黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

【どうする家康】#32 四天王が勇躍、小牧長久手で会心の一撃の徳川軍。でもね?

天下人織田家の看板、変わりつつあるのに

 NHK大河ドラマ「どうする家康」の第32回「小牧長久手の激闘」が8/20に放送された。公式サイトからあらすじを引用する。

家康(松本潤)は秀吉(ムロツヨシ)10万の大軍に対し、あえて前進し、小牧山城に兵を集めた。互いにどう動くか探り合いが続く中、康政(杉野遙亮)は秀吉の悪口を書き連ねた立札をばらまいて秀吉を揺さぶる一方で、城の周辺に謎の堀を作り始める。徳川軍が守りに入ったと考えた池田恒興(徳重聡)は、秀吉に、家康を引っ張り出すため岡崎城を攻撃するという策を献上。進軍を開始するが、まさにそれこそが家康の狙いだった。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 小牧長久手の戦いを描く後編といった趣の今回。徳川軍の活躍を存分に見られてスッキリするかなとの期待の一方で、次回以降を考えると織田信雄と石川数正の動きにもついつい注目して見てしまった。

 そうすると、やっぱり信雄がね・・・「総大将は家康じゃなくてコッチね」との細かいアピールが、今回もちょいちょい入っていて可笑しかった。天下人織田家の看板をなんとか背負って、まだ抗ってるなぁ。

 秀吉側の「三河中入り勢」を追いかけて徳川・織田側が出陣する時も、家康の「出陣じゃ~!」に続いて信雄は何か言いたかった様子、皆には気づいてもらえてなかったけれど。勝利を収めての勝鬨「エイエイオー」も、スタートは家康なんだけれど、終盤は信雄の声になってなかった?酒井忠次の「海老すくいならぬ天下すくい」の踊りも、「能がうまいんだよ俺!」てな感じでズイズイ前に出て乗っ取っていた。

 「徳川殿、まことにようやってくれた!これで秀吉に勝てる!我らの天下じゃ」ってわざわざお礼を言うのも、「立場は自分が上」感を醸し出しているように見える。前回は家康にしっかり「信雄!」って呼び捨てで叱られて、素直に「ハイ」って答えちゃってたけど。

 この信雄のちょっとした家康に対する不満(大将は俺でも実力があるのは家康殿、でも、いいんだいいんだ、世代的に上だし、勝ってくれさえすれば多少顔を立てて、細かいことはガマンしとこう)は、チリが積もっていくように大きさを増し、次回以降の彼の家康への断りもない行動へとつながるんだろう。

 信雄は、足利義昭が信長に担がれた時のように、誰かに天下人にしてもらえると思っているのだろう。でも、織田家の天下人としての看板は、実力があってこそだ。足利将軍のように力無い人が継いでいける類の権威にはなっていない。織田家のボンボンで生まれ育ち、「織田家ってすごい」が基本認識になっていて勘違いしたのかもしれないが。今作の信雄(浜野謙太)は、やっぱりいいよね。

 それでも信雄はまだいい。今後徐々に、実際の権力のありかと自分の立ち位置を嫌でも認識させられるのだから。そこが、秀吉が死んだ時にまだ幼児で「天下人」一択で周囲に持ち上げられ育つ秀頼とは違う。

 この権力の変遷に抗って、まだ織田家の看板を外せなかったのが秀吉側の池田恒興(勝入、中の人は徳重聡)だったのかもしれない。秀吉はもう、以前のような「織田配下の同僚」ではない。池田恒興も、秀吉を「お主」と呼んで大きく出ている場合ではない。双方から声を掛けられていた立場だからこそ、謙虚さって大事。

 今作の秀吉は、以前も家康に対してコソコソ小さい声でアドバイスや信長のご機嫌を報告し注意を促した場面があったけれど(それはなかなか家康に優しい配慮だったりした)、今回の池田恒興に対してのそれは、結構怖い揺さぶりだった。

秀吉:(三河中入りを進言されて)う~ん。中入りっちゅ~んは本来ええ策ではねえ。肝心の本軍の数を減らしてまう。

池田恒興:はあ・・・。(不躾に秀吉のいる壇上に途中まで登り)筑前よ。ここはわしに従っとけ。この池田勝入がいるから、織田家臣たちがお主に付いてきていることを忘れんでもらいたい。

秀吉:(立ち上がり、池田に近づき低く小さい声で)そういう言い方はせん方が良いぞ。(声色を変え、明るく)一晩考えさせてちょう。しくじるわけにはいかん戦だで。

 池田恒興は、信長の乳兄弟という格別の存在。けれど、織田ももうすぐ過去の存在になる。それでも「腹ん中じゃ、まんだ自分が上だと思っとる」(秀吉)。秀吉が織田の権威を必要としなくなるにつれ、遅かれ早かれ池田は粛清されただろう。それとも、自分の立場の低下を自覚し跳ね返そうとして、「中入り」策で一頑張りしようとしたのかも?😢

 そうそう、森乱の兄、森長可を演じているのが城田優なので、銃で撃たれて討ち取られる場面と、それにまつわる愛馬の活躍を見せてもらえるのかと少し期待したが、秀吉への報告で池田恒興と共に死が告げられ出番が終わってしまった。

 前回、羽黒の戦いで敗れたとはいえ見せ場があったし、「有名な逸話は素直になぞらない(ひねるかスルーか)」との今作の姿勢があるからか。たまにはいいのにね。ちょっとがっかり😞

中入り、もったいつけ過ぎ

 今回、見ていて少々イライラしちゃったのが、この「三河中入り」についての話運び。すんなり出てこず、時系列があっちこっち、集中して見たいところで途切れて次に飛ぶ。見ていて何度もお預けを食った気分だった。

 内容的には分かり切っていることだ。もったいつけ過ぎで、そこで見るのを止めようかと思ったくらいだ。若い人向けに興味を引っ張って作っているつもりらしいが、民放のバラエティ番組じゃないんだから、視聴者を引っ張りまわすのも見づらいからいい加減にしてほしい。オールド大河ファンとしては、そこで凝らなくてもいいと思いまーす。

正信:(ポリポリと何かを食べながら敵陣方向を見張る)

忠次:そろそろ何かしら動いてくるやもしれませぬな。

忠勝:やはり、東側から来るじゃろうな。

康政:砦で固めておる。

直政:正面から数で押してくるのでは?

家康:正信。お主が秀吉方なら、どう攻める?

正信:さようでございますなあ。某ならば(石を手に取る。遠く離れたところに落とす)ここを攻めますかな。

忠勝:(掴みかかって)またふざけたこと抜かしおって!

(顔色を変える重臣たち)

数正:いかがいたします?殿。

家康、忠次:(緊迫感のある表情)

堀を掘削中の兵卒たち:このひと掘りが、どっこいどっこい~土を固めて足固め。どっこいどっこい~

康政:ただいまより新たに手を加える!この図面の通りに掘れ!

一同:へい!

忠勝:急げ!時は迫っておるぞ!急げ、急げ、頼んだぞ。

 本多正信が、家康に問われ「自分だったらここを攻める」と石(?みたいなもの)を落とした先がどこなのか、映像としてはリフレインが入り、逸らされて見えなかった。三河の岡崎方向に落としたはずだが、画面が動いて地図の圏外に落としたらしいぐらいしか分からず、ここでまずイライラ①した。いいじゃんハッキリ見せてよ!

 次は榊原康政が掘削の手直しを命じているシーンに切り変わってしまって、会議の様子は途中で切られてイライラ②した。なんだかな・・・。後に回された会議の続きはこうだった。

数正:いかがします?殿。

家康:秀吉に気づかれずに、中入り勢を叩けばよい。

忠次:こちらの動きは向こうから丸見え。そのような術は無かろう・・・。

家康:(図面を引き寄せ)小平太。この堀を作り直せ。(一部をなぞって)気づかれるなよ。

康政:なるほど。(図面の手直しをする)

 お預けを食らった部分。見てみると、家康が手直しをしろと指図した図面の変更部分も、家康がさらりとなぞって見せただけなので、どう直せば単なる堀が抜け道に変化するのかが、結局はっきり分からなかった(イライラ③)。

 ここら辺は秀吉の「堀ではねえ、奴らがせっせと掘っとったんは・・・守るための堀ではなく、密かに打って出るための抜け道だわ!」とのセリフでドヤ~とやりたかったから、入念に引っ張ったのだろう。でも、見ているこちらは、お預け部分はそうしなくても大差なさそうな内容なのに、いちいち引っ張られてカタルシスよりもイライラが溜まった。ちょっとやり過ぎなんだわ。

四天王がお目見え

 今回は、いわゆる徳川四天王がお披露目になったのかと思う。特にこの小牧長久手の戦いで名を馳せたのが、小牧山城の大修復を短時間でやり遂げ、中入り勢を追う先方を務めた榊原康政だっただろう。一番のヒーローだった。

 抜け道の中を榊原勢が粛々と進んでいき、「外へ出るぞ~一気に駆け上がれ~!」を合図に攻勢に出る場面。康政の中の人(杉野遙亮)の声が若々しく上ずって緊張感が伝わり、こちらも手に汗握った。

 それと、先に膠着状態の戦線を動かすために、秀吉軍を焚きつける方法として秀吉に対する「罵詈雑言の流布」を言い出したのは本多正信だったけれど、能書家であるという理由で康政が書くことになり、秀吉方には康政の名が伝わった。悪口を書くのにわざわざ名も書くんだw そこが武士らしい。

 それを受けての秀吉の名言はこちら。

所詮、人の悪口書いて面白がっとるような奴は、己の品性こそが下劣なんだと白状してるようなもんだわ。

 SNSでも切り抜かれ、賛同を集めているのを見かけた。書いた康政は講和後に秀吉に指名されて相対するはずだ。実際に対面すれば、気まずいだろうなあ・・・面と向かって言えないことは、SNSでも立札でも書かないことだ。対面場面も楽しみだ。

 このドラマの中では、康政は同い年の本多忠勝とバディのような扱いだ。

忠勝:こんな見事な図面を描けるようになっていたとはな。

康政:お主に追いつき、追い越すのが私の望みであった。・・・が、どうやら戦場では敵わないらしい。ならばせめて、おつむを鍛えるほかなかろう。ふん。地味な仕事の方が性に合っているようでな。お主こそ、無茶が過ぎて早々に討死すると思っておったが、しぶといのう。

忠勝:戦場でかすり傷一つついたことないからな。

康政:出た出た。

忠勝:まことじゃ。

康政:傷を負ったことに気づいとらんだけだろう。まあいい。それを信じた大勢の奴らがお主に震え上がっとるからな。大したものよ。

忠勝:まだしばらく死ぬわけにはいかん。殿を天下人にするまでは死ぬわけにはいかん。(互いに頷きあう。)

 忠勝も、中入り勢が壊滅したと知って出てきた秀吉本軍を、たった500の兵数で止める活躍があったと聞く。かすり傷を負ったことも無いとの忠勝の有名エピソード、「そう言い回っているおかげで本多忠勝の名にビビっとる」と康政が言っていたが、なかなかうまい処理だよね、リアルではやっぱり信じ難いものだし。蜻蛉切と呼ばれる彼の槍先に、トンボが生きて飛んでいたのもご愛敬だ。

 そして、忠勝が「ここから先は、一歩も通さん!」と手を広げて立ちはだかるのはどこかで見た・・・と思ったら、叔父の忠真が討死する前に三方ヶ原合戦でやっていたじゃないか。忠勝は見てなかったはず、叔父さんが乗り移ってる設定なのか。

 ただ、本来榊原康政は、井伊直政の方と仲が良く、互いに信頼し合っていたらしいと何かで読んだ気がする。ドラマでは、直政はイカサマ師の本多正信と「家康の命を狙った過去のある者同士」であり、「ご恩返し」で気持ちが通じあったような描き方だったが、正信は皆から嫌われ者だったと聞くのになあ。

 モラハラっ気があるぐらいの完璧主義の直政と、いい加減ですぐ逃げる正信、気が合うとは思えないけれど、正信が直政に茶々を入れてからかってる感じでじゃれ合うのなら想像できそうだ。ふたりの年の差は、なんと親子ほどの23歳もある。

 ちなみに家康と重臣それぞれの生まれ年は、ウィキ調べで;

  • 酒井忠次 1527年
  • 石川数正 1533年(+6歳)
  • 本多正信 1538年(+5歳)
  • 徳川家康 1543年(+5歳)
  • 榊原康政 1548年(+5歳)
  • 本多忠勝 1548年(+0歳)
  • 井伊直政 1561年(+13歳)

・・・だそうだ。ちなみに、真田昌幸の生年は1547年。家康よりも4つ年下なんだけれど、今年の「どうする家康」では武衛人気の佐藤浩市が演じると発表されている。次回登場するらしい。松潤の4つ年下?どう見ればいいのか。

 そうそう、井伊の赤鬼と称された井伊直政については、お気に入りの「おんな城主直虎」最終回を思い出す。確か、配下の武田旧臣にからかわれた直政(菅田将暉)が、ムキーッと怒って家臣の先頭を切って突っ込んでいく、スピード感ある小牧長久手の戦いだった。そっちの方が良いな・・・今作の、ただどっしり馬上から「かかれ~」と指示を出しているだけじゃ、どこが赤鬼なのか?という感じもする。

いつの間にか強くなっている家康

 家康もそうだ。掛け声だけで全然戦いの場面を見せてもらえてない気がする。いつの間にか、説明では戦った上で勝っているらしい。今回も、顔見世興行よろしく馬に乗り、ずらりと並んだ動きのない絵面。

 徳川は、いつの間にか天下を争う程、強くなっていたんだよね・・・秀吉が、家康をこき使って強くしたと信長を責めるほどに。

 順不同で思いつくままで申し訳ないが、三河を統一したのもいつの間にか、どうやって統一できたのか。上之郷城の戦いは面白かったが、掛川城の氏真は攻めあぐんでいたしなあ。三方ヶ原は大敗、そうそう、北陸まで行って金ヶ崎の退き口では巻き込まれて殿(しんがり)だった。

 その後、徳川軍が大活躍して全国的に名前を知られたらしい姉川の戦いも、家康の心理的葛藤ばっかり焦点でまともに戦ってくれなかった。長篠の戦は親子で茫然自失、他の武田との戦は戦争ごっこだったし。どこでそんなに戦って強くなっていたんだった?

 そうだ、酒井忠次は鳶ヶ巣砦の戦いや、羽黒の戦いでも活躍していたね。彼がいたから「徳川が強い」と言われているのか?

 もうちょっと強い家康自身を見せてもらいたかったな。

既に孤立の兆しが見えていた数正

 石川数正にも注目して見ていたと冒頭で触れたので、彼についても少し書いておこう。オープニング明け、織田信雄が家康に「あんな大軍勢にどうやって勝つ」かと聞いた場面。石川数正の返答を巡って忠勝、直政、康政との間に緊張が走った。数正出奔につながるギスギス感だろう。

織田信雄:徳川殿。あんな大軍勢にどうやって勝つんじゃ。

石川数正:敵はあれだけの兵に食わせるだけでも一苦労。長引けば秀吉に焦りも出ましょう。さすれば、我らに有利なる和議を結ぶことも。

本多忠勝:和議?弱気なことを。

数正:いや、数が違い過ぎるでな。

井伊直政:大軍なるものは一体にあらず。所詮寄せ集め。一戦交えて大いに叩きのめせば、必ずや崩れましょう。

榊原康政:秀吉に愛想を尽かしこちらにつく者が出てくれば、勝ち目は十分にあると存じまする。

忠勝:数正殿。和議など二度と口に出さんでもらいたい。勝利あるのみ。

数正:いや、ちょちょちょ・・・。

徳川家康:(数正の腕をつかんで止め)秀吉もあれだけの大軍をまとめ上げておる。今さら無駄な動きはせんじゃろう。

 家康が数正を守るように、両軍のにらみ合いの方に話を逸らした。変な空気になったことを家康も危ぶんだのだろう。

 次回が怖いな~。

(敬称略)