黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

【光る君へ】#4 二重のショックに負けず五節舞をやり切ったまひろ。次回が待てない

まひろはまだ子どもだよね

 NHK大河ドラマ「光る君へ」第4回「五節の舞姫」が1/28に放送された。さっそくあらすじを公式サイトから引用する。

(4)五節の舞姫

初回放送日: 2024年1月28日

互いに身分を偽ってきたまひろ(吉高由里子)と道長(柄本佑)だったが、まひろはついに素性を明かす。道長も真実を語ろうとするが…その頃、円融天皇(坂東巳之助)の譲位を知った詮子(吉田羊)は挨拶のために謁見するが、思いもよらぬ嫌疑をかけられる。ある日、まひろは倫子(黒木華)からの依頼で、即位した花山天皇(本郷奏多)の前で五節の舞を披露する舞姫に選ばれる。そこでまひろは驚愕(がく)の真実を知ることに…((4)五節の舞姫 - 大河ドラマ「光る君へ」 - NHK

 コロナの倦怠感が長引く中、頭も回らないが最後の五節の舞は目が離せなかった。あまり見てないのにイメージだけで物を言ってなんだけれど韓国ドラマ風というか、昔の山口百恵の「赤いシリーズ」(←古い・・・💦「赤い衝撃」とかね)みたいなインパクトと言うか。

 五節の舞と言えば、「源氏物語」では「少女(おとめ)」の巻で光源氏の従者の惟光の娘が舞姫に選ばれて華やかに舞い、源氏の息子の夕霧は舞姫に懸想する。彼女は典侍という女官として宮中への出仕が決まっているから一時離れるものの、後には夕霧の側室になる。

 昔、このあたりを読んだ時に勝手に華やかな舞を妄想して私までフワ~っと舞い上がっていたが、それが映像として見られたのが本当に嬉しかった。NHKならでは、録画を何度でも見返したい。

 吉高由里子も美しく、「お目に留まらない自信がある」なんて訳がない。美しい女優さんが演じる主人公が自分は美しくないと思い込んでいるドラマあるあるだ。

 しかし、すごいことになった。このゴージャスな舞の最中に、まひろは緋色の袍(=五位、つまり父親の六位より上位)を着ている三郎(居眠り中w)を見つけてしまい、隣には母を殺した殺人者「ミチカネ」を発見!!よく立ち往生せず、扇を取り落とすこともなく、舞を続けられたものだ。舞っている最中は、まだ考えがまとまらない部分があったからか。

 他の舞姫たちが右大臣家の3兄弟を丁寧に説明してくれたことで、まひろは三郎(道長)の素性をしっかり認識した。そしてミチカネ(道兼)についても。セリフの「道隆様」に続けての「道兼様」がとても言いにくそうで、見ているこちらは「分かるわー。まひろの心理的抵抗感が出てる吉高凄い」となった。まひろがくず折れそうなところで第4回は終わったが、次回のまひろは、きっと心がパンクして寝込むだろうね。

 まひろは女子の成人式である裳着の儀を終えていたけれど、年齢は今の高校生ぐらい?冒頭で永観二年(984年)と書いてあったので、時代考証を務めておいでの倉本一宏著「紫式部と藤原道長」の巻末にあった略年表を見てみたら・・・えええ、紫式部の生まれは973年?!984年は満年齢で11歳、数えでもまだ12歳程度か。そりゃまだ子どもだ。確かに子どもっぽい演技をしているもんね、吉高由里子は・・・。

 ちなみに、道長は966年生まれ。984年時点では年表には19歳だと書いてある。数え年で19歳なんだな。12歳と19歳、現代だとちょっと問題があるカップルだね。

 しかし、12歳の女子が男の声を出して代筆仕事なんかできるのかなあ・・・まあ、そこのところ、あまり真剣に考えないようにしよう。

 まひろは、左大臣家の倫子(確か前回20歳とか言っていた?)にたしなめられる場面(竹取物語について話す「絵合」の巻を思い起こさせる)や、宣孝に愚痴をこぼす場面を見ていても、考えが浅く、確かにまだまだ子どもだ。その彼女が、子ども心を砕かれた母殺害事件。母の仇ミチカネと、恋心を抱く三郎との関係を目の当たりにすれば、それはショックだろう。

 ドラマ終わりで次回予告を見せられちゃったので、次の第5回「告白」では、あの日の事件についてまひろが涙ながらに道長に告げるらしいし、道長は兄の道兼と直接対決するらしい。ひゃー、これは絶対見なきゃ。

身分はまひろが下だった

 これまで、まひろは自分は貴族だけれど、三郎を貴族じゃないと思い込み悩んでいた。皮肉なものだ。

 父の為時が六位でずっと宮中でのお役目も無く、藤原でもずっと下だから気にしないで、と三郎に言っていたまひろ。宣孝に「あの男には近づくな」と言われた時に、こう嘆いていた。

まひろ:身分とはとかく難しいものでございますね。貴族と民という身分があり、貴族の中にも格の差がある。

宣孝:しかし、その身分があるから諍いも争いも起こらずに済むのだ。もしもそれがなくなれば、万民は競い合い世は乱れるばかりとなる。

 この後、まひろが父・為時に間者を頼まれた話題に移ってしまったので、この宣孝の言葉にまひろは特に反応せず終わった。

 これまでのところ、まひろは散楽の直秀に誘われて「面白そう」と一緒に付いて行こうとしたり(さすがに従者の乙丸に制されていたが)、身分差を気にしていない。それが世慣れぬ若さによるものなのか(つまり、大人へと年を重ねるに従って考えが変わっていくのか)、身分を気にしたくない反発心というか頑固さを既に強く持っているのか、まだ分からない。つまるところ、まだ子どもなんでね。

 三郎がいわゆる「民」の範疇にいると信じていたからこそ(つまり、貴族の自分の方が上)まだ余裕もあったのだろうけれど、実は彼が右大臣家の三男坊と知って、まひろはどう考え、どんな態度を取るようになるのだろうか。

第二の彼・直秀は盗賊だった

 ところで、既にまひろ(12歳の子どもだけど)を挟み道長と三角関係になっているように見える直秀(「まんぷく」塩軍団出身)は、散楽一座の仲間と共に盗賊を働いていた。あれだけ身軽なチームが、たまに辻で散楽やってるだけの集まりだなんて訳がなかった。

 ただ、まひろが左大臣家のサロンで言っていたように、盗み取った物を民に分け与える義賊なのだろうか?そこら辺は不明だ。

 以前のブログで私が「怪しい」と書いた、道長の従者の百舌彦にちょっかいを仕掛けていた女「ぬい」は消えてしまったが(もし、まだ出てくるようなら今後右大臣家に忍び込むための情報を百舌彦から得ていたか?)、散楽一座は当時の世相を見せてくれるネタの宝庫に見える。色々と楽しませてくれそうだ。

 字幕を見ていたら、一座の中心で口上を述べていた男の名は「輔保」と書いてあったので「え?もしかして」と思ったが、別人と勘違いをしていた。調べたら、頭に浮かんだのは貴族なんだけど盗賊として知られた「保輔」(藤原保輔 - Wikipedia)の方で、名前の字が上下反対だった。

 藤原保輔は988年に没しているので、ドラマの時代にちょうど生きているはず。保輔は輔保のモデルなんだろうか。

卑怯な円融天皇

 道長の姉・詮子(吉田羊)が、今回も可哀そうな目に遭っていた。

 ドラマでは前回までに、父の兼家が次男・道兼に命じて詮子の夫である円融天皇に毒を盛って体調を悪化させた。今回、天皇は詮子の産んだ自らの一人息子を東宮に据えたい気持ちから玉座を退き、花山天皇が即位した。東宮は望み通り、詮子が産んだ懐仁親王、後の一条天皇だ。

 懐仁親王を巡り、天皇と兼家の利害は一致していたのだが、待てない兼家は一刻も早く孫を東宮➡帝に据えて、自分が摂政になりたい。そのために円融天皇は早めに帝位を追われた。

 詮子は、足蹴にされても愛しい背の君として円融天皇をずっと見続けており、健気にも退位の折に挨拶に赴いた。相談された時に、道長ね、ちゃんと「挨拶に行くのは止めておきなよ」と言ってあげれば良かったのにね・・・。

 望みを断ち切れない詮子は、そう思いたくなかったのかもしれないけれど、円融天皇は最初から詮子を見て兼家を思い浮かべており、その点は気になった。

 つまり、ずっと目の前の詮子を見ずにバックの父親を見ている人だったのだろう。だから、この期に及んでも、詮子が述べる心を込めたいたわりの言葉が全く聞こえていないのだ。

 そうして、きっと兼家には面と向かっては言えなかったことを身代わりとばかりに詮子にぶつけ、とうとう扇を投げつけケガまでさせ、さらに「人のごとく血なぞ流すでない、鬼めが」と彼女を罵倒した。

 弱虫め、鬼はどっちだ、なんて卑怯な・・・坂東三津五郎のファンだったから円融天皇を演じる息子がこんな役で悲しくもなる。けれど、よく言えば人間臭い天皇の役をきっちり憎らしく演じたということだ。

 中の人も「政治的なことが絡んできて気持ちが変化」「これは現代の価値観からはとても理解できない」等とインタビューで言っていたが・・・そうだね、理解できない。円融天皇こそ弱虫の鬼だし、詮子は相当気の毒だ。

詮子、父と戦え!

 御所から退出してきた詮子が実家の宴に怒鳴り込んできた時、相変わらず「人でなし」な対応をする兼家。これには同席する道長も堪らないようだった。

詮子:父上!

兼家:おお、詮子様。

詮子:帝に毒を盛ったというのは誠でございますか!(道隆、道兼、道長が父の顔を見る)父上!

兼家:(とぼけて)一体何ごとで?

詮子:(兼家の前に進み出て、涙声で)帝と私の思いなぞ踏みにじって前に進むのが政。分かってはおりましたが、お命までも危うきに曝すとは。

兼家:何を仰せなのか分かりませぬな。お命とは、誰のお命の事でございましょう。

道兼:(お付きの者たちに?)下がっておれ。

道隆:詮子様、大きく息をなさいませ、大きく(座から立ち、詮子の背に手をかける)。

詮子:離せ!(座り込んで)懐仁のことも、もう父上には任せませぬ。私が懐仁を守ります。そうでなければ、懐仁とて・・・。

道隆:詮子様。

詮子:いつ命を狙われるか・・・。

道隆:詮子様、お口が過ぎますぞ。

詮子:(道隆に、怒って)兄上は何もご存じないのですか!嫡男のくせに!(道兼に、声を和らげて)兄上はご存知なの?(振り返って、ややきつく)道長!

道兼:薬師を呼びます。

詮子:要らぬ!薬など、生涯飲まぬ(立ち上がり、泣きながら出ていく)。

兼家:・・・長い間の独り身ゆえ、痛ましいことだ。これからは楽しい催しなどを考えて、気晴らしをさせてやらねばならぬな。(道長は反発する表情を浮かべる)飲み直そう。興が冷めた。

道隆:父上。存じ上げなかったとはいえ、今、事情は呑み込めました。詮子様にはお礼を申さねばなりませぬな。これで父上と我ら3兄弟の結束は増しました。何があろうと父上をお支えいたします。

(頭を下げる道隆、道兼。兼家の視線に促されて渋々頭を下げる道長。満足そうにうなずく兼家。横目で父をにらむ道長)

 ああ、ホントに人でなし。兼家が「長い間の独り身ゆえ、痛ましい・・・気晴らしをさせてやらねば」と言い出して、自分がやったことを棚に上げ娘をバカにするのも大概にしろ、人の心が無いのかと頭にきた。

 そして道隆は、詮子にお礼を言わねばと言いながら、父の敷いた道を突き進む。どちらも劣らぬ人でなしだ。こんなやり取り、詮子と仲が良いのだったら道長は付いていけないはず。

 今回のドラマの後、X(旧ツイッターと書くのが面倒くさい)をつらつらと楽しく見ていたら、その件について書いた面白いものがあり、そうか!と膝を打った。今、ブックマークしたはずのそのポストを探しているのだけれど見つからない😅なんでだ・・・。

 曰く、この実家である右大臣家のやり方に反発する詮子が、仲の良い弟道長をライバルの左大臣家にあえて婿に入れ、その道長と共に父や兄らに対して復讐に立ち上がるという内容だった。詮子は以後、天皇の母として左大臣家の道長を強力にバックアップし、右大臣家を追い落とす方向に動くというのだ。

 確かに!言われてみればそうかも・・・先ほど引用した場面では、「もう懐仁を任せない」と詮子は言った。国母をバカにするな!上等だ、戦ってやる!という決意を固め、宣戦布告が成された場面だったのかもしれない。

 だとしたら、これは吉田羊が演じる意味があるというものだ。厳しい戦いも、負けずに遂行してくれそう。

 本当にそう東三条院(詮子)が心積もりをしたかどうかは当然わからない。ただ、歴史は確かにそう動いていっているように見えるから、ピンとくる考察だと思った。

 道長の左大臣家への婿入りは、ドラマではどういういきさつで描くのかなと思っていたけれど、「詮子&道長」対「兼家&道隆&道兼」の、熾烈な親子戦争を絡めてくるのだとしたら。これは面白くなる。

(敬称略)