黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

いよいよ判決

控訴審の初公判は、私のようなオバサンには扇子が手放せない、暑いさなかだった。判決が11月…と聞いて、「あと3か月、悩み苦しむのか」と被害者のご家族はおっしゃっていたが、とうとう判決の日が近づいた。あさっての17日、東京高裁805号法廷で、2008年2月に埼玉県熊谷市で発生した飲酒運転による9人死傷事故の、危険運転をした車に乗っていた同乗者ふたりに対して、判決が言い渡される。
 
事件から3年半、被害者には長い年月だ。
 
このふたりが「単なる同乗者ではない」ことについては、前回この裁判について書いた際にこのブログでも触れた。本当なら、より責任の重い「教唆犯」でも良かったのではないかと私は思うぐらいなのだが、教唆よりは責任の軽い「幇助犯」として、ふたりは危険運転致死傷罪に問われている。
 
全国初の危険運転致死傷幇助罪を裁く裁判員裁判となったさいたま地裁判決では、職業裁判官との綱引きの上(評議の内容は分からないので、推測だが)、市民から選ばれた裁判員実刑2年の判決を言い渡した。この一審判決が、今回の職業裁判官だけで裁く高等裁判所で見直されてしまうのか、予断を許さない。
 
私は被害者のご家族を応援しているだけの立場だが、それだけでも緊張が走るのに…ご家族の心労はいかばかりか、察するに余りある。先日、倒れて病院に運び込まれたとか、いつのまにか4キロ痩せたとか伺うと、不安や緊張は半端なものではないのだろう。
 
しかし、実刑でなくて執行猶予になってしまうことや、まして無罪になるなんてことは、さすがにないのではないか…と思いたい。市民感覚実刑を死守した裁判員の考えを、職業裁判官にそんなに簡単に投げ捨てられては困るのだ。それこそ、市民の感覚を取り入れるために導入された裁判員裁判制度をないがしろにすることではないかと思うからだ。
 
とにかく、判決を見守りたい。
 
実は「制度をないがしろにされては困る」ということが、もうひとつ、この裁判に関してはある。
 
この9人死傷事故には被告人が4人いる。まず酒店店主に対する道交法上の酒類提供罪(懲役2年執行猶予5年が確定)、それから、おだてられて車を運転したパシリの運転手に対する危険運転致死傷罪(懲役16年の実刑が確定)の裁判が既にあり、残るは運転手の会社の先輩である同乗者ふたりの裁判なのだが、ちょうど司法制度の端境期に当たり、被害者側が「被害者参加制度」という新制度を使って裁判参加できたのは、この最後のふたりの裁判だけなのだ。
 
その「被害者参加制度」を使うと何ができるのかというと・・・長くなってしまうので、詳しく知りたい方は拙著「被害者のための刑事裁判ガイド」を見てもらいたいが、とにかくご家族は、「被告人に直接聞きたいことを聞けることが大きい」とおっしゃっていた。
 
ところが、である。さいたま地裁で行われた第一審の、事実関係と情状関係にゆるやかに分割された審理で、事実関係についてはご家族は被告人に質問できたが、情状関係については被告人質問自体が行われず、まったくご家族は質問できなかったのだ。つまり、ご家族が、被害者参加制度の中で一番大切だと思われていたことが、できなかったのだ。
 
何のための被害者参加制度なの?とご家族は言いたかっただろう。
 
なぜそんなことが起きたのかと言うと…被告人側が「包括的に黙秘権を行使したい」と言い(つまり、まるっとすべて黙っていたい)、それを裁判所が「イイですよ」と認めたばかりか(ここまでは被告人の権利なので当然)、「じゃあ次に行きましょう」とばかりに、情状関係の被告人質問の手続き自体をなくしてしまったからだ。検察官、被害者のサポート役の弁護士が「被告人が、被害者参加人の質問を聞いて答える気になるかもしれないから、質問だけはさせてほしい」と抵抗したが、裁判長は認めなかった。
 
「時間が押していたから次に行きたかったんでしょうか」と傍聴していた学者さんも大いに眉をひそめたが、そんなことで、被害者のためにできた制度が簡単に切り捨てられていいのか…と私は絶句した。身の程知らずを承知で、「まさかまさか、裁判長、被害者参加制度って知らないの?」と聞きたくなった。前述したように、被害者参加制度のキモと言ってもいいものが被害者参加人による被告人質問なのであり、それが簡単に蹴飛ばされることは、制度自体がないがしろにされているに等しい。
 
このように制度を軽んじることを、全国の裁判所がやり始めたらどうなるか。せっかく被害者が全国で50万以上の署名を集めてできた被害者の権利を守る基本法、それに則ってできたばかりの制度が、根底からひっくり返されてしまう。
 
案の定、被害者のご家族は、事件以来ずっと抱えてきた「聞きたいこと」を、やっと被告人に聞けると思っていたのに、それをくじかれて悔しさでいっぱいだったようだ。「被告人に黙秘権があるのは当たり前だが、それは被告人自身が黙っている権利であって他人まで黙らせる権利ではない。法制審で話し合われた被害者参加制度の本来の趣旨を理解していない」と被害者側の弁護士もカンカンに怒っていた。
 
残念ながら、控訴審ではこの点については争点にはなっていない。控訴したのは被告人のふたりなのであり、検察側は裁判員の出した実刑の判決を死守したい意向があって控訴はしなかったので、控訴審では被告人ふたりの地裁判決への不満に対して聞くべきところがあるのかどうかを判断されるだけだ。
 
しかし、今後のことを考えると、無視されたままでいていい問題ではない。