おきよが何考えてんのかよく分かんないんだけど、顔つきや動きから何考えてんのか考えんのが楽しくて。それを絵にするのも楽しくて。時が経つのを忘れるってえか。・・・蔦重。俺、ちゃんとしてえんだ。

蔦重:ちゃんと?

歌麿:ちゃんと名を上げて、金も稼いで、おきよにいいもん着させていいもん食わせて、ちゃんと幸せにしてえんだ。(おきよと顔を見合わせて、ニコニコ)

蔦重:おう。

歌麿:で、石燕先生が借りてた仕事場をそのまま借りられねえかと思ってさ。手持ちだけじゃちょいと足りねえもんで、これ、買い取ってもらえねえかな?(絵の束を出す)

蔦重:(受け取り、絵を見る)お前、これ。

歌麿:うん。前に描けなかった「笑い絵」さ。(戯れる男女の寝姿。抱き合い、頬を寄せ、喜びに満ちた笑顔)

蔦重:・・・よく描けたな。

歌麿:おきよのおかげなんだよ。おきよがいたから幸せって何かって分かって、そしたら、幸せじゃなかったことも絵にすることができた。(絵に描かれた、鬼の形相で男に食らいつく女、うごめく魑魅魍魎。ていとつよも、遠目で絵を見つめる。)・・・あ、だめかい?通しで見ると、全然、まったくまとまりがねえんだよな。

蔦重:(絵の束を揃えて立ち上がり、きよの前に座る)おきよさん。まこと、ありがた山にございます。(両手をつき、頭を下げる)こいつにこんな絵を描かせてくれて、ありがた山です!(戸惑う、きよ)こりゃ、歌麿を当代一に押し上げる、この世で他の誰にも描けねえ、こいつにしか描けねえ絵です!どうか、一生そばにいてやってくだせえ!(頭を下げたまま、動かない)

歌麿:蔦重。俺は嬉しいんだけどさ・・・。

つよ:おきよさんには全く伝わってないと思うよ。

歌麿:多分、身を引いてくれとでも頼まれたと思ってんじゃねえかな。フフフフ・・・。(訝し気な、きよ)

蔦重:・・・ああ、いやいや、違う!

 そう、蔦重がオーバーな頭の下げ方をするから、逆の意味に取られたりして、全然伝わってない。慇懃無礼じゃないけれど、時に言葉や礼を尽くせば尽くすほど、相手を不安にさせ警戒させることもあるよね。難しいものだ。

 まあ、歌麿、とにかくよかったよ!「もうほんとにただの抱えの絵師だな・・・」なんて今回の始めだって蔦重依存をにじませて拗ねていたのに。「ただただ死ぬのを待ってるってな風だったんだよ」と、ていに蔦重が語るような、本当に不憫な生い立ちだったのに。

 きよのおかげで、あっという間に幸せが理解出来ちゃって、そしたら不幸な経験も絵に描けるようになった。心の中の魑魅魍魎を吐き出せたんだね。毒母のせいで心理的に閉じ込められていた、呪いのようなトラウマ感情からも抜けることができたようだ。

 きよと並んだ歌麿の笑顔が眩しいね。あの歌麿の枕絵のエピソードが、こんなに輝かしいものとなろうとは、意外。

伝わってないフリの人に「しかと伝える」危険

 ドラマの蔦重は、ご存知のように田沼びいき。だから、耕書堂が越中「褌」守定信を持ち上げていると思われるのが気に食わない。定信は自身への皮肉が込められた黄表紙「文武二道万石通」を読み、逆に励まされていると思って大ハッスルで、同じ梅鉢の紋を身につけた作中の畠山重忠を「喜三二の神が、私をうがってくださったのか!」と大喜び。蔦重のことを「蔦重大明神」とまで呼ぶ始末なのだから、まあ確かにね。

 不満な蔦重は「実んとこ、からかってんのが伝わってなくて。うちは褌を持ち上げてるとしか思われてねえんです」と戯作者らに訴えていた。「褌の褌担ぎ」「ただの太鼓持ち」と見られるのが意に沿わないからと、田沼叩きを止めれば「露骨にからかうだけになっちまう」とのことで、まさにからかいの塩梅は難しい。

 恋川春町も、自身が執筆した黄表紙「悦贔屓蝦夷押領(よろこんぶひいきのえぞおし)」の皮肉が伝わっていないと不満顔だ。小島松平家で勤務中にもかかわらず文机に頬杖なんかついちゃってる春町に、当主・松平信義(林家正蔵)が話しかけた。

松平信義:また、案思でも考えておるのか?

倉橋格(恋川春町):(ひれ伏して)お役目中に申し訳ございませぬ。

信義:苦しうない、面を上げよ。(座って、懐から本を出す)「よろこんぶ」とびきり面白かったぞ!実に皮肉でな。

春町:殿には、皮肉をお分かりいただいて。

信義:越中守様になぞらえた重忠が、田沼様になぞらえた義経に命じて押領した蝦夷を頼朝に献上する。蝦夷も押領、手柄も押領。よく、お叱りを受けなかったな。

春町:幸か不幸か、その皮肉が全く伝わっておりませぬようで。

信義:伝わり過ぎてもお咎めを受けようし、難しいところじゃな。

春町:・・・あの、殿は越中守様の政をどのようにお考えで?

信義:・・・志はご立派だが、果たしてしかと伝わるものなのか。

春町:しかと伝わる?

 からかいは伝わってないかもしれないが、伝わり過ぎてもお咎めを受ける。が、他方の褌(定信)の志も又、上手くは伝わらないのではないかと殿は言った。

 どうなんだろう・・・物事が伝わっていないと思っていても、実はそんなことは無いのかもしれないと思うけどな。

 皮肉については「分かっているけど、ギリギリ分からないでやり過ごすことができる程度にしておいてちょうだいよ、じゃないと表立って処分しなきゃいけなくなるでしょ」ってなことで、伝わってないフリのお目こぼしだよね。

 他方、お上の政策についても、トンチキに見える下の反応は「やだな、そんなの面倒だな~」という受け入れたくない気持ちの表れ、抵抗なのであって、実際にはお上の意図はまあ伝わっていると思うんだよね。お上が、志の持ち方を誤っているから、まともに相手にしたくないだけというか。

 それを、伝わってないならしっかり伝えてやれ!とばかりに押しつけがましくメッセージをエスカレートさせるのは危険だと思うのね。耕書堂の黄表紙も、各方面に心得をわざわざ書きまくる定信も💦(定信の場合は、うんざりされるだけだから、すぐさま危険とまでは言い難いが、長い目で見たら排除される危険が生じるね。)

 実際の定信は、本当に黄表紙ファンだったとしても、心得を書いたり新しく将軍を補佐する職務を忠実に勤めていたら、いくら好きでも黄表紙を読む暇は無くなったかも。それを、わざわざ「こっち見てー」と言いながら立ち上がってお尻ペンペンするような・・・蔦重も春町も、なんか危機感が薄い。実際の春町先生、田沼時代と大して変わらないとでも思ってたか。

 春町は、定信の文武に優れた者を作り出そうとする志があまりよく伝わらず、おかしな方向に武張っている「トンチキ侍」よりも、田沼時代を象徴する「ヌラクラ侍」の方がよほどマシだとばかりに、誰が読んでも分かる皮肉を込めた黄表紙を仕上げてしまった。定信の著書「鸚鵡言」をも完全にもじっている「鸚鵡返文武二道」だ。あーあ💦

 春町もそちら方向に走り出したらバカ真面目というか、単純・・・「よろこんぶ」も最も売れてないからとへそを曲げていたのに、殿に褒められて気持ちに片が付いちゃうぐらいだね。

 そのあからさまな皮肉を込めた春町の戯作の草稿を読み、蔦重等は大喜び。だが、ストップをかけたのは、眼鏡キラン✨のおていだった。

蔦重:じゃあ、これで仕上げに進めますか。

てい:お待ちくださいませ。これは、あまりにもからかいが過ぎるのではないでしょうか?

蔦重:けど、これは現にも起こってることで。

てい:だからこそ、まずいかと。

蔦重:いいじゃねえか。最後は凧あげてめでたしめでたしなんだから。

てい:そこも、あまりにもおふざけが過ぎますかと!

恋川春町:俺は、さしてふざけておるつもりはないのだ。褌の思い描いた通り、世は動かぬかもしれぬ。だが、思うようには動かぬものが思わぬ働きを見せるかもしれぬ。故に、躍起になって己の思う通りにせずとも良いのではないか。少し、肩の力を抜いてはいかがかと。俺としては、そういう思いも込めて描いたものだ。

大田南畝:からかいではなく、諫めたいというところか。

春町:まあ、そういったところだな。

てい:それは、からかいよりもさらに不遜、無礼と受け取られませんでしょうか?

蔦重:そもそも不遜で無礼なことをしようってわけで。

てい:とにかく、私はこれは出せば危ないと存じます。

 そこに、つよと次郎兵衛が廊下をやって来て、次郎兵衛が蔦重に告げた。

次郎兵衛:ちょいと面白え話を小耳に挟んでさ。こりゃ早くおめえに知らせなきゃって。どうもよ、越中守様ってなあ大の黄表紙好きらしいぜ。前にお屋敷で奉公してた人に聞いたから、間違いねえよ。「金々先生」以来の恋川春町贔屓。蔦屋のことも、大の贔屓だって話だぜ!

 蔦重等ご一同はこの情報で調子に乗り、ていさんの必死の忠告も消し飛んでしまった。ああ、次郎兵衛兄さん、話を持ち込んでくるタイミングが悪かったねえ💦

定信の怒りは積み重なるばかり

 今回、早くも家斉が、歴代将軍で誰よりお得意の子作りに踏み出していた。仁政を成すために学を修める務めを強調したい定信に「大事な務めを成し得て安堵しておる」「それぞれ秀でたことをすればよいと思うのじゃ。余は子作りに秀でておるし、そなたは学問や政に秀でておる。それぞれ務めればそれで良いではないか」と言い放っていた。定信は無言ながらイライラ。

 父である一橋治済も、優雅に能を舞いながら「突き詰めれば政など誰でもできる。それこそ、足軽上がりでもできたわけであるからの。しかし、後継ぎをもうけることは上様にしかできぬ。ご立派であると思うがの」と、現在政に携わっている定信にそれを言う?というディスりを悪びれずに言った。

 そして、豪華な能装束を3着も島津重豪から贈られたという治済に「賂も固く禁じましたこと、ご存知にございましょう。一橋様がかようなことをなされては、示しがつきませぬ!」と咎めた定信に、治済は能面を差し出し「これでひとつ、よしなに」と言った。え~!すごいな治済。ここで賄賂の能面?

 「某をバカにしておられるのか?」と怒り満面の定信に、治済は「いやいや、わしはそなたから10万石ももろうたゆえ、せめて少しでも返そうと思うたのじゃが」と、さらに逆鱗に触れるような言葉を重ねた。

 くー、治済は天才的だね・・・筆頭老中になるにあたり、引き換えに田安を返上させられたことについては、定信は断腸の思いだったはず。それを、ねえ。昔と同様手玉に取られて、苦労するよね定信も。

 この怒りの積み重ね、危険だよ・・・これが蔦重らに向かうのか💦お手柔らかに頼みたいが。ね!😢

 そうそう、定信が家斉に「御心得之箇条」という文書を自ら書いて渡していた。ずらずら書いてある中で、家斉がピックアップして読み上げたのが「六十余州は禁廷より御預り遊ばされ候御事に」だった。

 定信が続けて「日ノ本の諸州も天子様より御預りしており、決してご自身の自由にできるものではありませぬ・・・といった具合にございます」と説明を加えていたが、コレ、幕末の尊王攘夷運動の際に攘夷派が声高に訴えていた理論だよね。

 なんとこれの言い出しっぺが、定信なんだそうだ。余計なことを言いおって~💦と後世の幕府側の人たちに叱られそうな話だ。YouTube動画の「かしまし歴史チャンネル」の「きりゅう」こと川合章子さんが仰っていたのだが、えーと、どの動画だったか・・・😅💦

youtu.be

 ここのところ年のせいか動画の類を見始めると寝てしまい、なかなか最後までコンプリートできないのだが、「かしまし」解説はきりゅうさんの知識が海のように深く、思わぬ発見をさせてもらえる。「べらぼう」最終回まで、寝ないで見たいものだ。

 さあ、次回は蔦重と春町ら運命の寛政元年(1789年)だ。見るのが怖い。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#34 さよなら、ケンワタナベの田沼意次!相良の悲運にタイミングを合わせたような牧之原市の竜巻被害に涙😢田沼一派の蔦重は書を以て抗う覚悟

台風15号が田沼意次の領地・静岡県牧之原市を抜けていった

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第34回「ありがた山とかたじけ茄子(なすび)」が9/7に放送され、とうとう田沼時代に幕が引かれ、新リーダー松平定信の下、土山宗次郎の斬首など見せしめの田沼一派の粛清も行われた。

 しかし・・・最後の田沼一派として抗う覚悟を見せた蔦重。待ち受けるは、茨の道か😢公式サイトのトップにある新しい蔦重ビジュアルも、何か不安げ・・・。あらすじを公式サイトから引用する。

≪あらすじ≫ 第34回「ありがた山とかたじけ茄子(なすび)」

 老中首座に抜てきされた定信(井上祐貴)は、質素倹約を掲げ、厳しい統制を敷き始める。 そんな中、蔦重(横浜流星)は狂歌師たちに、豪華な狂歌絵本を作ろうと呼びかける。しかし、そこに現れた南畝(桐谷健太)は、筆を折ると宣言。南畝は定信を皮肉った狂歌を創作した疑いで処罰の危機にあった。意次(渡辺 謙)が作った世の空気が定信の政によって一変する中、蔦重は世の流れにあらがうため、ある決意をもって、意次の屋敷を訪れる。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第34回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 前回ブログで書いてしまおうかと思ったものの1回待ったのだが、推定風速75m/sの国内最大級とも言われ激甚災害にも指定されようという竜巻被害を、なんと意次の領地であった相良(静岡県牧之原市)が被った。この田沼時代終焉のタイミングで、だ。

 報道によれば、竜巻は台風15号の襲来に伴って9/5昼に発生、約2000棟以上もの住宅被害をもたらし、牧之原市の東隣の吉田町では死者も出た。意次役のケンワタナベもインスタグラムでお見舞いコメントを出していたとか。

 先日、牧之原市はブログでも書かせていただいたばかりだ。

toyamona.hatenablog.com

 相良城跡地にある市の史料館帰りに牧之原から吉田にかけて車で走ったが、吉田ICに至る道の周辺はまっ平ら。ボコボコした山が特徴的な伊豆とは違う印象だった。アメリカではまっ平らなカンザスなどで竜巻被害がよくあり、死者が出るニュースはよく耳にした記憶があるが、日本でもそうなるんだ・・・と年々凶暴化するように感じる日本の天候に暗澹とした。

 9/5に牧之原市の被害を見て「これは忍びない」と、NHKはもしかして、9/7放送では意次失脚に伴う相良城の没収からの破却シーンを慌ててドラマ本編から削ったりしたのだろうか?それとも、最後の紀行で牧之原を扱うから、ドラマでは最初から映像は無かったか・・・。

 そういえば、結局、蔦重を殺めようとした「丈右衛門だった男」の正体は、三浦庄司は知りながらシレっと蔦重にとぼけて終わった。

 意次は蔦重を巻き込みたくなくてまだ配慮したのだろうとは思ったが、もう子どもじゃないのだから、「白天狗の手先ではないかと思われるから、今後政に絡んで立ち回る際には気を付けろ」と、これまでの経緯を明かしたら良かったのでは。だって、白天狗は今や現将軍の父、田沼様も政から退くことになるわけだし。

 「打ち壊しの折の礼」として三浦から渡された25両×2の「切り餅」は、500万円ぐらいはしたらしい。蔦重が「頂き過ぎ」と言うぐらい渡してきたのも、先が無いと見通している意次としては、お別れのご挨拶のつもりだったのか・・・ギリギリまで頑張りそうだから、そんなことないかな。

世論をコントロール、華々しく登場の定信

 「田沼様はいつご老中にお戻りになられますので?」と聞いた蔦重に「いつごろかのう」と濁した三浦庄司。その日は来なかったね。みの吉が手にして蔦屋に駆け込んできた読売には、「松平越中守様 御老中首座に御昇進」と書かれていて、「なんで田沼様じゃねえんだよ!」と蔦重は色めき立った。

 定信の登場は、打ち壊しの1カ月後だったそうだ。お救い米のお米はダラダラ遅らせるのに、こういうタイミングをつかんでいる。

九郎助稲荷(綾瀬はるか)解説:天明七年(1787年)六月十九日。松平越中守様は、老中首座に抜擢されました。(不満顔の松平康福らを従え、先頭で廊下を進む定信)

市中の読売:さあさあ、新しいご老中様だ!ごぼう抜きの御取立て!あの吉宗公のお孫様だよ!(歓声が上がる)陸奥の白河のお殿様が、まだかまだかと待ち望まれて、とうとうこの度新しいご老中様にお就きになった。何が凄いってね、この人、江戸の米不足をお嘆きになってお国の米を何百俵と・・・。

綾瀬はるか:吉宗公のお孫様登用という出来事に、市中の期待は膨れ上がり越中守様の話題でもちきりとなっておりました。

ナベ:はあ~、まだ三十になったばかりだってさ!

女1:へえ、すごいね!ねえ!(風車売りの男が聞いている)

烏亭焉馬(えんば。大工の棟梁風):若えのに、政の腕が良いんだってな。

男1:白河じゃ、飢えて死んだ奴いないらしいですよ。

焉馬:じゃあ江戸も、二度とおまんまの食い上げって事にはならねえな。

男2:むしろたらふくじゃねえですか?

一同:そうだよな!(鋭い目を向ける、水売りらしい男)

マツ:へえ!柔術で大きな熊を倒したんだって!

タケ:知ってるよ!五つの時には「論語」をそらんじたんだろ?

ウメ:違うね、生まれてすぐって話だよ!ねえ!(呼びかけられた目つきの怪しい女が、ゆっくり頷く。手元の白玉アップ)

水野為長:(定信に)「まさか、このお方がこうなろうとは。御年は若し、末頼もしく思うのは松平越中守」。読売に提灯持ちをさせたのは大当たりでございましたね!もはや吉宗公のお孫様ではなく、吉宗公の生まれ変わりとまで言われておりますよ!(何枚もの書付けを定信に渡し、定信が目を通す)

綾瀬はるか:越中守様が手にしたのは世間の噂。市中や城中で起こる出来事を、漏れなく把握するべく努めていたのです。完璧主義ですね。

松平定信:(一文に目が留まり)私が莫大な賂を贈り老中になったのであろうと言っておるこの者、素性を確かめておけ。(頭を下げる水野為長)

為長:(障子を開けて、庭に控えた者どもに)聞いたか。(頷き立ち去る)

定信:これを読売に。(懐から書付けを出して、為長へ)

為長:こちらは?

定信:私の世直しの第一歩を記したものである。

 今も昔も、メディアに自らの提灯持ちを上手くさせると大当たりが狙えると、為政者は知っている。本来は市民のための武器となるメディアのはずが、侮蔑的に「マスゴミ」などとの言い方を広め貶め、市民から決して頼られぬよう距離を置かせておいて為政者側だけが宣伝のために活用するとかね。うまいよね。

 定信の手下らは、命じられて世論工作を行っていた。瓦版(読売)に「吉宗公のお孫様」と民衆が期待を抱くように盛り上げて書かせ、良い噂を市中にばらまいていたが、その先が怖かった。定信は、悪い噂の出所を確かめるまでやっていた。どこかの北の方の国のようだ。

 それが、もしかして耕書堂前での声「ここって田沼の手先なんだろ?」「ああ、今どき流行んねえよな」(工作員らによる?)につながっていたのかも・・・おお、怖い怖い。

 白天狗工作員だった「丈右衛門だった男」のように、当時、その手の工作を行う手下らは、普通に多く藩に雇われていたのか。それで、定信もこんなに大々的に手下を動員して地ならしをしていたか・・・ここらへんは、リアルなのかフィクションなのか。

 ここまでできるなら、どうして定信はまんまと白河藩に養子に行かされ実家の田安も半ば潰される事態に陥ったのか?と思いもするが、やっぱり定信は白河藩の当主となって初めて、堂々と工作員も使いまわせるようになったのかもね。子どもの頃、してやられてしまったことを省みて。

 松平定信が老中首座となり、時代は変わった。定信の熱い施政方針演説をつまらなさそうに聞く、11代将軍家斉(羽織紐の房?を遠慮がちにイジイジ)と、父の一橋治済(あくびを大仰にかみ殺す)がスパイスになっていたが、やっぱり年の功、生田斗真の顔芸が突き抜けていて断然面白かった。

老中首座松平定信:賢明なる各々方には今更言うまでもないが、いま、この国は「田沼病」にかかっておる!

老中松平康福:田沼病?

定信:田沼病とは、奢侈にやたらと憧れる病である。奢侈をしたいがために、武家は恥を忘れ賂を貰うことに血道を上げた。商人は徳を忘れ己が儲ける事ばかり考え、百姓は分をわすれ田畑を捨て江戸に出てきた。上から下まで、己の欲を満たすことばかり考え、わがまま放題に振る舞った。その行きついた先が、先日の打ちこわしである。

 田沼病は恐ろしい病だ。人の心を蝕み、やがてそれは世の成り立ちさえ脅かす。これを治すための薬はただ一つ。万民が「質素倹約」を旨とした享保の世に倣うことである!上下打ち揃って倹約に努め、遊興に溺るることなく、それぞれの分を全うすべく努めるべし。(家斉、羽織紐をいじる)武士は文武に勤め世を守り(治済、あくび)、百姓は耕作に勤め世を支え、その他の者は世に尽くすべし!

一同:はっ!

みの吉:(耕書堂で、読売を読み上げる)「さすれば、世は万民にとり住みよいものとなろう」

 さて、松平康福や水野忠友ら老中の面々もクランクアップとのことで、花束を手にNHKのXアカウントに写真が載っていた。そうか・・・彼ら田沼派老中もドラマからさよならか。

 松平康福と水野忠友は、縁戚でもあった意次と今後付き合わない宣言とか、養子縁組をわざわざ解消するとか、なかなかに苦労したらしい。

 牧之原市教育委員会がまとめた「相良藩主田沼意次」の年表を見ると、康福は、意次が1788年7月末に死んだ翌年2月には死んでいる。半年後に死ぬなんて、お年のせいもあるだろうが、もしかしたら田沼派として消されたなんてことは?妄想としても、考えすぎか。

 離縁された意次の息子(意正)の代わりに水野家に新たに婿養子に入った人物が尽力し、意正は1819年に若年寄に起用され、1823年には領地も相良に1万石で復したのだったよね・・・ここらへんはウィキペディア先生で見た気がする。

 先ほどの年表を見たら、1793年から田沼意次の旧領相良3万石が一橋治済の領地となり、1819年には圧政で一揆が起きて一橋屋敷が襲われていた。良い土地だからと、治済が欲しがったのか?圧政で一揆勃発とは何ということだ。

 ところで、市井のおばさん3人組の前で、おいしそうな白玉を手にしている定信工作員(こちらもおばさん)の手元がいやにアップになったものだから、白玉を作りたくなった。できたてをヒンヤリさせたら美味しいのなんの・・・たまらんものね。

 今度は白玉粉を豆腐で練って作ってみたいと思いつつ、なかなか時間が無い。白玉団子は、江戸時代に庶民にも人気だったようだ。(白玉粉って何? 白玉を使ったひんやりおやつレシピや歴史をまとめてご紹介! | 和樂web 美の国ニッポンをもっと知る!

蔦重夫婦の大ゲンカ

 松平定信が天下を取り、気に食わないのが蔦重だ。「田沼の犬」と言われても、それを甘受してきたぐらいの田沼びいき。それも流行んねえと陰口を叩かれ、母つよには定信の男前の錦絵を出せとか、手代みの吉には、素性を隠した定信が大暴れする黄表紙を出してはと言われてしまった。

蔦重:(店頭で、辺りを憚らず)うさんくせえと思わねえのかよ!あの褌野郎。打ち壊しを収めたのは田沼様だ。それを、さもてめえが収めたような面してご老中んなったんだろ。人の褌で相撲取った褌野郎じゃねえか。

てい:(帰ってきて、店に入り戸を閉める)なれど。打ち壊しを引き起こしたのも、また田沼様かと。(つよとみの吉、お帰りなさいと声をかけるがスルーされる)己で引き起こしたものを己で収めた。それはお手柄ではなく、帳尻合わせをしただけと見なされたのではないでしょうか。

蔦重:・・・かもしんねえけどよ。

てい:(読売を差し出して)ご老中から、新たなお達しがあったようです。(略、前述の定信熱い施政方針演説が読売に書かれている)

蔦重:とんでもねえな、褌は。

てい:倹約に励み、分を弁え働く。私には、至極真っ当なことを仰っているように思えますが。

つよ:そうだよねえ。

蔦重:正気で言ってんのかよ。

みの吉:逆に、旦那様はどのあたりが正気でないと?

蔦重:あ?そいつはな、世のため死ぬまで働け遊ぶな贅沢すんなって言ってんだよ。んなの、どうとったって正気の沙汰じゃねえだろうが。

てい:お言葉ですが、働くな死ぬまで遊べ贅沢しろでは世は成り立ちませぬかと。

蔦重:じゃあ、おていさんは死ぬまで働き詰めで良いんですか?

てい:放蕩の末、身を持ち崩すよりはましかと存じます。

蔦重:じゃあさ!

てい:派手に遊び回る方を通だの粋だのともてはやす。そもそも今までの世がとち狂っていた!・・・と、皆様言っておいででした。

蔦重:あ?皆様ってどこの誰様なんだよ?

てい:(丸眼鏡を外し、一歩踏み込み)世間様にございます!

蔦重:何だよ、何で眼鏡取んだよ!

てい:旦那様。明鏡止水にございます。

蔦重:何だよそれ。

てい:新しいご老中のお考えは、極めて真っ当で皆は喜んでいる。それは本屋にとり、大事なことではないでしょうか!(目線を外さない)

蔦重:あ~。

 ていの瞳(目力がすごい)は止まった水のように澄んでいるから、蔦重も敵わなさそう。でも、蔦重は「死んでも倹約なんかしない」と抗い、ていは躍起になって倹約し出したと、つよが次郎兵衛さんに言っていた。まだここら辺は可愛いもの。大ゲンカ第二弾が後に控える。

田沼一派として「見せしめ」に?

 野菜に草花に昆虫。素朴で繊細に描いた歌麿の絵だ。これを、良い紙、良い顔料で金銀雲英(きら)も使い、彫は一流の藤一宗を起用した豪華な狂歌絵本にしようと思っていると、蔦重は狂歌師の面々を前に言った。定信が発した贅沢禁止令はどこへやら、「倹約なんて3日で飽きまさ。年明けるころには貯まっちまった宵越しの銭を使いたくて、うずうずしまさ!」と、強気な発言だ。

 そこに若年寄(本多忠籌と松平信明)らお偉い方に絞られ、すっかり顔を青くした大田南畝(四方赤良)がやってきて、「俺はもう狂歌も戯作も止める。筆を折る」としょんぼり。「俺は罰せられるかもしれんのだ」と訳を語った。

世の中に 蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶといふて 夜(よ)も寝(いね)られず 

 この有名な狂歌は「よるもねられず」と思っていたが、「よもいねられず」と読むのだね・・・なんて話じゃなくて、これが大田南畝の作だと疑われ、それを褒めてしまったばかりに南畝は罰せられるのかもしれなくなったのだった。

 怖すぎる。たかが蚊の歌で呼び出しを受け、沙汰は追ってすると。目の前の若年寄の作だと思ったから褒めたのに、ねえ。「これは知りません」とだけ言えば良かったのか・・・正解が分からないが、「見せしめ」として目を付けられたのなら逃れようもないよね。

 とにかく「今までのように戯けたらお縄になる」と狂歌師らも悟り始めた。「田沼派の不正役人を一斉処罰」なんて読売も出回り、冗談じゃ済まなくなってきた。大田南畝のパトロンで、田沼意知の代わりに誰袖を落籍したことになっていた元勘定組頭の土山宗次郎も、不正役人の名簿に名を連ね、さらなる処罰を恐れてなんと逐電。所沢の山口観音まで逃げたとか。(土山宗次郎 - Wikipedia

 ここで、大ゲンカ第二弾。「蔦重、良い嫁さんを貰ったもんだ」と、母つよも内心で思ったことだろう。田沼びいきと思われている耕書堂も正念場なのだ。判断を間違えれば、処罰される可能性もある。

蔦重:カボチャさん、これ土山様が処罰って・・・。

大文字屋:そうなんだよ。しかも土山様、逐電しちまったんだよ。

蔦重:逐電ってなんで。

大文字屋:分からねえけど、逐電する程の罰が下りそうだってことじゃねえかな。

蔦重:けど、もう罰は受けてやしませんでした?

大文字屋:だから、こりゃもう「見せしめ」だよ。

蔦重:え・・・。

つよ:ねえ、これってまさか、うちにまで累が及ぶって話じゃないよね?

蔦重:んなわけあるかよ。俺ゃ土山様と歌詠んでただけだ。

てい:なれど、土山様の汚れたお金で、共に遊興に耽ったとも言えますよね。それを罪とし「見せしめ」にということは、ありえるのではないでしょうか。

蔦重:なに他人事みてえに言ってんだよ。おていさんは、この店の女将だろ!

てい:だからこそ、最も悪いことを申し上げております!私は一度、店を潰しております。二度目は御免ですから。・・・(頭を下げつつ)お気持ちは分かります。ですが今は、己の気持ちを押し通す手ではなく、店を守る手を打っていただきたく。(ていに見惚れるつよ)

 蔦重は簡単には諦めず、考えた。「明鏡止水、世のあるがまま。皆が喜ぶのは褌(定信)を上げ、田沼様を下げるもの」とは思うものの、これまでの楽しい自由な創作環境をもたらしてくれたのは、他ならぬ田沼様なのだ。

平賀源内:自らの思いに由ってのみ、「我が心のまま」に生きる

 自由、と言いたいのだろう。言われた言葉を反芻し、我が心のままに本を出す覚悟を決めたが、そのために仁義を切りに行ったのが田沼意次の邸だった・・・ということなのだろう。

意次との別れ

 今回のクライマックスは、主人公蔦重と、蔦重を支えてきた存在の田沼意次との別れの場面だ。蔦重は時代の寵児で成り上がりであり、その時代を作ったのは意次だ。

田沼意次:(廊下を早足で来るが、途中で平静を装う。蔦重の待つ部屋に入り、蔦重の顔を覗き込み)何かあったか?まさか、そなたにまで累が?

蔦重:(ひれ伏したまま)いえ、然様なことでは。

意次:そうか。何かあれば、遠慮のう申せ(腰を下ろす)・・・今となっては、力になれるかどうか怪しいがな。ハハハ。

蔦重:(にっこりと笑い)田沼様。私は、先の上様の下、田沼様が作り出した世が好きでした。皆が欲まみれで、いいかげんで。でも、だからこそ分を越えて親しみ、心のままに生きられる隙間があった。吉原の引手茶屋の拾い子が、日本橋の本屋にもなれるような。

意次:俺も、お前と同じ成り上がりであるからな。持たざる者には良かったのかもしれぬ。けれど、持てる側からしたら憤懣やるかたない世でもあったはず。今度はそっちの方が、正反対の世を目指すのはまあ、当然の流れだ。

蔦重:・・・田沼様。私は書を以てその流れに抗いたく存じます。最後の田沼様の一派として。田沼様の世の風を守りたいと思います。ただ、そのためには田沼様の名を貶めてしまうかもしれません。いや・・・貶めます。そこはお許しいただけますでしょうか。

意次:・・・フン。「許さぬ」などと申せるはずがなかろう。もしそんなことをしたら、源内があの世から雷を落としてこよう。ハハハハハハ!好きにするがいい。自らに由として「我が心のまま」にじゃ。

蔦重:(ウンウン頷いて)田沼様。ありがた山の寒がらすにございます!

意次:(蔦重の両手を取り)こちらこそ、かたじけ茄子だ。ワハハハハハハ・・・(笑いながら、蔦重の手の甲をパンパン叩く)

 このドラマの意次は、蔦重に本当に優しい。「貶めます」なんて言いに来られたら「お前、口では上手く言ってるけど、つまりは俺を裏切ってけちょんけちょんに書いて儲けますよって事だろう?ああ?あちらに迎合するんだよな、ずいぶんと時代の波乗りがお上手で」って怒ってもおかしくない話だと思った。

 でもね、自由が大事なんだよな。我が心のままに。それが田沼時代の風だと。それに従うと、止めろとは言えないって・・・。

 まだ見ていないのだが、映画「国宝」ではケンワタナベと横浜流星は親子を演じていると聞く。だから、ここでも親子感がにじみ出ているのかな。意次の意知以外の子どもたちがドラマには出てこないのは、意知死後のふたりの関係を親子となぞらえたいからなのかな。

 蔦重が見送られる際に、田沼家では新しい取り組みを行っていた。「家中の役目を皆の入れ札で決めてみようかと思うてな」=選挙だよね。

 上が決めることも皆の考えで決めたっていい、「これを国を挙げてやったらおもしろいことになると思わぬか?世が引っくり返るかもしれん」と意次に言わせているが、この意次の取り組みは本当にあったと聞いた。

 本当なら、すごい。ドラマで意次の去り際にわざわざ取り上げるぐらいだから、本当なのだろう。

 もう邸には幕府からのお達しを告げる若年寄が来ており、三浦庄司が意次に目配せした。「ではすまんがここで。楽しみにしてるぞ、ありがた山」と声をかけて去る意次は、ギリギリの時まで蔦重に優しい・・・。

(裃姿でひれ伏す意次。廊下、障子越しに控える三浦)

若年寄本多忠籌:(上座から)面を上げよ、田沼主殿頭。沙汰を申しつける。

九郎助稲荷の解説:軽輩から成り上がり老中まで上り詰めた政治家、田沼意次。進取の気性に富み、最後まで新しき政の仕組みを考え続けた人生であったと言われています。

 本多忠籌役の矢島健一さんって「おんな城主直虎」でも嫌われ役だった。その彼が演じる本多忠籌の先祖は、やっぱり本多忠勝なのか?ウィキペディア先生に氏族は平八郎家と書いてあるからそうらしい。由緒正しき人物、となるとそうなるんだろう。え、定信の独裁に引導を渡す人なのか。へえー。(本多忠籌 - Wikipedia

 これでケンワタナベがクランクアップと聞いて、寂しい。他に誰がこの役を演じることができたかと考えると、この説得力は思いつかない。私の中での田沼意次は、平幹二郎が「剣客商売」で演じた役だったが、完全に塗り替わった。どちらも好きな役者だけれど。

書を以て抗う

 ということで、蔦重は戯作者を集めて話をした。

 「これから先、ふざけりゃお縄になる世がくると思ってます」と言い、「戯れ歌一つで沙汰を待てなんて、いくら何でも野暮が過ぎる」「いい世を作ってくれるなんて、どうもまやかしにしか思えねえ」「おもしれえのは、世をてめえの思う形にしてえ褌野郎だけじゃねえですか!これから先、褌以外はちっとも面白くねえ世がくると思ってまさ」と、定信への不信をぶちまけた。

 そこで蔦重が目論むことは・・・「この流れに、書を以て抗いてえ」と。皆様、力をお貸しくださいと頭を下げた。

 「蔦重、いったいどんな書を以て抗うのだ?」と恋川春町は、吉原で仕切り直したいばっかりの戯作者の面々を制して蔦重に確認した。蔦重は、「褌の御政道をからかう黄表紙を出してえと思ってます」と返答、皆は仰天。政をからかうなんて、もってのほかの時代、お上をネタにすることすら禁じられているのだ。大田南畝は「ありえぬ!御公儀をからかうなど、首が飛ぶぞ!」と色を成した。

 確かに建前はそうだが、じゃあこの読売は何だと、蔦重は懐から出してみせた。最近の読売は、散々定信の宣伝をしてきているのだ。

蔦重:これが野放しにされてんのが不思議じゃねえですか?ここんとこ、読売はやたら褌や政について書くようになった。しかも、読売とは思えねえほどネタが確か。こりゃ一体・・・。

宿屋飯盛:お上がネタを漏らして書かせてる?

蔦重:ご名答!調べてみたら、案の定、褌がやらせてましたさ。

大田南畝:しかしそれは、頼まれておるわけで、ネタにするのとは訳が違おう!

蔦重:仰せの通り。でも、その黄表紙が田沼様を叩くものなら、どうです?てめえの良い噂を、金払って書かせるような奴ですよ。極悪人田沼を叩いて褌の守様をもち上げりゃ、これ幸いと見逃すんじゃねえですか?

つよ:しかも売れそうだね、そりゃ!

蔦重:おう。そこも狙いだよ。

北尾政美:けど、褌を持ち上げるって、からかうんじゃありませんでしたっけ?

北尾重政:一見持ち上げてると見せ、その実からかうってことじゃねえか?

蔦重:さすが、重政先生。一つは、そういう向きの黄表紙を出します。それから、もう一つは・・・(きょとんとする歌の絵を持ってくる)これです。倹約ばやりの世の中に、目玉が飛び出るほど豪華な狂歌絵本を出します!

喜多川歌麿:あ、その絵、そうなるの?

蔦重:おう。ってことで、南畝先生。

南畝:俺はやらぬぞ。やらぬと言ったはずだ。

蔦重:俺は、贅を尽くしたもんを作りてえんです。贅沢すんなって言われても、欲しくてたまんなくなるような。けど、四方赤良の狂歌が無え狂歌絵本は、贅を尽くしたとは言えねえ。どうか一首、寄せてもらえませんか?(頭を下げる)

 俺ゃ、狂歌ってなあ素晴らしい遊びだと思ってまさ。意味もねえ、くだらねえただただ面白え。これぞ無駄、これぞ遊び、これぞ贅沢!しかも、身一つでできる心の贅沢だ。だから、上から下まで遊んだ。分を越えて、遊べた。これぞ、四方赤良が生み出した、天明の歌狂いです。俺ゃ、それを守りてえと思ってます。南畝先生はどうです?

南畝:(目の前に置かれた絵の束を手に取り、弦の葉陰に伸びる一匹の毛虫の絵を見て)・・・「毛をふいて 傷やもとめん さしつけて 君があたりに はひかかりなば」

智恵内子:毛虫に寄せる恋。

元木網:毛虫が勢い込んで夜這いをしたとこで、振られちまうよなってとこですか。

朱楽菅江:きれいごとを引っぺがして、お前の本性を暴いてやる!・・・とも、とれますね。

南畝:屁だ。

蔦重:え?

南畝:戯れ歌一つ詠めぬ世など、屁だ!あそれ、へ、へ、へ・・・(一同で踊る)

 書を以て抗うが、黄表紙で田沼叩きをやって見せる事、そして豪華絵本を出すこと。田沼叩きはやっぱり、これまで田沼派だった書店が、慌てて踵を返し、新たなる権力者にお追従に走ったとも見えそうだけどなあ。単なる迎合だと。果たして意図は通じるのかな。

 で、天明八年(1788年)年明けに豪華絵本と黄表紙3冊が出たと。この年は、意次が亡くなる年・・・いくら仁義を切ったからって、田沼叩きは水に落ちた犬に石つぶてを投げるような😢

 さて、個人的に好きなコンビがこれから出てくるそうだ。ごめんねごめんね~の栃木コンビ・U字工事。栃木者をやらせたら右に出る者はいないけれど、なぜ栃木?

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#33 わかっていたよ、魔の33回だもの・・・天使の新さんが蔦重を守って身代わり昇天、悪魔の「丈右衛門だった男」は若き長谷川平蔵が始末

打ち壊しは、米価を下げるための抗議行動

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第33回「打壊演太女功徳(うちこわしえんためのくどく)」が8月31日に放送された。なに、エンタメだって?

 しかし、前回のブログ終わりで書いた通りになってしまった・・・「予告では、土まんじゅうの前で蔦重が涙していたよ。それが新さんのものでないことを祈る」と。いや、主人公が土まんじゅうを前にして泣いている予告を見たらさ、そりゃ新さんぐらいに重要キャラが死ぬのだと思うよね。

 既に、おふくととよ坊の土まんじゅうも目にしている。親子3人、一家全滅か・・・見ている方はやり切れないが、新さんとしたら、実は何も悲しいことは無いのかも。世の中を明るくする男(蔦重)を守る人生だったのだと、人生の意味を実感することができて、あの世では愛する妻子が迎えてくれるのだ。感激の再会では?

 これまでにない酷暑の8月末日に放送された第33回。脚本家森下佳子は「おんな城主直虎」の33回に、いわゆる槍ドンを持ってきた人だ。あのあと直虎は自分のやった事の反動で生きながら死んだような状態になっていたけれど、目撃した小野ファンのこちらもガックリだったからね・・・残暑をどう乗り越えたらいいのかと思うほどの、衝撃だった。

togetter.com

 一体何のこと?と思われる方は、どうぞこちら👆のまとめ記事をご覧くださいな。今思い出しても脱力させられるほどの衝撃回だった。脚本家も反省したのか、「べらぼう」の場合は最後に歌麿が出てきて蔦重をヨシヨシしてくれた。見ているこちらも救われたね。

 ということで、改めて今回のあらすじを公式サイトから引用する。

≪あらすじ≫ 第33回「打壊演太女功徳(うちこわしえんためのくどく)」

 天明7年、江戸で打ちこわしが発生する。新之助(井之脇 海)たちは、米の売り惜しみをした米屋を次々に襲撃する。報を受けて混乱する老中たちに対し、冷静かつ的確に提言する意次(渡辺 謙)。そんな中、蔦重(横浜流星)が、意次のもとを訪れ、米の代わりに金を配り、追々米を買えるようにする策を進言する。一方、一橋邸では治済(生田斗真)が、定信(井上祐貴)に、大奥が反対を取り下げ、正式に老中就任が決まると告げるが…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第33回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 私は誤解していたらしい。打ち壊しでは、飢えに耐えかねた民衆が立ち上がり、てっきり米や財物の略奪は起こるものなのかと思っていた。ドラマでは「丈右衛門だった男」が扇動していたみたいに、商店を襲って力で食料を確保するのが基本だと思っていた。つまり、身も蓋もないが、集団強盗みたいになる。

 そうしたら、「べらぼうナビ」でもそうじゃなかったんだと説明があった。

【べらぼうナビ🔍秩序ある打ちこわし?】

打ちこわしの際、江戸の市民たちは「騒ぎに乗じて米や金を略奪しない」「鳴物を合図に休憩しながら行う」など秩序ある行動をしていたとみられ、それを「誠に丁寧、礼儀正しく狼藉」と表現した武家による記録も残っています。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第33回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 つまり、純粋な打ち壊しは現代なら抗議行動、デモの行列に近いものと当時は評価されるものだったみたいだ。「打ち壊すだけなら米屋との喧嘩で済む」と、前回、新さんが言っていたし、今回も「盗むな、打ち壊すだけだ」とか「盗みは止めてもらいたい」と丈右衛門だった男に扇動されて盗みを始めた奴らに対しても言っていた。

 それでも、やっぱり現代の目では「いやいや、店を壊して歩いたら器物損壊になっちゃうでしょ、それじゃ喧嘩と称して無罪放免になるのは無理がある」との意識が働いてしまうよね・・・。

 ネットでまずはチェックするのはウィキペディア先生。概要を把握するには便利なんでね・・・単なるブログだからといつも安易に走ってゴメン、大学の先生には怒られそうだが、当初と違い、最近は割と出典も書き手もしっかりしてるよね?

 まあ、以前、海外の友達と話がかみ合わなかったので、ウィキ英語版で日本の某政治家の項を読んでみたら、誰の事?と思うぐらいの美々しい書きぶりで肝心なことが省略されていて、その外向けの情報コントロールの徹底ぶりには唖然としたことがあるから、ウィキペディア先生も信用ならないところは確かにあるのだ・・・。

 そういう影響をネットは受けやすいのだろうね。組織力(金)のある方が勝ちなんだな。命じられてハイハーイとちゃちゃっと情報粉飾に手を貸す人もいて、ギョッとさせられたこともあるし。そうやって変にネット上での情報粉飾が進んだ今世紀は、本当に日本の政治も歪になってきたと感じる。

 脱線したが、下の引用のうち、アンダーラインはこちらで引いた。

 明けて天明7年5月21日(1787年7月6日)、打ちこわしは江戸の中心部から周辺部にかけての全域に広まった。打ちこわし勢は鳴り物として鐘、半鐘鉦鼓、太鼓、拍子木、金盥などを鳴らしながら人々を集め、棒や斧、鋤や鍬、そして鳶口などを持ち、鳴り物や掛け声で合図をし、時々休憩を取りながら打ちこわしを行った。最初は打ちこわしを見物していて途中から参加する場合もあり、そのような人々は障子の桟や木切れなど打ちこわしの現場に散乱している物を手にとって打ちこわしを行った。そして打ちこわしの標的の商家の門戸を破る時は大八車を用い、二階に登る時には段梯子を用いるなどし、門塀、壁、障子、畳、床など家屋を破壊し、米を搗く道具である臼や杵、酒樽や桶、帳面などの商売道具、箪笥長持などの家具、呉服などの家財道具などを壊し、更に米や麦、大豆や酒、醤油、味噌などが路上にぶちまけたり川に投げ込むなどした。しかし打ちこわしによって家屋の倒壊に至ったケースは確認されておらず、また5月20日、21日の段階では打ちこわされた商家の米や麦、大豆などを路上にぶちまける、川に投ずなどといった事態が頻発したが、打ちこわしに乗じた盗賊行為などはほぼ見られなかった。これは打ちこわしの目的が民衆の苦しみを省みずに米の買占めを行い、米価高騰を引き起こした商人たちへの社会的制裁を加えることにあったためと考えられ、また当初打ちこわしに乗じた盗賊行為がほぼ見られなかった点や、鳴り物や掛け声で合図をし、ときどき休憩を取りながら打ちこわしを行った点などから、打ちこわし勢が高度に組織化された規律ある行動を行っていたと見られている[102]。これは江戸打ちこわしについて水戸藩士が「まことに丁寧、礼儀正しく狼藉」を行っていたと記録したり、別の武士の記録にも「打ちこわし勢は一品も盗み取ろうとしない」と書かれていることからも裏付けられる[103]

 打ちこわしに参加した民衆の中には「ここに来て打ちこわしに参加したのは、米の値段を下げ、世の中を救うためである」とか、「日頃米を買い占め売り惜しんだ者たちよ、人々の苦しみを思い知るが良い」などと大声で叫んだとの記録が残っており、また当時、江戸での米流通拠点であった浅草蔵前や小網町の辻など、江戸各所に「天下の大老、町奉行から諸役人に至るまで米問屋と結託して賄賂を受け取り、関八州の民を苦しめている。その罪の故、我らは打ちこわしを行うに至った。もし我々仲間のうち一人でも捕縛して罪に問うことがあれば、大老を始め町奉行、諸役人に至るまで生かしてはおかない。我々は幾らでも大勢で押し寄せるしそのこと厭いはしない、かくなる上は人々の生活が成り立っていけるような政治を実現すること」といった内容が書かれた木綿製の旗が立てられたと伝えられている。このことからも打ちこわし参加者の主目的が米の価格高騰の中、暴利をむさぼる商人たちへの社会的制裁、そしてそのような商人たちと結託し、民衆を省みず仁政を行おうとしない幕府の政治に対する批判、更には米価を下げ世を救うことを要求するといった点にあることが示唆される[104]。(天明の打ちこわし - Wikipedia

 もうちょっと簡単に頼むよ、暑さで頭もボーっとしてるんだからさ・・・という私みたいな体たらくの人向けには、受験生向けのこちら(↓)も参考になりそう。

打ちこわしは、米の価格を引き下げるという目的で行われました。

 

背景には、飢饉が起き米不足になると、金を持っている商人たちは自分の食事を確保するため町にある米を買い占めてしまったのです。その結果、市場に出回る米の量が減り、コメの価格が高騰したのです。

 

そのことに腹を立てた都市部の人達が、米不足で上がった米価を下げるために行われました。商人、名主、金貸しらの屋敷を叩き壊して抗議したのが、打ちこわしです。(【打ちこわしとは】簡単にわかりやすく解説!!原因や目的・影響・その後など | 日本史事典.com|受験生のための日本史ポータルサイト

 えー、「自分の食事を確保するため」だけ?投機買いもあって、米価が上昇したんだよね?誰でも買えると幕府がしちゃったから、買い手が増え、買い占めする人もドッと増えた。死んだ意知の、生前の失策だったな。

 とにかく、打ち壊しは米価を下げるため。よくわかりました。打ち壊しの翌日、米を買いにその店に行ってたとウィキのどこかにも書いてあった。数を頼んで米を力ずくで盗みに行ったわけじゃなかった。

 でもそれは、ていさんら蔦屋の面々も分かって無かったよね。打ち壊しで米を捨てるのは本末転倒とか、お百姓さんが泣きますよとか言ってたもんね。打ち壊しが何たるかの共通認識までは当時無かったのか、ドラマだから現代の視聴者の目線に立ってご説明を入れてくれたか、だ。

やっぱり戸板に乗せて運んだら💦

 蔦重は、米の手配が間に合わないなら金銭を先に民に配り、その金で決まった量の米を追々配ると民に伝えては?と田沼意次に進言しに行き、意次はその策を受け入れた。(蔦重が来たからって幕府での話し合いを抜けてくる意次!蔦重、すごい存在感だね。意次が鋭いと言うべきか。)

 そこで蔦重は、お祭り男の次郎兵衛さんがご活躍の賑々しい行列を仕立て、「♬天から恵みの銀が降る」「♬三匁二分、米一升。声は天に届いた」「♬鈴が鳴る鳴る、太鼓が怒鳴る。腹が鳴るのはおしまいで」と歌う、かの馬面太夫のお仲間の富本節の名手(新居浜レオン。ちゃんと歌手を連れてきただけあって安心して聞けたね)を先頭に、打ち壊しエリアを練り歩いた。

 蔦重自身も「お救い銀が出るってさあ」「米に引き換えられるんでい。ここの幟にある通り!」と口上を述べ、表情が一変して笑顔があふれる民と共に「銀が降る、銀が降る」と行列の中で踊り、打ち壊しの鎮静化に大いに役だった。

 対する「丈右衛門だった男」は、打ち壊しを田沼政権にとどめを刺す暴動に仕立てようと考え、わざわざ盗みを勧めるように小判を撒いたりしていたのに、その企ても蔦重にうまく潰されてしまった形。行列の中で皆とおどけて踊る蔦重に狙いを定め、抜いた匕首を手に行列の中を進み、蔦重の背後から迫った。蔦重危機一髪!

 肩をつかまれ振りむく蔦重。しかし・・・そこに身代わりのように割って入り、刃物に傷ついたのは、打ち壊しのリーダー新さんだった。傷を負い、その場に倒れながらも、新さんは「丈右衛門だった男」に言った。

小田新之助:これは、打ち壊しだ!人を殺める場ではない!

まわりの人々:・・・匕首だ!(悲鳴が起き、「丈右衛門だった男」が遠巻きにされる)匕首だ~うわ~!

 丈右衛門だった男は、一瞬怯み、それでも匕首を蔦重めがけて振り上げた。その彼の胸に、矢が命中。男は声も無く倒れた。矢を射ったのは、あのカモ平ならぬ立派に成長した鬼平だった。駆け付けた鬼平が口上を述べる。

長谷川平蔵宣以(のぶため):御先手組弓頭、長谷川平蔵である!これより狼藉を働く者は容赦なく切り捨てる!見物しておる者は召し捕える!かような目に遭いたい者はおるか!(逃げる盗人たち)

 絶対に「長谷川平蔵である!」の部分は、例の中村吉右衛門の言い回しを意識したよね。BGMが聞こえてくるようだった。

 倒れた新さんは起き上がらない。しかし、「私は大事ない。行け」と新さんが長七にも笑顔で言い、「大したことないが医者には診せた方がいい」とのこの場での判断で、蔦重が残り、医者に連れていくことになったのだったが・・・新さんは、途中でみるみる急変して命を落とすに至った。

 「刃に毒でも塗られてたのかもしれぬな」と新さんも口にしていたが、毒やらアヘンやらがお得意な白天狗チーム。そうだったんだろうね。匕首の鞘の中に、予め毒が仕込んであるのかな。

 蔦重はボーっとしてないで、新さんの傷を見て、さっさと止血ぐらいしてくれと素人の私はヤキモキしていたが、毒なら、傷口を洗うとか、少なくとも蔦重は長七を呼び戻して戸板で静かに新さんを運ぶべきだったんじゃ?と愕然とした。

 それなのに・・・なんじゃ、あのズルズル引きずって無理くり歩かせようとしちゃって!「急ぎましょう」なんて、蔦重はアホか。毒も回るし、毒無しだって出血が止まらなくならないか?

 せっかくの新さんの最期なのに、あの演出はいただけなかった。「太陽にほえろ」のジーパン刑事の最期とかを夢見て、何かわからないけど感動的に盛り上げようと蔦重に無駄な運搬作業をさせちゃったのか?ゴメン、だけどやっぱり水を差されたような気分だ。

 別に歩かなくても、その場に倒れたままでも十分、新さん役の井之脇海も蔦重の横浜流星も、視聴者の涙を絞らせる良い演技をしてくれたと思うけどな。横浜流星だったら、新さんぐらいは軽々とお姫様抱っこで運べそうだし、なんて。蔦重は、筆より重い物は持たない非力な設定だったけどね。

蔦重:(苦しげな新さんを支えて歩きながら)しかし、やりましたね。これで米の値も下がりますよ!

新之助:下がるか・・・。

蔦重:へえ!米屋もお上も、欲張るとこうなっちまうんだって思い知りましたさ!へへへ!

新さん:蔦重・・・。(みるみる足取りが重くなってきている)

蔦重:へえ。

新さん:俺は、何のために生まれてきたのか分からぬ男だった・・・貧乏侍の三男に生まれ、源内先生の門を叩くも、秀でた才もなく・・・おふくと坊のことも守れず・・・うう。

蔦重:何、言ってんです!新さんは字もうめえし目のつけどこもいい、すこぶる値打ちのある男でさ!

新さん:蔦重を、守れてよかった・・・俺は、世を明るくする男を守るために、生まれて・・・きた・・・(ガックリ、事切れたか)。

蔦重:(新之助の体を抱えて、まだ橋を渡ろうとする)よしてくだせえよ、新さん。いきますよ。(力を振り絞り、新之助の体を引きずって)ああ~、うう~、新さん!ああ~!新さん!新さん!(力の抜けた新之助ごと、橋の上に倒れ込む。新之助の顔を見る。目を閉じ、笑みを浮かべた顔。)新さん?新さん・・・(泣く)新さん!(叫ぶ)

 何のために生まれてきたの、というフレーズを聞いて、朝ドラ「あんぱん」の方に意識が飛んでしまったが、「何のため」とか変な意義を考え始めると足が止まったり鬱になるだけだと思うんだよね。人間は、ただ生まれてきた。自分なりに生きればいい、それで十分でしょう?

歌麿に支えられて

 救いが無かった「おんな城主直虎」の第33回と違い、今作の33回には歌麿がいてくれた。悩みから抜けた明るい表情で、おていに対しても卑屈な視線を向けずまっすぐ。良い顔をしている。石燕先生の下に行ってホントに良かったね。

みの吉:いらっしゃいませ・・・お帰りなさい!

喜多川歌麿:おう。

耕書堂店員一同:(口々に)お帰りなさい!

歌麿:(帳場にやってきて)おていさん。あの、蔦重いませんか?ちょいと絵を見せたいんですが。(愁いを帯びた目を逸らす、おてい)何かあったんですか?

(人気のない路地を行く歌麿。虫の声、烏の鳴き声がする。寺の門を入ると、見渡す限りの土まんじゅう。そのひとつの前に座った蔦重。そばに座る歌麿)

歌麿:蔦重。(泣き晴らしたような表情で、虚ろな視線を向ける蔦重。土まんじゅうに向かい、手を合わせる歌麿)これ、見てもらいたくてさ(紙の束を差し出す。素朴な線と淡い色で、ありのままに描かれた草花。花のそばで舞う、蝶やトンボ。草陰に巣を張る、小さな蜘蛛。驚いた顔で、歌麿を見る蔦重)これが、俺の「ならではの絵」さ。

蔦重:(絵に見入って)・・・生きてるみてえだな・・・。(蓮の葉の池に、雨蛙)

歌麿:(ニコニコと)絵ってのは、命を写し取るようなもんだなって。いつかは消えてく命を、紙の上に残す。命を写すことが、俺のできる償いなのかもしれねえって思い出して、近頃は少し、心が軽くなってきたんだよ。

蔦重:歌・・・新さんが死んだ。俺を庇って死んだんだよ。俺、ここに穴掘って埋めて・・・俺ゃ、この人たちを墓穴掘って叩き込んだんだって・・・。

歌麿:新さんって、どんな顔して死んだ?いい顔しちゃいなかった?さらいてえほど惚れた女がいて、その女と一緒になって。苦労もあったろうけど、きっと楽しいことも山ほどあって。最後は世に向かって、てめえの思いをぶつけて貫いて。だから(蔦重の肩に手を置いて)とびきり良い顔しちゃいなかったかい?

蔦重:(涙を流しながら、でもウンウン肯いて土まんじゅうに手を置く)良い顔だったよ・・・。今までで一番いい顔で、男前で・・・なあ。お前に、写してもらいたかった。(歌麿にしがみつき)写してもらいたかったよ!(歌麿が蔦重を抱きしめる)

 ひとつ分からなかったのは、蔦重の言う「この人たち」って新さん以外では誰を指して言ってるんだろう。おふくと坊だったら、もうすでに土まんじゅうの中にいる。新さんは分かるけど、それ以外の誰の墓穴を掘って叩き込んだと泣いているんだろうか。

 それと・・・思い出すのは昨年の「光る君へ」だ。主人公はみんな泣いて友を手ずから葬るのがトレンドか、とも思ったし、自分で掘ったという割に、蔦重の手も装束もきれい。道具はあったのだよね?いや、埋めたのは当日じゃなくて、別日なのかな。そんなことはどうでもいいけど。

 それより、いいなあ、お帰り歌麿。彼の登場ですっかり心が癒された。この絵が「虫撰」として世に出るのだよね。三つ目を持つ歌さんが、こうやって命を写し取ってくれてるんだ。清々しい気持ちになる絵だよ。

 そんなことを書きながら、移住して家庭菜園を始めたばかりの私は、「何のため」等と言わずに精一杯毎日を生きている虫たちを、申し訳ないがトマトやナス、オクラのために次々と容赦なく始末させてもらっている。人間の身勝手で、まったく申し訳ない。おいしく野菜は食べさせてもらっている。 

毒手袋が高岳を失脚させ、田沼時代を終わらせる

 大奥が勝敗を決した。治済から渡された箱から出てきたのは、やっぱりの毒手袋だった。残るはそれしかなかったが。

 てっきり松平武元(石坂浩二)を殺害して手袋を回収したのは、女のシルエットだったから大崎かと思っていたんだが、前回の様子では別人が箱に入れて治済に渡した模様。つまり、治済には多くの手先がいるようだ。

 ドラマの大崎は毒を操るサイコパス、なんでこんなに便利な人が一橋治済の下にいたんだろう。これが複数いるのか💦

大崎:(高岳の前に箱を差し出す)このような物が、私のところに送りつけられてきたのですが、気味が悪く・・・高岳様、何かご存知で?(ほほえみ、箱を開ける。鷹狩りの手袋を取り出してみせる)

高岳:それは、私がかつて誂え、種姫様の名で亡き家基様にお贈りしたものじゃが。

大崎:然様にございましたか。(嬉しそうな顔で、手袋を見回して)あれ。ここだけ色が。(親指の部分が変色している。高岳の目を見ながら、手袋の親指を噛む仕草をする。鳥が啼き、家基の最期の場面)

高岳:何故、かような。(余裕が消え、唇が歪む)

大崎:(静かに)調べてみましょうか?

 いやいやいやいや、何かご存知なのは大崎の方でしょうが!全てを仕組んだ張本人、この日を待って待って、高岳を引きずり下ろすのを楽しみにしていたんだろうな~。手袋を噛むウキウキした仕草の、にくらしいこと。

 この後、松平定信の老中就任に反対していた大奥(高岳)の意見がひっこめられて、あっという間に田沼派に終わりが訪れた。

 意次は、市中で銀の引き渡しが始まり、米も集まってきて、裕福な商人たちの炊き出しも始まっていると一服しながら三浦庄司に笑顔、打ち壊しをなんとかかんとか納められたと安堵の様子だった。

 が、大奥の変わり身の知らせを受け、あっけない負けを悟った。

楠木半七郎:殿、出羽守様がおいでにございます。

田沼意次:(部屋を移動、待っていた水野に)どうした?

水野忠友:大奥が突如、越中守様の老中登用を認めると。

意次:・・・何故?

水野:わかりませぬ。しかし、とにかく老中登用は構わぬと高岳殿が。 (高岳は、大奥で夕暮れの中、唇を噛み、手袋を握りしめて悔し涙)

三浦庄司:(田沼家)これは、どういったことになりますので?

意次:御三家、一橋ひいては上様をも後ろ盾にした老中が生まれるということになろうな。しかも、奴はとびっきり俺のことを嫌っておる。

三浦:あの、先だってのようにご老中様方の力を以て止めることは・・・。

意次:そもそも、大奥の反対を建前にしておったし、西の丸様は今や、上様。物事を決する力を手にしておられる。ハハ・・・忘れておったわ、お城の魔物どものことを(険しい顔)。

 そうなんだよね。もう将軍家治はいないんだよ。それで勝負は決していたはずだった。が、まだまだ行けると思っていたんだ、意次は。

 家基の死後、手袋が消えた時に、そんな危うい立場なのに高岳は情報共有されてなかったような・・・いきなり来られて、気の毒な。手袋を誂えた本人だもの、それに毒がべったりだったら言い逃れは難しいよね。表沙汰になれば、どんな処罰が待っているか知れない。手袋を引き取る代わりに、定信の老中就任にもう異を唱えるなと、大崎に黙らされたってことだ。

 そして、定信と一橋治済との間にもバトルが。タダでは引き受けない、老中首座ならばと定信が返したら、じゃあ、田安の家を返上しろと白天狗治済。どうしてそうなるの?って、それが最初から白天狗の狙いなんだから。さも、会話の途中で思いついたみたいな振りをしていたけれど、ずっと狙っていたことだろう。

 なんと言うか、一斉にオセロがひっくり返されていくように勝ちが決まっていく白天狗。想定外なのは「丈右衛門だった男」の死ぐらいか?それも大して気に留めることでもないか。

 御三卿の三番手、だったら上の一番手二番手はつぶしておこうってずーっとあのただっぴろい家でひとり逆転のプランを練り、オセロゲームをするように手下を使って細々と作戦を実行してきたんだろう。

 清水家当主の清水重好が体は弱いのは何故?第二、第三の丈右衛門に、長期間にわたって薬でも盛られているのかな?田安の亡き当主も体が弱かったね。田安家が消されるのも、一橋の目の上のタンコブだったから。定信が、そもそも生まれるのが遅かった。

おまけの半蔵

 有吉弘行が、服部半蔵の子孫の役で大河ご出演。子孫は白河藩で永らえていたんだね。「どうする家康」で半蔵役は山田孝之だったものだから、その子孫が有吉とは、ちょっとイメージが結びつかない。でも、こういうのも楽しい。また出てね。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#32 粘る田沼派!飢えた物乞いに身をやつした白天狗(やりすぎ💦)、天明の打ちこわしが迫る江戸の街で蔦重(主人公=田沼の犬)の存在を知る

すぐに転落かと思ったら

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第32回「新之助の義」が8/24に放送された。徳川家治の薨去を機に、すぐにも田沼意次が追い込まれ転落していくものと思っていたので、「あ~😢ケンワタナベが・・・💦」と戦々恐々として見た。

 ところがどっこい。ドラマでは意次の老中辞職後、田沼派老中コンビも大奥の高岳も、そしてケンワタナベの意次本人も、将軍家斉誕生、そして打ち壊しまでは結構粘っていた。そうだったんだ・・・後ろ盾の家治没後、すぐに一気に潰された訳じゃなかったか。そう考えると、天災が続いて飢饉に打ち壊しと、ホントに不運だったんだな。

 あらすじを公式サイトから引用する。

≪あらすじ≫ 第32回「新之助の義」

 御三家は新たな老中に定信(井上祐貴)を推挙する意見書を出すが、田沼派の水野忠友(小松和重)や松平康福(相島一之)は謹慎を続ける意次(渡辺 謙)の復帰に奔走し、意次は再び登城を許される…。そんな中蔦重(横浜流星)は、新之助(井之脇 海)を訪ねると、救い米が出たことを知る。蔦重は意次の対策が功を奏したからだと言うが、長屋の住民たちから田沼時代に利を得た自分への怒りや反発の声を浴びせられてしまう。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第32回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 熾烈な政争が始まり、田沼派の老中ふたりが、あれこれと理屈をつけて御三家や一橋からの松平定信の老中就任の要望を跳ね除け、意次の復帰を画策していた。メインテーマが流れる前に話は一気にテンポよく進み、意次は再び登城を許される。ここら辺の見せ方がうまかった。

九郎助稲荷(綾瀬はるか):・・・田沼派は皆、御三家と一橋様の出方に身構えておりました。そこに・・・。

(江戸城。御三家から老中宛ての書状が差し出される)

老中水野忠友:主殿頭の代わりの老中を推挙?

尾張徳川宗睦:新しき西の丸様の世、我らはこの者が何よりであると考えておる。

老中松平康福:ご意見、心より有難く。

水野:拝見いたします。(深々と頭を下げ、書状を開く)

康福:あっ!んん・・・!(松平定信の名。水野にも書状を見せる)

水野:このお方は!

回想の松平定信:私にとっては盗賊同然の主殿。実は2度ほど刺し殺そう(×2)としたことがございます。

水野:お・・・恐れながら、老中になるには取り決めがございます。老中を輩出する家柄である事。または奉行職などの要職を・・・。

紀州徳川治貞:ほう。では、田沼は何故、老中となれたのだ?

一橋治済:ひとつ、よろしく頼む。

老中ふたり:はは~!(ひれ伏す)

(場面が変わり、老中ふたりから書状を見せられる高岳)

高岳:あの木綿小僧を老中にですか。

九郎助稲荷:定信様は初登城の日、我こそは吉宗公の孫であると、吉宗公の愛した木綿の着物で現れるという、クセ強めのアピールを行っておりました。

康福:フッ。そなたらも皆、木綿の打掛を着させられるぞ。肩こりで子作りどころではなくなろう。

高岳:表には、黒ごまむすびの会という一派が出来たとか。

水野:大奥でも、次を見越し西の丸様の乳母であった大崎にゴマをするような者が増えておると聞く。そなたにとっても、これは厄介な話であろう。

康福:ハハハ!大奥では、黒ゴマはむすぶものではなく、するものか。これぞまさに、黒いごますりじゃな!

水野:(受け流し)このままでは、西の丸様を擁した御三家と一橋様の天下。我らはどうなるか分からぬのではないか。

高岳:(一考して)ではまず、「大奥が承服しないので田沼様を戻してほしい」とするのはいかがでしょう?

(一橋家へと場面が変わる)

一橋治済:大奥が、越中(松平定信)を老中に迎えるなら主殿の謹慎を解いてほしい?

康福:はっ!詳しくはこの者より。

水野:実は他ならぬ種姫様が、此度のことを案じておられるそうで。

治済:何を案じることがあるのだ。

水野:ただいま市中では、米の値が上がり民の不満が溜まっております。かような折に、世の期待を一身に背負われ老中となりながら、万が一しくじりを犯しては越中守様に傷がつくことになるのではないかと。(脇息に肘をつき、考え顔の治済)

康福:然様な折の生贄としてあえて、主殿を復帰させておけと、そういうことかと。

治済:ふ~ん。

九郎助稲荷:かくして、田沼様は再び登城を許されました。

 老中のおふたり、お疲れさん。男女逆転「大奥」の吉宗公は、木綿の打掛を颯爽とまとっていた。しかし、中の人(冨永愛)は重さに辟易していたんだよね。その同じ冨永愛(高岳)が、定信のことを「木綿小僧」と呼んでいた😅あはは・・・それに、今更だけど、老中松平康福役の相島一之って、高岳を演じていたような?

 Xを見てみたら、やっぱりそう。それに!気づいていなかったけれど、他のポストを見たら「大奥」で玉栄を演じていた奥智哉って役者さん、「べらぼう」では幻の11代様・家基だったんだね・・・どっちにも出ている役者さんが多すぎて、把握できてない😅欲張ると、仲里依紗あたりも大河に出してほしい。「大奥」ではかなり頑張ってたよね!

 脱線した。先ほど引用した場面の終盤で「生贄としてあえて主殿(意次)を復帰させておく」って説明がなされていた。それがまさに瓢箪から駒、本当になっちゃうってことか。言霊~💦

 ウィキペディア先生(田沼意次 - Wikipedia)で家治が亡くなった年と翌年の意次の官暦を見ると、確かに1786年末に「赦免」という文字がある。そこで田沼意次は4か月間の謹慎が解け、登城が許されたのだね。

 意次は雁間詰めながら、通りかかる老中コンビに「進言」という形で策を申し上げていると。「裏の老中首座」だと。でも、一時うまく逃れても、後がかえって恐ろしいことになる。1787年の結果を見てしまうとね・・・背筋が凍るね。

 でも、今回のところでは、意次は老中の水野と酒を酌み交わしながらこんなことを言っていた。

田沼意次:来たか、この時が。

水野忠友:はい。いよいよにございます。

意次:一気に攻め込むぞ。(つまみの乾き物をバリバリ音をさせて食べる)

 大将首は既に取られたというのに・・・だからこそか、まだまだ意気軒高だ。

意外にも、攻め込まれる白天狗

 白天狗治済は、家治が死んだ時点で完勝だと確信していたんだろうな。我が世の春だと思って舞い上がっていたのに、現実は違った。御三家には首根っこを押さえられ、田沼派の老中コンビ(松平康福&水野忠友)に意気揚々と命を下してみれば、尾張徳川宗睦(榎本孝明)と、紀州徳川治貞(高橋英樹)の重量ペアに否定されてしまった。

 高橋英樹に一喝されちゃあ、誰も文句を言えないね・・・じゃなくて、御三家当主の方が、将軍のご家族の御三卿当主よりも立場が強いんだね。そこを、ピンポイントでのんびり小憎らし気に生田斗真がちゃんと演じてくれていて、面白かった。

(一橋邸。能舞台で御三家をもてなす一橋治済)

尾張徳川宗睦:万石以上の買米をしたり、お救い米を出させたり、ここのところ進言という形で政を指図している者がおるらしいの。

水戸徳川治保:ふん・・・裏の老中首座とか言われておるらしいではないか。

尾張宗睦:ところで、我らが出した意見書への返事がまだのようだが。もう三月(みつき)じゃ。

一橋治済:(大きく口を開けて)・・・ああ!失念しておりました。(不快そうな表情を浮かべる紀州徳川治貞)近いうち、確かめておきまする。

紀州治貞:一橋殿。そなたは次の将軍(頭を下げる)のお父上となられるが、その際、果たすべき役目を何と心得る?

一橋治済:越中守が老中として腕を振るえるお膳立てをすること・・・にございますかな。

紀州治貞:ほう。で、その第一の役目を失念されておられたと?

一橋治済:(家臣に)老中どもに、返事を急ぐよう申しつけよ。

一橋家臣:はっ。

 そして、お城での場面。御三家当主を前に、田沼派の老中コンビが説明をする。一橋治済も、御三家の脇に控えて同席している。

老中松平康福:大奥が、此度は定めに背くことはできぬと。

一橋治済:定め?何の定めじゃ?

松平康福:詳しくは、この者から。(いつもこれ💦)

老中水野忠友:越中守様は、上様のお子であらせられる種姫様の兄上。故に、西の丸様の兄上様となり、将軍家の身内は、老中とはなれぬ定めがあったと言い出しまして。

一橋治済:そんな定め、あったか?

水野忠友:どうも、九代家重公の御遺言らしく。

一橋治済:ハッ・・・家重?そのような定めなど、無しにすればよい!無しじゃ。(咎めるような紀州治貞の視線)

水野忠友:しかし、私どもは歴代将軍家のお定めを破れる立場ではございませぬ。

一橋治済:わしが破って良いと言っておるのじゃ。破れ。

水野忠友:恐れながら、一橋様はどのようなお立場で?

一橋治済:西の丸の、次の将軍の父じゃ。

松平康福:(水野と顔を見合わせて)それはその・・・。

尾張宗睦:一橋殿。残念ながら、それは公に命を下せる立場ではないのだ。

一橋治済:しかし・・・。

紀州治貞:見苦しい!(ガツンと一喝)

 とほほの一橋治済。家重は呼び捨てなんだね。それが本心で一橋家では当たり前なのかも。でも、公の場ではあり得ないでしょ。対する家重の遺言も、田安と一橋の兄弟の身内を排除したいからこそ、そう言い残したんだろうな、わかります・・・(実際は、婚姻によって身内になる姻族を想定していたらしいね)。

 そして、田沼意次は紀州治貞を訪ね、「1つ策を思いついた」と、こう告げた。どんどん攻めるね。

田沼意次:越中守様を西の丸様の後見にというのはいかがでございましょう?

紀州治貞:それは、一橋の立場を無くせということか?

意次:恐れながら・・・一橋様は、今まで政に関わったことがございません。然様なお方を後見となさるのは、次の上様、ひいては徳川の世のためになると中納言様はお思いになりますでしょうか?(思案顔の紀州治貞)もし、この考えをお気に召していただけるならば、私の方から、ご老中方に進言するぐらいはできまするが。

九郎助稲荷:田沼様は一橋様と御三家の連携を切り崩し(紀州治貞からの手紙を踏み潰す一橋治済)、幕閣の多くが田沼派という状況を、上手く使うことにしたのです。

 紀州治貞は、御三家の意見を意次の進言に沿って取りまとめた上で、一橋治済に手紙を書いていたようだった。治済は「西の丸の、次の将軍の父じゃ~」なんて、悦に入っている場合じゃないね。

 そして、1787年4月、いよいよ11代家斉の将軍宣下を迎えた時、「越中守の座る座を塞ぐように」田沼派の新しい老中が立てられていたそうな。阿部正倫というと、幕末の大河ドラマでは必ず出てくる阿部正弘のおじいちゃん(阿部正倫 - Wikipedia)。阿部正弘で印象深いのは、「篤姫」の草刈正雄かなあ。

 田沼派は粘る粘る。次の将軍が口出しできないように何もかも固めちゃえってか。綾瀬はるかの九郎助稲荷は「新将軍の周囲をがっちりと田沼派で固めることに成功したのです」と高らかに宣言していたが・・・本当に成功したのか。

 ここで出てきたのが女善児大崎だ。キャー💦この人、家斉の乳母だと思っていたが、生まれた時の助産師だったとか(大崎 (大奥御年寄) - Wikipedia)。だから薬物にも詳しくて、何でもできる設定になってるんだろうね。そして、実在していた人だったんだね。

大崎:(一橋家)この一連。そもそもあの女狐の浅知恵で始まったものかと。

一橋治済:なるほどのう。(大崎の前にを置く。中を見る大崎)

大崎:(ほほえんで)かしこまりました。それから一つ、面白きお話が。(目を見開く治済)

 ひえ~箱の中身は何なんだろう?・・・まさか、右手親指周辺に毒べったり、家基暗殺に使われた死を呼ぶ手袋がここで?大奥総取締の高岳の運命が次回、どうなるか怖いな。

まだ米(ほんの少し💦)を殺気立つ長屋に持ってくる蔦重

 前回、飢えて殺気立った長屋に、少量の米を持ってきた蔦重のことを唐変木と書いたと思う。それが、ふくととよ坊殺害のきっかけになってしまったのに、ご本人は気づいてもいなかった?1786年秋、蔦重は性懲りもなく、前回と同じ行動に出たから、心底驚いた。

 蔦重は、仕事の包みに隠して持ってきた、ほんのちょっとの新さんの分だけの米を差し出した。また「お口巾着で」と、言うつもりだったのか・・・💦アホでしょー。絶句する。

小田新之助:(新さんの長屋の部屋)お上はロクにお救い米を出してくれぬし、大水のすぐ後は裕福な商人たちも助けてくれたのだが、今はそれも無くなってな。

蔦屋重三郎:ああ・・・(筆耕の原稿を受け取って)ありがとうございます。

新之助:皆、殺気立っておるのだ。

蔦重:新さん、これ。(筆耕料の銭を渡す)あと・・・(包みから米を出す)これを。

新之助:いや、金だけで。

蔦重:そう言わず。

新之助:おふくととよ坊が亡くなったのは、俺が米を受け取ったからとも言える。(とよ坊の玩具が映り、沈痛な表情で言葉を呑む蔦重)蔦重を責めておるのではないぞ。こちらも有り難かった。だが、俺はこの出来事にきちんと向き合わねばならぬと思うのだ。

蔦重:じゃあ、仕事をたくさんお願いする向きで。

新之助:うむ。ひとつそれで頼む。(笑顔を浮かべて頭を下げる)

 1787年正月の差し入れ時点では、長七や長屋の面子と、蔦屋のみの吉らが揉めたために「もうここには来るな」「仕事のことなら俺から訪ねる」「ここは大店の主がくるようなところではない」と、蔦重は新さんには言われていた。至極真っ当な意見だ。

 蔦重は「俺ゃもとは身寄りもねえ吉原育ちですよ」と食い下がるも、新さんは噛んで含めるように「そうだな。吉原と、そこに落ちてくる田沼の金で財を成した。ひょっとすると、田沼の世で一番成り上がった男かもしれぬ。だから、ここへは来ぬ方が良い」と言ってくれた。なんて優しいのか。

仏様過ぎる新さんが気になる

 蔦重の唐変木も気になるが・・・ちょっと待って新さん。自分を律し過ぎなのか、仕事をくれるからと蔦重におもねり過ぎなのか、生まれながらの仏様なのか?私は、妻子を殺され間もない新さんが、長屋中で一番殺気立って尖っていたって良いくらいだと思うんだけど。(その怒りで、長屋の皆の導火線に火を点ける存在になると予想していたが、外れた💦)

 家族を突然殺されたとなると、例えば病気で亡くなったのとは、私が知る範囲では、ご遺族の受け取り方は全然違う。人によって千差万別なんだと言われればその通りだが。

 前回、手を下した加害者に怒りをぶつけず、「俺は誰を責めれば良いのだー!」と涙を流したのもそうだったけど、新さんは良い子ちゃんに過ぎるなあ。蔦重を責めている訳じゃないってわざわざ言ってたしね。生き仏か。

 理不尽に見えてしまうくらいに何にでも牙をむくような、遺族としての怒りはどこに?愛する家族を殺されたばかりだよ?なぜに、あのように穏やかに、強盗殺人のきっかけを作ったような唐変木の蔦重と話ができるのかな?

 解離している様子とも見えないし。そんなに、ふくととよ坊の存在は軽かった?そんなはずないけど💦

 ・・・はいはい、ドラマですからね。ここで熱くなっても始まらない。新さんは「俺はこの出来事にきちんと向き合わねばならぬ」と言っていたが、そんなに理性だけできれいに対処できる話ですかとちょっと言いたい。気持ちの上では、新さんが被ったのは、ひとりだけが津波に襲われたくらいのインパクトのはずだよ。私なら、半ば壊れると思うが(➡ためらわず適切な支援を受けましょう)。

 きっと新さんは武士だから心身を律している設定なんだよね。それで、蔦重の提案にも心を閉ざすことなく、理屈の通る形で見事に昇華させて行動に移したと。立派過ぎて、サイボーグのようだ・・・。もっと妻子を殺されて涙涙でどうしようもない人間らしい新さんでも良かったと思うけどな。

やりすぎ白天狗

 ちょっと細かいことが気になり過ぎたかも・・・。

 ドラマの本筋に話を戻すと、蔦屋にやってきた田沼家の三浦庄司に話を聞いて、田沼意次が城に戻り、陰からお救い米の手配に奔走していると知った蔦重は、せっかくのその努力が世間には何も伝わっていないと三浦に告げた。むしろ、悪いことは全部田沼のせいになっていると。

 じゃあ、それが伝わるように黄表紙でも作ってと三浦は言った。政は書いちゃならねえのが決まり、だけれどそのくらいはお目こぼしできるだろうと。

 天明七年(1787年)五月十二日には大坂で打ちこわしが発生、瞬く間に全国に広がったという。それを防ごうと、江戸では五月二十日に奉行所でお救い米を配るとの情報を載せた読売(チラシ)を、三浦庄司(=田沼)に頼まれた地本問屋らが相当の礼を目当てに「こっそり」作成した(しかも、トラブルを恐れ、配るのは蔦屋が取り仕切る)。

 ところが米は届かず、米屋から直接差し押さえをしようとする幕府側。将軍後見への推挙を引き換えに頼まれた松平定信は「米は送る」と意次に言っていたのにねえ。やっぱり、意次が去った時、紀州治貞に言ってたように口だけだったのか。

田沼意次:このままでは、打ちこわしの波は江戸まで襲って参りまする。徳川の民のためにお慈悲を頂けませぬでしょうか。(上座に紀州治貞、傍らに松平定信。頭を下げる意次)もし、お聞き届けくださりますれば、上様のご後見にご推挙申し上げる所存にございまする。

松平定信:後見?

意次:後見ともなれば、上様がご成年になられるまで、越中守様のお考えはそのまま上様のお考えということに。

紀州治貞:恐れ多い物言いだが、数年間はそなたが上様。天下に号令できるということだ。(悩んでいる様子の定信)

意次:越中守様、徳川御一門のお考え、奉行、老中から上がってくる策とを合わせ、最善の政を探るという形で考えておりまする。これぞまさしく、神君家康公が目指された政のあり方ではございますまいか。

定信:米は送ってやる。ただし、後見に関わる話は預からせてもらう。そなたには何度煮え湯を飲まされたかしれぬ。此度こそ甘言ではないという証は無い。悪いが、私ももう小僧ではないのでな。

意次:しかし、それでは米の送り損とはなりますまいか?

定信:江戸での打ち壊しは徳川の威信に関わる。一族の血を受け継ぐ者として、そこは助太刀いたすということだ。(意次が頭を下げる)そなたには分からぬ考えかもしれぬがな。

意次:(頭を下げたまま、半分苦虫をかみつぶしたような笑顔)かたじけのうございまする。(紀州治貞に)では。(立ち上がり、下がる)

紀州治貞:そなたの心意気は見上げたものだが、良いのか?

定信:中納言様。励めども米は支度できぬ・・・ということも、あるのでございますよ。

 こんなに意次が頑張っているのに、血筋にふんぞり返って嫌がらせなんて、ホントにムカつく定信だ。結果、届くと言われた天明七年五月二十日に米がないのだから、ジリジリと奉行所前で待っている民衆はたまらない。

 一触即発のところ、とうとう、扇動者「丈右衛門だった男」だけじゃなく、物乞いに身をやつした一橋治済までがなぜか登場!何ですかこれ・・・暇だな・・・💦

 「米が無ければ犬を食え?」「犬を食えとは~!」「そこのお侍様が」と奇声を上げて治済が主張、それを丈右衛門が「まことか~」「俺達には犬を食えと!」と奉行所の役人に怒りをぶつけるよう、あおった。

 えー💦そこまでする?「暴れん坊」の将軍父?NHKの大河なんだけど。そういえば、ていさんが「飢えたる犬は棒を恐れず」と、犬つながりの今週の格言を言っていたね。

 蔦重が、騒ぎ出した民の中心に丈右衛門がいることに気づきながらなすすべも無い所、怒りの群衆と化す前に、長屋衆の皆を率いて去ったのは新さんだった。

 「お上ってのは、私たちも生きているとは考えないのかね」と、死んだふくの言葉が脳裏に浮かんだ新之助は、「やめろ!」と皆を止めた上で、「お上のお考え、しかと受け取った!」と去り際に言った。それを追う蔦重。

 治済は蔦重を見ていた。ここで「田沼の犬、見~つけた」だったかな。

 「打ちこわしをする気じゃないですよね」と新之助らを止めに来た蔦重は、皆に「引っ込んでろ、田沼の犬が」とコテンパンにされた後、新之助にこう言われた。

新之助:蔦重。俺は、おふくと坊は世に殺されたと思うのだ。なぜ、おふくは坊は殺されねばならなかった?米が無いからだ!なぜ米が無いのだ?米を売らぬからだ!なぜ米を売らぬのだ?売らぬ方が儲かるからだ!では、なぜ売らぬ米屋が罰せられぬ?罰する側が共に儲けておるからだ!

 皆、己の金のことしか考えぬ。然様な田沼が作ったこの世に、殺されたのだ!俺は、俺たちは、それをおかしいということも許されぬのか?(蔦重の胸ぐらをつかんで)こんな世は正されるべきだと声を上げることも!(去っていく新之助。続く長屋の男たち←女もいるけどね。地べたに散らばった読売と、傷だらけでうずくまった重三郎)

蔦重:我が・・・心のまま・・・。(重三郎の姿を眺め、路地の陰から去っていく、物乞い姿の治済)

 カッコ()の中は、なるべく解説が言う通りに書いているのだが・・・新之助を追う列の中には複数の女もいるのに、なぜNHKは不必要な場面でも「男たち」と言いたがる?「プロジェクトX」みたいだね。

 ここで、蔦重は諦めなかった。布を持ち込み、新之助に言った。

蔦重:新さんは、声を上げりゃいいでさ。我が心のままに。我儘に生きて良いんだって、源内先生も言ってたんだし。

回想の平賀源内:自らの思いに由ってのみ、「我が心のまま」に生きる。我儘に生きることを自由に生きるっつうのよ。

(ハッとした新之助。白い布を広げる蔦重)

蔦重:これに思いを書いて、幟を作っちゃどうです?その方が、間違いなく伝わりまさ。新さん達が、一体、何に怒ってんのか。けど、今、布は高えんでタダで渡すわけにはいかねえ。俺の我儘も聞いてほしいんでさ。

新之助:何だ?

蔦重:誰ひとり捕まらねえ、死んだりしねえことです。皆様(見回して頭を下げる)、お願いします。

長七ら:ハハハハ!善人ぶりやがって!俺のために死ぬなってか?(笑い声)

蔦重:俺ゃ、みんなと一緒に笑いてえんでさ!打ち壊しが終わって、飯、ガツガツ食いながら

「長七さん、ありゃいい打ち壊しだったねえ。誰ひとり捕まらなかったし、死ななかったし」

「いや蔦重、ひとつだけ良くなかったことがあったぜ」

「なんです、そりゃ」

「見てくれヨ、この腹。米食い過ぎで満腹山のポンポコだぬき!」って。

 カラッと行きてえじゃねえですか、江戸っ子の打ち壊しは。血生ぐせえ野暮な斬り合いは、お侍さんに任せてねえ。

新之助:・・・喧嘩だな。打ちこわしが喧嘩なら、江戸の華で済む。

蔦重:仰る通りの油町!

長七:喧嘩って、どういう・・・。

新之助:(蔦重の横に立って、長屋衆に)米を盗んだり斬りつけたりしなければ、それはただの米屋との喧嘩で済む。大した罪にはならぬということだ。

長屋衆A:俺ゃ、みんなに言ってくる!

B:あ、俺も!

C:俺も!

 ・・・ムムム、そんなあ。こんなに極限状態に至っての打ちこわしで、米を盗まないってことができるのか?それに、米を米屋から奪わないで、どうやって米をたらふく腹いっぱい食べようというのか。矛盾している。米屋が率先して差し出すとでも?

 喧嘩の理屈が相手に通用するものかどうか。打ちこわしに来た群衆に囲まれてみれば、米屋だって恐怖でいっぱいだろう。新さんが話ができる前に、捕まるか排除されるか・・・落ち着いて、漢文の幟を読んでくれるかどうか。

 「金を視ること勿れ。全ての民を視よ。世を正さんとして、我々打ち壊すべし」

 予告では、土まんじゅうの前で蔦重が涙していたよ。それが新さんのものでないことを祈る。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#31 大将首を取られたら戦は負け。家治毒殺で意次は完敗、白天狗は凱歌をあげる。新さんは妻子が殺害され、戦士になるか

家治が大崎に謀られた

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第31回「我が名は天」が8/17に放送された。とうとう本丸の将軍家治が毒殺され、白天狗・一橋治済のクーデターは成功した。田沼意次は敗軍の将、今後の処罰が心配だ。まずはあらすじを公式サイトから引用する。

≪あらすじ≫ 第31回「我が名は天」

 江戸市中は利根川が決壊し大洪水になる。蔦重(横浜流星)は、新之助(井之脇 海)やふく(小野花梨)を気にかけ米などを差し入れようと深川を訪れる。食料の配給が行われる寺で平蔵(中村隼人)に会い、幕府は復興対策に追われ、救い米どころか裕福な町方の助けを頼りにしていると知る。そんな中、江戸城では家治(眞島秀和)が体調を崩し月次御礼(つきなみおんれい)を欠席する。老中らが戸惑う中、意次(渡辺 謙)は家治からある話を聞かされる…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第31回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 この回の「まとめ」(【大河べらぼう】第31回「我が名は天」まとめ - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK)を見ると、オフショットの微笑ましい写真がいくつか並べられている。

 今回で、チビ家斉君は撮了なんだね。花束を手に、家治役の眞島秀和と一橋治済役の生田斗真にはさまれて、ニコニコしている。次回からは、成長著しい家斉君が出てくるのだ。関連記事で写真を見たら、次の子も生田斗真にどこか似てるよ。NHKのキャスティング力は本当にバカにできないよね。(べらぼう:第11代将軍・家斉が大河ドラマに! 治済の嫡男・豊千代が成長 城桧吏が演じる

 でも、写真の家治役の眞島秀和は花束無し。ということは、今後も出てくるの?意次を慰め、治済や家斉を苦しめる幽霊か?治済の場合は幽霊なんか鼻で笑っちゃいそうだが、家斉の夢にも出てくるなら、ビビらせるには十分効き目がありそうだ。

 前回の感激の歌麿回で一息つけたとはいえ、ドラマ上、田沼意知が殺されて以降、苦しい展開が続くのは分かっていた。で、田沼時代に、今回とうとうとどめが刺され、今後、蔦重の苦境も真綿で首を絞められるように始まっていくのだろうか・・・。

 今回、田沼意次を庇護し続けてきた将軍家治が良く考えられた手段で毒殺の憂き目にあい、意次はあっけなく老中を辞めるに至った。

 昔のチーズ・醍醐を手ずから作ったのは亡き家基の母・知保の方だった。「大奥」でよく見たカステラじゃなかったが、おいしそう。家治の体調が良くないと聞き、何か滋養のあるものをと知保の方が相談した相手が女善児・大崎だったのが万事休す。

 醍醐を前に、口にするのを躊躇する家治に「田安はお取り潰しと決まっております。一口だけでも」と畳みかける大崎。何故そんなに将軍暗殺に一生懸命になれるんだ?彼女の過去に、何があった?田沼意次が名を上げた郡上一揆の処罰で、家族が閑職に追いやられて死んだとか?それとも、治済の乳兄弟とかで、一橋の恨みを幼少期から叩き込まれてきたのか?

 知保の方が罪に問われるのを恐れ、家治が醍醐について公には口にできないことは大崎も白天狗も重々承知。してやられたよ。「毒見を」と言った家治の前から大崎が醍醐の載った盆を持ち上げたが、何故、目の前で毒見役に食させないのか・・・陰で大崎の手を通ってしまえば、毒見役なんて無意味だ。

お家乗っ取り&断絶、敗者は悪評しか残らない

 そして、死を前に、家治は一言でもと、まさに死力を尽くして治済に告げた。心をつかまれた場面だったね。時は天明六年八月(1786年)、脚気の症状が悪化しがちな夏だ。「篤姫」でも家定が亡くなったのは、夏だったように思う。

家治:(朦朧として横たわる。枕元に幼い家斉。下段の間に治済と、家治弟の清水重好が並んでいる)西の丸・・・もう、時もなさそうじゃ。故に、大事なことを一つだけ・・・。田沼主殿頭は・・・まとうどの者である。

家斉:まとうど?

家治:臣下には、正直な者を重用せよ・・・正直な者は、世のありのままを口にする。それが、たとえ我らにとり、不都合なことでも・・・。政において、それはひどく大事なことだ。

家斉:はい、父上様。

家治:(苦しそうな息で、視線を家斉に向ける)長生き一つできぬ不甲斐ない父で、すまぬな・・・家基!

家斉:え?

家治:うう・・・家基・・・(身を起こす)家基・・・(体をよじり、褥を出て這い始める)家基!(下段の間に降りる)・・・悪いのは、父だ・・・全て・・・そなたの父だ・・・。(治済の胸ぐらを片手でつかむ)よいか・・・天は見ておるぞ!天は、天の名を騙る、おごりを許さぬ!(両手で治済をつかむ)これからは、余も天の一部となる・・・余が見ておることを、ゆめゆめ忘るるな!(表情を変えない治済、崩れる家治)

側近ら:上様!(駆け寄る)

清水重好:今の・・・?(治済の顔を疑いの目で見つめる)

一橋治済:西の丸様と、家基様を間違えておられた。はあ・・・おいたわしや・・・もはや、夢と現もお分かりにならぬように・・・。

奥医師:お亡くなりになりました。(一同、家治に礼をする)

治済:西の丸様。(向き直る)上様には及びませぬが、これからはこの父が西の丸様をお支え申し上げます。どうぞ、ご案じなく。

 治済、憎らしいねえ(生田斗真がうますぎる)。ここで、将軍といえども家治は「治済を捕えよ!」とは言えなかったのかなあと思ってしまった。家斉に、正直者の家臣を大事にと遺言するのが精一杯。基本的に、家治は気が優しいのだろうね。

 田沼意次は、「まとうど=正直者」という評価を9代将軍家重にも、そして、今回、10代家治にも得た。これは記録に無かったとしても、本当なのかもしれないね。そうじゃなければ、こんなに重用されないだろう。

 物事を正直に口にするのには葛藤があるもの。もしかして、空気を読まず、人の目を恐れず物事を言えてしまうってことは、意次は優秀だけど少し発達障害的な特徴もあったのかな・・・誤解を恐れずに書くと、そう思ってしまった。

 突出する偉人って、そういうものだと思うから。

 そんな正直者の彼は、ドラマでは割と楽天的に前へ前へと行動してしまうキャラだったから、佐野政言に預かった系図をいきなり池ポチャしちゃったり。想像すると、日頃の行動にも、周囲の恨みを買っていると分からず悪気無く行動するのが想像されてしまうのだよなあ。

 人の恨みというものが、意次は心底想像できない人だったのではないか。そんなことを、最後の家治との対面場面で思った。

意次:醍醐を食された?

家治:(脇息にもたれて)うむ・・・。越中(松平定信)の指南で、お知保が大奥にて手ずから作ったな・・・。

意次:おふたりのうち、どちらか、もしくはおふたりともに謀られたということではございますまいな?

家治:来し方を辿れば、ふたりとも余に含むところもあろう・・・故に、毒を盛る・・・考えられぬことではないが・・・。

意次:その方々を表に出すわけには・・・そこが、あの者の狙いにございますか!(黒書院に座って待つ一橋治済が映る)私には、あの者の考えていることが分かりませぬ。何故、かような無益なことを繰り返すのか!

家治:あやつは・・・天になりたいのよ。あやつは人の命運を操り、将軍の座を決する天になりたいのだ。・・・そうすることで、将軍などさほどのものではないと、嘲笑いたいのであろう。将軍の控えに生まれ付いた、あの者なりの復讐であるのかもしれぬな・・・。(息を詰める意次)とはいえ、お知保が絡んでおる上は、奥医師に真のことを告げる訳にもいかぬ・・・誰か、毒おろしの得意な医者はおらぬか?

意次:かしこまりました。口の堅い医者を連れて参りまする。

家治:余にはまだ、生きて守らねばならぬものがある!(ひれ伏す意次)

 家治の具合は悪化し、連れてきた医師のせいで、意次はあろうことか将軍毒殺犯の冤罪まで擦り付けられ、面会も差し止められてしまった。敵は、噂の使い方がうまいね。そして、老中の座も自ら降りるよう、意次は老中首座の松平康福に諭される。まさに万事休す。家治の死後、恨みつらみを一身に受けよとばかりに、完膚なきまでに叩かれるのもまもなくだ。

 正直者だけど空気が読めない人が、人の恨みとはこういうものだと叩き込まれるようで、しんどい話だ。

 遡れば吉宗が、脳性麻痺だけれど知性で何ら劣らない長男家重を後継ぎに選んだ判断は、現代の感覚にも適う英断だった。しかし、障害者に対する偏見が強かったらしい当時、それは正義に反する判断だと、弟たちの田安宗武&一橋宗尹やその周辺が考えてもおかしくなかったんだろう。

 その「誤ったご判断」を取り除いて差し上げる、ぐらいの正義に満ちあふれた気持ちを、宗尹四男の治済が受け継いでいてもおかしくない。そして、彼はやり遂げたのだ。

 今回、家治の弟・清水重好が家治臨終の場にいて「今の?」と疑いの目を治済に向けていたが、そんなことしたらあなたまで毒を盛られるよ!と思って背筋がゾッとしてしまったよ。重好が、家治の後を継いで将軍になってもおかしくなかったと思うから。

 歴史を見ると、家重の系統はきれいさっぱり消されてしまった。家治は暗愚な将軍で政は田沼主殿頭に任せきり、そして田沼は賄賂塗れ。最近までは、そんな評価だけが言われていたよね。

 磯田道史先生が、昔言っていた言葉を考えてしまう。ブログにもどこかで書いたと思うが、歴史は勝者の歴史だが、単なる敗者はまだ挽回の機会がいつかあるかもしれないからマシ。しかし、本当に惨めなのは族滅させられた敗者だと。多くは汚名を着せられたまま消えていくのだよね・・・。

 重好は、誰か調べている人いないのかな・・・知りたくてもウィキペディア先生にさえあまり物が書いてない。将軍候補だったのに?子どもは居らず、側室がいた様子もない。もしかしたら彼は、田安や一橋の恨みの深さをひしひしと感じて、危険だからと子を作るのを止めてしまったのか?それとも、抹殺された多くの側室や子女がいたのかな。

 ドラマの家治も、亡き正室に似た若い側室に子を儲ける危険性を感じ取っていたもんね。

 家重と、その息子ふたり家治と重好。孫の家基。家系ごと、葬り去られてしまうのだね。

家治毒殺は、証明される日がくるのか

 ところで、第10代将軍徳川家治は、上野の寛永寺に葬られている。寛永寺の徳川将軍の墓地には④家綱(+火災により合祀されたという③家光?ホント?)、⑤綱吉、⑧吉宗、⑩家治、⑪家斉、⑬家定が眠っているそうで、さらに南北に分けると北側墓地に⑤⑧⑬、南側に④⑩⑪なのだそうだ。(公方様や篤姫が眠る「聖地」、上野寛永寺の徳川将軍家墓所【哲舟の歴史よもやま取材ルポ その10】 | 歴人マガジン

 ・・・将軍は増上寺と寛永寺に交互に葬られるのかと思ったら、どこまでも⑩家治にピッタリくっついてくる⑪家斉、と見えてしまう。

 ちなみに、増上寺には②秀忠、⑥家宣、⑦家継、⑨家重、⑫家慶、⑭家茂が葬られ、例外は谷中墓地に神道形式で葬られた⑮慶喜。①家康は言わずと知れた久能山東照宮と日光東照宮だ。(③家光は日光かと思っていたが、火災により改葬か?後で調べよう。)

 で、上記のサイトには、こんなことが書いてあった。

宝塔の地下2mのところに、各将軍の遺体は棺に納められて眠る。増上寺の墓所は東京大空襲で焼けたため、昭和33年(1958)に遺骨の発掘調査が行われ、一ヵ所にまとめられたが、こちら寛永寺の廟所は基本的に江戸時代の形のまま「聖地」として残されており、一度も発掘調査は行われていない。将軍たちは亡くなってからそのまま、座した姿で今も眠り続けている。(同上)

 つまり、家治は葬られてから一度も現代科学の目にさらされての調査はされていないらしい。そういえばと、蔵書の『徳川将軍十五代のカルテ』(篠田達明著、2005年)をひっくり返してみたら、増上寺組の6将軍と10人の正室・側室は、昭和三十三年(1958年)の同寺の改修工事の折に墓が発掘され、学術調査が行われていた。

 だが、家治は寛永寺組だ。なるほど、今後もしも学術調査が行われるとしたら、現代科学をもってすれば毒殺かどうか分かる可能性はあるのかもね?白黒ハッキリさせてもらいたい気もする。他に毒殺が疑われる将軍なんて、思いつかないから。その時に、例えば祟り封じ的な痕跡が家治とドラマでも描かれた家治嫡男・家基(寛永寺に葬られている)の墓に見つかったりしたら、疑いは真っ黒だよね。

 この『~カルテ』は20年前の出版だが、最近の意次復権の動きとは逆の、昔ながらの意次観が見受けられる。家斉の項を読むと、家基について、こう触れている。

家基の急死は田沼意次による毒殺ではないかと噂が立った。風説は長らく周辺に立ち込め、家斉は生涯に渡って家基の祟りを恐れた。普段頭痛持ちだったのも、家基の怨霊に脅かされ、不安を抱いていたのだろうと囁かれた。(136頁)

 家斉がそんなに家基の怨霊を恐れていたのだとしたら、家基毒殺は意次じゃなくて一橋家の手によるものだと考えるのがスジだと思うんだけど。擦り付けられてるなあ、意次。家斉は、家基を怖がっていたのなら、家治のことも同様だったか?家治と家基、両者の祟りを恐れていたと想像するけど。

 そうそう、家斉の正妻はドラマでも出てきている島津重豪の娘(広大院)だが、彼女は寛永寺に葬られた夫とは異なり、増上寺に葬られているのが不思議だ。他には、13代家定の正室・天親院が増上寺で、家定本人と継室・天璋院篤姫が寛永寺という、なんだか篤姫の圧をそこはかとなく感じさせる例があるだけで、他の正室は夫の将軍と共に同じ寺に葬られているようなのに、だ。

 ま、あれだけの数の子女を他で作られちゃったら、夫に対しては将軍といえども嫌悪感だけしかなかったかもしれないけどね。同じ墓は絶対に嫌!みたいな。

 将軍の⑧⑩が寛永寺、⑨が増上寺だから、⑪の家斉の墓は、本来は順番でいったら増上寺になるはずだったように見える。だが、家斉の、家治と家基親子の怨霊?に尽くす気持ちが強くて「いやだ、寛永寺じゃないと」と駄々をこねた結果、家治親子と同じ寛永寺になり、増上寺の11代様のために空けてあった所に後から死んだ正室が葬られ、墓所の寺が分かれたのではないか・・・と妄想が止まらない。

 家基が父・家治と同じ寛永寺に葬られているのを確認したウィキペディア先生にも、こんな記述がある。(徳川家基 - Wikipedia

家基に代わって第11代将軍となった家斉は、晩年になっても命日には自ら墓参するか、若年寄を代参させていたが、遠縁である先代将軍の子にここまで敬意を払うのは異例であった。また、家斉は文政元年(1818年)に重病に倒れ、なかなか回復しなかったため、家基の祟りと噂された。後に回復したが、家斉はその噂を聞いて震え上がり、木像を刻ませて智泉院に下付し、文政11年(1828年)の家基50回忌には、新たに若宮八幡宮の社殿を建立させたほどであった[4][5]

なお、家基の生母である蓮光院は家斉の将軍在任中の文政11年(1828年)に、没後30年以上経って従三位を追贈されているが、将軍の正室(御台所)や生母以外の大奥の女性が叙位された例は珍しい。

 異例なことばっかり。怪しいにおいがする。家斉は真っ黒の自覚があったよね。もしくは、父の白天狗がやったことを知って、自分が引き受ける業の大きさに愕然として恐れおののき、償いの気持ちでいっぱい・・・かな。

 修善寺駅の近くにも、悲劇の源頼家を祀った神社やお地蔵さんがある。殺した側が怨霊を恐れて祀ったのだ。それしかない。先ほどの『カルテ』には、家斉の常軌を逸した子だくさんについても、こう書かれている。

(家斉は)正室の他に十六人の側室を抱え、歴代将軍にはまれに見る五十七人の子女をもうけた。それというのも十五歳で将軍職を継いだ時、実家の一橋家から「先代将軍に男子がふたりしか生まれなかったことがそなたの運命を変えたのじゃ。宗家へ行ったら心して子女をもうけよ」と訓戒を受け、子作りに励んだからである。(137頁)

 ドラマでも、白天狗が我が子家斉にこのような訓戒を垂れる場面が出てくるのだろうか。オットセイ将軍なんて揶揄されるが、怨霊への恐れに突き動かされてるようで、なかなかお気の毒な11代将軍だ。ドラマの場合は、確実に全部白天狗のせいだ。

蔦重も・・・何故そんなに空気が読めないのか?

 今回、町方では想定していなかった悲劇が新さんとふく夫婦を襲った。なんと、食い詰めた知人(しかも、ふくが貰い乳をさせてやっていた赤ちゃんの親)が押し込み強盗となって、間が悪かったのかもしれないが、ふくと坊やが殺されたのだった。

 蓆をかぶされたふくと乳飲み子とよ坊の遺体を前に、愕然とする新さん😢😢😢私は誰を恨めばよいのだー!と叫んでいたが、オリジナルキャラの悲劇は、みんな脚本家のせい。脚本家が鬼なんだーと言っても全然構わないよね?

 特に、なんで赤ちゃんまで・・・😢😢😢とは思うけれど、この悲劇によって、新さんが物語上必要な変身を遂げるんだろうね。新さんまで、思いっきり悲劇をかぶるにおいがする。鬼脚本家め。

 この時にね、貰い乳をした女が「あの家にはきっと米があるよ」と夫に漏らし、その夫が新さんのいない隙のふくと、とよ坊を襲っていたわけだが・・・それって、蔦重の唐変木のせいじゃないかと思ったよ。主人公なのにねえ。

 だってね、水浸しの長屋に、あんなに颯爽といかにもの差し入れの風呂敷を携えて新さん達のもとへ現れていたじゃない?全てを失って、片付けに追われる皆が見ていた中で堂々と。「あの家は請け人から何か施しを貰ってる」と思われるし、それを目の前でわざわざやっちゃいけなかったよね・・・「あああ~後で盗まれる」って全視聴者が思ったと思うよ。

 そこで、ふくが食べるだけといってお米なんか炊いちゃったら、それこそ良いにおいを長屋中に振りまいちゃう訳でしょう。「お口巾着」なんてさ、蔦重は飢えている人たちを何て甘く見てたんだろう。

 新さん家族をサポートしたいなら、あからさまに仕事だけを見せびらかして渡し、「ちょっと食べに来い」ってふたりに囁いておけばよかったんじゃないの。来た時に、こっそり隠し持てるだけ持たせるとか、坊やを一時的に預かるとか。マッハで坊やの服を拵えてたぐらいだから、おていさんは喜んで世話しそうだけどなあ。お乳を貰う乳母は探さなきゃだけど。

 次回、新さんを襲う悲劇が心配だ。もちろん、意次の転落も目撃しなきゃならないのだろうね😢

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#30 歌麿、人まね職人から天才へと脱皮するには必要だった芸術家の手。白天狗は松平定信を投入、田沼追い落としへ本腰

芸術家としての産みの苦しみ

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第30回「人まね歌麿」が8/10に放送され、久しぶりに鶴ちゃんがとってもいい味を滴らせて登場し、歌麿とこちらを泣かせてくれた。さっそく、公式サイトからあらすじを引用させていただく。

≪あらすじ≫ 第30回「人まね歌麿」

 黄表紙の『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』が売れ、日本橋の耕書堂は開店以来の大盛況となった。蔦重(横浜流星)は狂歌師と絵師が協業した狂歌絵本を手がけるため、“人まね歌麿”と噂(うわさ)になり始めた歌磨(染谷将太)を、今が売り時と判断し起用する。その後、蔦重は“歌麿ならではの絵”を描いてほしいと新たに依頼するも歌麿は描き方に苦しむ…。一方、松平定信(井上祐貴)は、治済(生田斗真)から、公儀の政に参画しないかと誘いを受ける…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第30回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 テクニックさえ磨かれれば絵は描けるようになると、蔦重は考えていたんだろうな。ずっと○○風の絵を描いてきた歌麿に「さあ、自分の絵を描け」と言ったところで、壁を前に立ち止まってしまうのは想像できたことだった。言わば、職人から芸術家へと昇っていく間にそびえる、壁の高さを思い知った回だった。

 しかし、歌麿は幸運。今回、蔦重が歌麿に色々試させる気になったのは、北尾重政が「もっと歌を売り出すってなぁねえの?」「近頃噂になって来てるよ、人まね歌麿って」と言ってくれたから。そして、鶴ちゃんも来てくれるのだ。

 歌麿は、まずは新たに作る狂歌絵本で「重政そっくり」を頼まれた。次に蔦重に提案されたのは、枕絵だった。名のある絵師は、面白い枕絵を残してるって。表に流さない分、自由にやれるって。枕絵から名を成した絵師も多いんだって。

 枕絵って、あの😅NHKさん!・・・8時の番組なんだけど・・・史実だから仕方ないか。歌麿の枕絵は海外でも大人気なんだってね。

 べらぼうナビに解説が載っていた。

【べらぼうナビ🔎枕絵(笑い絵、春画とも)】

8代将軍吉宗の享保の改革以来、幕府の検閲の対象になった枕絵ですが、取り締まりをすり抜けたものが“非公認”の方法で出版され、貸本屋から流通していきました。贅(ぜい)を凝らし、絵師の自由な表現の場となっていました。(同上)

 ・・・非公認だから、かえってお上の制限なく描けると。「贅(ぜい)を凝らし、絵師の自由な表現の場」というとらえ方だそうだ。

 枕絵は自由な表現の場だと?今も昔も変わらない。男社会の証左、女のあられもない姿態が電車広告や新聞広告に溢れてもそれが通常運転、こんなの加害でハラスメントだと思うけど、いつまでもどこまでも「エロ」なんて誤魔化して寛容な日本だよね。表現の自由がなんだ!と頭にくる。

 ちょっと話が逸れた。

 歌麿は、「いいよ俺、今のままで」「俺は、ならではの絵、描きてえなんていっぺんも思ったことねえ」と言いつつも、「何言ってんだ、人まね歌麿って呼ばれるようになったんだぞ。こりゃ、時が来たってことだろ!お前ならではの絵を、どんとぶつける時がよ!」と蔦重に勧められて自分の絵を描くことになった。確かに、昔話していたプランはそうだったよね。

 蔦重は「お前なら行ける。いや、俺が行かせてみせっから。な?重政先生も、お前の絵は画風が読めねえ、だから見てえってずっと言ってるし。絵で世間様を喜ばすのが絵師の務めなんじゃねえのか?」とイケイケドンドンだ。繊細さのこれっぽっちもない。

 この時、何でもいいと言われた歌麿が「じゃあ、耕書堂主人図とか」と恋心を覗かせて言ったが、蔦重は上の空でスルーした。あらら。

 それで枕絵を描くことになった歌麿に、蔦重は「お前はどんな女が好みだ?」「そいつとどこでどんなことしてえ?」と無遠慮に聞く。それで「あのさ蔦重。こういうもんは、打ち合わせて描くようなもんじゃねえだろ。一人で考えたいから出てってよ」と窘められた。そーだよねー、なんでこうデリカシー不足なんだ、蔦重。出ていく時も「そうか・・・じゃあ」なんて、戸惑っていたけどさ。

 しかし、絵に取り組み始めた歌麿が、自分の心の蓋を開け、自分の絵を探求しようとすると、出てくるのはあの毒母とヤスの鬼カップル。歌麿は、その幻影に苛まれ、食も忘れ描けない苦しい日々を送ることになった。

 挙句、鬼カップルがあまりにも良い仕事をし過ぎて、メンタルがやられた歌麿は暴力沙汰を起こしてしまう。見かけた夜鷹を、自分の母が暴力を振るわれた姿と見間違って、ヤスに見えた男を石で殴り続けたのだった😢ここまで来ちゃったか・・・。

 本物の夜鷹(母の幻影じゃなく、殴られてもいない)が、歌麿の絵を集めて渡し、去っていった。この夜鷹・・・おぼえておきたいね。

ていの今週のお言葉、石燕が心に届けた

 ていは、一世一代の絵に苦心して食事も満足に摂らない歌麿を心配する蔦重に 「これを知る者は、これを好む者に如かずと申します。私には苦行にしか見えぬのですが」と言って「だから、入れ込んでんだって言ってんだろ!何かを生み出す時ってなあ苦労すんのは当たり前なんだよ!」と怒鳴られた。

 すぐに蔦重は「・・・すまねえ」と謝ったが、「いえ、何も知らぬ素人が差し出口を申しました」と、ていも謝った。

 ていが言った孔子の有名な論語には、続きがあるよね。

これを知る者は、これを好む者に如かず

これを好む者は、これを楽しむ者に如かず

 ていには苦行に見えたのだから・・・実際、歌麿は苦しんでいる。「人殺しならではの絵なんて、誰が見てえんだ」と、自分で自分を責めている。幻影は歌麿の心の造形物だから、自分の最も痛いところを突くよね。物事を上達するには楽しむのが極意だそうなのに、楽しむからは程遠い。

 しかし、ていさんがせっかく言いかけた物事習得の極意を、ちゃんと歌麿の心に届ける人物が現れた。鶴ちゃんだ・・・いや、今回の鳥山石燕、出色だったね!

 これまでの「麒麟がくる」の室町幕府の嫌味な重鎮役とか、比べようもない。なんてぴったりなキャスティングなんだ・・・と言うか、片岡鶴太郎の他に、石燕先生がこれ以上にできる人、今いる?彼は、唯一無二な俳優になったと思ったな。

つよ:お客様がお待ちだよ。

蔦重:おう。

鳥山石燕:(立ち上がり、蔦重と帰った歌麿を指さして)三つ目~やはり、歌麿は三つ目であったか~!

蔦重:三つ目って?

てい:鳥山石燕先生だそうです。

石燕:何で来なかった!いつ来るか、いつ来るかとず~っと待っておったのじゃぞ!うん?(歌麿の両肩をつかんで揺さぶっている)けど、よう生きとったなあ・・・(両頬をつかむ)よう生きとった!

歌麿:(目に涙をためて)覚えてくれてたんですか?ちょいと遊んだだけの、ガキのこと・・・。

石燕:忘れるか!あんなに楽しかったのに!うん?

歌麿:楽しい?

石燕:おお!楽しかったぞ!お前は楽しくなかったか?うん?

蔦重:(歌麿の描き損じの包みを手に座る)石燕先生。主の蔦屋重三郎と申します。歌麿は今・・・(包みを解こうとする)

歌麿:やめ・・・。

蔦重:(歌麿に頷き、包みを解く)こんな絵を描いてんです。(塗りつぶした絵を手に取る石燕)先生は、その絵をどう思われますか?(遠巻きに見ている、ていとつよ)

石燕:妖(あやかし)が塗りこめられておる。そやつらは、ここから出してくれ出してくれと、うめいておる。閉じ込められ、怒り、悲しんでおる。

 三つ目、なぜ、かように迷う。三つ目の者にしか見えぬものがあろうに。絵師は、それを写すだけでいい。写してやらねばならぬとも言えるがな。見える奴が描かなきゃ、それは誰にも見えぬまま消えてしまうじゃろ?その目にしか見えぬものを現してやるのは、絵師に生まれ付いた者の務めじゃ!

歌麿:(涙一杯の目で、石燕に向き直る)弟子にしてくだせえ。俺・・・俺の絵を描きてえんです。(ひれ伏して)お側に置いてくだせえ!

蔦重:(歌麿の姿に面食らっているが、続いて頭を下げる)

 歌麿と一緒に、涙涙だった。鶴ちゃんは、少年唐丸とのひと時を楽しかったって!楽しいのが一番なんだもんね。

 そして、歌麿はやっと本当の心の内を言えた。俺の絵を描きたいって。天才へ脱皮するのも簡単じゃない。歌麿にはメンターが必要だったんだよね。鶴ちゃんが来てくれて本当によかったよ。

 歌麿は、清々しい表情で石燕先生と並んで去っていった。

つよ:歌、行っちまったね、

蔦重:まあ、うめえ話じゃねえか。あいつが一皮剥けてくれりゃあ、こっちは骨を折らずとも「濡れ手に粟」ってもんよ。

てい:「濡れ手で粟」

蔦重:ああ・・・そうですね。色々間違えてましたさ。俺ゃ、あいつのこと誰よりも分かってる、花咲かせんのは俺だって思ってましたが、素人だったってことですね。

つよ:あんたには、絵を売るっていう仕事が残ってんじゃないか!

蔦重:慰めてんじゃねえよ、ババア!

つよ:あんたねえ、ババアってねえ、いいかげんにしなさいよ、ほんとに!

蔦重:うっせえなあ!(ていが眼鏡を直し、蔦重の背中を見ている)

 ということで、ていのお言葉は見逃せないね。今週も、核心を突いていた。

 蔦重が色々間違っていた最たるものは、「絵師たる者の務め」なんだろうな。蔦重は「絵で世間様を喜ばすのが絵師の務め」と言っていたが、石燕先生の言う絵師の務めは、そんなもんじゃなかった。素人には分からない、三つ目を持つ者じゃないと分からない境地の話だった。

 質問を「たぶん」でかわし、「いいかげんだな」と歌麿を笑わせる石燕先生の下、歌麿の牡丹(たぶん?)を描く表情は楽し気で明るく真っすぐ、少年にかえったかのよう。いい加減ぐらいでちょうどいいってさ。良かった~歌麿!感涙。

本多正純が転生の定信、おまいうの白天狗

 前回ブログで、松平定信が黄表紙の「仇」という字に反応していたので、蔦重風に佐野大明神から世間の話題をかっさらう「仇討ち」の意図を読み取ったのかと思ったが、なーんだ、そうじゃなかったみたいだ。

 ドラマ冒頭で、定信は「京伝先生は、何か穿っておるのか?仇気屋・・・仇討ち」となったところで、過去の「今に見ておれ、田沼!」と自分の仇と信じている田沼意次に気持ちは飛んで行ってしまった。

 それでも「仇・・・」とつぶやき、黄表紙の仕掛けに考えが至るかな?と思ったところで白天狗からのお手紙到着!やっぱり動き出しましたよ、白天狗一橋治済~!ここで「そなた、ご公儀の政に加わる気は無いか?」と定信を誘ってきた。もちろん定信は、やる気満々だ。

 この後、ふたりが対面して話すのだけれど、白河松平家に養子に出された定信と、治済の身分の違いがひしひしと感じられた。もし田安にいたら、吉宗公によく似た聡明さで将軍の養子になったかもしれなかった定信が、「政に加わるには当家は家格が足りませぬ」なんて、裃姿で下座で手をついて同じ御三卿だったはずの一橋の治済に言わなきゃならなくなっている。

 誰が暗躍したせいでの養子か。暗躍だから、子どもだった定信が知る由もない。表向きは田沼がやったことだもんね。

 白天狗が「田沼がようないのよ~!蝦夷やら干拓やら、あやつは己の手柄となる派手なことばかり追い求める」と、天明の飢饉でも領内で餓死者を一人も出さなかったという定信を持ち上げつつ、意次をディスるのだが、なんて憎たらしくお上手なんだろう😊😊✨✨

 「西の丸様の代には仁政を取り戻したいのじゃ。これが徳川の御政道と言われるような。その血筋、才気、成し得るのはそなたしかおら~ん」なんて、おまいう案件すぎて笑ってしまう。生田斗真は、ますます良い役者になってるよ。

 雷鳴轟く中、雨を浴びながらのひとりでのダンスも不気味だった。洪水の被害をもう耳にしていたのか?予感があったってこと?自分の打つ手が一つ一つハマっていく手応えを感じていたのだろうか。その一番大きな手が、次回の・・・だよね。乗っ取り完了だ。

正純より憎まれ要素5倍の定信と、暗躍の女版善児がご対面

 定信役の井上祐貴も負けてない。「どうする家康」の本多正純が転生してきたかのような、頭脳派だけど底が浅い・・・と言っちゃ失礼だね・・・自分なりの正義で突っ走り周りが見えない若気の至り的な憎まれ役が、見ててぴったりだよねえ。今作の定信は、正純よりも憎まれ要素が5倍増しくらいかな。

 「中身の無い者こそ派手に着飾るものにございましょう」「では、政の席に加わり、忠良の士と組み田沼を追い落としてみせましょう!」と、一橋白天狗と話している時に、既に牙をむいてガルル状態。たとえ一時的に田沼の手で実家の田安が取り潰しになっても、家斉の代で「必ずよみがえらせる」と将来の将軍の父から言質を取り、エンジンがかかった。

 で、天明六年(1786年)、松平定信(癇癪小僧)の白河松平家は溜間詰めへと家格が昇格。綾瀬はるかの九郎助稲荷解説によると「溜間の大名、通称溜詰は、幕府の政策を吟味し老中へ物申すことが役目」だそうだ。いきなりハツラツと「がなって」いる定信に、「溜詰がガナリ詰だ」と意次は嘆いていた。

 「松平越中守。田沼主殿頭殿に質したき儀がござる」と言う時の「儀」で眉間にしわが入るほどの力の入れよう。聞いている意次は、苦虫を噛み潰したような顔だ。定信は「何故かような折に蝦夷にまで船を造り調べに行かねばならぬ」と、明らかに白天狗の入れ知恵に基づいた質問をしていた。

 定信の昇格は、「あまり遺恨を重ねても」良くないと、大奥総取締の高岳と田沼意次が相談し、田安の宝蓮院の今生の願いを受け入れたためということか。でも、定信は白天狗のお陰で昇格したと信じていそうだ。

 白天狗の手先・大崎が最初にボタンを掛け違いさせたから、こうも話が上手くいっている。彼女は女版善児だよね・・・出てくると怖いねえ。次回はお指図でもっともっと働いてしまいそうだが、彼女の陰での働きの数々は、白天狗がもっと褒めなきゃね。それで天まで上り詰めるんだもの。

 今回は、大崎と定信が直接ご対面。知保の方に定信が面会できたのは、白天狗➡大崎の口利きか?大崎は、当然のように知保の方のお傍についていた。

 知保の方は、「もしや亡き西の丸様に似ていらっしゃるのではないかと」と、亡き家基に定信が似てるかのように将軍家治に話を持っていって、知らんふりをして定信の様子を家治に聞いた。定信に陰で会って知ってるのに。

 家治が、亡き息子の姿を定信に映して、特にシンパシーを持ってくれたら・・・ということだよね。大崎(白天狗)のやり方ってすごいね。人心掌握術に長けている。

 なんか、家治とお知保の方が打っている、将棋の駒が怪しい・・・白天狗は踊っているし😅嫌な予感たっぷり。大崎としたら、家治は無防備に将棋なんか打ちにやってきて、飛んで火にいる夏の虫か。いよいよ、なんだな。

勘違い💦

 話は変わるが、幕府が当面行わないとしていた大名に貸し出す拝借金は、蔦重が広く安く入銀を集めて狂歌絵本を出版していた方法を真似て実施してはどうかと三浦庄司(原田泰造)が意次に提案していた。広く金銭を集めて幕府から貸し付ける、つまり幕府が銀行をやるってことらしい。

 それがこの天明六年(1786年)初夏には「貸金会所令」としてスタート。これって、もしかしたら羽生結弦が映画出演していた「殿、利息でござる」も関係してる?と思ってワクワクしたら、なーんだ、映画の方はちょっと前、明和三年(1766年)。宿場町の住人が千両の金を集めて藩に貸し、利息を取って困窮する宿場の伝馬役費用を賄う話だった。(殿、利息でござる! - Wikipedia)ああ、勘違い。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#28&29 プリンス惨殺の悲劇から喜劇へ見事な切り替え、笑いで大明神から話題をかっさらうが蔦重の仇討ち。一橋治済は松前に見切り

悲しみの28回➡笑いの29回

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第29回「江戸生蔦屋仇討 えどうまれつやたのあだうち(「江戸生艶気樺焼」から)」が8/3に放送された。前28回(7/27)では、田沼意次の嫡男意知が、一橋治済の手の者「丈右衛門だった男」に踊らされたかわいそうな佐野政言によって殿中で斬りつけられる大事件が起きて絶命、こちら視聴者も、分かっていたとはいえガックリ暗い気分に突き落とされた。

 それを、続く今29回では、気の毒な佐野政言を丸々ひっくり返したバカ息子艶二郎が主人公の「江戸生艶気樺焼 えどうまれうわきのかばやき」という黄表紙を、チーム蔦重が作成。力の入った劇中劇が展開し、暗さをパッと振り払う見せ方が楽しくムードは一変したのだけど、つまりはそれが蔦重の仇討ち。江戸庶民が「佐野大明神」とあちこちにのぼりを立てて、佐野と因縁の田沼との話でもちきりだった世相を、バカバカしい艶二郎で塗り替え、笑顔を失った花魁誰袖も田沼意次も笑ったという話だった。

 そうか、だから佐野政言は矢本悠馬が演じていた訳か😅あの黄表紙で描かれた艶二郎の風貌に、ドラマの設定では佐野は似てないとダメなんだもんね。でも、本当の佐野の似顔絵などは伝わってる?どうだったんだろう。

 「エール」のミュージックティーチャー古川雄大(山東京伝)が、劇中劇では艶二郎を演じていたが、鼻の高いシュッとした顔をブチャイクめな艶二郎の団子鼻にメタモルフォーゼさせるのは、相当な苦労があった模様だ。(【大河べらぼう】古川雄大さんの“艶二郎”つけ鼻製作秘話 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 では、コロナ後の体調不良で書きそびれた前回と、今回のあらすじを、まとめて公式サイトから引用する。(脇腹から背中にかけて激しい神経痛に襲われ、すわ、コロナ後はまた帯状疱疹?となって安静を強いられましたが、治りました✨ご心配ありがとうございます。)

第28回「佐野世直大明神」

 城中で意知(宮沢氷魚)が佐野政言(矢本悠馬)に斬られ、志半ばで命を落とし、政言も切腹する。後日、市中を進む意知の葬列を蔦重(横浜流星)たちが見守る中、突如石が投げ込まれ、場が騒然となり、誰袖(福原 遥)は棺をかばい駆け出す…。憔悴しきった誰袖を前に、蔦重は亡き意知の無念を晴らす術を考え始める。そんな中、政演(古川雄大)が見せた一枚の絵をきっかけに、仇(かたき)討ちを題材にした新たな黄表紙の企画を実行する。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第28回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 

第29回「江戸生蔦屋仇討」

 蔦重(横浜流星)は政演(古川雄大)が持ち込んだ“手拭いの男”の絵を使った黄表紙を作りたいと戯作者や絵師たちに提案する。そこに鶴屋(風間俊介)が現れ、大当たりを出すなら、京伝先生(政演)を貸すと申し出る。政演は草稿を考え始めるが…。一方、意次(渡辺 謙)は、東作(木村 了)が手に入れた松前家の裏の勘定帳によって、蝦夷地で松前家が公儀に秘密裏で財を蓄えていた証拠をつかみ、上知を願い出る準備を始める。(【大河べらぼう】第29回「江戸生蔦屋仇討(えどうまれつたやのあだうち)」まとめ - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 第28回は今更だが、意知の刺される殿中の場面が真に迫って役者2人の力量が素晴らしかった。でも、芝居と分かっていても2人の死の場面などが続き、心は痛んだ。

 また、科学の乏しい時代だからこそ当たり前だったのだろうが、大河ドラマは3作連続で呪詛が登場。「鎌倉殿の13人」では主に阿野全成、「光る君へ」の目の焦点が定まらない藤原伊周と源明子に続き、「べらぼう」では前回と今回、誰袖が、意知の後を追って死にきれずに佐野周辺を呪っていた。

 抜け目のない誰袖ならでは、「人を呪わば穴二つ」と止める遣り手志げの言葉を逆手に、呪いが返ってきて死ねれば一挙両得だと考えて呪詛をしていたと告白。福原遥がどこまでも可憐で、そんなにちゃっかり?とあんまり信じられないのだが、まあ、蔦重を追い回していた「かをり」の頃からそういう設定ではあった。

 その彼女が蔦重が作った黄表紙を見て声を立てて笑い、蔦重がそれを見て涙する訳なんだけど・・・あんまり笑い声が可愛らし過ぎてね・・・なんか無理して作って笑ってます?と思えてしまったな。ケンワタナベが「粋な仇討ちを」と、読んで笑う場面は笑いの中にも悲哀が感じられてジンと来ちゃったんだけど。比べちゃ酷か~。

 そのケンワタナベ演じる田沼意次、前回は書いておかないといけない大事な場面があった。蔦重が、意知の葬列に最初に石を投げた大工姿の人間と、佐野が葬られた寺に「佐野大明神」ののぼりを立てた武家の人間が同じと気づき、陰謀の疑いを意次に告げに言ったが、「戯作の話はよそでしろ」と意次は蔦重を追い返した。蔦重を関わらせず、守るためだ。

 一方で、意次は将軍家治に悲壮な決意を告げた。家治も、嫡男家基を恐らくは陰謀によって殺された過去がある。希望である跡取りを殺された2人だからこそ、通じるものがある。

田沼意次:米の値、蝦夷。愚息、山城守が手をかけ、生きておれば必ずや成し遂げたであろうことがございます。この上は奴に成り代わり、見事それを成し遂げ、上様の御名と共に山城の名を後世に残し、永遠の命を授けとうございます。

将軍家治:かように卑劣な手で奪い取れるものなど何一つないと・・・

意次:目に物を見せてやりとうございます。

 怒りに燃える意次だ。その彼が、殿中で一橋治済とすれ違った。この時、一旦意次は脇差に手をかけている。それを見た治済が、一瞬怯んだように見えたが、意次が気を取り直したように脇差から手を離し、懐にある意知の遺髪のあたりをポンポンと叩いて進み始めたのを見て、動揺もなかったかのように進み始めた。

 そして、わざとらしく「あぁ、主殿!なんという痛ましい姿に」と治済は嘆いてみせた。確かに意次の老けメイクは進化している。しかし意次は笑ってスルー。さらに「強がらずともよい。掌中の珠のような子息を失い、さぞ・・・」と治済が畳みかけると、笑顔で言葉を被せた。

意次:何も失うてはございませぬ。(意知は)もう二度と毒にも刃にも倒せぬ者となったのでございます。志という名の下に。志は無敵にございます。己が体を失うても生き続ける。今は私の中に。私が体を失うても誰かの中で生き続ける。

 さらに、立ち去ると見せて治済の背後に回り、厳しい表情で一言。くー、この表情がガラリと変わった時、グッと来たよね。

意次:某には、やらなければならぬことが山のようにございますゆえ。

 陰謀とか嫉妬とか、やってるやつは皆、暇人だと思う。一心に自分の人生を生きておれば、そんな事やってる暇はないはずなんだよな。

 でもね、こんなに一橋治済を煽っちゃって大丈夫なのか・・・と冷や汗はかいた。だって、将軍家斉がそろそろ誕生するのは史実。「主殿は放っておいても老い先、そう長くはない。嫡男を亡き者にすることこそ、田沼の勢いを真に削ぐこととなる」という、治済の目論見通りに将来は事が運んでしまうと、後世の人間は知っている。

橋本愛の芸者姿がまた見られた

 しかし、人生、悲劇ばっかりじゃないはず。たとえ最後は悲劇が待ち受けているにしたって、その途中、楽しいことがあったって良いじゃないか。それが爆発したのが今回の「江戸生艶気樺焼」の劇中劇だった。主な出演者が総出でくだらない物語のキャラを演じている。

 主人公の艶二郎は、作者の山東京伝(北尾政演)その人を演じる古川雄大。悪い友人の2人は、朋誠堂喜三二と恋川春町を演じる尾美としのりと岡山天音だ。

 印象的だったのは、蔦重妻のおていが扮する芸者のおえん。五十両の金を貰って雇われ、艶二郎の押しかけ女房を演じるところで、「あと十両」と声を掛けつつ、嘘っぱちの声を張り上げているのには笑った。橋本愛の「いだてん」での浅草芸者は良かったもんね。劇中劇の芸者姿は本当に色気があって、色気を全く出さないおていとは極端に違う。

 その押しかけ女房の話を何とか世に広めて浮名を流したい艶二郎は、読売をばらまかせるのだが、売り子は「浮名を流すなら読売」のアイデアを出した鶴屋の風間俊介。三時のヒロイン・福田麻貴が、貰っても誰も読む気も起きない読売を、伊藤かずえとベッキーから続けてもらって鼻をかんで捨てるのだが、タイミングよくこなすのが大変そう、手から取り落としたら・・・と思ったが、うまく着地させた。

 新さんが、まさかの雇われのならず者を演じ、うっかり艶二郎を本当に殴って鼻血を出させ、慌てていた。また、あれは手代の「みの吉」だと思うが、振袖新造の役で女装していたのは喋り出すまで分からなかった・・・という具合に、蔦重に絡む皆さんが、総出で劇中劇を演じていた。

 そして、劇中劇の花魁浮名は誰袖。最初は黄表紙を読み上げる蔦重の声にも呪詛疲れでボーっとしていたが、舞台が吉原になってきて「女郎・・・」と徐々に反応を見せる。心中の道行の真似事をする艶二郎が、パーッと気前よく紙花を撒くところで、劇中でも嫌がっていた浮名が笑ってしまうのだが、現実の誰袖も、余りのバカバカしさについに笑ってしまうという・・・。

 この場面、良かったんだけどな・・・もうちょっと、誰袖がホントに吹き出して笑えてたら。なんかぶりっこで、笑いがホントじゃなかったな。せっかく蔦重も涙をためて、自分なりの仇討ちが出来たとなるのを待ってたんだから・・・ああ、あと一歩!惜しい!

メーキングも楽しかった

 この蔦重渾身の黄表紙「江戸生艶気樺焼」という大ヒット作が生み出されるまでの、舞台裏のあれこれも面白かった。

 まず、ヒット作を出してくれるなら京伝先生を貸してもいいと鶴屋が言って、蔦重のリクエストによって二代目金々先生のような作品を書いてきた山東京伝(北尾政演)。しかし、二郎兵衛兄さんは「だって、俺その話知ってるもん」と、昔の金々先生と同じだと思って興味を示さず、つよにさっさと髷を直してもらっていたりする。

 試し読みをしたおていも、この作品のどこが面白いのかが分からない、世慣れていない田舎から出てきた若者が騙されるのは気の毒だと言うし、小田新之助も、一旗揚げようと江戸にやってくる若者という設定が引っ掛かる、今どき来るのは飢えた流民ばかりだと言う。

 もう、金々先生の焼き直しでは、時流から外れているのだ。いつまでも昭和のバブルじゃないでしょ、という話だ。

 評論のプロの太田南畝は「上々吉」だと評し、「極上々吉」は付けられないと言った。よく出来てはいるが、これはフフフであって、ガハハと笑えるものじゃないと。

 通も素人も笑えるもの=大ヒット作を目指して、政演は「一からやり直し」と蔦重に命じられるが、「ガハハと笑えるものにするにはどうしましょうか」となったところで「俺は降りる」「俺には荷が重いって言うか、すいやせーん」「大先生方、後はよろしくお願いしまーす」と、逃げ出した。

 へそを曲げたって言うか・・・不安になったんだな。

 (やり取りの中で、吉原好きの政演を引き留めようと、蔦重が「扇屋の花扇でどうだ」と交渉道具として女をモノのように出してくるのが気になった。蔦重は、女郎の為とかこれまできれいごとを言ってきたのに、やっぱりそう・・・自分のビジネスのために使うんだね。)

似た者同士はどっちか

 「ここは、俺に任せてくれぬか?」と助け船を出したのは、恋川春町だった。別に、政演に代わって俺が書くという話じゃない。政演を説得をしようと言うのだ。昔、春町が政演に嫉妬して筆を折った騒ぎがあったね。

 春町と喜三二は、政演の下へとやってきた。この3人のやり取りが面白かった。

政演:(小庭のある家で、気分よさげに三味線を弾く。大家の女性が3人に茶を出してくれる)

つや:ごゆっくり。

喜三二:ええ、ぜひ!今度ごゆっくり。ハハハハハ!(下がるつや)いやあ、いいねえあの人!お前さんのコレ?コレ?

政演:ハハっ、ここんとこ置いてもらってんですよ。部屋、余ってるってんで。

喜三二:はあ、良いご身分だねえ。いいねえ、若いってなあ!

政演:へへへへ。俺ゃ、これだけでいいんですよ。絵やら戯作やらやって、女にモテりゃ、それでいいってえか。(春町が背後から見ている)良いもん作るとか、「大当たり」とか、そんなん、どうでもいいんですよ。

喜三二:おお、分かるぞ、分かる!お前は俺かってぐらい分かる!

政演:ハハ、机にかじりついて苦労して、なんてな野暮はごめんで。ハハハハ、あっ春町先生ほどの御人は別ですよ。(振り返るが春町がいない)あれ?

喜三二:春町は?

政演:(奥の部屋に春町)ちょいと!何してんです!(衝立を外した途端に崩れてくる書き物の山)

喜三二:あ~!何だこの書き損じ!はあ~!

政演:ちょ、ちょっと!(書き損じの絵や、原稿がてんこ盛り)

春町:・・・そりゃあ、これ以上苦労したかねえよなあ。こんだけ苦労して書いてたら。(しおりだらけの青本「金々先生」を差し出す)見栄を張るな。お前は俺の仲間だ。机にかじりつき、人から見たらどうでもいい些末なことに拘り、迷い唸り、夜を明かしてしまう手合いであろう?

政演:・・・ち、違いますよ。俺は、喜三二さんの手合いでさ。

春町:違う!お前はこちらの者だ。来い・・・来い!(両腕を広げる)

政演:嫌だ、行きませんよ!(後ろから喜三二に押され、春町に抱きしめられる)う、く、離してくださ・・・。

 観念したとみられる政演は、「佐野大明神」ののぼりのはためく町中のうなぎ屋で、喜三二、春町と共にアイデア出し。そうそう、困った時は助け合い助け合い。人と話すと、頭の中がまとまってくるんだよね。蔦重も歌麿を連れて現れ、そこでミラクルが起きた。

喜三二:今一番の流行りは「佐野」だろ?ならと、うがつネタを拾いにな。

春町:そなたらは?

歌麿:同じです。蔦重が「佐野」の全てを裏返したらどうだって。

喜三二:裏っ返すってのは、どういうこったい?(政演の頭が動き出した模様)

蔦重:佐野の話ってなあ、一切笑えねえじゃねえですか。真面目なお旗本が苦労しても報われず、ズサー・・・(斬る仕草)。

喜三二:耄碌した親父様も大変だったらしいぞ。子だくさんで、暮らし向きは火の車で。

蔦重:ですってねえ。ってことは、これを裏返しにすりゃ笑えんじゃねえかって。大金持ちのひとり息子で甘い汁しか吸ったことがねえ、バカ旦那。二代目金々先生がそんなやつだったら、どんな苦い汁飲ませようが、遠慮なく笑えんじゃねえかって。

春町:(鰻の)背開きを腹開きにするようなものだな。(笑い声)

蔦重:へえ。けど、どんな苦い汁飲ませんのが面白えかってのが浮かばずで。

政演:そりゃ、バカ旦那がどういう欲を持つかに依るんじゃねえですかねえ。欲があって、それが・・・ねえ、しくじるから面しれえ訳でしょ?

蔦重:ああ・・・んじゃ、佐野の欲ってなあ何だったんだろうな?

春町:それはやはり、名なのではないか?佐野は命を懸けても家名を上げたかったのだろ。

喜三二:俺ゃ、家名を上げるよりも浮名を流したいけどな。

歌麿:浮名?

蔦重:バカ旦那は・・・

政演:浮名を立てることに命を懸けんだ・・・

蔦重:うん!心底惚れたい、惚れられたい訳じゃなく。

政演:ただ「あれはモテる」「色男だ」って周りから言われてえ!

一同:(笑い声)くだらねえ!

春町:うん。清々しいほど、バカな望みだ。

政演:そのためには、例えば・・・例えば大枚叩いて押しかけ女房を雇う!

喜三二:門之助だ!

政演:そうです!門之助さんとこに、タダでいいからお側に置いてくれって娘っ子が押し掛けたってのを聞いて、バカ旦那は金バラまいておんなじことをやる!そんなことばっかりやる!けど、やってもやっても、とんと浮名はたたねえんだ!(皆の笑い声)

蔦重:読みてえ!それ、読みてえよ。俺、とんでもなく読みてえ!

政演:俺、めっぽう書きてえです!(こっそり微笑む春町、喜三二)

 考え続け、他の人と話をしてみると、ブレークスルーが訪れる。気持ちが良いものだ。

 蔦重も考えていたね。店の帳場で、試し読みの時に出た意見を書き留めたメモを見て。「笑うこと憚られる、気の毒、いま時の田舎者は流民、当世には合わぬ、素人も通も唸る、大笑い、二代目の金々」・・・そして、「仇を討っておくんなんし」と叫んだ誰袖の言葉も脳裏には甦って。

 そこに、政演とケンカ別れとなった事を心配してやってきた鶴屋が、モチーフとなった手ぬぐい下絵のひょうきん面の団子鼻は、「ちょいと佐野様に似てる」と指摘。蔦重も、土山宗次郎の邸で一度会ったことを思い出した。

 蔦重は、鶴屋から見て佐野はどんな方だったかと問い、鶴屋は「大勢の姉を抱えて苦労されているご様子」「真面目なお人柄だけにお気の毒」と回答。蔦重は「気の毒じゃ、笑えねえですね」と返したところで「・・・気の毒じゃなきゃ、笑えるってことか?」と閃いた。それで、全部ひっくり返すと来たのだ。

 この隠されたカラクリに気づいた人がいた。最後に「仇屋」の「仇」に目を止めた、そう、あの人だ。これから厳しく書物を取り締まる人が、こんなに良く気付く人だという設定なのか・・・これまた怖いことになったね。

 そうそう、NHKは公式サイトで原作の黄表紙の全ページ紹介(【大河べらぼう】『江戸生艶気樺焼』全ページ紹介! - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK)をしているだけじゃない。本編にも出演している声優のふたり(関智一、水樹奈々)が声の出演をしている「べらぼうな笑い~黄表紙・江戸の奇想天外物語!」という短いアニメ番組でも、この「江戸生艶気樺焼」は紹介されていた。せっかくだから見るべし、だ。

www.nhk.jp

 そう、書き忘れるところだった。一橋治済は、最後に松前藩を切り捨てた。蝦夷の上知は避けられないと知って、勝ち馬に乗るそのセコさ。ラスボスじゃなかったのか?いや、変わり身の早さこそが生き残る道だよね。次回から、どんな攻め手を見せるのだろう。なりふり構わず、攻めてくる?

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】コロナ後の体調不良にて、ブログお休み😢

やっぱりコロナはきつかった💦

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の選挙休み明けの第28回について、プリンス田沼意知の死を迎えての意次役・世界のケンワタナベの凄みある演技(だけどカラ元気で白天狗を煽っちゃったのはマズかったんじゃ)について語りたかったのですが・・・先日罹患した2回目のコロナは甘く見ちゃいけなかったということで、あえなくお休みします。

 読んでくださっている方々、ごめんなさいね。元気になったら、また書きますよぉ💦💦💦💦💦💦

海に行ったら、ちょっとだけ【べらぼう】#27-2 とうとう田沼意次慟哭の意知Xデー😢そうだ、田沼城下町の相良(静岡県牧之原市)に行こう

すっかり夏、静岡の海で初泳ぎ

 気づいたら7月も終わりに差し掛かっている。2回目のコロナで病んでいた2週間のうちに、午前8時も過ぎれば、酷暑で庭や畑の作業も続けられない位の暑さ。ご近所さんは、多くが午前5時には畑作業を始め、7時頃には終わる。うちも早起きしてやらないと、玄関先が草ボーボー・・・ヤブガラシがすごく元気だ。

 しかし、ずっと家でコロナ隔離状態だったため、いざ隔離が明けると、玄関先の雑草の始末よりも、「外に出てちょっとドライブ」を選択してしまった。「せっかくだから、海を見よう」ということになり、さらに「せっかくだから泳ごう!」となって、水着持参で初老の夫婦が海水浴場に参上だ😅😅😅

 行ったのは、伊豆の自宅から車で30分程度で着く沼津の海。新米静岡県民なので全く知らなかったのだが、今回調べたら、駿河湾に面した沼津の海水浴場は水質が良いのが自慢らしい。富士山の伏流水が流れ込んでいて、環境省のなんちゃらトップテンにもいくつも選ばれているとか?

numazukanko.jp

http://水質最高評価! 国が発表『水質が特に良好な水浴場』全国11か所中5か所に静岡県沼津市のビーチが選定(静岡放送(SBS)) - Yahoo!ニュース https://news.yahoo.co.jp/articles/bcdaa66701f8aa7c09a0721ca4e4f1355b5c052a

 ここまで水質が良いなら、もっと宣伝すれば良いのに・・・東京に住んでいた間、そんな事とは露知らず。考えてみれば確かに、富士山の水が豊富にあるんだもんねえ。首都圏の皆さん、ご存知でした?いやいや、皇室のために沼津御用邸が設けられていたぐらいなのだから、沼津の水の良さは推して知るべしか。

 そういえば、伊豆に移住物件を探していた1年前、三島の不動産会社の人と話をしていた時にも、あちらは「水質自慢」なのが前提だった。「当然知ってるでしょ?」とこちらに聞いてもこない程、静岡県民には三島の水が良いのは当然に共有されている事実らしくて、それが全国的にも共有されていると思い込んでいるようだった。

 しかし、当時東京都民だった私には、全然当然じゃなかった。柿田川湧水公園は、亡き猫連れドライブで行ったことがあったけど忘れていたからね。もっと宣伝しないと、もったいな~い・・・と思ったのだった。

 ということで、ずいぶん過去に泳いだ湘南や房総の、どちらかと言えば黒っぽい海とは全然違う、駿河湾の青く澄んだ海(しかも生ぬるくなくてヒンヤリしてる)でちょっとだけ泳がせてもらって、さっぱりして帰ってきた。なぜか猛烈にお饅頭が食べたくなって、帰りに伊豆長岡温泉街の「柳月」でお饅頭を買って、車の中で食べた。ビンゴ!の美味しいお饅頭だった。

残念ながら、富士山は雲に隠れていた

穴場✨田沼城下町の牧之原大河ドラマ展に行ってみた

 静岡県は海岸線が長い。今回泳いだ沼津の海から見れば、駿河湾の反対側のさらに西方にある牧之原市にも、2回目のコロナ前の今月初めにお邪魔してきた。静岡市内で午前中に用事があり、そのまま車で足を延ばした。途中のパーキングエリア(たぶん焼津)で食べたラーメンも、お出汁が美味しかった。牧之原では泳がなかったけれど、海があって温泉もある。

 今日(7/27)、とうとう意知のXデーを迎えるNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」は先週(7/20)、参議院選挙のために放送が無かった。佐野政言が、退出する若年寄田沼意知に話しかけてその歩みを止め、殿中でありながら刀を抜いて切りかかるかというところで終わったものだから、前回ブログでは散々その文句を書いた。2週間お預けなんて、どうしてくれる!みたいな感じで。

 悲劇のプリンス意知の今日の運命は皆が知っている。それを踏まえての、静岡県牧之原市だ。意知と父の意次の親子の位牌が祀られている平田寺があり、意次の居城だった相良城があった、いわば田沼城下町だった。緑や海の自然は有り余ってきれいだし、温泉はあるし(しつこい♨)、田沼に浸ってロスを慰めるには絶好の場所だ。

 現在、その相良城本丸跡に建てられているのが城を模したような建物の「牧之原市史料館」で、その2階にて、ご当地ということで「べらぼう」の大河ドラマ展が開催されている。なんと無料だった。

 もちろん、こちらの大河ドラマ展は、主役の横浜流星演じる蔦屋重三郎が吹っ飛ぶほどの田沼推し。入るなり、お出迎えだったのは大きな田沼親子のキャストビジュアルバナーだったし、ご当地版のパンフにどどんと掲載されているのは、渡辺謙のインタビューだ。

 ・・・あれ?意知役の宮沢氷魚のインタビューはどうした?意次がビッグネームの渡辺謙だからか、それで満足しちゃったのかなあ。ちょっと宮沢氷魚は影が薄い。パンフも「田沼意次ゆかりのまち 静岡県牧之原市」と銘打たれているし、PRキャラクターも「意次くん」だ。史料館の前にあるのも意次の銅像だったし。

 意知は、まさにこれからという時に芽を摘まれた存在だから、影が薄くても仕方ないか・・・しかし、彼の死で田沼の春は終焉し、継承者を失った田沼意次の先行きも定まったようなもの。田沼は最大の庇護者の将軍家治もそろそろ失うし、時代は吉宗の嫡流から傍流へと移っていく。

 ドラマが描いているように、この時代の変遷が白天狗の指金による人為的なものであるとするなら・・・意知を仕留めたのは、一橋派にはクーデター成功を約する大きな成果だ。あの「丈右衛門だった男」も、白天狗様に褒美をもらわなきゃ。

 牧之原市の大河ドラマ展は、番組の紹介パネルや出演者の直筆サイン、ドラマの使用衣装や小道具など一通りあるのだけれど、小ぶりなつくり。正直、見に来ている人がほぼいなくてビックリだったのだが、のんびりゆっくりと展示物を見ることができた。

 意次役の渡辺謙が座った褥や脇息のセットがあり、家族は喜んで座って写真に納まり、暇を持て余して困っていたらしい係員のおっちゃんと、ふざけて色々と喋って笑っていた。おっちゃんが「俳優になったら」と家族に言うので、家族はご機嫌。でも、それ「芸人」って言いたかったんじゃないのか・・・。

牧之原市大河ドラマ館の意次セット。誰でも座れる

 この数えるほどしか人がいない様子は、先日の、押すな押すなの上野東博での蔦重展とは大した違いだ。東博の売店にはものすごい行列で、蔦重関連の品物には近寄れもしなかったが、この牧之原市の大河ドラマ展では、売店に行ってみたらやっぱりこちらも客は私だけ。ゆっくり選んで、蔦重のイラストの入ったトートバッグを買うことができた。

 実は、人がいなさすぎて、ビビッて早々に出てきてしまったくらい。もっと食べ物関係も見れば良かった。蔦重グッズを買いそびれている人、ここ牧之原の売店は穴場、狙い目だと思う。

1階は史料館。行くべし!

 それに、建物2階の大河ドラマ展を見てから建物1階の史料館企画展「田沼意次の新時代展」を見に行けば(こちらは入場料220円)、たぶんドラマの紀行でも紹介されていた(←「英雄たちの選択」でした!田沼意次 大ピンチ! 〜意知 殿中刺殺事件〜 - 英雄たちの選択 - NHK)、意知の直筆の書「八幡宮」がドーン。意知ロスの人は眺めながら涙にむせんじゃっても大丈夫、人がいないから。

 この史料館には、意次の遺訓や「田沼意次領内遠望図」など田沼家ゆかりの資料が200点以上あるだけでなく、大河ドラマのこともちゃんと考えられていて、同時代の出版物の展示もあった・・・と言うより、こんなにあるの?というぐらい無造作に山積みされていた。

 史料館の入口で売られていた牧之原市教育委員会「相良藩主田沼意次 改訂版」(第2版は令和5年9月発行)という冊子は(いくらか忘れたが、高くない)、分かりやすくまとめられている。これを見ると「賄賂政治家という意次の悪評は、つくられたものであり、実際は人情に厚い清廉潔白な政治家だったといえる」と、ちゃんと意次擁護に努めていて、意次地元としてまことに正しいね。

www.at-s.com

人心を操る噂をばらまき、佐野政言にも「噂」の楔を打ち込む

 ということで、「丈右衛門だった男」工作員が着々と仕事をこなし、ドラマの方ではこの日を迎えることになってしまった。良からぬ噂は城内に蔓延している。

意知:(歩きながら)あの策、いかがにございましょう?

意次:あのぐらい、わしも頭にはあったわ。

意知:恐れ入ります。(笑い合う。控えた役人たちが通過する田沼親子に一斉に頭を下げる)

役人1:聞いたか?山城守様の吉原通い。

役人2:米の値を上げ、私腹を肥やしているそうじゃ。

役人3:実直そうな顔をして、恐ろしいのう。

(役人の中に並んでいる佐野政言は、戸惑った様子で耳を傾ける)

 「大坂の奉行所で召し上げた米を公儀が安く買い上げて、その値で市中に直に払い下げてはいかがか」と、米の値を何とか下げようと、提案していた意知。だが、そんな事とは知らない役人たちは陰口を叩く。これじゃあ、目の前で襲われても、意知を助けようとする人はいなくなるよね。

 怖いね、陰口。自分はまっすぐ、悪いことなどしていなくても、セクハラを受け入れなくて気に入らないから苛めてやれとか、嫉妬して追い落としてやれとか、自分が取って代わりたいとか、そんな気持ちでターゲットの悪評だけばらまく人たちがこの世には存在する。そうして人の目を曇らせる。

 評判に目を配って周囲からサポートを得る事は、実は大変に大切なことなんだと、今回、足をすくわれた田沼意知の事件を見ても改めて思う。私も実際に身に染みたひとりだ。

 そして、名も名乗らぬ「丈右衛門だった」工作員に家に易々と入り込まれ、田沼家にまつわる「噂」をたっぷり沁み込まされてしまった佐野政言。「佐野の桜」は枯れたが、除草剤の方もたっぷり沁み込ませておいたのでは?当時、グリホサートは手に入らないだろうけど、塩水とか?

 桜が枯れれば、耄碌している政豊も正気ではおられず、息子の心をいたぶるようなことも言うだろうという?・・・丈右衛門だった男は忍びなのだろうか?心理戦に長けているね。

佐野政豊:なぜ今年は咲かぬのじゃ?

政言:詳しい者によると、どうも寿命のようにございます。さあ、中へ。

政豊:(杖で政言を打つ)愚か者め!これはかつて綱吉公より賜った桜の樹!それを枯らしてしまうとは!

政言:わ、わ、私が、私が枯らしたのではございませぬ!じゅ、寿命で!

政豊:この愚か者!出来損ないめ!お前のせいで!

家臣と丈右衛門だった男:(走ってきて止める)殿!佐野殿!おやめください!

 こうなることを見計らっていたかのよう。タイミングよく現れたもんなあ。陰で、政豊の耳に良からぬ囁きを繰り返し吹き込んでいる工作員2がいるのではないだろうか?

丈右衛門だった工作員:お怪我は?

政言:大事ない。どうもみっともないところをお見せし・・・。

工作員:それにしても随分、きつく当たられておられましたな。

政言:あ・・・某は、9人の姉の後にやっと授かった跡取りでして。父はそれはそれは喜んだそうだが・・・

記憶の中の政豊(ちゃんと若い):そなたが来てくれれれば我が家は安泰じゃ。そなたの働きで、佐野の桜はますます咲き誇ろう。(幼い頃の政言を抱く)

政言:そうまでして得た息子は、いつまでたってもうだつが上がらぬ。その上、家宝の桜が咲かぬようになったとあっては、当たりたくもなるのであろう。あ・・・ところで今日は?

工作員:ある噂を耳に致しまして。迷ったのですが、やはりどうにも我慢がならず。

政言:噂?

工作員:田沼様が、佐野殿の大切な系図を預かると偽り、無きものにしたと。(政言の表情が消える)佐野殿、「田沼の桜」はご存知で?田沼様より寄進された桜は見る見るうちに育ち、それは見事な花を咲かせ、「田沼の桜」と愛でられておるそうで。あれは、元は佐野殿の桜ではございませぬか?(神社の境内で、満開の桜を見上げる政言)

 この期に及んでまだ工作員は名乗っていないのに、こんなにも「噂」と称する話に操られてしまうのか。しかも、積極的に情報を取りに行かないと、かえってこんなにも詳しくならないから怪しいよ。うぶな政言。

(庭の桜を前に、噂を吹き込まれた政言が悩み苦しんでいる。政豊がやってくる)

政言:父上・・・。

政豊:(錆びた刀を振り回す)咲け~!咲け~!や~!咲け~!咲け~!咲け~!咲け~!(政言の顔が歪む)さ、咲け・・・。

政言:何故・・・何故こうも違うのかの・・・ううう(泣く)

政豊:やー!(泣き声に気づく。表情が和らいで)よう来た。よう来てくれたのう、源之助。(政言の肩を叩く)そなたが来てくれれば、我が家は安泰じゃ。そなたの働きで、佐野の桜はますます咲き誇ろう!見よ!これが当家の桜。(膝から崩れ落ち、泣く政言。枯れ木を睨み、刀を振る政豊)うう~、咲け~!

政言:(父の手をつかみ)私が!私が・・・咲かせてご覧に入れましょう。(涙でぐしゃぐしゃの顔で微笑む。穏やかな笑みを返す、政豊)

 決心をさせたのは父・・・政豊役の吉見一豊さん、朝ドラ「天うらら」で取材に行き、インタビューしたことがあった。とにかく主役が好きな先輩大工の役どころで、照れたようにそう言っていた。今回の影のMVPだよね。

若年寄1:今日は居残りは無しで?

田沼意知:花見の約束がございましてな。

若年寄2:今が丁度見頃でしょう。(背後で立ち上がる、虚ろな目の佐野政言)

 折悪しく、花見の話。心は誰袖のもとにあり、佐野政言のことなど毛筋も考えていなかったかな、意知・・・。

 ロスの方、牧之原市に行きましょう!

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#27 出所不明のフェイクニュースに惑わされた佐野政言。刃の前にすべきはファクトチェック!咲き誇る田沼を葬る一橋治済の打つ手が凄い

勿体つけて2週間の宙ぶらりん😿

 NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」第27回「願わくば花の下にて春死なん」が7/13放送されたのだけどね・・・佐野政言が田沼意知に斬りかかる「Xデー」に、ちょっとだけ差し掛かったところで終わるってどういうこと?

 次回は選挙で1回お休みだ。なのに、ナニこの視聴者の気持ちを考えない、突き放した終わり方!Xデーを、わざわざ前後編2つに分ける訳だね、ご丁寧に間に1週間も置いて。意地悪だな~💦

 いや〜、ニンジンぶら下げられちゃったよね・・・ドキドキも2週間放置って無理でしょ。以前も書いたけど、某国在住の親戚が、いいところでCMを挟んで引っ張る民放の手法を見て「こんなこと某国でやったら暴動が起きる」と言っていたよ。

 日本人は大人しい、だから作る側は視聴者の興味を引っ張ることばかり考えて、やりたい放題だ。こういうあざとい手法を平気で取るから、テレビ離れするんじゃないの?

 「べらぼう」はNHK看板番組の大河ドラマ。だから、視聴者を逃すまいと民放みたいに勿体つけて引っ張るみたいな真似は止めてもらいたい。感心できない。えげつない。品が無い。こんな作りを当たり前にしちゃダメだと思う。

 良い方に解釈すると、意知は人気キャラだから、最期をたっぷり描きたいのか。それは分かる。でも、それなら前後編に分けるのは良しとしても、選挙前にキレイに終わらせといて欲しかったよね。この片付かないモヤモヤを、どうしてくれるんだ。

不憫なケアラー佐野政言

 コロナからの病み上がりで耐性が無く(今日から隔離解禁✨✨✨)、ちょいと怒りが湧いてしまって失礼したところで、公式サイトからあらすじを引用する。

≪あらすじ≫ 第27回「願わくば花の下にて春死なん」

 蔦重(横浜流星)は、大文字屋(伊藤淳史)から、田沼の評判次第では意知(宮沢氷魚)が誰袖(福原 遥)を身請けする話がなくなる可能性を聞かされる。一方、治済(生田斗真)は、道廣(えなりかずき)から蝦夷地の上知を中止してほしいと訴えを受け、意次(渡辺 謙)がひそかに進めていた蝦夷地政策のことを知る。田沼屋敷では、佐野政言(矢本悠馬)の父・政豊(吉見一豊)が系図を返せと暴れ、政言が止めに入るが…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第27回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 このドラマの佐野政言は、とても不憫だ。番方(武事)、役方(文事)という旗本の仕事のうちでは、世の中の泰平が続き重視されなくなっていった番方の、とはいえ将軍の警護を担う新番士(新番 - Wikipedia)。上に9人の姉がいて、家は「番町の佐野の桜」で知られている。ナダルの表坊主が一橋治済に言っていたね。

 栃木県佐野市の佐野ラーメンは元々好きだったが、佐野政言の一族の名が冠されているのかと思うと、食べるたびに切なくなりそうだ。いや、佐野ラーメンは素直に美味しい。佐野市には田沼町が存在しており、田沼が佐野から派出した一族で、その家系図がドラマでも焦点になったと思うと、これまた切ない。

 そしてドラマオリジナルだろうが、父・政豊(「鎌倉殿の13人」では憎まれ役の代官だった吉見一豊)は耄碌していて認知症らしく、長男の政言にプレッシャーと心配をかけ放題だった。

 とうとう、父政豊は田沼邸にも突撃、ポカン顔の田沼意次に直言する。

  • 系図を返せと言うておるのだ!
  • 甘言を弄し、我が息子より取り上げた佐野の系図じゃ!
  • 田沼は当家の家来筋。系図を書き換え、出自を偽るつもりであろうが、そうはいかぬぞ!

 ここに、政言が父を引き取りに来た。「父の無体、まこと申し訳ございませぬ!耄碌しておりますゆえ、何卒お慈悲を!」と謝罪した政言は、心が折れる思いだっただろう。

 耄碌演技と受けの演技が佐野親子の俳優ふたりともうまいものだから、佐野政言に感情移入してしまうね。

 涙でぐしょぐしょ、それでも父の「咲け~!」と錆びた刀を振り回しながら枯れた桜に叫ぶ言葉に応えようと、「私が!私が・・・咲かせてご覧に入れましょう」と言う政言の笑顔が見ていられない。ヤングケアラーの追い詰められた姿みたいで可哀そうに~💦と思ってしまって。

 事は、良く見もせずに池にポイッと他人の家系図を投げ捨てちゃった田沼意次のせい。しかし、当の本人は悪びれもせず、佐野を取り立ててくれと再三頼んできた意知に「若年寄になったのだから己で取り立てよ」と丸投げした。

 人の気持ちに鈍感で、のんびりし過ぎ。田沼意次たるもの、そんなことあるのか?俄にはこの設定が信じられない思いだ。正直者ならいいのか。この脇の甘さが、白天狗に狙われようとは・・・蝦夷地の上知なんて大プロジェクトを、隠密裏に遂行できるような緻密さが無いよね。

選挙に教訓!フェイクニュースに気を付けろ

 ドラマの佐野政言は、人とコミュニケーションを重ねて物事を解決していくタイプではなく、一人で抱え込み思い悩んでしまう設定に見える。誰か適切な相談相手は家中にいなかったものかと思う。

 親の耄碌は我が家の恥だと思えば、なかなか外に話せないと思ったか。今だって、男性は地域包括支援センターにも相談せず抱え込みがちだというし。でも、お姉さんが9人でしょう?誰かひとりぐらい、実家の末の弟と父を気にかけてはくれなかったか・・・。

 それで相談相手にしてしまったのが、あの平賀源内に、在りもしない屋敷の普請話を持ち込んで近づいた工作員「丈右衛門だった男=」だというね(演じるのは矢野聖人)。嘘つきアヘン大工も、に消されていたね。そんな人物を頼るなんて、一番やっちゃダメじゃんね。

 このが、「上様の狩りのお供など願ってもない誉れ!」と意知に役を振られて喜ぶ政言に、罠を仕掛けにやってきた。黒っぽい装束で控えている姿にゾッとして、ヒャ~やめてくれ~やめてあげて~と言いたくなったね。

 まるで「鎌倉殿の13人」の善児・・・殿中で「まことに御礼仕る!」と、意知に嬉し気に述べている政言を見かけた白天狗が、目星をつけたのだね💦それで、指令を受けたは、政言の獲物をワザと隠したのだろう。

 このとの対面前に、鬼脚本だもので、政言は計ったように耄碌父さんからジャブを食らっていた。

政豊:(狩りで失敗したと信じて意気消沈している政言に)上様からのお召しはまだか?狩りのお供を務めたのであろう?その折には、わしのこの刀だけでも共に連れて行ってもらいたいものじゃ。フフフフフ・・・。(つらそうな表情で、目を逸らす政言)

 そこにやってきたのがだった。

家臣:殿。この方が、殿にお話があると。(既にJを廊下に同道している。案内すると、すぐに踵を返す。は何かを捧げ持ってきて、跪く)

佐野政言:どなた様で?

J:にわかにご無礼申す。事情により、名は控えさせていただきたく。こちらを(手にした桶に、射られた雉)

政言:これは・・・。

J:こちらが、刺さっておった矢にございます。(矢に政言の名)

政言:それがしの・・・貴殿、これをどこで?!

J:実は、私もあの狩りに参じており、共に佐野殿の獲物を捜し・・・そこで、見てしまったのでございます。田沼様がこれを見つけられ、隠されるところを。

政言:(一瞬、返事に詰まる)・・・はあ、まさか。そなた、何故然様な偽りを申す!

J:偽りであればと、私も思います!田沼様の不正の場を見てしまったなど、もしも田沼様に知られればどのような目に遭うかしれませぬ!しかし、佐野殿のことを思うとお気の毒で・・・。(戸惑う政言)

 この、佐野政言を訪ねてきての初対面時に名も名乗らない。怪しい!(①ニュースの出所が不明、信頼できない)

 そんな人物を屋敷に上げて主人に会わせてしまうって、家臣もダメダメだ。すぐに踵を返して戻ってしまい、殿の安全を守ろうとする気が全く感じられない。500石取りの旗本だと用人やらの家臣は10人程度はいたらしい(旗本 - Wikipedia)が、おーい、佐野屋敷にまともな人はいないのか。父親の耄碌のせいで、みんな逃げちゃった?

 なんでそんな奴に懐に入られてしまったのかと言えば、自分でも「絶対におかしい」と思っていた事の答えを、密かに危険を冒して持ってきてくれたように見えちゃったからだろう(②人は聞きたい話を聞く傾向があると自覚する)。それこそが罠なんだけどね・・・。

 でも、政言は初めは「まさか。そなた、何故然様な偽りを申す!」と反論していたね。かわいそうじゃないか・・・酷いな

白天狗・治済が動き出した

 を使ってその罠を仕掛けたのが誰か、視聴者は知っている。生田斗真演じる白天狗・一橋治済だ。

 仲良しの外様大名・松前道広に「ご公儀による蝦夷の上知を即刻中止頂きたく存じます!」と頭を下げられ、弟の広年も「私は田沼に騙され、女郎が」と言い出したことで、田沼の蝦夷地政策を知ったのだ。

 そうだった、前回終わりだったか、殿中で意知をジーッと見ていた広年は、自分がハニトラに掛けられたのを理解したのだね。誰袖への恋心を利用されて、悔しいね。田沼意知には憎さ百倍だろう。

 「田沼が、蝦夷の上知を企んでおるようで」と、島津重豪が、えなりかずきの松前道広のために代弁した時の、一橋治済の表情がいつもとは違う。作られたような表向きの「あっけらかんさ」が消え、沸々と湧く暗い感情を秘めたような顔だった。

 この顔が真の治済なんじゃないのか。この顔で、家重、家治・・・と続く将軍家の治世を、一橋の一族は見つめてきたんじゃないのか。そして、将軍世子家基を葬った。

 「赤蝦夷風説考」の写しを手に「蝦夷を松前より取り上げ幕府の金蔵にせよと。桜の宴に来たのも、おそらくは我らを探りに来て・・・」と続ける島津重豪の話を途中で切って「面白くないのう」と言い出した治済は、また「わしは桜が好きであるのに、心より楽しめぬようになってしまったではないか」と、無邪気な振りに戻って口を尖らせた。

 何か陰謀を考え、実行するに違いないモードに入ったように見えて、ゾッとするね。この後すぐに、手の者(工作員)が招集され、情報収集の上で、新たな作戦が練られたのだろう。

 その治済率いる選対本部の方針に従ったのだろう、家老の松前ひょうろく広年はひとまず国元へ帰国。「琥珀の取引を続けたくば松前の殿様宛てに直に便りを」との手紙は、田沼側に読ませるためのものだろう。もし、琥珀の取引に再度及んだら、どんな罠に引きずり込まれたのかな・・・でも、佐野ルートがうまくいっている訳だからね。が凄腕なのだろう。

 自分で佐野政言の獲物を隠すという酷いことをやっておきながら、それを意知に擦り付け、周囲で意知の悪評をバンバン煽る手口は、今も昔も悪い人物のあるあるだ。嫉妬を浴びる立場だからこそ、悪評は燃え盛っただろう。

 そうなると、最初はJを疑った佐野も、揺れる心をしっかりつかまれてしまう。やっぱりそうなのかと。ここで、ファクトチェックとまではいかずとも、人に相談が出来ていたらねえ・・・。

 つまり、直接、田沼意知に「こういう噂が見ず知らずの人間から持ち込まれたのだけれど、どう考えるべきか」と情報を持ち込んでいたら、どうだっただろうか。意知なら、父親よりはもう少し細やかにフォローができていたのでは・・・。

 いや、家系図を巡り、明らかに佐野家は田沼家としこりを生じていたのだ。そこで田沼側が人を佐野家に派遣するなりして、佐野をフォローできたらよかったのでは。

 そうそう、一橋家の家老をやっている意致は、意次や意知とは情報交換してくれないの?何しろ、吉宗公得意の御庭番はどこに行ったのだろう?白天狗チーム側はあちこちから情報を集め、佐野家に関するものも暴いて手にし、さらに佐野政言の信頼を得てしまっていた。政権側の田沼チームがやられっぱなしなのがやっぱり解せないね。

 故・徳川家基事件、続いて死んだ白眉毛の件についても、インテリジェンスの重要さは骨身に染みたのではなかったのか・・・そうじゃなかったのかな。う~ん、このドラマの田沼意次・意知親子は、優秀なのか、そうじゃないのか分からなくなってきた。

 蝦夷に放った隠密(湊?)も、銃で撃たれてあえなく暗殺されていたみたいだね。四谷のタバコ屋・平秩東作も、店に火を掛けられていたのか?蔦重が言うように「私腹を肥やして、女をあげて。まるで悪の権化みてえに言われて」というぐらいまで市中では評判が落ちている田沼政権。葬り去るにはまたとない好機到来なのだろう。白天狗はもう手を緩めないようだ。

下がらない米価に知恵を絞る

 江戸時代にコメの値段をコントロールするのは至難の業だったと思う。現在だってそうなのだ。前回からの続きで、田沼チームはその難問に挑んでいた。意知にすれば、それがうまくいって評判が上がれば、誰袖の身請けがスムーズにできるとの目算があったわけで・・・。

意知:諸国から米が入り、もうすぐ触れも出せる。「米穀売買勝手次第」といってな、しばらくの間は、誰でも米を売って良いという触れだ。それが出れば、恐らくは、ど~んと・・・。

誰袖:では、いよいよ身請けにござりんすか?

意知:そういきたいところだ。

 しかし、綾瀬はるかの九郎助稲荷が言う。「ところがど~んと下がったのは田沼様の評判で」と。町中に貼り出されている数々の落首も、田沼に辛辣だ。浅間山の噴火など自然災害が続き、悪名高い天明の飢饉が起きているのだから、為政者には大変な時代だ。

 徳川治貞は「お触れは全く効き目無し。米の値は今日も百文五合。加えて諸国からの流民。その者らを引き取るお救い小屋も溢れかえっておると聞く。そなた、この責めをどう負うつもりじゃ?」と田沼意次を責めるが、責めたって自然がどうなるもんでもね。

 なぜ、このお触れが米価下落へとはつながらなかったのか。蔦重もいつのまにか店主然として馴染んで参加している、日本橋の寄り合いで説明された話では、「へっこきまいないご勝手次第」ならぬ「米穀売買ご勝手次第」のお触れは、「蓋を開けてみりゃ、金の余った商人たちが米を買い占め、大儲けしてるだけ」との結果になっていた。

 さらに、そのお触れは「田沼様の悪だくみ」と勘繰られた。「田沼様がそいつらを儲けさせるためにお触れを出した」と思われたのだ。

 「へっこき次第で景気良い連中が、派手に金を使ってくれて」とのことで、庶民の身売りが相次ぐ吉原が、かえって飢えずにいるのは救いだが、日本橋にも流民が押し寄せており、寄り合いでは対応が話し合われた。

 が、奉行所は順にお救い小屋に入れるから待てとのお達し。蔦重は日本橋で炊き出しをしませんかと遠慮がちに言ってみるものの、規模が大きすぎるのは明らか。「蔦屋の身代を潰す覚悟がおありなら、米穀炊き出しご勝手次第」と鶴屋喜右衛門に一蹴された。

 意知は、勘定奉行の松本秀持に「江戸への下り米を増やすことはできぬのか?」と聞き、松本は「伊勢、尾張でも米の値が上がって津留(他に出さない)となり、大坂からの高値の下り米に頼るしかなく」と返答。三浦庄司は「印旛沼の普請が間に合っておりましたらなあ」と、聞いている意次の溜息を誘った。このままでは打つ手なしに見えた。

日本橋からの献策は

 「米の値が下がれば、一挙両得ならぬ五得だ」と妻ていに言われ、米価を下げる案を日本橋からお上に献策するのに動いた蔦重。「江戸中が困ってる訳ですし、ここで良い手をだしゃ、さすが日本橋!ってなりませんかね?」ということで、鶴屋らとも、ちゃんとタッグを組んだ。

 鶴屋は「私は、お上がもっと身銭を切るべきだと思います。大体、金は一切出さない、お触れだけで事を納めようなんて虫の良い事を考えるからこのようなことになるんです」と心底悔しそうだ。通りに滞留する流人親子を悲しそうな眼で見ていたもんね、心痛めていたのだろう。

田沼意知:(日本橋からの献策に目を通して)これはさすがにできぬ!お上が米屋をやるなど!

蔦重:商いと申しましても、儲けを出すわけではございません。仕入れた値で引き渡すのみで、これは商いとは言えねえかと。

意知:いや、しかし・・・。

蔦重:恐れながら、これは政にございます。

意知:政?

蔦重:はい。市中の民は、腹をすかし流民は肩を寄せ合っております。飢えるまでではなくとも、食うことに精一杯になれば、本はガマン、普請は諦めよう、湯は十日に一度、床屋もいいとなる。そうやって、どんどんどんどん金の巡りは悪くなる。その流れを断ち切る。これは、商いではなく政にございます。

 この理屈を武家が受け入れるかどうかは別の話、と意知は渋い顔をしていたが、米の値が倍に上がるのに政治が知らん顔をしていられないのは、現代日本を見ていれば当たり前の話だ。政治の怠慢が、庶民の米価を直撃して皆が苦しむのを、まさに経験したところなのだから。

 ドラマというものは、脚本は遅くとも数か月前には練られて撮影をされているのに、どうしてこうも今の世相を映すのだろうね。

 結局、ドラマでは奉行所が米を買い占めた商人を捕縛し、召し上げた米を公儀が安く買い上げ、その値で市中に直に払い下げる方策を意知が進言、そうなった。どこかで聞いたような方法で鎮静化が図られたのだったが、主食の米の値を下げるためには、政だそうじゃないのと、理屈を言ってばかりじゃいかんよね。

誰袖、苦しみの末の幸せだったが

 日本橋からの米価下落策を献策した時、蔦重は誰袖の身請けを意知に願い出た。意外にも、簡単に流れる話かと危ぶまれた身請けは、土山宗次郎の名を借りることで実行される手はずになっていた。

 意知からの手紙を読む誰袖の涙が、ジンと来たね。福原遥、さすがの演技力💦「今年の春は、そなたとふたり、花の下で月見をしたい」と・・・いやいやいやいや、これはイカン。そんな大きなフラグを立てないでおくれよ💦😢避けようがないが。

 これまでとは違った印象の笑顔で、誰袖は蔦重に礼を言った。この言葉が、否応なく日々、身を売る辛さを改めて思わせた。

誰袖:このお顔には、随分お世話になりんした。嫌なお客の時には、いつも心の内で、兄さんの顔を被せておりんした。そうすれば、どんな客にも愛想よく振る舞うことができんした。

 ただ面食いで、蔦重をつかまえて大騒ぎしているだけじゃなかったんだよね。そんな辛さまでをも含んでの面食い設定だったんだ・・・。誰袖のように「たくましい腹黒」でも、そんなにつらい。その彼女が、幸せをつかんでほしかったが。

 次回を見るのがつらいなあ・・・。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#26 「3人目の女」歌麿は、蔦重&ていを祝ってひっそり涙😢 高岡早紀の蔦重母「つよ」がハマり過ぎて笑うしかない

昨日から家族がコロナ💦いつまで持つか・・・

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第26回「三人の女」が7/6に放送され、納得するしかない蔦重母「つよ」が登場した。まずは公式サイトからあらすじを・・・の前にちょっと😅

 昨日土曜朝から体調不良を訴えていた家族が、診察の結果コロナと相成った。昨年のコロナ、今年のインフルと、毎度家族から100%病気をもらってしまって酷くなり、救急車やら介護タクシーやらの大騒ぎになっている私は、今後、感染する➡具合が悪くなるまでは確定していると言っていい。

 その前にやることをやってしまわねばと、昨日はポンコツ虚弱体質ながら大車輪で働いて、もうぐったり。自分で自分を褒めたいぐらいだが、かえってそれ良くなかったんじゃ・・・😅とも思う。

 そして、日曜午前現在、畑のナスやオクラを収穫してきて洗濯を済ませた。あと、ご飯を炊いてゆで卵をたーくさん作っておけば何とかなる。もう発症まで時間の問題だと思うが、モームリとなった時点で今回は書くのを止めるので、読んでくださっている方々、悪しからずご了承を。

 ということで、公式サイトからあらすじを引用する。

≪あらすじ≫ 第26回「三人の女」

 冷夏による米の不作で、米の値が昨年の倍に上昇。奉公人も増え、戯作者たちが集まる耕書堂では、米の減りが早く蔦重(横浜流星)も苦労していた。そこに蔦重の実母、つよ(高岡早紀)が店に転がり込み、髪結いの仕事で店に居座ろうとする。一方、江戸城では、意次(渡辺 謙)が高騰する米の値に対策を講じるも下がらず、幕府の体たらくに業を煮やした紀州徳川家の徳川治貞(高橋英樹)が幕府に対して忠告する事態にまで発展する…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第26回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 ドラマでも米の値がバカみたいに上昇してるって!あちらは浅間山も噴火、自然環境の動きなんぞ予測できないのだから、為政者は現代よりも相当大変だったよねえ。べらぼうナビに解説があった。

【べらぼうナビ🔎米の値の急騰】

天明2、3年頃から全国的に大凶作となり、米の値が急騰。天明3年春に百文で1升1合の米を買えたのが、天明4年春には百文5合5勺という記録もあり、前年の2倍の値段になったということがわかります。(同上)

 老中・水野忠友(あれ?この顔は「おんな城主直虎」で龍潭寺に鳥山検校といた優秀なお坊さんだったよね?兄弟子の)が、「次が豊作になれば米の値は戻る訳ですし」と、の~んびりな話をし出し、対策を打たず見送る流れかと思ったら、田沼意次が電光石火で流れを変えて当座の対策を命じた。

 もうひとりの老中・松平康福は、さすが田沼の外戚だけあって何でも意次の言うことを聞いてくれる様子。こちらも電光石火で風見鶏の方向が変わった。次回、悲劇に見舞われた娘や孫を思って涙するんだろうか・・・😢いかんいかん、先走ってしまった。

 米の値を下げたいが、そう簡単には下がらない。「田に沼を 変へる手妻(手品)で 六合の 米を得させて 消ゆる百文」などと、倍に上がった米価を落首で揶揄され、いつもは笑っている田沼意次の目の色は変わっている。「此度は違う。ここを乗り切らねば、わしはもう終わりじゃ!」と、流石の切れ者、本当によく先が見えている。

 それで紀州藩主・徳川治貞(高橋英樹)までがお出ましで「いつまでも紀州が支えると思うな」と意次を𠮟りつけるのだけれど、元々、吉宗に付いて江戸に来ていた紀州藩士の中で、一番出世が田沼だった訳で、ここで紀州に頭が上がらないのも納得だ。

 それも、その治貞を演じるのが高橋英樹だし。渡辺謙と、「篤姫」と「西郷どん」のダブル島津斉彬だよ✨✨と思って見入ってしまった。

 徳川治貞というと、「八代将軍吉宗」では誰が・・・と思ったら、1世代上だったから治貞は出てこなかった。なるほど、高橋秀樹のお父さんは柄本明だったのだね。吉宗の従兄・宗直で出ていた。

 治貞は、本来なら正室の子だった伯父が祖父の跡を継ぐべきところを庶子の父が継いだと考えたようだ。すごいお家騒動のニオイがする。だから、無実で失意のうちに死んだ伯父の墓参りもする。また、自分も甥(兄の子)の跡を相続した身。兄の系統にきちんと次を返すなど、なかなか血統を整えるのに真面目に苦労している様子だ。子がいないのは、作らなかったんじゃないだろうか。(徳川治貞 - Wikipedia

そっくりな蔦重の母・三人の女①

 高橋英樹の徳川治貞の方向に、ついつい興味が流れそうだったが、高岡早紀がキャスティングされた蔦重の母・つよの話を書こう。米の無い時に、戯作者らが耕書堂に立ち寄って大々的に米を消費して蔦重&ていの頭を悩ませている時に、ちゃっかり紛れ込んでたらふく白米を食していたのが「つよ」さんだった。

 自分を捨てた母が、これ見よがしに振る舞っていることに気づいた蔦重は、顔色が変わった。客がいる店先で「ババア」呼ばわり、追い出しにかかったが・・・メンタルが強いよねえ、「つよ」だけに。彼女も負けていない。

女:はあ~おいしいねえ!やっぱり白い飯はいいねえ!

唐来三和:下野じゃ糠がついたままなのかい?

蔦重:(席から立ちあがってきた燕十に声を掛ける)燕十さん。

志水燕十:ん?

蔦重:あの人、誰?

燕十:髪結いさんじゃねえのか?ほれ。(髪結い道具の箱を指す)あ、厠借りるわ。

蔦重:へえ。

髪結いの女:お代わり!(茶碗を差し出す横顔が蔦重の目に入り、気づいた蔦重の口が「ババア」とエアで言いだす)

蔦重:おい!(女の肩を手で払い)おい!てめえ、今更何しに来やがったんだ!

女:もうわかったのかい?さてはあんた(触んな!と蔦重)、私のことずっと待ってたろ?

蔦重:触んな!(蔦重の女?と政演が歌麿に小指を立てて目配せ。さあ?と歌麿が返す)よくその面、見せられたなあ!

女:え、そんなにひどいかい?(隣に)

三和:ううん、べっぴんさん。

蔦重:うるせえババア!出てけ、こら!(腕を引っ張り始める)

女:ごめん!

蔦重:出てけ、こら!

女:ごめん!ごめんって!ふざけただけじゃないか!

蔦重:謝って済むんじゃ・・・

女:後生だから、おいとくれよ!

蔦重:ああっ!(大勢の客が見ている前で、店先に女を投げ出す)

女:お前!お前・・・おっかさんを捨てんのかい!?(一同驚く)

蔦重:先に捨てたの、どっちだよ!

蔦重の母つよ:こんな立派な店、構えても、おっかさんに食わせる飯は一膳も無いって言うのかい?!(怯む蔦重)あんた、鬼かい?!

 ここで、妻ていが騒ぎの収拾に入った。せっかく大店の店主然として、見た目は初の羽織を羽織り、ていにバッチリ整えてもらっていると察せられる蔦重だが、完全に頭に血がのぼっている。自分を捨てた母の話だから仕方ないとはいえ、奉公人も客も見ているのに、まるっきり馬脚を露した格好だ。

てい:旦那様。僭越ではございますが、「孝行したい時に親は無し」と申します。

蔦重:へ?

つよ:(蔦重に)そうだよ!(ていに)あんた、良いこと言うねえ。

てい:「鳩に三枝の礼あり」「烏に反哺の孝あり」と申します。

蔦重:(うなだれて)・・・あ~!へえれ!ベラバアめ!(去る。してやったり顔のつよ

 ベラボウじゃなくてベラバア・・・活用形を初めて見た。蔦重は、ていの「孝行したい時には~」にも「へ?」と返していたくらいだから、その後、鳩に烏にと畳みかけられても、きっと意味は分からなかったと思う。大店の主たる者、衆人環視の状態で「どんな意味?」とも聞き返せないだろうし。でも、ていが自分を止めようとしている様子は察した訳だ。

 その間、つよさんはもう黙り、ていさんに蔦重の相手をさせて様子を見ている。放っておいたら、ていさんは次々何かを言いそうだ。それもまた面白がって見ていたかもだけど、蔦重が、ていさんの圧力に負けるのを、つよはしっかり見届けていた。

 こんなにも見事な「してやったり顔」も久しぶりに見た気がするが、つよは、(この嫁は使える)と確信しただろう。だから、味方につけておくために絶対に悪いようにはしないだろうね。嫁姑問題は心配ない。

 つよは縋りつくだけじゃない。「貧乏で借金まみれ」と聞いて、「じゃあ、みんなの髪は私が結うよ。そしたら倹約になるだろ?」と策を出した。この時も、「ね?」と、ていに向かって話をして「はい、ありがとうございます」と了承を得た。蔦重はそっちのけ、これで堂々と居られる訳だ。策略家だ。

 この母つよについて、駿河屋市右衛門は「おつよさん、下野にいたのか」と「さん付け」で呼んだ。やっぱり駿河屋の姉の設定なんだろうか?公式プロフィールにはこう書いてあった。

◆つよ/高岡早紀 ある日突然、蔦重のもとに戻ってくる母親

蔦重(横浜流星)が7歳の時に離縁し、蔦重をおいて去っていった実の母親。髪結の仕事をしていたこともあり、人たらし。対話力にはたけており、蔦重の耕書堂の商売に一役買う。(【キャスト・相関図】日本橋の人々<第25回~> - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 ・・・特に、駿河屋とのつながりは書かれていない。駿河屋の方にも、そんなことは書いてないし。

 ただ、駿河屋の女将ふじも、つよのことは知っている様子だ。「何かあのババア、人の懐に入るの恐ろしくうまくねえですか?」と蔦重が言ったら、ふじは「おつよさんは人たらしで評判だったからねえ」と答えていた。

 その人たらしを活かし、つよは髪が乱れがちな長旅の商人をつかまえて座敷で無料で髪を結い、その間に錦絵などを見せて商品を買わせようという「売り込み髪結床」を思いついていた。髪結い中は客が手持無沙汰になる。その時間をプロモーションに使おうってことだよね。閃くな~。

 この、つよに設定されたキャラがまた、蔦重と親子なんだなあと思わせる。その内面を納得させるのは俳優さんの力量なんだけど、外見も系統が同じだよね。蔦重とつよは(つまりは横浜流星と高岡早紀は)よく似ていて親子感がある。大河のキャスティング力、素晴らしい。ハマりすぎ。

 あ、その方面に詳しい人に言わせると、「念者」は年上、年下には「若衆」というそうだ。「お母様、間違ってらっしゃいますよ~」とのことで、笑ってしまった。あ・・・詳しい人とは「かしまし歴史チャンネル」のきりゅうさん😅

kotobank.jp

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ていに再プロポーズ成功!三人の女②

 今回、蔦重はていの心をしっかりつかまえることができた様子。おめでとう!パチパチパチパチ!

(小さな包みを手に山門の前に立つ、てい。門に向かい、足を踏み出す)

蔦重:おていさん!(追いかけてくる)おていさん!はあ、いてえ!はあ・・・。あの・・・(走り過ぎて吐きそう。息を整えつつ)、あの・・・不服は、へ、部屋のことですよね。俺、客用の座敷に移りますよ。バ、ババアには俺・・・私のイビキがうるさくて寝られねえって言やいいし、それでいいですか?

てい:江戸一の利き者の妻は、私では務まらぬと存じます。私は、石頭のつまらぬ女です。母上様のような客あしらいも出来ず、歌さんや、集まる方たちのような才がある訳でもなく、できるのは、帳簿を付けることくらい。今を時めく作者や絵師や、狂歌師、さらにはご立派なお武家様まで集まる蔦屋にございます。そこの女将にはもっと、華やかで才長けた・・・例えば吉原一の花魁を張れるような、そういうお方が相応しいと存じます。どうぞ、お許しくださいませ。(頭を下げ、山門に入って行こうとする)

蔦重:そりゃ、随分な言い草ですね。あんたは江戸一の利き者だ。けど、てめえの女房の目利きだけはしくじった。おていさんは、そう言ってんですよね。

てい:私は、あくまで己で己を顧み・・・。

蔦重:俺ゃ、おていさんのことつまんねえって思ったことねえですぜ。説教めいた話は面しれえし、あっ、陶朱公のように生きろって、この人、まともな顔してめちゃくちゃ面白ぇって思いましたぜ。縁の下の力持ちなとこも好きでさね。皆のいねえとこで掃除してたり、皆のために系図作ろうとか。背筋がぴんとしてるとこも。

 けど、んなのは細けえことで・・・「出会っちまった」って思ったんでさ。俺と同じ考えで、同じ辛さを味わってきた人がいたって。この人ならこの先、山があって谷があっても一緒に歩いてくれんじゃねえか、いや、一緒に歩きてえって。(眼鏡の奥、ていの瞳が揺れる)おていさんは、俺が、俺の為だけに目利きした、俺のたった一人の女房でさ。(手を差し出す。ていも、そっと手を伸ばす)

 これ、日光の東照宮あたりで撮影したのかな?そんな雰囲気がある。しかし、そもそもなんで「帳簿を付けるぐらい」なんて、「できる女」ていさんは謙遜しちゃうんだろう・・・周りを見回してごらんよ。あの目録➡商品の系図だったっけ?あんなに詳細にまとめるなんて、すごいことができてると思うのに?

 (作ったスタッフが苦労を公式サイトで披露しているくらい😅渾身の小道具だそうだ。【大河べらぼう】のべ650以上の作品を網羅!「品の系図」製作秘話 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 それに、蔦重を見劣りしない立派な日本橋の店主に見えるよう、立ち居振る舞いから着るものまで、内外ともにサポートできるのは、どう考えても、日本橋生まれ育ちのていさんだけだ。家族と生活してきた中で培われたもので、自分ができることが当たり前すぎて、気づかないのかもね。

 まあ、歌麿は天才絵師。近くに天才がいたら辛いけど、隣の芝生が青く見え過ぎ、無い物ねだりをしてしまうのも、不安だからなのか。それだけ蔦重のことを好きになったってことなんでしょうな。

「良かったな蔦重」涙の歌麿・三人の女③

 ていさんが蔦重と本当の夫婦になった夜、まさかまさか、その様子をしっかり把握していたのが歌麿。昔の家の作りはそこまで明け透けなのか😨と思うと、そっちの方がショックだった。

 しかし、蔦重・・・家に来たばかりの母つよさんだって、歌麿と蔦重の中を勘ぐったくらい。そちら方面には疎そうな、ていも「そういうことならどうぞ」と蔦重に歌麿の部屋に行けと促していたのに・・・なぜにそんなに蔦重は恋愛アンポンタンなんだろう?そこまでだと、人を傷つけるよね。

 そんな相手だもの、歌麿は可哀そうだったかもしれない。蔦重は、自分を危機から2度も救い出してくれた人だから、「運命の人」的な気持ちを持っても不思議じゃないけど、恋愛とカテゴライズできない大きな兄弟愛的つながりだって、悪くないよ。

 「生まれ変わるなら女が良い」と言っていたけど、恋愛は、これからこれから。きっと運命の良い相手が待ってるよ(お願いしますよ、脚本家さん)。

 ああ、モーダメになってきたので、今回は失礼してこれにて終わろうと思う。次回、田沼親子の運命が変転する大事件を、心して見なければならないのに・・・生田斗真が終わり際に良い顔してたな・・・。今回のコロナ、軽く済んでほしい。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#25 蔦重日本橋へ!灰捨て競争で楽しく活躍の蔦重に鶴屋も降参、ていも「陶朱公の妻に」と決断。意知&誰袖は悲恋

田沼様が後ろ盾、を日本橋はいつ知った?

 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第25回「灰の雨降る日本橋」が6/29に放送された。須原屋市兵衛を動かし、松前藩が探していた蝦夷地での「抜け荷の絵図」を田沼意知に持ち込んだ蔦重は、代わりに「日本橋に店を出すのをお助け願いたい」と頼み、とうとう日本橋通油町の丸屋を手に入れた。

 ここから蔦重の日本橋での活躍が始まる第2章キックオフだ。まずは、あらすじを公式サイトから引用する。

≪あらすじ≫ 第25回「灰の雨降る日本橋」

 柏原屋から丸屋を買い取った蔦重(横浜流星)は、須原屋(里見浩太朗)の持つ「抜荷の絵図」と交換条件で意知(宮沢氷魚)から日本橋出店への協力を取り付ける。そんな中、浅間山の大噴火で江戸にも灰が降り注ぐ。蔦重は通油町の灰除去のため懸命に働く。その姿に、門前払いしていたてい(橋本 愛)の心が揺れる。一方、意知は誰袖(福原 遥)に心ひかれ始める。松前廣年(ひょうろく)は抜荷の件で大文字屋(伊藤淳史)を訪ねる…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第25回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 「日本橋出店への協力」とは何か?田沼意知が、安永のお達し「吉原者は市中の家屋敷を手に入れてはならぬ」について、どんな風に蔦重のために「事なきよう取り計らった」のか。吉原者への差別感情いっぱいの日本橋の面々が、田沼様からの根回しにどう反応したのか。

 そのあたりが今回は知りたいポイントだったのに、何だかハッキリしないね。突っ込んでも面白くなったと思うのに、端折らないでほしかった。

 過去の「吉原者は市中ではNG」のお達しはどの時点で効力を発揮していたものか。店の売買契約自体が、吉原者が買主だと無効になってきたのか?そうすると、今回蔦重に「うちからあの店、買いまへんか」と話を持ってきた柏原屋に、田沼様が「過去のお達しはもう問題ない」とでも話をして安心させたのだろうか?

 それとも、奉行所に意知が根回しをしておいて、柏原屋に奉行所に確認させたかな?それで、売買契約が無事に結べたの?

 蔦重が丸屋を手に入れた証文を持って灰除去に出向いた時に、丸屋を含む日本橋通油町の面々が、吉原者蔦重を受け入れない嫌悪感丸出しの姿勢はまだ変わっていない様子だった。まさか、田沼様が後ろ盾になっているとは、この時点では通油町は知らなかったのだろう。

 それを鶴屋ら通油町が知って焦る瞬間というのが、昔夕方に再放送でよく見た「この紋所が目に入らぬか~」じゃないけど、古い時代劇とかでは視聴者の留飲の下がるポイントだったと思うのだけどね・・・😅

 灰掃除レースに全部持って行かれたような感じだ。蔦重が「何かねえかなあ~」と「日本橋と仲良くなる手」を探して頭を悩ませていたところに、1783年(天明三年)夏の浅間山の噴火があった。噴火は一部成層圏にも達し、江戸にも灰が降った。

 (ところで、「浅間焼け」と九郎助稲荷の綾瀬はるかが呼んでいたその大噴火を、並んで眺めていたのがうつせみと小田新之助だよ・・・浅間山の近くに逃げていたのか・・・やっぱり。あんまり悲劇的なことにならないでほしいが、周辺は被害が大きかったのだよねえ。)

 それを「恵みの雨」「こりゃあ、恵みの灰だろ」と見たのが蔦重。灰除けの着物など布をたくさん背負って、丸屋に現れた。「なるべく揉めたくない」と歌麿には言っていたのに、この時に、揉めるような軽口をわざわざ利いてしまうのが吉原風、というよりも見掛け倒しの蔦重だからなのかな。

(煙と灰に覆われた江戸の街。日本橋丸屋の表に、布で鼻と口を押さえた女将ていと手代みの吉)

みの吉:うちは、どういたしましょうか?女将さん。

てい:そうですね、とりあえず・・・(「何だありゃ?」の声に振り返ると、灰除けの布を顔に巻き、背負子に柳行李を何段も重ねた蔦重がくる)

蔦重:お~どうもどうも~!(両手には風呂敷包み)よいしょ。丸屋の女将さん申し訳ねえが、出てってもらえますか?もう、ここは俺の店なんで。(500両で買い受けた売渡証文を掲げる。売渡人は柏原屋、証人は大橋屋と中野屋か)ま、今出てけってな冗談でさ。俺はそんな鬼じゃねえ。(笑ってかぶりを振るが、てい等は踵を返す)俺と一緒に店、守りませ・・・あ?ちょ・・・待て待て待て!おい!おい!(店から締め出される)開けろ!開けろって!開けてくだせえよ!(店中の戸が閉まる)あ!開けろ!なあ!

 この後、蔦重はひとりで丸屋の屋根に上り、花魁たちの古着を瓦に広げ始めた。それに対して、村田屋等から「おい、勝手に何やってんだ!」「降りろ!」と罵声が飛び、鶴屋もやってきた。

蔦重:俺のこと野次ってねえで、皆さんも布掛けた方がいいですよ。(足が滑って屋根から落ちるが、ジブリキャラ並みに無傷💦)

鶴屋喜右衛門:(舞い上がった灰を浴びて咳き込む。冷たく)なんでここにいるんですか?

蔦重:ここが(証文を懐から出して見せる)うちの店になったんで。てめえの店を、てめえが守るってな当たり前でさ。

鶴屋:そんなことをしても無駄ですよ。

蔦重:無駄じゃねえっすよ。

鶴屋:例のお達しのこと、忘れたんですか?

蔦重:(無視して)間違えなく、今やるのが一番ですぜ。(みの吉が屋根に梯子をかける)おい!お前、何やってんだ!

みの吉:女将さんが引っぺがせって!

蔦重:瓦の隙間に灰が溜まんねえようにしてんだよ!ほら、樋も詰まんねえようにしようぜ(古着を渡す。樋には灰が既に積もっている)樋が詰まっちゃ、つまんねえよ。店は大事にしようぜ。

鶴屋:店中の不要な着物を搔き集めなさい。

村田屋:うちもやるぞ!

 ほんと、鶴屋ら通油町の面々は、いったいいつ、蔦重のバックに時の権力者の田沼様がいることを知ったのだろうね?どこかで、意知が「事なきように取り計らった」訳だから、影響が来ない訳がない。

 お上の意向を知ってどこかで空気が変わり、「吉原者が!」と簡単に追い払えない雰囲気になってきて、さあどうする・・・どこで振り上げた拳を降ろしたらいいのか、という悩みが鶴屋らには内々で生まれていたのではないかと思うんだけど。

 もう、江戸一の利き者と蔦重が世間でもてはやされるようになった頃から、そんな流れはあったのかも。同じ通油町でも、寄り合いでの釘屋さんなどは蔦重受け入れに何の屈託もない様子だった。地本問屋仲間が「吉原者が!」と言い過ぎちゃったのだよね。

斬新なアイデアに溢れ勢いがある蔦重に、ていは鶴屋は

 丸屋女将ていも、たっぷり悪口を吹き込まれて蔦重への見方が偏っていたものの、降灰から店を守るために布を掛けまくって奮闘した蔦重にと、握り飯を用意させていた。店から締め出していた程だったのに、軟化した。

 また、手代みの吉以外の店の者たちが、まだ警戒を解かずに棒だの箒だのを蔦重に向かって構えている反面、蔦重と打ち解けて「(降灰から)金が出たら吉原に行く」「案内しますよ、任せてくだせえ!」などと話をしているのを聞きながら、ていは部屋でひとり「陶朱公」の書かれている漢文(史記巻四十一?)を読んでいた。

 ていの切り替えが早い。よほど、内心では蔦重の行動に感銘を受けたのだろう。この時点でもう、「あの人は陶朱公だ」と思い立ち、文書を読んで確認していたのだ。

 翌朝、奉行所から灰を川などに捨てよとのお達しが来た時、蔦重は灰捨て競争を町内に提案した。これが、前日の行動に引き続き、ていも、日本橋の面々も相当揺さぶったらしい。

村田屋:おい、お~い。みんな聞いてくれ!

鶴屋:奉行所からお指図がありました。早急に河や海、または空き地に灰を捨てよとのことです!各店、灰を集めてください!

村田屋:頼んだぞ!

蔦重:(ニンマリして)お待ちくだせえ!どうせなら、みんなで一緒に捨てませんか?

一同:え?

 (灰の積もった町内の道の真ん中に、蔦重が箒の柄で線を引き、向かい合わせに並ぶ店を左右に区切る。みな不思議そうに見ている。ていも店から出てくる)

蔦重:よいしょ~!こっちが左組、(反対に)こっちが右組。集めた灰を早く先に捨てた方が勝ちの競争です。どうでしょ?

村田屋:くだんねえ。遊びじゃねえんだよ!(鶴屋も冷ややか)

蔦重:遊びじゃねえから遊びにすんじゃねえですか。面白くねえ仕事こそ、面白くしねえと。

町人1:勝ったら何かあんですかい?褒美とか。

町人2:そうだ!

蔦重:ああ・・・勝った組には、俺から10両出しやしょう!

一同:(歓声)10両!おお~!太っ腹だねぇ!

蔦重:そう、蔦屋は太っ腹!皆さん、覚えといてくだせえよ!

村田屋:金で釣りやがって!

鶴屋:では!私からは一帯25両出しましょう!

一同:おお~!25両!

蔦重:さすが鶴屋さん!

丸屋の奉公人ふたり:勝ったらみんなで吉原行けるな!ああ!(あっと、ていの顔色を見る)

鶴屋:まったく吉原者っていうのは・・・。

蔦重:ああ、遊びの為なら吉原もんは草履の裏だって舐めまさ!じゃあ、皆さんやりましょうか!

一同:へえ!お~!(無表情に蔦重を見ている女将てい)

 村田屋は反発していたが、頭の回転が速い鶴屋は、蔦重ばかりの手柄にするかと話に乗った。灰捨て競争は盛り上がり、最後の最後で、蔦重は両手に桶をぶら下げて川に飛び込み、溺れた。

 男衆に引き上げられて、「無茶しやがって」と村田屋に声を掛けられた蔦重は「誰か助けてくれると思ったんすけどね」と全然堪えていない。そこに「べらぼうか!」と村田屋が呆れたところで、鶴屋がハハハ・・・と自然な笑いを見せた。

 あの、鉄仮面(?)のような、目が笑っていない不自然に固まった笑顔が定番の鶴屋さんが!うっかり中の人・風間俊介の人となりが出ちゃったのか・・・という訳ではない。蔦重も嬉し気に「今、笑いましたね」と指摘したら、鶴屋は一瞬(しまった)と目をきょろっとさせながらも「私はいつだってにこやかです」と蔦重に笑顔を向けたのだった。

 これで、風向きは変わった。機転が利いて勢いがあって、そのアイデアも斬新で楽しい。蔦重のそんな魅力を、これまでの仕事を見て鶴屋は薄々気づいてはいたはずだけど、表立っても認めざるを得ない、大きなきっかけになっただろう。

ていがビジネス婚を受け入れた

 灰捨て競争が引き分けとなり、お祭り男の蔦重を始め仲良く皆が宴で楽しむ頃、鶴屋は黙って去り、ていは旧丸屋となった蔦重の店で畳を拭いていた。

 帰りに立ち寄った蔦重は、ていに話をする。さあさあさあさあ!くだらない冗談を言っちゃダメだよ!アプローチがまた軽いけどな~😅

蔦重:女将さん、一緒に飲みませんか?(ていは蔦重を一旦見て、掃除を続ける。あちゃーという顔の蔦重)・・・じゃあ、手伝いまさ。

てい:結構です。

蔦重:ここは、俺の店なんで。(座敷に上がり、桶のぞうきんを絞る)よし。(畳の目に沿って、丁寧に拭き始める)

てい:(手を止める)蔦重さんは「陶朱公」という人物はご存知ですか?

蔦重:ああ・・・昔の。

てい:越の武将だった范蠡(はんれい)です。

蔦重:あ~、え~と。

てい:范蠡は、武将であった折には血生臭い謀略に長けていましたが、戦から身を引いてからは斉という国へ行き、商いに精を出し、その地を栄えさせます。(立ち上がって雑巾を桶で洗い、絞る)するとまた、国の宰相にと乞われます。しかし、戦などもうごめん、その地で築いた富を友人や周りの人に分け与え(また拭き始める)、今度は陶というところに移ります。

蔦重:宵越しの銭は持たねえってか。いやあ、いい男でさね!え~と、よし!(拭き始める)

てい:蔦重さんは、ぜひそのようにお生きになるとよろしいかと存じます。(蔦重、え?という顔)移り住んだ土地を富み栄えさせる。蔦重さんには、そのような才覚があるとお見受けしました。(最高に褒めてる)

蔦重:そうですかねえ。(てい、手が止まっている)

てい:店を譲るならば、そういう方にと思っておりました。(顔を上げる蔦重。ていが蔦重の方を向く)私は明日、出ていきます。つきましては、みの吉など引き取り先の決まっておらぬ奉公の者をお抱え頂けぬでしょうか。

蔦重:はあ・・・そりゃ助かりますけど。うちは奉公人もいねえし。

てい:では、何卒よろしくお願い申し上げます。(両手を付き、頭を下げる。掃除に戻る)

蔦重:あ・・・女将さんは、どうなさるおつもりで?

てい:出家を考えています。人付き合いは苦手ですし、商いは向いておらぬようで。

蔦重:なら、やはり陶朱公の女房になりませんか?(雑巾を絞る、ていの手が止まる)俺ゃ、人付き合いしか能はねえけど、女将さんみてえな学はねえし。こんなでけえ店、動かすのは初めてですけど、女将さんは生まれた時からここにいる訳で。力を合わせりゃ、良い店が出来ると思うんでさ。(てい、まだ動かない)嫌ですか?こんな吉原もんなんかとってなあ。

てい:(雑巾を絞り、蔦重に向き直る)・・・日本橋では、店(みせ)ではなく店(たな)の方が馴染みます。あと、俺ではなく私。日本橋の主に「俺」はそぐいません。(ずれた眼鏡を直し、去っていく)

蔦重:あ・・・(ていの答えが、どっちなのか分からない)

 蔦重に、日本橋の店主たる者とは、のアドバイスを始めたってことはそういう事。本が好きなんだもんねえ。で、自分が最高に褒めた陶朱公の「女房」になりませんかと言われて、ワーっと頭の中を様々なものが駆け巡ったんだろうなあ。モノクロの世界だったのに、いきなりカラフルな花畑がパーッと広がったんじゃないの。

 それに、「吉原者なんか」とか、自分の好悪の問題じゃないと考えたのでは。浮世絵を見ると、この頃は顔も知らず縁づくのも普通だったようだし、女側の好きだ嫌いだばかりが通る時代でも無かっただろう。店のビジネスのためには自分の知識があった方が良いと、理屈で判断したんだろうね。

 まあ、「どんなに落ちぶれても吉原者なんかと」みたいに侮辱的な啖呵を以前は蔦重に対して切っていた訳だから、その点はちゃんと謝ってほしいとは、現代のこちらは思ってしまうけどね。

歌麿、やっぱりラブだったのか!

 で、蔦重&ていふたりの会話が、どう進んだかはドラマでは割愛されている。吉原の耕書堂に戻って、次郎兵衛兄さん、つるべ蕎麦の大将半次郎、歌麿にビジネス婚の報告と相成った。

 その時の歌麿の反応が!そうだったか・・・やっぱり蔦重にラブだったんだね。蔦重が酔っ払って帰った時に、蔦重の下敷きになっても歌麿はそのまま、わざと動かずにいたように見えたもんね。義理の兄さんへの遠慮とか、気のせいじゃなかった。

半次郎:お前さん、その人、女房にすんのかよ?!

蔦重:ああ・・・まあ、そういうことになりまして。

歌麿:(不服顔全開)もう縁組の話は立ち消えたんじゃ・・・。

蔦重:ああ、俺も教えてもらいてえことあるし。したら、商いの為だけの夫婦ならいいって言ってくれてよ。

半次郎:ええ?

次郎兵衛:商いだけ?

蔦重:色々あって、もう男はこりごりらしいんでさ。

歌麿:じゃあ、雇いってことでいいじゃねえの!何だって夫婦になんだよ。

蔦重:ん?

次郎兵衛:ん?おめえ、こいつが女房貰うの嫌なのかい?

歌麿:・・・嫌じゃねえけど。そうなると俺ゃ、店に住んでいいのかとか・・・。

蔦重:フフ、何言ってんだ。お前は俺の義弟なんだから、堂々と一緒に住みゃいいんだよ。(歌麿の肩を叩いて)なっ。(歌麿に笑顔無し)

 いやいや、歌麿は蔦重の嫁取りは嫌なんだってば。自分が蔦重の女房のような気分でいたんだよね。そこに本物女房のていに来られちゃあ。

 思えば、前世で信長だった時は(「麒麟がくる」)、あんなに大好きだった明智十兵衛光秀に殺されちゃったんだもんね。また「べらぼう」で喜多川歌麿になっても、思いが叶わないのか・・・お気の毒。

 ・・・は冗談にしても、あの信長を演じていた同じ人(染谷将太)とは思えない可愛らしさ。いや、信長も相当可愛らしかったか。

日本橋と吉原の和解に忘八も泣く

 ということで、蔦重とていの祝言が行われた。この時の襖の隙間から覗いている忘八連中の会話が面白かったね。ていが眼鏡を外しているもんだから、「相手は丸屋の女将さんじゃなかったのかい」とか何とか、ザワついちゃって。

 次郎兵衛兄さんも、ガン見しているし。その横には、いつの間にやら存在していたサバサバなのかネチネチなのかの兄さんの嫁「とく」と、子どもたちが3人も。今後は嫁と兄さんの会話があるのかなあ、楽しみだ。

 結局、「手元不如意につき、眼鏡をかけてもよろしいでしょうか」と断って、ていは分厚い黒眼鏡をかけて三々九度に臨み、「おめでとうございます」となった。

 そこにやってきたのが鶴屋だ。一触即発かと思われたがなんと感動の大団円。記録しておく。

留四郎:すみません、すみません・・・入ります!(座敷内に座って)あの・・・鶴屋さんがいらしたんですが。

駿河屋:ああ?(眉を顰める)

丁子屋:この赤子面!(鶴屋が、以前落とされた階段を昇ってくる)てめえ何しに来やがった!おいおい、おいおいおい!

蔦重:お通しくだせえ!

留四郎:どうぞ、お入りください。

鶴屋:(座って)お日柄も良く、御祝言の儀、心よりお喜び申し上げます。(頭を下げる)心ばかりではございますが、通油町よりお祝いの品をお贈りいたします。(鶴屋の奉公人が、桐の箱を差し出す)

蔦重:(蓋を開ける。青地に白抜きの蔦屋の紋)こりゃ・・・暖簾にございますか?(驚いているてい)

鶴屋:この度、通油町は早く楽しく灰を始末することができました。蔦屋さんの持つ、全てを遊びに変えようという吉原の気風のおかげにございます。(軽く頭を下げる)江戸一の利き者、いや江戸一のお祭り男は、きっとこの町を一層盛り上げてくれよう。そのようなところに町の総意は落ち着き、日本橋通油町は、蔦屋さんを快くお迎え申し上げる所存にございます。(手をつき、深々と頭を下げる。涙目の蔦重)

扇屋:重三・・・重三おめえ、死ぬ気でやれよ、おめえ!(涙声)

蔦重:へえ!

丁子屋:カボチャにも早えとこ知らせてやんねえとな!

二代目大文字屋:喜んで化けて出てきちまいますよ・・・。

駿河屋:鶴屋さん。これまでの数々のご無礼、お許しいただきたく。(頭を下げる、親父たちと蔦重ら一同。下げていないのは、ていと鶴屋の奉公人のみ)

鶴屋:灰降って地固まる。これからは、より良い縁を築ければと存じます。

蔦重:鶴屋さん。頂いた暖簾、決して汚さねえようにします!

鶴屋:(素直な笑顔で)本当に頼みますよ。

蔦重:へえ!

鶴屋:では。(一同、頭を下げて見送る)

蔦重:(涙顔で、ていに暖簾を見せるも、ていはぶすっとして横目で蔦重を見る)

 こうなるとは、ていは予想していなかった?丸屋の暖簾を使い続けられると期待していたか・・・でも、蔦重が「丸屋耕書堂」を提案した時の売却話には乗らず、柏原屋に店を売ったんだもんね。

 まあ、積極的にぶすッとした訳じゃなく、ビジネス婚だから能面で行くつもりでいるのかな。さて、いつ鶴屋のように蔦重に笑ってくれるものやら。

 通油町も、総意が落ち着くまでにはすったもんだがあったのではないかと考える。例の「吉原者は」のお達しの確認に奉行所に走った人は絶対にいただろう。そして、前述のように田沼様のご意向を知ってアラびっくり。

 こりゃ、お上には逆らえないねえ・・・江戸一の利き者なのだしね!と自分たちを納得させたのは間違いないだろう。その結果の大団円。

誰袖ジブリキャラ並みの運動能力、ギャップ萌えの意知

 さて、今回判明したことだが、誰袖は、意知の間者となることには早々に成功したものの、まだ田沼意知とは男女の関係に持ち込めていなかったんだね。まさかの1年半も・・・それじゃ色恋のプロの女郎としては辛い。プロとしての矜持だけじゃなく、心底惚れてもいるからね。

 そのモヤモヤが溜まった結果とはいえ、屋根から飛び降りるものすごい大ジャンプを彼女が見せた。普通だったら足を折るって。(子どもの頃、造成地でキャッチボール中に球をつかもうと1階分飛び降り、両足を骨折した経験があるので断言。)

 吉原の通りで、灰掃除に精を出す意知に「ひとっ風呂いかがでありんす?」と、ちょっかいを掛けた女郎わかなみ。「その方はわっちの色でありんす!」と、眺めていた誰袖が2階からクレームをつけたところ、「もしや色と思っているのは花魁だけでは?」と痛いところを言い返された。

 そこで誰袖が下へジャンプ、女ふたりでつかみ合いとなった訳だが、この身体能力とガッツはスゲー。そんなことができちゃうなんて、ここにもジブリキャラ並みの人がいた。

 この激しい取っ組み合いの後、ギャップ萌えなのか・・・「かような恰好でご無礼いたしんす」と洗い髪でおずおず出てきた誰袖に、明らかに意知は釘付け、ハートを撃ち抜かれていた。なのに(だからこそ?)帰ろうとした。

誰袖:(意知の腕をつかみ、引き留める)もうすぐ1年と半年にもなりんす。あの女の言う通り、色だ色だと言っておるのはわっちばかり。

意知:そなたの働きには報いるつもりだ。案じずとも身請けの責は果たす。

誰袖:わっちの身請けは「責」だけで?(見つめ合う)

 そこに松前広年が来訪、箱にぎっしりの琥珀を大文字屋に持参したので話は中断。これで、目論見通り、松前藩が密貿易に手を出した証拠を押さえたことになるんだろう。これで松前に幕府への蝦夷の上知を迫れるか。もう、花魁は「責」を果たした。

 しかし、「花魁は私に夢中のはずじゃ」と誰袖をさらに所望する広年を垣間見、ここで怪しまれてはいけないと「琥珀が来た、関わりを断ち切った、では要らぬ疑いを持たれんしょう。(意知に微笑んで)きちんと責だけは果たしておくんなんし」と意知に言い残して誰袖は広年の元へ。

 この健気さも大いに響いたんだろうな。出直して誰袖に会いに来た意知が渡したのは・・・ジャジャジャジャーン!扇だった。

扇でまひろ&道長を思い出す

 え~!まひろが道長にもらったヤツじゃん!!!と一気に昨年の「光る君へ」の感激シーンを思い出したのは、きっと私だけじゃないはず。出会った頃の三郎(藤原道長)と、まひろ(紫式部)の姿が描かれた檜扇は、主人公まひろの心の拠り所になった。

 そこまでの代物じゃなくてもだよ・・・平安から江戸になっても、男が女に恋心を告げるのに必要な小道具は、扇(あふぎ)ってことか・・・。

 それに歌は西行。大河ドラマ「平清盛」で演じていた藤木直人の姿で西行を思い出せるのが大河ファンの醍醐味。待賢門院璋子の檀れいがまた美しかったよね。思い出しちゃったな。おっと、恐ろしい伊東四朗も思い出した😅

 「べらぼう」に戻ろう。意知は、意を決して誰袖に思いを告げたのだけれどもね、まるで高校生男子が告ってるみたいだったよね。この初々しさ、この人いくつだった?

誰袖:かような時分に、何かありんしたか?

田沼意知:花魁。(箱を開ける)これを。(扇を渡す)

誰袖:(扇を開く)「袖に寄する恋」。

意知:あの時、雲助は何も詠まなかったのを思い出してな。

誰袖:そういえば。(笑顔で扇に書かれた歌を読む)「西行は花の下にて死なんとか 雲助袖の下にて死にたし」(下の句で驚く)

意知:下手ですまぬが。

誰袖:(うれしさが顔いっぱいに)袖の下で死にたい、田沼様とも。

意知:まあ・・・そこも、この際かけてみた。(誰袖を見て照れている)

誰袖:・・・嬉しおす。家宝にしんす。

意知:(誰袖を見つめて)そなたと添わぬのは、間者働きをさせることが、より辛くなるからだ。好いた女に何をさせておるのだと、私は己を責めるより他なくなる。いっそ蝦夷など止めればと、思うようになるかもしれぬ。しかし、蝦夷は蝦夷でやり遂げねばならぬ私なりの思いがある。私の弱さを、許してくれるとありがたい。

誰袖:お許ししんすゆえ(膝を崩して)ちょいと、わっちの袖の下で死んでみなせんか。

意知:だから、それは・・・。

誰袖:形だけ。(膝をポンポンと叩いて)形だけでありんす。

意知:(誰袖を見つめてから、不器用に仰向けに膝枕をして横たわる)・・・花魁が、望月のようだ。

誰袖:「願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月の頃」。西行になったご気分はいかがで?(微笑んでいる)

意知:・・・まずい。ひどくまずい。(右手を伸ばし、誰袖の頬に触れる)

 意知、完落ちですな。誰袖、思いが通じて幸せだね、良かったね・・・とも言っていられない。このふたりに残された時間は、あとどれほどだろう。悲劇の春は次回?いや、もうちょっと待ってほしいな。

(ほぼ敬称略)

【べらぼう】#24 日本橋への険しい道、忘八どもが蔦重を全面バックアップ✨しかし、蔦重は見掛け倒しの本領発揮、おていに嫌われる

大人の階段を昇った蔦重に、忘八は

 もうNHKBS4では次回の蔦重の昼の放送が始まった。土曜日、暑い中庭仕事で張り切り過ぎたせいで、日曜日になってもまだ1行も書けていない。ちょっと熱中症気味かもしれないので、元気になろうと青梅のハチミツ漬けの炭酸割りをぐびぐび飲んで、梅をバリバリ食べている。美味しい😊

 こんな調子で、夜までにどれだけ書けるか。皆様もどうぞお気をつけて。

 さて、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」が折り返しを迎え、第24回「げにつれなきは日本橋」が先週6/22に放送された。

 最近の大河は年間に48回放送されている。ちょうど半分を終えて、いよいよ日本橋へ!ということなんだけど・・・ここのところ日本橋ニンジンが蔦重の目の前にぶら下がっている状態が続き、まだ決着がつかない。本好きアピールの為だった分厚いメガネの橋本愛(丸屋てい)の気持ちが最後の壁のようだ。

 では、公式サイトから今回のあらすじを引用する。

≪あらすじ≫ 第24回「げにつれなきは日本橋」

 吉原の親父たちの支援のもと、日本橋に店を購入する準備を始める蔦重(横浜流星)。しかし、丸屋のてい(橋本 愛)は、吉原者の蔦重を受け入れず、店の売却を拒否する。蔦重は、東作(木村 了)や重政(橋本 淳)に何か打開策はないかとたずねるが…。一方、誰袖(福原 遥)は抜荷の証しをつかめていなかった。意知(宮沢氷魚)は、次の一手に東作と廣年(ひょうろく)をつなぎ、琥珀を直接取り引きする話で誘いを謀る…。(【大河べらぼう】べらぼうナビ🔎第24回 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 前回、例の階段から駿河屋の親父に蹴落とされた蔦重は、階段を逆に這いのぼって親父どもに日本橋出店を説得してみせた。

 自分が成り上がれば、女郎の体を売らせて搾取するため吉原者と世間から侮蔑される親父たちが、実は親無し子を日本橋に店を張らせるまでに育てる懐の深さがあると示す例になる、忘八じゃない吉原のイメージアップにもつながるってことなんだけど、事はそう簡単に運ぶのだろうか。

 町に出てみれば「吉原者よ、初めて見た(ヒソヒソ)」とかね、「吉原者出入無用 通油町」との看板まで立てられちゃって、ていにも「どんなに落ちぶれようと、吉原者と一緒になるなど有り得ません!」(酷い💦)とピシャリ言われちゃってたもんな・・・町内の人々の差別的な言動は、蔦重に同行していた忘八親父たちにもヒリヒリ沁みただろう。

 で、忘八親父はすっかり蔦重の応援団になってたね。とにかく日本橋通油町という絶好の場に売りに出されている丸屋に、他の買い手がつく前に買ってしまえ、「この手のことは俺たちに任せとけ」とばかりに大乗り気。すっかり蔦重が仲間と認められた証と見えた。

 前回終わりで扇屋が連れてきたのは、ツケを溜め、それを帳消しにしてもらいたい馴染みの亀屋の若旦那だった(ていの元夫じゃなかったけど、彼も同じく扇屋にツケを溜めたらしいね。なんと469両!そりゃお店も傾くよ)。

 その扇屋馴染みの若旦那が蔦重の代わりに丸屋を買い、それを蔦重の耕書堂に貸し出すとの名義貸しの目論見だったが、この策は若旦那の詰めが甘くてあえなく崩された。鶴屋の洞察力が鋭いのは知っているけど丸屋のおてい、ただ者じゃなかったね。

村田屋治郎兵衛:いや、亀屋さんが来てくれたら通りの格もますます上がるってもんですよ。

鶴屋喜右衛門:ええ。でも、茶問屋の方がなぜ通油町に?ここは釘屋と本屋ばかりの町ですが。

亀屋:無い所に出してこそだ、買って来いと親父が言い出しましてね。

丸屋てい:亀屋さん。一つ、よろしいでしょうか?

村田屋:何だい?おていさん。

てい:では何故、証文のお名前はお父上様ではないのでしょうか?

亀屋:そこは親孝行ですよ。黙って買って親父を驚かせてやろうかとね。

てい:黙って・・・。先ほど、当のお父上が買ってこいとおっしゃったと。

鶴屋:もしや・・・吉原にツケでも溜まってます?

 はい終わり!ということで、第2弾は、忘八親父どもが丸屋の借金の証文を搔き集めて買い、「我々も既に債権者ですよお」という顔をして、明け渡しを迫ろうと丸屋に踏み込んだ。

 「あんまり上品な手じゃねえ」と駿河屋も言っていたが、買い手が決まってしまうよりいいと。しかし、ここでも鶴屋に叱られちゃうね。

鶴屋:柏原屋さん。この度はこのような急な話を受けてくださり、ありがとうございます。

柏原屋:いえ、江戸に出る話は店の内でも前から上がっておりましてな。

村田屋:良かったねえ、おていさん。ここが書物問屋になるなんてさ。

丸屋てい:父は漢籍も好んでおりました。きっと草葉の陰で喜んでいることと存じます。

鶴屋:私もそう思います。では、始めましょうか。

てい:はい。(証書を前に置き、筆を執る)

(遠くで「お待ちください」という声。戸を開ける音)

丁子屋:ちょいと待った!ちょいとごめんよ。(お待ちください、の声が繰り返しかかっているが、忘八どもが雪崩れ込んでくる)

大文字屋:すぐ済みますからねえ。悪いねえ。(お待ちください!の声)

若木屋:ごめんなすって。

鶴屋:吉原の方々ですよ。

村田屋:お前たち、誰に断って入って・・・(尻すぼみで引き下がる)

てい:これが吉原者・・・。

鶴屋:これはこれは、遠路はるばるようこそおいで下さいました。

駿河屋:おう、年取んねえな、赤子面。

鶴屋:おかげさまで。

柏原屋:あの、この方たちは・・・?(村田屋に)

扇屋:女将さん。悪いけど、その取引は無しにさせてもらうぜ。もう、この店のいくらかは俺たちのもんになってんだ。(借金証文を出す)

鶴屋:そうですか。それは、私どもも同じでして。(証文を出す)丸屋さんは町の講からも借りておられたので。これしきのことは、日本橋の商人だったら誰もが思いつくんです。でも、やらないんです。これは、座頭や無法者、あなた方忘八のやり口だからです。あなた方は日本橋にふさわしくない。

蔦重:けど、うちは丸屋さんの暖簾は残しますよ。(一礼し、ていの前に座る)お初徳兵衛、蔦屋重三郎と申します。

大文字屋:おめえ、暖簾を残すって・・・。

蔦重:ああ、改めて考えたんですが、丸屋さんとうちで、1つの店にしちまえば良いんじゃねえかって。

てい:え?(鶴屋が無言で見ている)

若木屋:そんじゃ、蔦屋が日本橋に出たってことにゃならねえだろ。

蔦重:堂号がありゃ、伝わりまさ。例えば丸屋耕書堂ってしちまって。

村田屋:騙されちゃなんねえよ!どうせ時を見て蔦屋に変えるつもり・・・

蔦重:しませんよ、んなこと。(ていを見て)どうです、女将さん。一緒に本屋、やりませんか?本当は店、続けてえんじゃねえですか?

てい:(考えて)・・・お受けしかねます。父も、お達しに背くようなマネは喜ばぬと思いますので。

蔦重:そうですか。(フーッと息を吐いて)じゃあ、俺と一緒になるってなあ、どうです?

忘八ども:おい、重三!

りつ:重三・・・(あきれる)。

蔦重:(てい、キッとして横目で見る)店屋敷の売り買いは難がありますが、縁組は禁じられてねえ。それなら、お達しには背かねえし、店を一緒にやるのは当たり前。お互い、独り身ですし。どうです?

てい:(一点を見つめ)・・・「男やもめに蛆が湧き、女やもめに花が咲く」と申します。

蔦重:そう。ここは、ひとつ花を咲かせましょうよ!

てい:花の咲かぬ女やもめは、縁組をちらつかせれば食いつくとでも?

蔦重:え?

てい:(眼鏡の奥に、鋭いまなざし)どんなに落ちぶれようと、吉原者と一緒になるなど有り得ません!(出ていく)

 やっちゃったね、蔦重。ため息しかない。

 「丸屋の女将さんが欲しくてたまらないもの」を忘八どもが考える時に、不老長寿の薬、打ち出の小槌に続いて出たのが「男」。大黒屋りつが言ったのだったが、それで「お前が色仕掛けすりゃいいんじゃねえの?」と、一旦その場は盛り上がった。

 だが、すぐに「ごめん、やっぱ忘れとくれ」「だね、ちょいと無理筋だ」とりつと松葉屋が言い出し、りつがとどめで「だって、あんた見掛け倒しじゃないか」と。その見掛け倒しの本領が、ていを前にして発揮されてしまった。

 天下の横浜流星を捕まえて、何を言ってる~アハハ!とは思うけれど、モテ男の「中の人」はともかく、瀬川への初恋に気づくのに20年かかった男なんだもんね、蔦重は。

 とはいえね、やっぱりそれこそキャラ設定が無理筋なんじゃないの?恋愛トンマは主人公あるあるだけど、蔦重をそんなキャラにしてしまうのって。人たらし女たらしじゃないと、そこまで時代の寵児にまで駆け上がれたかどうか。鮮やかにおていさんを自分に恋させる、江戸の横浜流星たる手練手管を見たかったけどな。

 しかし、今作は蔦重は見掛け倒しで、相手はお堅いおていさんとの設定だ。 「千丈の堤も螻蟻ろうぎけつもっついゆ、と申します。立派な堤も蟻の巣穴をたった1つ許すことで、その内側より崩れゆく韓非子の一節がございます。蔦屋重三郎の店というのはまさに、この蟻の巣穴に当たるものにございましょう」とまで、おていは言っていた。

 韓非子か・・・漢籍の知識が豊富なんだね。まるで去年の「光る君へ」のまひろのよう。ああ、懐かしい😢蔦重とは互いの良いところを補い合える、良い組み合わせではあるよね、ほんと。

 おていの心を動かすのは「本屋、一緒にやりませんか」というビジネスの話だけだろう。「逃げ恥」みたいに、ビジネスパートナーから信頼を得て本当のパートナーへと関係が育まれていく話になりそうだけど、最近、そういうのが多い気もする。

 蔦重の方は、寺での盗み聞きで十分、おていに心が動かされていたようだった。源内さんまで思い出して。おていの後悔の言葉が聞いてて気の毒だね。

てい:誠に情けのうございます。そこまで大事に育ててもらいながら私のしたことと言えば、ろくでもない夫と一緒になり、丸屋を傾け、盛り返すこともできず。一体、私は何のために生きておるのかと。

 さて、次回はどうなるか。

本多正純の登場が近い

 政権の表(老中)も裏(側用人)も権力を握っていた田沼意次の権力の独占振りって、それこそ「光る君へ」の藤原道長に似ている気がするなと、先日の磯田道史のBS番組を見た時に考えた(田沼意次 大ピンチ! 〜意知 殿中刺殺事件〜 - 英雄たちの選択 - NHK)。ただ、両者が一点大きく違うのは血筋の良し悪しだ。それに、現状維持が好まれれば、成り上がり者は嫌われるよね。

 現代から見ると、政治家が血筋ばかりを誇るのは本当に白けるだけだが(米も「買ったことが無い」とか言ってる社会性の無さはサイアク)、血筋正しい松平定信の役者がそろそろ交代して「どうする家康」で本多正純を演じていた、ウルトラマンタイガ井上祐貴になるとか。(大河ドラマ「べらぼう」“寛政の改革”へ!井上祐貴・又吉直樹・島本須美ほか出演決定 - 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 - NHK

 寺田心君も定信の少年期の賢丸を頑張っていたけれど、大人の役者に交代しないと、まだまだ無理な気がするもんね。

 井上祐貴という役者さんは、「虎に翼」でも出ていた。主人公寅子の義理の息子だったね。けれど、時代劇の方が似合う気がする。ちょんまげカツラがキリッと似合うというか。楽しみだなあ。

ちょいと不思議な須原屋

 さて、「例の絵図の方はどうなった、抜け荷の場所を記したという」と田沼意次が言っていた絵図!あれか~須原屋市兵衛が持っていて、蔦重に見せていたのは!

 蔦重はあれを活用して、日本橋に吉原者の自分が店を持てるように後押ししてもらおうとする・・・みたいな流れになりそうだよね。つまり、時の権力者意次親子を動かして、堂々と日本橋に進出するということだ。鶴屋さんも文句が言えないように。

 しかし、「紀州様の蔵に納められた」と平秩東作が語る絵図を、どうやって須原屋は入手していたものか?それを蔦重の日本橋進出のために使わせてくれるとしたら、どんだけ蔦重に優しいのやら。

 ちょっと気になったのだけれど、丸屋の女将さんの人となりを知るために、蔦重が平秩東作に聞いて、さらに尋ねたのが北尾重政だった。

重政:要するに、丸屋の女将さんを落とせねえかって話か。

蔦重:へえ、手に入れたがっているもんとか、叶えてえ望みとか。それに応えられますよって示しゃあ店、売ってくれんじゃねえかと思って。

 この重政は実家が地本問屋の須原屋ファミリー。ウィキペディア先生によると「江戸小伝馬町の書肆(しょし、本屋須原屋三郎兵衛の長男として生まれる。父の三郎兵衛はもと須原屋茂兵衛という大店の版元に長年年季奉公した功により、のれん分けを許された」(北尾重政 - Wikipedia)とのこと。

 小伝馬町といえば、蔦重が店を構えることになる丸屋にも近いのでは?もしかしたら、重政はおていさんと幼なじみとか有り得るんじゃないの?と、こちらは内心で勝手に盛り上がっていた。

 だけれど、ドラマでは「俺が仕事してたのは親父さんの方だからよ、娘のことはさして知らねえのよ」と重政は答えていた。そうか・・・ガッカリ。

 だけど、重政は何と言っても蔦重の初作「一目千本」で力を貸してくれた絵師。以来、良い関係が続き、歌麿にしても何くれとなく面倒を見てくれている。なぜに須原屋ファミリーはこんなにも蔦重に優しいのだろう。もしかして、まだ語られていない何か関係が出てくるの?見当違いかもだけど。

ターゲットは松前広年➡藩主道広へ

 八方塞りとなった田沼意知は、誰袖にも「松前広年じゃオロシャとの直取引を成すところまで辿り着けるかどうか」と言われていた。

 広年はいつもオドオドだもんねえ。「琥珀を持ってくるオロシャといかにして取引するものかは、商人しか知らぬし、できぬ」と言う広年に「裏切りそうな者に金を握らせ、聞き出されてみては?」と切り返せる誰袖は頭が良いが、彼女ぐらいの才覚や度胸が無いと密貿易なんかできないだろう。

 広年は、あれで20歳前後の若者なんだとか。誰袖に、「好きなものをやる。選んで良いぞ」と自作の絵を見せていたが、彼女は全然興味無しで琥珀に話を振った。絵は後で相当価値が出る訳だよね?蠣崎波響なんだもの。後で「あの時貰っておけば」と、大文字屋と誰袖が思い切り悔しがる場面とか出てきたら面白いな😀

 意知は、松前藩の蝦夷地を上知(あげち)として幕府直轄領にしたいがために、密貿易を理由に松前からスムーズに取り上げる形にならないかと画策している。頼りない松前ひょうろく広年に見切りをつけ、破天荒な兄の松前藩主・えなりかずき道広にターゲットを乗り換える方が望ましい。そうしたら、道広から話に乗ってきた。

 これってどこまで信頼できるのか・・・仲良しのサイコパス3人組の一橋治済が何か田沼の動きをつかんでいて、それを知って道広が罠を仕掛けてきている可能性もありそうじゃない?治済が絡んでいる人たちは、何を繰り出して来るものやら怖くてならない。

 それに誰袖が太刀打ちできそうなのも、肝が据わり過ぎて怖い。

(ほぼ敬称略)